40 愛
大人の姿のムウさん――マグノリアを抱えて家へ飛んで帰る。お互い、言葉をひとつも交わさなかった、交わせなかった。その代わり、マグノリアは僕の肩や腰にしがみついて離れなかった。
時々、マグノリアはフラッシュバックするように泣き始めた。その度に僕はぎゅっと抱きしめて、落ち着くまで頭を撫でた。
家に着けば、おずおずとマグノリアがこちらへ寄って聞いてきた。
「セ、セド……その、頼みがあって……」
「何でしょうか。僕にできることなら、なんでも」
「……一緒に寝てほしい」
すらりとした長身の女性が、肩を小さくしながら共寝をせがむ。ムウさんと同じ人だと分かっているのに、不謹慎ながら生唾を飲んでしまう。元々ムウさんのことを育ての親ではなく、一柱の神様として見ていたから特に、だ。だけど、長い睫毛のすき間から見つめられれば、なんとか応えるしかないか、と腹を括る。
「少し寝間着に着替えてきます。ちょっと待っててくださいね。――えっ」
部屋を出ようとすると、マグノリアに服の端を掴まれる。
「ど、どこかへ行かないでくれ、私も行く」
「ええと、あまり着替えは見られたくないのですが……」
「あっち向いてるから。一緒に居させてくれ」
必死の説得に苦笑してしまうが、その裏にある傷の大きさを感じ取って何も言えなくなる。仕方なく、同じ部屋で互いに背を向けながら寝間着へ着替え、二人で口をすすぎ、髪を下ろして布団へ入る。今日は湯浴みは諦めた。
こうして二人で寝るのはいつぶりだろう。
僕が10歳になる前にはそれぞれの部屋で寝ていた気がする。……いや、村長が亡くなった日の夜、互いが眠るまでずっとそばにいてくれたっけ。次は僕の番だなあ、と思う。
小さな枕を分け合っているので、マグノリアの顔がとても近い。自分の息が向こうへかかっている気がして落ち着かないでいる。菫色の瞳がずっと不安そうに揺らいでいたので、幼い子を寝かすように、ぽん、ぽん、と体を優しく叩いた。
「私な」
おもむろに、マグノリアが口を開く。
「セドと居られてよかった」
再びその両目から、ぼろぼろと涙が溢れる。けれど今流れる涙には、恐怖の色はなかった。久しぶりに、彼女の口元が緩むのが見えた。
「僕も、マグノリアのこと、知れて良かった。って、思います」
その名を口にした瞬間、マグノリアの身体がびくりと跳ねた。焦って、思わず抱きしめ直す。
「すみません。怖かったですか」
「いや、いい。大丈夫だ」
「……紐付いていたのですね。記憶と、その名が」
僕はそっと、親指でマグノリアの目尻を拭った。少女の姿のときとは違った、滑らかで頬骨を感じさせる感触。
「セドは気にしなくていい。今まで通り、ムウと呼んでくれれば」
「いえ」
布団の中。抱きとめながら、マグノリアの瞳を捉える。
「これから、その名が幸せな記憶となるように、沢山僕が呼びます。――マグノリア」
そして、僕はその額へそっとキスをした。
恋人にするようなものではない。おとぎ話のお妃様が、お姫様にするようなもの。無償の、無上の愛を沢山込めて、口づけを落とした。
「……セドっ」
「マグノリア」
「愛しているんだ。誰よりも」
「はい、愛しています。誰よりも」
親子でも、師弟でも、恋人でもない。僕らだけの愛がやっと、その傷口から流れ出した。マグノリアは僕へと身体を預け、僕は抱き止める。ひやりとした身体が僕の体温を奪おうとするが、僕の想いと熱は溢れ続けてやまなかった。
起きれば、もう昼過ぎだった。
無理もない。ゼファ様の家を発ってからずっと寝もせず、飛んだり駆けたりしていたのだ。
ムウさんはとっくの前に起きていたようで、その小さな手が僕の髪の毛先で遊んでいる。……小さな手?
「ち、ちっちゃくなってる……」
「おはようが先だろ。文句でもあるのか」
昨夜まで長身の女性の姿だったはずのムウさんは、見慣れた10歳くらいの少女の姿に戻っていた。
「っはあ〜……」
「なんなんだ! 仕方ないだろ! ……慣れてしまっているようなんだ、子どもの姿に」
分かりやすくため息をつくと、小さい手でぺちぺちと胸元を叩かれる。少し残念な気分だ。別にムウさんを想う気持ちは変わらないが、子どもの姿で居られると、家族愛のような感情のほうが大きくなる。
「……ねえ。また大人の姿になれたりしません?」
「ん? いや、なれるが……」
そう呟いて、ムウさんは輪郭を歪め、美しい女性の姿を取り直す。
「おお……これです、本当に綺麗だ、マグノリアっ」
今まで暗がりの中でしか見られなかったため、昼の明るさの中でよく姿を見ることができ、感動する。
大きな瞳に小さな鼻と口。長い首、すらっとした手足。……そして、柔らかそうな胸と腰。そのどれもが、しなやかな大人の女性であることをありありと語っていた。
感嘆のまま、思わずがばりとマグノリアを抱きしめる。
「なんだ、セド、同一人物だろ」
「そうですけど、全然違うんですよ。ああ、今の姿の方がずっと魅力的です。綺麗だし、うん。素敵です」
マグノリアが真っ赤になって、そうか、とだけ返す。多分本人は気づいていないが、マグノリアの姿を取っているときの方が大人しくて素直なのだ。それをなによりも愛おしく感じたのは、心の奥に仕舞っておいた。




