33 散策
一通り話してゼファ様の気持ちが落ち着いたのか、それとも気を紛らわせたいのか、話題は全く別の内容へと移る。
「そういえばお主は、アイドレールの通行証を持っておるのか?」
「ムウさんから渡された臨時許可証はもう使っちゃったので、ないですね」
「であれば現在は不法侵入中といったところ、か」
おお……とおののく声を漏らす。知らない間にまた法をひとつ犯してしまったらしい。
犯罪者になりたくてなっている訳ではないのだが。多分ここに来るときに門を通らなかったから今のところ見つかっていないだけで、発覚次第拘束されるのは想像に難くない。
「時々アイドレールへ来るのであれば、永続通行許可証でも作るか?」
「いいのですか! というか、できるのですか?」
「長命の神が人の多い都市に住み続けられるのは、国のお陰よ。そこにちょっと話をすれば造作もない」
ゼファ様が許可証発行に必要な情報を口頭で言うので、僕はそれを聞いて雑紙に書き留める。名前と、生年月日、出身地など。そういえば僕は拾われ子なので、名前以外は推定内容で戸籍が登録されていたなあ、と思い出す。
「ふむ……住みはライエール領か。国内に籍があるならすぐ発行できるであろう。丸一日あれば許可証が出来る筈、明日はアイドレールの散策でもどうだ」
確かに、都会であるアイドレールに何日もいたものの、観光はしてこなかった。お言葉に甘えて、明日はのんびり街を見て回ることにしよう。
・ ・ ・
散策と言われても、ゼファ様の家がある旧宅街を抜けたあと、どこに行けばいいかわからない。とりあえず人の流れに乗って歩き、ムウさんから以前貰った地図へ歩いた道を書き込んでいく。
二刻ほど歩けば、また知らない大通りへと出た。昼間の街中は賑やかで活気があって、人の通りが絶えない。
アイドレールに初めて到着したときも、今と違って夜だったが、同じような感想を抱いた記憶がある。だけど夜のアイドレールと比べて、昼間のここはずっと健やかな喧騒であふれていた。
あちこちに掛かるカラフルな看板には、どれも長ったらしい店名が書かれている。服や雑貨などを売る店や、レストランが殆どを占めていた。あまりきょろきょろしていると田舎者だと思われないか不安になるが、好奇心には勝てない。
「……! ……!」
ふと、遠くで怒鳴るような男の声が聞こえる。店と店の間の細い路地からだろう、僕は無意識に早足になって向かっていた。
路地から顔を覗かせれば、小柄な女性が男に囲まれているのが見えた。
「……だから、オレ達の誘いを断るのが悪いんだよ!」
「ひっ、で、でもっ……」
「いいから黙って来いって」
背の高い方の男が女性の肩に手を伸ばす。瞬間、僕は地面を蹴り、男の手首を掴む。
「うわ! な、なんだお前!」
「あの、何してたんですか?」
「な、何も――」
回答になっていなかったので、最後まで聞かず背の高い男の手首をひねり上げる。
「いででで、この馬鹿力がっ!」
背の低い男が逃げ出そうとしていたので、空いている手で首を捕らえ、壁へと叩きつける。
「離せっ! クソッ!」
騒ぎを聞いた大通りの人たちが、僕たちの様子を見てざわざわと話し始める。大通りの人混みの向こうで、どこかで聞いた若い男の叫ぶ声がした。
「警備隊! こっちで騒ぎだ、来てくれ! って、セド!?」
「フランツ!」
思いがけない再会に僕はぱっと笑顔になるが、フランツは驚きと不安でいっぱいの顔をしていた。そりゃそうか、久々に会う知り合いが人に掴みかかっていたら誰でも驚く。
「やっぱりセドか! ……まあ、お前なら大丈夫だろ。おい警備、男全員取り押さえてくれ!」
「えっ? 僕も?」
思わず二人を押さえていた手を緩めてしまい、その隙に逃げられてしまう。しかし路地の両側から数人の警備隊員が流れ込み、捕まり、抵抗する間もなく地面に縫い付けられるのが見えた。
「お前も逃げるなよ」
「ああ……あはは……」
軽鎧の警備隊員が僕の肩に手を置く。僕は両手を上げ、促されるまま大通りへと出ていった。
一度は警備隊の詰所に連れて行かれたものの、女性の証言のおかげですぐに解放された。そしてああいう出来事があれば自分で解決しようとせず、すぐ警備隊を頼るように釘を刺された。村には警備隊などいないので良い勉強になった。……不法滞在とアンプルの薬がバレなくて良かった、と安堵する。
伸びをして、詰所から外に出たら、待っていたらしいフランツに声を掛けられた。
「よっ、セド」
「待っていてくれたんだ」
「まーな。この後暇か? ちょっと話そうぜ」
誘われて、二つ返事で了承する。フランツの案内で、彼のおすすめの喫茶店へと行くことにした。




