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28 祈りの言葉

「――それでな! 村長はよォ言ったんだよ。『ワシの村に手を出す奴は容赦せん!』ってな」

「頭は悪いわ体力もねェわだったが、胆力だけはあったよな」

「違えねぇ!」


 ひどく酔ったおじさま方の話をただひたすら聞いていた。コップの空きを見て酒を注いで回っていたが、途中から注ぐものをお茶や水へとすり替えてみたところ、誰も何も文句を言わない。


「本当に村想いの方だったんですねえ〜」

「そうなんだよ! セド君、分かってくれるか!」


 肩に手を回され、バシバシと叩かれる。ああ、これはしばらく逃げられないな。苦笑して、何回繰り返したか分からない話でも、ただ相槌を打つしかなくなってしまった。


 ムウさんはどうしているのだろうかと視線だけで探すと、あちらはあちらで女性陣に囲まれていた。


「花神様! いつも御見守りありがとうございます!」

「薬をいつも下さった貴方様は、まさに伝承通りの人想いの存在!」

「それにお肌がすべすべで、ほっぺたはもちもち! ひんやり!」

「や、やめろ……くっつくな……」


 今にも死にそうなくらい嫌な顔をしていたムウさんを見て、アレよりかマシかな、と思い直す。でもよく聞き耳を立ててみれば、神として表面的に讃えているだけかと思いきや、私たちの村長を最期まで診てくれてありがとう、という内容が殆どだった。そしてついでにあちこち揉みくちゃにされている。同性には容赦がなくなるのだな。


「セド君! 酒おかわり! 聞こえてるか!?」

「……はーい!」


 水入りのピッチャーを持って隣のテーブルへ向かう。同性に容赦ないのはこちらも、だったか。



 深夜まで続いた宴会は、潰れた大人が三割を超えたあたりで閉会となった。そのあと僕とムウさんは、奥さんに促され村はずれの墓地まで来ていた。


 無機質な石には村長の名前が刻まれている。豪華な装飾はなく、謙虚な印象の小さな墓だった。墓の前でひざまずき、指を組んで祈る。愛されていたのだろうな、と今日の宴会を通して実感していた。これだけみんなに憶えて貰えているなら、きっと村長も寂しくないはずだ。


「……そういえばムウさん、広場で何か祈りの言葉? のようなものを言ってませんでしたか」

「ん? ああ、〝また巡り、陽だまりとなれ〟ってやつか?」

「そう、それです」

「西方大陸の古い看取りの言葉だ」


 ムウさんが空を仰ぎ見る。雲ひとつない星空の海に浮かぶ、月と光環(ハロー)が眩しいくらいに輝く。


「死者の魂は光環(ハロー)の向こう、死者の国へと導かれて幸福に過ごすものだろう? 向こうで沢山幸せになったら、また太陽の光となって大地へ降り注いでくれ、またこの大地の上で新たな生を受けてくれ、という祈りだよ」


 月の隣、静かに佇む光環(ハロー)の向こうには何があるか誰も知らないが、僕もそこに死者の国があればいいな、と思う。願わくば、今日の賑やかな声が届いていればいいな。


 ムウさんも指を組んでしばらく祈りを捧げれば、神力を使って墓の周りへ花畑を生み出す。花畑いっぱいに咲いたのは、生前好きだったと言っていた、小指の爪ほどに小さな黄色い花。奥さんと出会った場所に咲いていたという。


 穏やかな風にあおられて、ゆらゆらと踊る花々に慰められる。ムウさんも目を細めて満足げに、よし、と呟いた。


「帰るか。セド」

「はい」


 もう大丈夫だと思った。

 あれだけ村を想った村長が、村のみんなからあれだけ想われていれば、きっと彼が大切にしていたものも同じように大切にしてくれると、そう自然に信じられた。



 ・ ・ ・



「返す。早く捨てた方がいいぞ」


 村から帰って三日後、依頼品の製薬中。ムウさんが、預けていた禁忌薬のアンプルを僕の前の机に置く。そうか、村長には使わなかったのか。脈が速そうだったし、興奮剤の類は逆効果だと判断していたのだろう。


「あっ、受け取るのを忘れていました。ありがとうございます」


 アンプルに専用の固定金具を嵌め、耳裏へと隠し直す。開き直って堂々と劇物を身につけている僕の様子に、ムウさんは怪訝な顔をする。


「それ、国に見つかったら大目玉だぞ? 鞭打ちで済めばいいが。ちゃんと分かってやっているのか」

「人に使ったことはないですよ。自分で使ったことも二度くらいしかないですし」

「使ったことがある時点で大罪人だ、馬鹿」


 僕のことを品行方正だとでも信じていたのか、ムウさんが相当引いている。ムウさんの目の前以外で死ぬなんて真っ平御免というだけなのに、バレなければやっていないのと同じだというのに。ムウさんが頭を抱えてぶつぶつと呟く。


「第一、材料は何処から調達したんだ? グロームベリーと妄来葉は中央大島のごく一部、ミネルは東方大陸の湿地帯にしか自生していない筈だ。人の手による栽培は禁じられているし、一体全体、どこの組織と繋がればこんなものが……」

「この山の頂上付近に全部生えていましたよ」

「そうか。それなら納得――はあ!?」


 低い位置から絶叫される。ここ数年で一番大きな声を聞いたかもしれない。キーンとする耳を押さえて、迷惑そうな態度をしてみせる。


「ちょっと、何ですか急に。僕が植えたわけでもなし、既にご存知でしょう」

「いや知らん! 私の敷地内で植生しているなど、いよいよ国に見つかればどうなる!? しかも三種類もだなんて、終身刑でもお釣りがくるぞ!」


 青ざめたムウさんが床に座り込んでうずくまる。知っていて放置していたのだと思っていたが、違うらしい。これだけ目の前で発狂されると、あとで燃やしておくか、いやでも煙を吸い込んで危ないかな……と冷静に考えてしまう。


「明日の朝だ! 案内しろ、根絶やしにするぞ」

「わかりました。今後採れなくなるならアンプルを作り溜めしておかないとですねえ」

「絶対にやめろ!」


 ムウさんの必死の制止に、僕は諦めるほかなかった。

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