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2 それでいい

 目の前のカップに注がれた温かいハーブティーは、気持ちを落ち着ける効果があるらしい。らしい、というよりも、ムウさんが取り出した乾薬草を見てすぐ品種と効能が分かってはいた。しかし、わざわざムウさんは僕に言い聞かせるように教えてくれる。


「もう一度聞かせてくれ。お前がきょう十六歳の――成人の誕生日を迎えたわけだが、欲しいものは何だ?」

「地の神の力です」

「無理だ」


 また却下されてしまった。まあ、わずかな望みをかけて願い、打ち砕かれた先ほどに比べれば、諦めた今はもうあまり悲しくないものだ。お茶の効果なのか、ひとしきり泣いて落ち着いたのかわからないが、あはは、と呑気に笑ってみせた。


「お前は泥や土や石のマナを見たことはあるか?」

「……いいえ。でも、今すぐじゃなくていいんです。この先何年でも頑張れば、いつか――」

「だが私の助手として、製薬の仕事をずっと横で手伝い、学んできたな。幼いころから、ずっと」

「……はい」


 ムウさんに顔をじっと見つめられ、諭される。


「山へ連れ出しても、湿地に連れ出しても、地面や草木からのマナを感じ取れていないようだった。どれだけマナに偏りがある場所でも、顔色ひとつ変えない。何より――私とどことなく共鳴しない。お前の魂に地のマナを纏わせても、霧散する」

「いつの間にそんなことを……」

「まあ、だから、資質がないのだ、お前には。体のつくりが、そういうようにできていないということ。そういうこと、だ」

「ええ、なんとなく……わかります」


 ならば。他にもう、僕が望むことはない。このまま、明日も明後日もムウさんと二人で薬師として暮らすだけだ、今までのように。


 朝は身支度の後、ムウさんを起こして食事。日が昇りきったら、作った薬を僕がふもとの村に卸して売り、夕方には露店で適当な飯を買う。帰りに薬草や肉を採り、家につくなりそれらの下処理、炊事や洗濯。夜は研究の手伝い。その繰り返し。それでいい。


 ティーカップの液面に映る僕の顔は、薄ら笑っていたものの、ちっとも幸せそうな顔ではなかった。


「力を継ぐのが無理なのであれば、他に望むことはないです。さあ、実験器具を片付けましょうか」

「話は終わっていない」

「ムウさん、明日も少し雨が降りそうですよ」

「セド」

「――僕は、ムウさんとずっと一緒にいたくて。ずっと何かを教わり続けたかっただけです」


 僕は吐き捨てるように言った。


「もうこれ以上、みじめにさせないでください」


 ムウさんはすこし動揺して、口の端から細くため息を漏らし、こう返した。


「……最後にこれだけ確認したい。地の神の力が欲しいというよりも、私が死ぬ時まで傍にいたい、というのがお前の本来の願いだな?」

「え? あ……そうか」


 僕がムウさんと同じ時を生きるには、それしか方法がないと思っていた。神が力を失えば、人としての体を取り戻し、寿命の時計が再び進み始める。そのためには選ばれた後継者へ力を継がせるしかない。

 ムウさんが僕以外の人と話すところをまず見ないので、自然と僕が後継者になると思っていた。しかし、僕じゃなくても、誰でも良い。素質があれば、誰でも――。

 僕のはっとした顔を見るなり、ムウさんは予想が当たったと言わんばかりに満足げな顔をする。


「少し伝手を頼るか。お前は風呂にでも入ってこい。私が飯を作ってやろう」

「僕が作るほうが美味しいので、自分で作りますよ」

「ハ、減らず口を」


 顔は笑っていたが、やっぱりどこか僕を心配しているようだった。



 ・ ・ ・



 食事を終え、湯船に浸かっていた。


 殆どの人が水浴びや体拭きで済ませるような行為。にもかかわらず、わざわざ毎夜ムウさんが浴槽に湯を張っている。しかも山奥の一軒家なのをいいことに、大人ひとりがゆったり横になれるほど広い浴槽を、屋外へ構えているのだ。贅沢にもほどがある。

 夜と呼ぶには少し早いこの時間に、目を細めて一番星を探す。


 風が気持ちいい。


 雨を予告する、少し湿ったぬるい風。頬を撫でるそれを捕らえようと右手を伸ばす。誰も見ていないのに恥ずかしくなって、その手で湯を救って顔をすすいだ。


(あれは……?)


 遠くで物音がする。家の向こうに目をやれば、ムウさんが表に出ていた。こんな遅い時間に外出? と思ったが、ムウさんは玄関から数歩出たところで立ち止まり、ただ上を向いてじっとしていた。


 何をしているんだ……と目を凝らせば、ムウさんの体が淡く光っているのに気づく。外が暗くなければ分からなかったかもしれない。小さい声で何か話しているようだ。神力? いや、神力を使う時はもっと、威圧的な雰囲気がある。


 だめだ。ふらふらしてきた。長湯のためにのぼせてしまったらしい。大人しく風呂から上がり、乾いた布で身体を拭いて、寝間着へと手足を通した。

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