11 世界の道具
初対面の人間に手料理を作るなんて、もう何年も前にしたきりだ。
好き嫌いが全くわからないので、小さな品をいくつか作るほかない。それも、定番のものを。
床下に収められた小ぶりの根菜を拝借し、一口大に切って油と炒める。そういえば、と薬草の実を鞄から取り出し、ナイフの背で叩いて繊維をつぶす。それらをスパイス代わりに根菜と同じ鍋に放り込み、爽やかな香りと辛みを加える。
主食の雑穀類は十分な水に浸してゆっくり熱を加える。旬の葉物は干し肉と一緒に刻んで、ふかした芋と混ぜて形を整える。
甘いものがお好きだったら、と考える。よく溶いた夜鳴鶏の卵をごく薄く伸ばして焼き、潰した豆と蜜のペーストを棒状に包んで食べやすくする。他にも、魚の干物を焼いたり、余っていた塩辛い携帯食を小さく切ってクリームと混ぜたり、そういったものを少しずつ作った。
(こんなものかな)
普段の僕なら2〜3品しか作らないので、これだけ数が揃うとちょっとした達成感がある。
もっともこの辺りの地域では、雑穀と野菜をまとめて炊いたものと、あとは少しの肉か魚、といった食事を摂る人がほとんどだ。それ以外の食事はすべて嗜好品である。アイドレールも例外ではないと聞くし、この食事は、僕のお礼の気持ちを伝えるのにふさわしい。
トレイに皿を乗せ、廊下の突き当たりの部屋まで行き、戸をノックする。
「ゼファ様。お食事の準備ができましたよ」
やがて、ごそごそと衣擦れの音がする。ゆっくりと戸が開けられ、顔ひとつ高いところから見下ろされる。
「……我は食事をせぬ身だが」
「ご一緒してくださいませんか? 食べることは出来るでしょう」
ゼファ様は僕の顔からトレイへと視線を移し、少し考えたあと、のしのしと僕の横を通り過ぎた。
「食卓はこちらだ」
指を組んで食事前の祈りを終え、食器のぶつかる音と咀嚼音だけが響く。なんとなく沈黙が気まずいが、何を切り出し話題とすべきかわからず、とりあえず口に食事を詰め込んでいく。ふと、ゼファ様が食器を置き、カップの水を軽く飲んで、僕へと問いかけた。
「マグノリアは息災か」
「あっ……はい。ムウさんは元気です。出不精なので、だいたい部屋で研究をしておられますが……」
噛んでいたものをあわてて飲み込んで、手で口元を隠して答える。突然話しかけられ、面食らってしまった。
「コフ村のあいつはどうだ。玄関で言っていた」
「村長なら……もうお歳なので、だいぶ弱ってしまって……」
「……そうか」
しまった、ここは嘘でも元気だと言えばよかったかもしれない。重い沈黙が食卓を包む。なんとか違う話を探して、言葉にする。
「あの、僕に風の神の素質があるって、本当ですか」
ゼファ様は黙ってうなずく。
「……ムウさんには、神の素質はないって言われました。あんなにずっと一緒にいたのに」
「風と地は相反する力だからな。彼奴がそう言うのも無理はない。それに、素質は先天的な魂の器のつくりで決まるものだ。共にした時間の長さも遺伝も関係ない」
「そう、なんですね」
本当は喜ぶべきことなのに、どことなく落胆している僕がいる。地とは真反対の性質を扱える――なんて、そりゃ僕は永遠にムウさんの後を継げない訳だ。それなのに僕は、長く一緒にいたというだけの理由で、神の座を継げると盲信していた。自惚れにも程がある。
ゼファ様は根菜の炒め物をもそもそと食べながらも、僕の目をじっと見つめてくる。
「神になるのは止めておけ」
それは何故、と聞き返す前に、言葉が紡がれる。
「永遠の命、変質していく心身、過ぎた力……そのようなものは持つべきでも、知るべきでもない。我等に〝神〟と大層な名前が付いているものの、結局は世界が、我等の魂の器を媒介としてマナ・バランスを調えているのみ。――肉体の死を経てまで、永遠に世界の道具となるくらいなら、魂を汚されることなく人らしく生きて死ぬのが良い」
流れるように、淡々とゼファ様が話す。あまりにも当たり前のことのように説明される、世界における神の役割や存在意義。
普通の人は神の存在なんて知らない。ただ生活しているだけなら、伝承のみがその存在を知る術である。僕のように直接、神に育てられたり日常的に接したりする人はごく僅かのはずだ。そんな僕でも、神はいわゆる「伝説的・超常的で優位の存在」と信じていた。
だけどゼファ様は、生物にとって神は特別優位な存在ではないという。生物にかならずひとつ宿っている自我の根幹――魂の器を使って、マナを世界の隅々まで行き渡らせるためだけの、ただそれだけの存在だと話す。例えれば、マナを血液とすれば、神の魂はその心臓ということになるみたいだ。
肉も骨も失い、魂がマナを纏っただけの姿、それこそが僕たちの呼称する、神だと。
皿が空になれば、ゼファ様が食後の祈りをする。僕も倣って指を組む。
「……少し訓練すれば、人でもマナを操れるようになる。最低でも空を飛べるようにはしてやろう」
「まさか。そんなこと出来るわけ」
「普通の人間には出来まい。しかしお前のような素質持ちなら出来るだろう……それで家へ帰れ」
力を与えてやるから、神になりたいなどと言うな。そう、訴えられている気がする。知らないふりをして、僕は曖昧に、はい、と答えた。
「それと――食事、美味かった。有難う。芋団子か、あれは良いな」
光栄なことだ。さっきよりもはっきりと返事をした。




