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見えざる彼女と異世界旅行  作者: 川面月夜
phase0 旅支度
1/3

始まりの日

おそらくはじめまして、川面月夜です。

前作から大分期間が空きましたが、新作の投稿を始めたいと思います。


 メイド服に身を包む金髪の美少女も。でっぷりと肥え、髭を蓄える王様も。絶世の美少女のお姫様も。


 剣と、魔法も。


 すべては幻想。の、はずだった。


 今、目の前に在るのはなんだ。


 絵に描いたような子悪党そのもの。手にナイフを携え、こちらに構えている。下手をすればそのナイフを舐めさえしそうだ。


 それもまた、日常の中にはないものだ。

 しかし。

 それには、終わらない。


 真なるファンタジーは、少年に。その、内にあった。


 ナイフを振り回す男にカウンターの拳を決める。

 すると、眼前の男の体がくの字に曲がり、そのまま後方に吹き飛んでいったではないか。

 物理ではあり得ない吹っ飛び方。


 まるで場外確定のホームランを見送るような心地で、少年は男を見やった。

 釣り上がる口角が、抑えられない。

 信じられない、といったように自分の両手をグーパーする。


 これは、現実だ。

 そう理解して。


「は、はは」


 少年。比嘉、司は笑った。



 鉋で削っていくように、徐々に。けれど、確実に、世界は悪い方に向かっていた。

 テレビを付ければやれ戦争だなんだとアナウンサーは言っているし、スーパーに出かければ、並ぶ商品の値段の上がりように誰もが目を見張る。

 ここが下がり止まり、ここが下がり止まり、と根拠のない願望を抱きながら、世界は回っていた。


 そんな中だった。

 異世界。ヘヴンズと、この地球が《繋がった》のは。


 剣と魔法の世界、ヘヴンズ。

 人々は、どうしようもない現実から逃避するように、ヘヴンズに熱中した。誰もが憧れたファンタジー。その中に身を置けるかもしれない。そんな希望は、世界を諦めかけた人類に、少しの猶予をくれたようでもあった。


 ヘヴンズは地球に友好的で。最初にヘヴンズと接触した企業はヘヴンズドアと名乗り、彼らとのコンタクトを管理した。

 ヘヴンズドアのプランに則る形でのみ、人々はヘヴンズに行く事を許された。


 誰もがヘヴンズに焦がれ、その中に身を置き自らも魔法を振いたいと願った。


 それから、五年が経過した。



「お兄! 朝だよ、おっきろー!」


 シャッ! と勢いよくカーテンを開ける音と共に、威勢の良い声がして、比嘉 司は目を覚ました。


「……あと一時間……」

「強欲!? そんなだと遅刻しちゃうよ」


 寝ぼけ眼を擦る者が強請る時間の相場は、五分と決まっているのに法外な要求をする兄に、呆れながらもどこか嬉しそうにして、比嘉 望海は司の腕を引いた。あどけなさの残る可愛らしい顔立ち、肩にかかるくらいのサイドテールが溌剌とした笑顔を引き立てている。


「今日のハムエッグトーストはよく出来たんだから!」

「……仕方ないな……」


 妹に駄々をこねる程プライドを捨てていない司は、渋々ベッドから身体を起こし、大きく伸びをした。そんな兄を見て、一仕事終えたと薄い胸を張り、望海は笑った。



 テキパキと朝食の準備をしてくれる妹をぼんやり眺め、司は考える。

 テレビでは、子供向け番組のキャラクターがうんたらかんたら言っている。前は、子供向けの内容に退屈さを覚えた物だが、何年も付き合っていると少しの差異に面白みを見出せるようになってくる。今となっては、それなりに楽しんでみるようになっている。


 三年前。母が死に。父が家を出て行ってから、この家の炊事は望海が担っている。

 小さな身体にいっぱいの元気を詰めこみ、あどけないながらも整った顔を綻ばせる妹を見ていると、自分も頑張らねば、という気持ちにさせられる司だった。


 昨夜も、遅くまで勉強していたせいで今朝の寝覚めである。連日の夜更かしは、将来少しでも妹に楽をさせてやる為だが、その為に今負担をかけるのでは、考え直した方が良いのかもしれない。

 如何なる場合でも、妹の負担になるのは本意ではなかった。


「はい、どーぞ!」


 と、満面の笑みと共に提供されたハムエッグトーストは確かに渾身の出来らしく。なんだが目玉焼きが輝いて見えた。きっちり「いただきます」をしてから、トーストに手をつけた。

 そんな司を、望海は楽しそうに見つめていた。作った料理を美味しそうに食べてくれるのが嬉しいのだと前に言っていた。それを聞いてから、


「美味い」


 のその意思表示は欠かさないようにしている。今回もちゃんと口に出すと、望海はまた笑った。そうしてから、自身もトーストに手を付け始める。


「勉強も良いけど、偶には息抜きもしないとダメだよ?」

「その点も抜かりないよ」

「ならいいけど。最近は私が本片付ける機会も減ってるし……」

「それは単に俺が自分で片してるだけだ」


 本、というのは、無論勉学に用いるものではない。勉強の息抜きに勉強をするような永久機関には到底なれそうもなかった。

 なら何かというと、それは司が好んでやまない漫画や小説の類だった。司の本棚は、参考書と漫画類で埋め尽くされていて、割合は半々だと言っていい。

 後者のジャンルは完全に偏っていて。大半は異世界系であった。特に、『利倉 奏』の作品が司はお気に入りであり、その日の気分に合わせた作品を枕元に忍び込ませて眠るのが習慣になっている。


 この先の人類の展望に輝かしきものは見当たらないわけで。そんな中で生きていれば、現実逃避するように創作に入れ込む者も増える道理である。

 司個人としては、それは純然たる好みであって、人類の行く末などに悟ったからではないのだが、心底からそう思っているかと問われると返答に窮するのが現実だった。


 ともかく。

 魔法に始まるファンタジーは、司の好むところである。大好物と言ってもいい。三度の飯と同じくらいには、そうした創作物を読み耽る時間を大切にしている。


「ま、それなら妹は安心ですよ。異世界系読み過ぎて異世界に行っちゃいそうなのは、頂けないけどね」

「……あれなあ。どうするかね」

「……私は……信用できない」


 望海が、卓上の脇に避けられた手紙に目を向けた。

 元気印の望海だが、先日、いきなり父から届いたものを見てから、それを訝しむ発言は毎日欠かしていない。それに触れる時は、望海は内奥に怒りを押し込めて、務めて平静を取り繕っているのがわかる。

 溌剌として気持ちの良い望海だが。父のこととなると、その限りではなかった。


 なぜ、テレビを付ければ今も子供向け番組の世話になっているか。

 それは、テレビをつけて、父の顔が映ると望海の機嫌が悪くなるからだ。

 手紙にも記されていた、変えようのない事実。父、比嘉 郁人は、ヘヴンズとの窓口である企業、ヘヴンズドアの社長だった。近頃、世間はヘヴンズの話題で持ちきりである。郁人はその社長であるから、いつでもテレビに引っ張りだこで、端正な顔立ちも合わせて本業はタレントなのではないかと疑うくらいだった。


 ……そんな。長らく連絡の一つも寄越してこなかった実父からの手紙。

 突然届いた手紙に、兄妹は警戒と緊張と。そして高揚感と。それらすべてない混ざった複雑なものを向けていた。


 手紙には、今まで一度も連絡をしてこなかったことの謝罪と、その証として。ヘヴンズ旅行のチケットが添付されていたのである。

 しかも、無期限のフリーパス。値段をつけるなら億は超える代物だった。無論、転売などはできないように対策してあるだろうから売りには出せないが。


 実際のところ、司としては。

 もう、父に対して、何を思うこともなかったのだ。日々の生活費くらいは振り込んでくれていたが、つながりなどそれしかなかった父。あろうことか、母の半年後に亡くなった父方の祖母………つまりは、自身の母の葬式にも、父は顔を見せなかった。

 父に対して。期待とか、親愛とか。そんなものはこの三年間で擦り減って消えていた。


 そんな中。ヘヴンズへのチケットと共に送られた手紙。

 どんな感情をぶつければいいのか、抱いているのか。兄妹自身把握しきれているかと問われれば、司は首を横に振るしかなかった。


「……だよな」


 けれども、だ。

 ヘヴンズへの夢を募らせてきた司は、目の前にあるチケットに、どうしようもない高揚感を覚えていた。

 それもまた。変えようのない事実であった。


 そんな司を見て、望海は一つ溜息を吐いた。


「……アイツは信用できないけど。でも、それは本物だし。……アイツに会いに行くわけじゃないもん。行ってもいいと、私は思うよ」

「……大丈夫か?」


 父への忌避感など擦り減り切った司は、望海よりも父に対してフラットだ。それが良いことなのかは、司にもわからないが。


「……私だって。行きたいとは、思うからね」

「わかった」


 ……結局。どうしても、二人は憧れを捨てられなかった。

 異世界。

 魔法の世界。

 そこに自分も赴き、魔法を使える。

 その高揚感に抗う術も、意思も。

 持ってはいなかった。



「司君、司君。おはよう! うんうん、今日も、良い天気だねえ」

「だな。ここはいつも、気持ちが良いよ」


 目を覚ますと、そこは見渡す限りの草原の中。肌を撫でる陽光と微風が心地よく、空気も美味い。

 ぼーっとしているだけで一日を過ごせてしまいそうだった。

 が、そうならないのは、目の前にいる少女のおかげだ。


 夜来 早希。

 若干青がかった白髪、紺碧の双眸、強くはないけれど確かに存在を主張する膨らみを純白のワンピースに包んだ、街中にいたらきっと百人中百人が目を奪われる美貌と笑顔の少女。


 司とて例外ではないその笑顔が紡ぐ、『おはよう』、だが、その挨拶は、司には相応しくなかったりもする。

 なぜなら、だ。


 ここに来る時、司は『眠っている』のだ。


 つまり。ここは、司の夢の中なのである。


 明晰夢、というものがある。

 端的に言えば、夢を見ている、と自覚しながら見る夢。その名の通り、意識が明晰な夢である。夢の中で夢と自覚すれば全能のように振る舞えるとかいうアレの、前提の部分。


 実際のところ、今は望海とヘヴンズについての意見を纏めた日の夜のはずだ。

 毎夜ではないが、司は眠る時この草原にいて、早希とたわいもないことを話す夢を見る。傾向としては、何かに落ち込んだり、喜んだり。感情の波が激しい時に早希の夢を見ることが多いが、絶対ではなかった。


 司は、この夢が好きだった。早希はどんなにくだらないことでも真剣に耳を傾けてくれて、悲しい話をすれば泣いていたし、嬉しい話をすれば笑ってくれた。

 そんな夢を、幼少の頃から繰り返し見ている内、いつしか、夢どころか、早希そのものを好きになっていた。

 恋とか、そういうのはわからないが、早希という存在を好ましく思っていたのだ。


 家の塀の上を、バランスを取って歩く子どものように、両手を肩の位置にまで上げ、大きな歩幅で歩く早希に着いていきながら、司は会話を続ける。


「今日も変わったことはなかったのか?」

「うん……なぁんにも。だからなるべく来るようにしてね」

「あんまりいじめないでくれ。来たくて来れるなら毎日だって来てるのに」

「えへへ。まあ、その言葉が嬉しいよね」


 ニンマリ笑う早希だが、その表情の奥底には、絶大な孤独が窺えた。


 司には、早希という存在を説明できない。……いや、したくない。

 どんなに思い入れようと、早希は夢中の存在である。そんな彼女に特別な感情を抱くというのは、アニメのキャラクターに入れ込むも同然なのだ。


 だからと、目の前の早希を放っておくことは、司にはできないが。

 早希がどのような存在であろうと。

 抱く感情に偽りはないのだから。


 かつては自己嫌悪に陥ることもあったが、早希の笑顔はそれすら吹き飛ばした。


「……俺も。早希と話せるのは、嬉しいから、頑張って来るようには、する」


 実際。

 夢なのだから、精神的な状態に影響されるはずだ。精神に波が起こると早希の夢を見る傾向にあるのなら、それが多いような日々を心がければ良い。

 司が勉強に励んだり趣味に勤しんだりするのには、そういう理由もあった。

 どんな理由があろうと勉強は嫌いだし、当然趣味は大好きだ。感情に波は起こる。


 司の言葉を聞いて、早希はなんだか嬉しそうに、足を止めてこちらに振り向いた。


「うん、うん。ありがとう!」


 そんな早希の笑顔は、やはり格別で。

 夢だろうがなんだろうが、どうでも良くなる魅力を湛えていた。



「望海ちゃんは元気?」

「ああ。今日も朝から大変だった。兄を叩き起こす妹なんてのはフィクションだから許されるものだと思う」


 果てのない草原の中を歩き回り、少し疲れて、二人で大きな切り株に腰をおろした。

 木が切られているのなら、人がいるのでは。そう考えたが、夢の中であることを思うと、考えるだけ無駄か。おそらく、自身の中にある草原のイメージが具現化されているのだろう、と司は結論づけた。


 今はとにかく、早希と話すことが肝要である。


「私も司君を起こしてあげたいなあ、望海ちゃんが羨ましいよ」


 しみじみと、早希は言う。その言葉は思春期の男子に放つにはあまりにあんまりだと司は思うが、その辺りの機微など早希にわかるわけがない。

 たじろぐ司を前に、早希はきょとんと首をかしげるばかりだった。


 その後、早希と色々なことを話した。勉強に行き詰まったこと。将来のこと。バイト先に現れたクレーマーのこと。


 そういったマイナスな話題に関しては、早希は決まって「大丈夫、大丈夫。願い、夢は翼、思いは風。心の持ちよう次第で、どこへだっていける。何にだって、なれるんだよ」、などと返した。これは幼少の頃から変わらない早希の持論のようで、この考えは司にも大きな影響を齎している。

 気にかかる点と言えば、当の早希自身がこの場に押し込められていることくらいだ。

 ……この夢が自分の心象風景だとしたら。

 もしかしてかなりやばい性癖持ちなのでは……? と、司はたまに頭を抱えることがあるのは、無論早希には話していない。


 そうして暫く話した後、唐突に、早希は見透かしたように笑って、


「司君、何か隠してるでしょ。しかも、多分良いことだ」

「……敵わないな」

「何年の付き合いだと思ってるの。私を相手に隠し事なんてできるわけないって」


 エッヘン、と、早希が胸を張った。

 微かに、けれど確かに揺れる、存在を主張する、決して小さくはない(というかどちらかといえば大きい)膨らみ。直視するわけにもいかず、司は目を逸らした。そんな司に、また怪訝そうな顔を向ける早希だった。


「わかった、わかった。これはけっこうすごいことでな。まあ、早希にはわからないかもしれないけど」

「おー、何やらわからないけど、早く早く」


 自分の知らないことでも。いやだからこそ、早希はなんでも知りたがった。こんなところで日がなぼーっと過ごす他ない早希。外部からの刺激を司以外に持たない早希は、司の話に飢えている。


「なんと。週末、ヘヴンズに、行けることになった!」


 前々から、ヘヴンズについては、早希に話していた。司の異世界への憧れなども含めて。それらに対しても、早希は「うん、うん」と穏やかに相槌をうったりしながら聞いてくれたものだった。


 が。


 今回は、何かが、違った。


「……ヘヴンズに……? だ、駄目! 司君、それは駄目!」


 血相を変え、まるで世界が滅ぶ直前のような、そんな面持ちで、早希は司に訴える。


「私の___________」

「さ、早希……? どうした、早希、どうなるっていうんだ、早希、早希!」


 早希の言葉の最後は、聞き取ることができない。


 目が覚める兆候だった。

 普段であれば、早希は笑顔で。しかし少し寂しげに。手を振って別れるのだが、今回はそうではない。

 最後の最後まで、早希は何かを司に訴えていた。



「……? お兄? どうしたの? 浮かない顔、してるけど」


 翌朝。

 普段通り、望海に起こされた。


 手のひらで眉間を覆いながら、司は答える。


「……いや、なんでも、ない」


 明晰夢とはいうが、司の場合、夢を見ている間は意識がはっきりしているが、起きてしまえば普通に朧げな記憶しか残らない。


 けれど。


 なぜだかも、思い出せないけれど。

 必死に何かを訴える早希の顔が、頭から離れなかった。

読んでくださった方、本当にありがとうございます。

感想や評価、誹謗中傷でもくださると、作者は嬉しいです。

水曜と土曜の夜の週二回、定期的に更新していきたいと思います。

今回は初回なので、もう一話分投稿します。ちゃんとヘヴンズ行きますよアピールも兼ねて。

では、よろしくお願いします。

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