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第10話 江馬千里は走りたい

 「来月は体育祭だぞ〜そろそろ練習始まるから水分補給忘れずにな〜」 

 朝のホームルームで担任の帯刀先生が黒板をチョークで軽く叩きながら話す。

 「一年生の競技は三つ。クラスリレーと借り物競走。最後に障害走だ。借り物競走は各クラス2人な〜」

 「体育祭かぁ〜!」

 教室は一気にざわめき、あちこちで歓声やため息が上がる。

 「俺借り物競走で女子と手繋ぐ!」

 「リレーとか燃えるよな!」

 「ていうか走りすぎじゃね?」

 「日焼けするの嫌だなぁ」

 その中で柳は小さく肩を落としていた。 

 「…はぁ。」 

 右隣から、凪沙の呆れ声が飛んでくる。 

 「どうせあんた、転んでチームの足引っ張るんでしょ。中学の時ひどかったじゃない!」 

 凪沙は冷ややかな目を向ける。

 「が、頑張るよ……!僕だって少しくらい、みんなの役に立ちたいし。」 

 「はいはい、口だけじゃなきゃいいけどね!」 

 そう言って凪沙は顔を背ける。


 その日の体育でさっそく競技の練習が始まった。 

 クラスリレーの練習中、目を引くのは水無瀬飛彩だった。

 普段は肩にかかるぐらいの黒髪ボブが特徴的な彼女だが、体育の授業では高く結んでポニーテールにしていた。普段見えない首筋と体操着の白いシャツ、軽やかなフォームでまっすぐ走り抜ける姿に柳の視線は吸い寄せられる。

 「かっ...かっこいい…!」

 無意識に息を呑んだ。

 (速い……それに姿勢もきれいだ……。僕も、あんなふうに走れたら……!)

 隣で見ていた凪沙はそれを見て胸がもやもやする。 

 「また…!」

 凪沙は唇を噛む。 

 (なんかモヤモヤする…なんなのよこれ…)

 「よ、よし……」

 柳が意を決してバトンを受け取った瞬間、足がもつれて転倒。派手に地面に倒れこみ、砂ぼこりを上げる。 

 「うわっ……!」

 「やっぱりね……」 

 凪沙が額に手を当て、思わずため息を漏らす。


 「こんなの無理だー!」


 運動があまり得意でない月麦や妹尾遥香、村上清吾とともに柳は弱音を吐いた。


 放課後、凪沙は柳に話しかけた。

 「はぁ...しょうがないわね!特訓よ!」

 「えぇっ!...なんの?」

 「走るのに決まってるでしょ!」

 いきなりの凪沙の提案に柳は嫌そうな顔をする。

 「あんた迷惑かけたくないんでしょ?私が教えてあげるから...」

 (私も得意というほどじゃないけど柳と2人きりで練習なんて滅多にないチャンスだわ!このためにたくさん動画見てきたんだから...これで柳が体育祭で活躍すれば...ふふ♪)

 凪沙は密かに妄想する。

 「じゃあまずは体力作りからね!今日はここ部活使わないらしいからまずは100周からよ!」

 「えぇ〜!」

 「いいから走る!」

 「は、はぃぃ〜!」

凪沙の剣幕に押されて柳は走り始める。

 


 一方その頃…

 (教室にスマホ忘れるなんて...先生にバレなくてよかったぜ…)

 江馬千里が忘れたスマホを回収して校門までの道を歩いているとヘロヘロになりながら走る柳の姿が目に入る。


 (なんだこいつ...いくらなんでも走り方下手すぎだろ…)

 

(もぉ〜!凪沙は途中でトイレに行くって言っていなくなっちゃうし…)

(あっ!)

ズサっという音とともに柳が盛大に転ぶ。

「いててぇ…」

その時柳の目の前の地面に影がかかる。



「……なにやってんだお前。」

顔をあげるとそこにいたのはクラスメイトの江間千里だった。普段は明るく振る舞っている千里からは想像できない冷ややかな表情ををしていた。 

 「え、江馬くん……?」

柳は驚きながらも質問に答える。

「あぁ…体育祭のクラスリレーがあるでしょ!そのために特訓してるんだよ…凪沙のスパルタの…」

「あのなぁ!」

「なっ…なに?」

 柳は今にも胸ぐらを掴んで殴ってきそうな千里の剣幕に怖がりながら千里の様子を窺う。


 「…」


「まずフォームがぜんっぜん違う!」

 「えぇ…!」

 突然のダメ出しに柳が唖然とするのをよそに千里は背負っていた鞄を下ろし軽くストレッチをして

「こうやって走るんだ…よく見とけよ。」

そう言って軽やかに走って見せた。

 「腕を振りすぎるな。視線は前。重心を少し低く保て」

 言葉に合わせて走る姿は、滑らかで美しい。地面を蹴るたび、空気が変わるような迫力があった。

 柳の胸が高鳴る。 

 (……すごい……かっこいい……!)


 

「こ、こうかな……?」 

 「そうだ。それで走ってみろ」

 柳は千里の助言を受けながら走り出す。まだぎこちないが、さっきより体は安定していた。 

 「おお……ちょっと走りやすいかも……!」 

 柳が感動していると千里は鞄を持って校門へと歩いていく。

 柳は千里を追いかけ、校門の外へ出たところで追いつく。

 「江馬くん!さっきのすごかったよ。僕、もっと走れるようになりたいんだ...良かったら僕に教えてくれないかな?」

柳は息を弾ませながら声をかけた。

 千里は立ち止まり、しばし沈黙したのち答える。 

 「…嫌だね。」 

 「え?」 

 「だから教えたくないって言ってるんだよ...」

千里は機嫌が悪そうに告げる。

 「...でもさっきはなんで教えてくれたの?」

「いやあれはお前の走り方が酷すぎたからだ。」

「ぐっ…それは言い返せない!」

千里の間髪入れないツッコミに柳は言葉を返せない。

 「待ってよ、江馬くん!」 

 千里はまた歩き始めるが柳はそれでもなお引き止める。

 「しつこいな!教えないって言ってるだろ...」

 「僕、このままだとクラスのリレーで足引っ張っちゃうんだ。……みんな本気で頑張ってるのに、僕だけ転んでばかりで……」

 「だから、江馬くんに教えてほしいんだ。僕、みんなに迷惑かけたくない!」


 千里の肩がびくりと揺れる。

 脳裏に浮かんだのは中学3年生の大会での光景だった。

 「はぁっ...はあっ」

 (あと一人...!もう少しで...うっ)

 最終コーナーで前の選手の背中を追いかけていたはずが次の瞬間には赤いトラックに引かれた2本の白い線が目の前に見えていた。何が起こったかわからなかった。

 ザワザワ...

 観客席の喧騒が耳に響く。

 (そうか...俺転んだんだ...早く立ち上がらなきゃ!)

 足を痛めたようだが痛みはない。千里は走り出す。

 最後の直線でゴールに見えたのはすでにゴールした他のチームのアンカーたちが地面に座り込む姿だった。

 走り終えたあと、千里を襲ったのは右足の猛烈な痛みと自分のせいでチームが負けたことへの罪悪感だった。

 

 「右足首の骨折、全治までには3ヶ月ほどかかります。」

 病院で医者の口から淡々と告げられた言葉に自分の身体が沈んでいくような心地がした。

 中3で、夏には最後の大会もあった。

 自分のせいでチームが負けた。その事実は千里に重くのしかかる。

 

 (……また俺はチームに迷惑をかけるかもしれない……)

 千里は心の奥で抉られるような焼けるような痛みを感じながらも、柳の真剣な表情を見て、言葉を詰まらせる。

 「だめかな...?」

 「俺は中学の大会の時に足の怪我して陸上部を辞めた。」


 「...」

 「俺は足が治っても部活の仲間に会えなかった。部活を辞めて陸上から逃げて勉強勉強って、そうやってここに合格してさ。かっこ悪いだろ?さっきだって本気で走れなかった。怖いんだよ俺はもう走れないし教えられないんだ。」

 笑いながら言う千里は柳に背中を向けて歩き出す。

 「じゃあな。頑張れよ。」  

 「…」

 「じゃあ…」

 「じゃあなんで陸上部に入ったの!」

 その言葉に、千里の胸の奥がわずかに柳の方を振り返る。

 「それは…」

 千里は言葉をつまらせる。

 「まだ…諦めてないからじゃないの!陸上を…走ることをさ!」

 

 「…」


 「僕は君のことかっこいいって思ったよ!君が走ってる姿を見て。あんなにきれいに走れるんだって!」

 

 「…」


 「君は全然かっこ悪くない!」


 「…」


 千里は無言で柳の眼の前に立つ。

 「ご…ごめん。言い過ぎたよね…」


 「…わかった。」

 

 「…?」

 柳はまだ状況がつかめない。

 「教えてやる。お前があのまま走ってたら怪我するからな。仕方なくだぞ!いいか、仕方なくだぞ!」


 「江馬くん…!ありがとう!」

 柳はそう言って勢い余って千里に抱きつく。

 「おいなに抱きついてんだ離れろよ…!」 そう言う千里の顔を2つの雫がこぼれ落ちた。


 一方その頃、凪沙がトイレからグラウンドに帰ってくると誰もいない。聞こえてくるのはカラスの鳴き声だけだ。

 「誰もいないじゃない!あのバカ柳はどこいったのよ〜!」

 凪沙の叫びはグラウンドに虚しく響いて消える。


今回からあと2話ぐらい体育祭の話です。今回は江馬くんのプロフィールの紹介です。

名前:江馬千里

年齢:15歳

誕生日:7月22日

身長:174cm

好きなこと:走ること・夏の雰囲気・小学生の弟と妹の世話

好きな言葉:「為せば成る」上杉鷹山より 理由は努力を体現してるから。

苦手なこと:数学、幼馴染で距離が近い女子のスキンシップが多いこと



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