序章
「必ず、君を迎えに行くよ。だから、泣かないで。その時には、きっと――――」
幼い頃に交わされた約束。
誰としたのかも覚えていない。
ただ、その人が、一族全員から〝朔月の忌み子〟と蔑まれていた私なんかを一番大切にしてくれていた記憶だけが残っていて。
叶うわけがない、交わされたあれは、ただの口約束であって、何より誰と約束を交わしたのかも覚えていない。
本当は、分かってる。こんな叶いもしないあの約束に、何時までも縋り付くことがどれだけ、滑稽で、未練たらしいか。
それでも、私は――――。
星屑程しかない僅かな希望をも希い、今でもその約束が叶う事を、夢に見ている。
◇◇◇◇
人々が賑わう帝都から、少し離れたところにある和風建築の大きな御屋敷。
――――月読命を御神体として奉り、代々霊力を持って生まれた女は、姫巫女として神託を担う月詠家。
本家の者達の生活を中心とする母屋から見て、丁度、鬼門にあたる場所に建てられた小さな離れにて。
「……ん……」
早朝の何時もの時間に、目が覚める。
夢から覚めてしまうこの時間が、何より一番の憂鬱な時間だった。
着古した着物に着替え、〝朔月の忌み子〟と呼ばれる切欠になった一つである腰まである白銀の髪を肩口で一つに結び、着物をたすき掛けにして離れの引き戸に手をかける。
「……」
きゅっと唇を噛み締め、ふと、庭に目を向ける。
今の季節、椿や、葉牡丹、山茶花など四季折々の花々が植えられている母屋に面した庭とは、真逆に離れ側から見えるのは枯れ葉が埋もれている茶色で埋め尽くされた寂れた庭。
雪が少し積り、所々に白色が入り混じった庭先。風が吹く度に冬暁が残る離れで、思わず固く目を瞑り身震いしてしまった。
父に、此処に住め。と言われた当初は、如何して?という困惑ともう家族として関われないんだ。という絶望しかなかった。
……けれど、慣れてしまったこの孤独な環境。
「っ……はぁ……」
自嘲気味に笑みを零しながら、余りの寒さに、水仕事などであかぎれだらけになっている悴んだ手を数秒見つめた後、気休め程度に自分の手を温めるように息を吹きかけてから台所へと、足を進めた。