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孤独の棋士  作者: ばんえつP
最終章 王棋戦編ー孤独卒業を懸け 不死鳥VS努力の鬼ー
80/81

長考

いよいよ二日目です。

「ついに来てしまったか。この日が…」

藤井は窓から見えた日の出に、運命の日の幕開けを実感する。

今日は王棋戦七番勝負第七局二日目。つまり決着局である。

午前5時、まだ寝ている人もいるであろうこの時間から会長として準備をする。今日はマスコミも沢山やってくるだろう。棋士達の控え室とマスコミの控え室は別である。マスコミの方はかなり大きな部屋を取っている。


朝食を摂り、廊下を進み部屋の確認を行う。対局室には既に立会人木村の姿があった。

「おはようございます。朝早くから準備ですか。」

「それはお互い様ということで。」


マスコミには午前8時以降に集合するように伝えている。駐車場には既にそのような車が続々と集まっているが、まだ車内で待機をしている。


村山は午前6時に目が覚めた。朝食を摂り、盤面を考える。一晩考えたようだ。睡眠時間は6時間を下回っていた。

「俺的にはこれぐらいでいい。」


河津は午前7時に目が覚めた。睡眠時間はしっかり8時間である。朝食を摂りこちらも盤面を考える。

午前9時から対局再開、対局室へは午前8時45分に入室とのこと。着替えの時間を考えると午前8時頃から準備は必要だ。

食事の時間はどちらも10分あれば充分のようだ。


午前8時、袖を通し、対局の準備を始める。この頃、玄関ではマスコミが列を作り、控え室へ案内されていく。先導は藤井が行ったが、味谷、北村、新庄、後藤も手伝っていた。


午前8時30分、控え室から順次対局室へマスコミが移動する。場所は事前に指定をしていた為、喧嘩が起きることはなかった。


ネット中継もこの時間からスタートした。東京から城ヶ崎と萩原が解説を行う。現地には羽川が向かった。昨日刑務所へ面会に行き、その日のうちに九州入りである。


立会人木村が入室した。一気に緊張感が高まる。ただ本番はこれからである。

午前8時45分、挑戦者河津龍棋、タイトルホルダー村山王棋の順に入室。カメラのシャッター音だけが響く。

まずは昨日の盤面まで進めていく。立会人の棋譜読み上げでお互いが一手一手指していく。

午前8時59分、木村が封じ手開封を行う。封筒に傷がないことを確認し、鋏を入れる。

中身を取り出し、午前9時。

「封じ手は、6四歩打。」

指して対局再開である。

すぐに村山が47手目、4五歩を指した。カメラがそれを注目する。その後、数分経って6三銀とした。

ここでマスコミは退室する。控え室でひたすらその時を待つのだ。記録係だけがその場に留まる。


「昨日対局終わって速攻で現地入りしたが、九州は中々遠いな。」

赤島が現地へやってきた。昨日は城ヶ崎との対局があり、それを終えてすぐに飛行機でやってきたようだ。

「河津の初対局の相手か。役不足ではないな。」

「初対局でなければ役不足と言いたげな様子だな。」

後藤の言葉に思わず反応する。


午前中は羽川と味谷が大盤解説へ向かう。

「ネット中継で来ているはずなのに、大盤もやるんだな。」

「ただ午前中だけらしいぞ。」


49手目、4六角打。50手目、5四歩。


「角が封じ込められたわけですが…」

「そんな馬鹿な手を指すわけないだろ?」

赤島、後藤、新庄で検討をしている。奥から北村、木村、藤井が見守る構図となった。


「東京じゃ二人はなんと言っているんだ?」

「城ヶ崎はこの手は布石との認識、萩原さんはまだ見えないって言っているよ。」


では大盤解説はどうだろうか。

味谷も羽川もこの一手が後々影響を与えるだろうとの認識であった。

「…と二人は言っているけど、どう思う?」

「…これは…ですね。」


51手目、7七桂。


(あの一手、嫌な手だな…)

(…これでこうすれば、行けるか…?)

お互い進む先は闇の中。光を信じてただ歩んでいくのみ。


「一日目の長考が響かないと良いですけどね。」

「予想外の手が出たら負けだよ。」

赤島と北村はその認識で一致した。彼らは戦いの中で、無駄になった長考を何度も見てきた。悔し涙を流してきた。


52手目、8六歩。すぐに同歩、同飛、8七歩打。

「千日手…?」

「無いよ。」

新庄の予想をすぐ否定した。

56手目、7七桂成。すぐに同玉。

「飛車は取られたくないわな。」

「そんな当たり前なことを言ってどうするんだ。」

「まぁ天才だと飛車と桂馬とかの交換とかすることあるだろ?」

「…いやそれは終盤だろう。」

8一飛

「…まぁそういうことだ。」


味谷と羽川が帰ってきた。入れ替わりで後藤と北村が向かう。


(一連の流れで相手の玉を前で出させた。ただここからだな。)

59手目、6五歩打。

午前中からスムーズな展開である。

(昨日長考が多かっただけに、ここで長考となれば負ける。次の長考は詰ます最後の確認。)

同歩。

同銀。相手も長考しない。


「ここまで長くても10分。早いペースで進んでますね。」

「…これは番外戦術での時間攻めとは違う。お互い長考したら負けだと考えている。」

「…まるで親父が昔タイトル戦に出ていた時のようだな。」

味谷、羽川、新庄の三人が控え室で時間について語っている。ネット中継の仕事は基本的に午後からなので、午前中は空いている。


5三桂打。時間は11分。今日一番長い長考だが、これぐらいなら普通だ。

「…村山が考え出したな。少し予想と外れたか?」

「よくわかりますね味谷さん。」

「番外戦術は相手の顔をよく見るからな。」

「…盤面を見るのか相手を見るのか。そこの違いが頂点に立つか否かを分けるんじゃ?」

「ほう、言うじゃねぇか。」


午前中もなんやかんやでもうすぐ終わる。それまでにどこまで進むか見ものである。

6四銀、同銀、同角。


「昼食まで残り13分。ここで使って考えるか?」


6分考え6三歩打。

「13分は長いってことですな。」

午前11時59分。昼食一分前に村山が4六角と指した。

「普通なら自分の指し手で昼食を迎えたいはずなのに…変わっているな。」


昼食休憩となった。控え室からマスコミも出てくる。指宿の旅館では沢山の料理を用意しており、多くの人の胃袋にそれが入っていく。

「やっぱり旨いな。」

観客でもある我々はこの美味しさを感じながら食事をするが、対局者は味がしないものだ。それを考える余裕がないのだ。


ネット中継では羽川が昼食を紹介していた。現地での状況などを報じるリポーターのような役割をしている。


(あそこで4六角…ある程度読んでいるとでも言いたげな様子だな。)


実質一時間の長考タイム。ここを有効に活かしていく。


「というわけで、大盤解説、後藤と北村でお送りしました。13時より、藤井九段と新庄九段でお送りします!」


「…後藤って人、かなり強い?」

「…調べたけど、まだタイトルは取っていないようだね。」

「いつか取るよ。大物になる。」


(志恩には何が見えているのだろうか。彼は本当に凄い棋士になるのではないか。そんな期待が自分の中で出てくる。それこそ村山、河津と言った今のトップ層を脅かす、そんな存在に…)


「河津龍棋、自分との初対局の時は、本当に平凡な棋士だったんです。養成機関も中々苦戦していたようですし。何がきっかけであそこまで成長したのでしょうか。」

「お前負けている癖によく平凡なんて言えるわな。次戦でボロ勝ちしている村山なら兎も角。まぁあの男が強くなったきっかけは幾つかあるらしいんだが、一つは睡眠時間、もう一つは仲間らしい。睡眠時間で並からトップ層に行くってのも普通はあり得ない。ただあの男は努力を昔からしていたという。努力が出来る人が結局一番強いんだよ。村山も同じだ。努力を積み重ねて序盤の鬼から不死鳥まで進化した。」

「ライバルがいるって言うのが大きいのでしょうか。」

「かもな。俺で言うと…米永とかか?」

「自分も強くなるにはライバルを見つけないと…」

「まずは努力だからな?」


「北村…瞬の方だな、あっちも羽川善晴も最終的には強くなるという努力を怠った。結果がこれだ。俺は引退するその日まで強くなる努力は忘れなかった。名を残した者は皆努力だけは怠っていない。」

味谷一二三は長い現役生活の中で、一度たりとも強くなる努力をしなかった日は無い。常に自分が強くなるにはどうすれば良いか考えていた。結果として番外戦術という相手の動揺も誘う独特な戦法を編み出したのだ。


対局再開、すぐに指していく。まだ最後の長考の時間ではない。


現在の局面は71手目、7四桂打である。


「少し村山の方が優位だな。」

ここまでしっかり悩んでも、村山優位の認識は一致していた。


それは、挑戦者が一番わかっていることだった。

(ここまでしっかり考えている。なのに何故悪くなる…?俺の限界なのか?いや違う。俺は仲間を得た。ここで負けるようなタマじゃない。)

一度優位に立たせたのなら、彼を間違わせるしかない。勝負手が必要になってくる。


(まだ油断してはいけない。向こうの手を警戒し、必要ならば長考も行う。)


藤井と新庄の大盤解説も城ヶ崎と萩原のネット中継解説も、控え室も間違わなければ終わりとの認識へ統一している。恐らく勘づいているだろう。それが嫌で仕方ない。


勝負の決着まで、あと僅か…

勝利の女神が微笑むのは、どちらか。


(俺が勝つ。それだけだ。)

次回 孤独の棋士 最終回

勝つのは仲間を得た河津か、不死鳥村山か。

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