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孤独の棋士  作者: ばんえつP
孤独の努力編-天才との格差-
8/78

孤独VS序盤の鬼 リベンジの一戦

お待たせしました。

河津VS村山、河津にとってはリベンジ。村山にとってはトップの意地を見せる対局。

勝つのはどっちか!?

龍棋戦第三局は、静岡県富士市で行われた。場所は吉原、江戸時代東海道の吉原宿として栄えた宿場町である。この対局は、小野寺の河津戦敗北が引き摺り、木村が勝利。防衛まで後1勝とした。

小野寺の不調はかなり騒がれており、天才棋士大丈夫か?との声をよく聞く。注目を集める棋士は大変である。


王棋戦トーナメント。河津四段対村山八段戦。観戦記者は八乙女、記録係は中尾。検討室は味谷、谷本、藤井、白河、北村、萩原、赤島の豪華体制。木村と小野寺はタイトル戦最中なので出てこず、新庄は劇場にクラシックを聴きに行ったようだ。

検討室メンバーは上記の通りだが、実際2つに分かれ、藤井、白河、萩原、赤島と味谷、谷本、北村の班となる。和やか組と恐怖組である。八乙女はなんとか和やか組の方に行くことができた。このメンバーなら頓珍漢でも許される。優しいからだ。


先手は河津に決まる。緊張感の走る対局場、中尾は唾を飲み込むことすら躊躇う。ただの棋戦トーナメントなのにも関わらずここまで緊張するのは、河津も村山も将棋至上主義であることが原因である。


前回の村山戦で河津は横歩取りを選択して、敗北した。寝不足も原因だが、村山が横歩取りの研究を深めていたのも原因だという。

河津は今回穴熊を選択した。赤島戦でも同じ戦法としたので、村山もある程度研究していたが、河津は前回の対局から更に対策を講じていた。幸い河津は相手が感想戦をしてくれないので、手の内を明かす機会が少ない。それもあり、次の手を知られずに対局ができるのだ。


「そういえば、プロデビューして2戦目が村山、3戦目が赤島だったが、今回は逆なのか。」

藤井が呟く。

「トーナメントは結構近いところに置かれがちですね。」

白河が返す。

ここは和やかな検討室であり、八乙女はこの風景をずっと味わいたいと考えるほどであった。唯一緊張感のない場所と言える。

さて味谷の方はどうだろうか?当然ピリピリしているのだが、喧嘩は起きてないだろうか?

「穴熊の直近事例じゃ、ここは村山が暫く耐える形になる。」

「河津君は相手の耐えを如何に長引かせるか…」

「まぁ正攻法で行くでしょうよ。」

北村のメンヘラ思考は表では出さない。その為彼と味谷、谷本の検討、なんとも不気味であるが一見普通に見えてしまうようだ。まぁ北村のメンヘラは分かっていることらしいが。


「彼に歪んだ愛を注いだら河津君は将棋が出来なくなるんだろうなぁ。うふふ」

北村は河津を廃人にしようと考えていた。孤独の棋士であることを逆手に取り、自分に依存させることで河津を弱体化させようという魂胆である。孤独から解放してくれるように見えて、孤独にさせる悪魔である。自分のものにすることで対象を孤独にさせる存在は実在する。気をつけよう。


(河津の穴熊は頑丈…そうに見えて弱点がある…のか?右から攻めれば穴熊を潰せるのではないか?)

村山は河津の穴熊に弱点があるのを確認した。無論、これは検討室もわかっていた。

右側から攻めれば河津の穴熊は崩壊する。しかしこれが正しいのか。崩壊することが勝利とは限らない。毒饅頭という可能性もある。村山は疑心暗鬼となる。


「村山は弱点のように見える毒を吸ってしまうのかね?」


外は雷を伴った激しい雨に見舞われた。対局室にも時々雷鳴が響く。

「雷ですか、こりゃ大変だ。」

藤井が呟く。雷の音で気が散りミスを犯す棋士もいるんだとか。

「怖いですね、なんかゴロゴロ言うの」

赤島が声を出すと

「未来くん、そりゃ雷なんだからゴロゴロは言うでしょうよ」

と萩原が返す。

「そういや昔、村山さんは雷落とされたことあったんでしたっけ?」

白河が無理矢理話を捻じ込む。向こうの検討室なら冷えるが、ここは明るく

「あぁ、やらかしの村山なんて言われてたな。」

と藤井が返す。

「確か数日前の対局で負かした相手と解説することになって、その試合を振り返ることになり、あの試合どうなったんでしたっけと呟いて、あ、僕に負けたんでしたっけと言った時は俺も冷え冷えだったなぁ。」

萩原が話した。なんというか哀れである。

「僕に負けたんでしたっけ。は完全な煽りよ」

藤井も乗ってくる。

「あの頃の村山さんってなんというか抜けているというか、たまに畜生が入るキャラでしたね。今ではトップ棋士の自覚があるのか、将棋一辺倒ですけど。」

白河は村山がトップ棋士になり、考え方を変えたんだろうと感じていた。

萩原も村山より先輩だが、段位は村山の方が上になってしまった。少なからず劣等感は覚えている。

「麻雀辞めれば、また慈聖くんと並ぶのか、いやアイツを越せるのかな」

萩原は切なそうに呟いた。

八乙女はこれらの話を記事にしていく。


味谷の方の検討室も雷の音は聞こえている。しかし当の本人たちは検討に集中して、その耳までは聞こえていなかった。

「右から攻めるのが毒饅頭としたら、ここはどう攻めるのが良いと?味谷先生。」

「そうだねぇ、何故右から行くのが毒饅頭なのか。その元凶を取り除く行為をすればいいんじゃないかな?」

「そうなると彼は敢えて左…という名の真正面から行くのが良いと、どのタイミングで右も入れるか。挟み撃ちですから」

「挟み撃ちとした場合、北村君はどのタイミングで行くんだい?」

「おっと、谷本よ。悪い癖が出とるな。」


河津は穴熊に毒饅頭を仕掛けていく。毒饅頭が河津に合った戦法だと感じていたからである。その為、ここ最近は毒饅頭、穴熊の研究ばかりしていた。毒饅頭も何重にも凝った形である。


「飛車のただ捨てですか?」

「あぁ、これ毒饅頭に見えるだろう?違うんだよ。」

「つまり、自分の首を絞めるだけですか。」

「相手からしたらこの飛車は毒饅頭じゃないと判らない限り取れないだろう?あからさまだし。」

味谷と谷本が会話をする。

「稀有な例ですね。飛車ただ捨てが毒饅頭じゃないなんて」

「そうだな、北村も分かってるか。大体のプロ棋士は飛車ただ捨てなんて毒饅頭に違いないと考える。過去の経験がそう言わせるんだ。プロ棋士が飛車をただで捨ててきたらそれは毒入りだと。河津はそれを逆手に取ったんだ。村山ほどの実力者はこれが毒饅頭であると思い込みやすい。まぁ毒入りか否かを今一所懸命に調べている所だろうね。」


味谷の言った通り、村山はこれが毒饅頭かどうか調べている所なのだが、難航していた。なんせどの筋でも大丈夫という確証がないと食べられない。河津は小野寺を倒した逸材。それもあってさらに疑心暗鬼になり、不快感を募らせる。

河津はこれが毒饅頭ではないただの飛車捨てであることを悟られてはならない。これを飛車を取られたら負けるのだ。逆にこの如何にもな飛車を取られなければ勝つ。


「八乙女さん、河津と村山の初対局の話をしましょう。」

藤井が八乙女に語りかける。河津のプロデビューから2戦目に当たる、河津村山戦の話である。

「河津は初戦の平泉戦に勝利した後、いきなり強敵に当たりました。何故こんなことになったのか。それは王誠(おうせい)戦のトーナメントが関係しています。王誠戦は、予選と挑戦者決定リーグに分かれていますが、挑戦者決定リーグの所謂シード者はたったの4名です。つまり多くの棋士が予選から参加するのです。」

藤井が話していると白河も入ってくる。

「だから自分も王誠戦初参加の時、いきなり味谷九段と当たって大変でしたよ。」

「こんな感じで新入りとトップ棋士が当たるなんてことがザラにあるんです。」

藤井の話を聞いて八乙女は

「つまり若手棋士にとっては越えるべき壁がすぐに出てくる棋戦と言うことですね」

とした。

藤井は続けていく

「村山はこの時、かなりの勝率でしたし、河津はまだデビューしてすぐ。師匠の入水が尾を引いていた可能性も否めません。結果として村山の勝利に終わった対局ですが、この対局、河津はあまりに惨い負け方をしているんです。普通プロの対局というのはものによりますが、大体朝スタートの夜終局です。王誠戦なんて典型的な夜終わりの棋戦です。まぁこんな前置きをしたらわかるでしょうが、この対局、何時に終わったと思います?」

八乙女は少し悩んで

「2時とかですかね?」

と答えたが、藤井は笑って

「まぁそう思いますよね?」

と返した。そのまま

「でも、この対局は午前中に決着しました。村山は持ち時間をほぼ使っていません。河津を最短手数で追い詰めたのです。」

とした。八乙女は手合違いにも程があると感じていた。

「それから暫く経ち、今回の対局となったわけですが、河津は急激に進化しました。谷本さんが言うには、彼の顔からクマがなくなったというのです。丁度その頃、神戸タイガースというプロ野球チームにいる八尋光選手が、睡眠は大事みたいな本を出していましたし、もしかしたらそれで睡眠改善したのかもしれません。2戦目の時の惨劇は、睡眠不足も一つの原因だったのではと。どうやら元々アマ時代から機関時代もパッとしない成績だったようですし、師匠である羽島さんは彼のことを見限ったように感じていましたが、睡眠改善をするように伝えてなかったのでしょうかね。まぁ彼には家族がいませんから、必要なことを施設や師匠が教えてない場合、重要と感じてなかったのかもしれません。」

藤井は今の河津の快進撃をこう捉えていた。睡眠改善。この推理は当たっている。

「あの時の河津なら村山は毒饅頭だと疑わず取ってたかもしれません。ですが、今は小野寺を倒した河津です。警戒するのは当然でしょう。」

一方萩原の方は河津が勝つのはやめてほしいと考えていた。

「稜くんが勝ってしまうと、駿くんとのタイトル戦の可能性が出てくるだろう?駿くんはえげつないメンヘラだし、メンヘラは人に伝染する。稜くんはメンヘラになってほしくないんだよね。だからまだ慈聖くんの方が、トップ棋士だし、心もしっかりしてるからメンヘラになる可能性は低いんだよね。」

北村とのタイトル戦は、過去3回行われた。トップ棋士であった味谷、谷本はメンヘラにならず済んだが、若手棋士で挑戦した三橋肇(みつはしはじめ)五段は、タイトル戦が終わった頃にはメンヘラだったと言う。当時付き合っていた彼女にも束縛をするようになり、それが原因で別れたのだと。更にそれ以降三橋は勝てない時期が続いているというのだ。

「折角渚くんを倒した逸材なんだから、メンヘラになっては困るのさ。強い時に倒したいじゃないか。」

萩原は河津がメンヘラになってしまうのは困るという、いや孤独の棋士への慈悲というなかなか珍しい感性をしていたのだった。


村山の長考は続く。河津に取ってこの時間は永遠とも取れる程長かった。飛車を取られたら自分は負け。取られなければ勝ち。河津はそれを悟られないようにする。この時間が異様に長く感じるのだ。

村山は飛車を取るか否かで悩む時間が短く感じた。永遠の時間が欲しいと思っても、持ち時間はみるみる減っていく。勝ちたいという思いが自分を動かすのはわかる。それがどの方向へ行けば良いのか。それがわからない。


村山の選択の答えが出たのは3時間長考した後だった。持ち時間をほぼほぼ使い切り、飛車を取らなかった。村山の中で飛車を取ると詰んでしまうという錯覚か幻覚か、それとも毒饅頭を強く認識したことによる無自覚な行動か。わからないが、村山はこの飛車を取ることは無かった。何百手読んでも大丈夫な筋を見つけられなかったのだ。

「取りませんでしたね。河津の勝ちでしょう。」

「やはり臆病になるものですね。」

村山は裏の裏を読み、それが外れた。相手と違う答えにする時も、よく裏をかきすぎては失敗するものだ。

村山の選択が誤りだと気がついたのは意外と遅かったのである。ほぼ投了寸前で気がつくというかなり哀れな結果となった。

「俺はまだまだだったのか…」

村山はそう呟き感想戦をせずに帰った。前回は相手が弱いから感想戦をせず、今回は自分が情けないから感想戦をしない。河津にとって感想戦をしてくれないことは当たり前であるが、理由は様々なのだ。


飛車のただ捨てほど怖いものはない。ただほど恐ろしいものはないのだが、それに臆するあまり、地雷を踏み潰し負けたのだ。

悔しいという気持ちは人を成長させるという。負けず嫌いは強くなる。というのは悔しいという気持ちがより一層出てくるからだと言われている。ショックを感じることもあるだろう。しかし村山に取ってこの敗戦は、より強くなるきっかけとなったのだ。

家に帰った村山は、師匠の森井信昇(もりいのぶしょう)九段からメッセージが届いていたのを確認する。

「今回の対局、村山君に取っては非常に悔しい対局になったと思う。私も昔、羽島誠八段との対局で、飛車を取らなかったことで負けたことがあった。

大丈夫、村山君は弱くない。この一局はより強くなる一局だ。」

村山は部屋で一人静かに涙した。


河津は帰宅後、この対局を振り返る。飛車を取られたら負けの局面。こんな相手頼りの勝ち方に納得は出来なかった。次戦の相手は味谷一二三。河津にとって苦しい対局は続く。


「次は番外戦術の鬼か。大変だが、俺は勝つ。」

昨日は投稿できずすみませんでした。ようやく完成しました…

最初の方はストックの解放だったのでのんびり書けたのですが、忙しいこともあって中々筆をとることができず、気が付いたらストックもなくなり、ついに投稿が空いてしまいました。

今回の河津村山戦はかなり長くなりました。5000字は初めてです。


村山の師匠は森井信昇と言います。元ネタは2人の村山のそれぞれの師匠です。段位は序盤の方の師匠から取りました。


自分吉原という町が好きなんですよね。東海道の宿場町で、岳南電車も走る町。江戸時代から栄えた町である。あの雰囲気が好きなんです。なかなか新幹線では行きにくい場所ですが、岳南電車とか是非乗ってみてください。(江戸時代の吉原宿を調べようと江戸時代 吉原で検索したら違うのが出てきたのは別の話)

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