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孤独の棋士  作者: ばんえつP
最終章 王棋戦編ー孤独卒業を懸け 不死鳥VS努力の鬼ー
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結論

王棋戦、ただのタイトル戦ではない。

それは男の意地である。

木村会長が会長職から退くと発表があった。それを受けて棋士総会が行われる。


こんな時期に棋士総会かと思われるかもしれないが、年中何かしらのタイトル戦が行われているので、仕方がない部分である。


次期会長候補として挙がっているのは、藤井と外部の監査役をやっている女性であった。

河津や村山、味谷らは藤井の会長を望んでいるようだ。棋士を纏められるのは棋士しかいないという考えからである。

特に河津は「女に権力を持たせると碌なことにならない。」と意見した。朝比奈家との戦いなどを踏まえての発言である。味谷はその意見には賛同しなかったが、後藤などは賛同した。


結果として、次期会長は、藤井に決まった。当初は、監査役の女性が会長になりそうだったが、かなり紛糾したそうで、長時間の議論の後、再度投票が行われ、結果として藤井健新会長の誕生に至った。


このような会議に河津が参加するようになったというのは驚きである。仲間を作り、将棋界を良くするために組織や朝比奈家と戦ったことが、彼を成長させたのである。

将棋しか興味がないではなく、将棋界の為なら直接は強くなるためには無縁なことも行う。本当に変わったと実感する。


第二局では藤井会長として、王棋戦の会場へと向かった。立会人は谷本である。元会長と現会長の共演だが、控え室に木村もいた為、前会長も揃うことになった。


ストレート勝ちを目指して努力をしたが、残念ながら村山が勝利。これで一勝一敗。勝負は振り出しに戻った。


メールが届く。「ストレート勝ちを目指していた君には悔しい結果だろう。ただ、タイトルを取れば良い。」森井からである。無論、村山にもメールを送っており、「油断をするな。」と伝えている。勝った後は慢心する危険性がある。二人はそんなことないだろうが、念には念を入れている。


今期の王棋戦はかなり盛り上がっているようだ。ネット上では、最強を決める戦いなどと言っている。河津がプロ入りした頃、誰も見向きもしなかった。それを変えたのは彼の努力に他ならない。


第三局は河津が、第四局は村山が勝ち、第五局も村山の勝利でカド番に追い詰められるが、第六局で河津がタイに戻した。つまり三勝三敗。運命の第七局に縺れ込む。


会場は鹿児島県指宿市。砂蒸し風呂が有名な旅館で行われる。過去にもタイトル戦が行われた場所だ。


最終局まで後一週間。それまでに研究を万全にし、タイトルを得る準備をしなければならない。


村山は寝る間も惜しんで研究を行った。相手が努力という部分で自分よりも上を行っている。つまり、何処かで彼よりも上を行かなければならない。第六局は、自分としては完敗だと思っている。だからこそ次は完勝したい。


村山の中には、初めてあの男に負けた日、あのメンヘラ棋士北村とのタイトル戦だった年の王棋戦のトーナメントが浮かんでいた。


ー裏の裏を読み、それが外れた。ー


選択を誤ったと気がついたのが非常に遅かった。自分にとっての汚点。


「俺はまだまだだったのか…」


そう呟いて去ったあの日。あの時の悔しさが自分を強くした。平凡な棋士から成長させてくれた。


(ある意味、アイツには感謝をしている。アイツもまた一番最初で俺が完勝し、悔しさを感じ努力したはずだ。そして俺もまたあの年のトーナメントで悔しさを感じ努力した。今俺は完敗して悔しさを感じている。次にそれを味わうのはお前だ。)


「今回の対局、村山君に取っては非常に悔しい対局になったと思う。私も昔、羽島誠八段との対局で、飛車を取らなかったことで負けたことがあった。

大丈夫、村山君は弱くない。この一局はより強くなる一局だ。」

まだ師匠が村山君と言っていた頃のメール。文面が変わっていったのはある意味期待の表れだ。

より強くなる一局というのも当たっている。最強と呼ばれるようになった。


(毒饅頭で俺は負けた。でも今は大丈夫だ。あの後本物の毒を飲まされたし、耐性と見極めが今の俺にはある。)


一方の河津もまた研究の日々である。対村山戦の戦法と普段の研究を並行して行う。時間は有限、効率を重視する。

「普通。面白くないただの棋士。」

「友達がいないぼっち。本物のぼっち。」

「まぁ有象無象でしょ。」

「小野寺がデカすぎるんだよ、比べちゃダメさ。」

「どうせすぐ弱者棋士扱いだろうによ。」

あの頃のネット評判、それを覆したのは自分の努力である。今や小野寺は小さい。もう本物のぼっちではない。有象無象じゃない。


最初にとったタイトルも王棋。だからこそ、このタイトルは俺が持ち続けないといけない。奪われたのなら奪い返せば良い。今期奪取して、以後持ち続ける。それが今の目標だ。


「一番になる。」


千駄ヶ谷駅の発車メロディも変更され、今までのベルからメロディとなった。

このタイトル戦の最中にも他の棋戦があり、河津はそれに参加する。


「河津稜という男に仲間が出来たらそれはアイデンティティの消失ではないか?」

「その分、強い棋士というアイデンティティが生まれるんだろう。」

序盤の鬼が終盤の鬼になり、不死鳥になったように、孤独の棋士もまた次のあだ名が生まれるだろう。


「村山に勝てたら大金星と多くの棋士は言われるが、そう言われない棋士が数人いる。そのうちの一人だ。」


名人格リーグ、相手は木村一也。結果は138手で河津の勝ち。第七局前最後の対局となる。

「この対局もまた、アイツは観ているんだろ?上等だ。ねじ伏せてやる。」


帰り道、今までもそうだが、千駄ヶ谷駅からの帰りは、いつも頭の中で反省会である。完璧な将棋というのはそれこそ将棋の神しか出来ないだろう。どこかしらで反省がある。無ければそれまでということだ。どんなプロでも100パーセントな対局はできない。


次の対局、負ければ自分は孤独卒業の試験に落ちたことを意味する。何としてても勝たねばならない。


「ん?メールだ。誰だ?」

相手は森井だった。

「河津君、いよいよ次は王棋戦第七局だ。今、恐らく絶対に勝たなければならない。という想いでいっぱいだろう。しかし、それは自分を苦しめる縄だ。将棋は楽しんでいないと勝つことはできない。将棋を指して楽しいと思えないと最後に勝ち切ることは出来ない。村山は苦しい時も楽しむようにしているぞ。」

実際の所、村山自身も勝たねばと思っている。だからこそ彼にも同じようなメールを送った。共に楽しみ良い将棋を指してほしいという森井なりの考えがあってのことだ。

「楽しむ…か。騙されたと思ってそう考えるのもありだな。」

そう思った瞬間、どこかワクワクする気持ちが出てきた。こんなの生まれて初めて…いや、違う。

「そういや、俺がガキの頃…確か、将棋を施設で見つけた時、こんな気持ちだったな…」


「そうだ、あの時俺は仲間が欲しかったんだ…ワクワクしながら将棋仲間を探した…そうだ、そうだ!!」

思い出した。俺が何故将棋を好きになったのか、森井の言葉が鍵だった。


「楽しんでやろうじゃねぇか!」


そうと決まれば後は楽しんで第七局を指すだけだ。そうだ。最強の棋士と戦える。こんな幸せなことはない。ついに、やっと、河津稜という男にそのような感情が湧いてきたのだ。


次の日、朝。久しぶりに施設に顔を出した。自分が将棋を好きになったこの場所は特に変わっていなかった。無論、研究もしている。しかし、今ここにいる事が勝つための道筋であるというのも確信していた。心持ちが変わるというのは本当に行動を変える。

「変なモヤモヤは無くさないと勝てないからな。」

奥から出てきた施設長は、自分がお世話になっていた時とかなり変わっていた。しかし、声や口調はそのままだった。隣には子供がいる。


「河津君、久しぶりだね。」

「第七局を前に、ここに寄った方が良いと思ってな。」

「ついに、そこまで上り詰めたんだな。」

「あぁ、あのメンヘラ野郎とのタイトル戦から時は経った。奪われたり奪ったりを繰り返した。そして今俺はここにいる。」


「なら、この子供に将棋を教えてやってくれないか?これもまた勝つための道筋だと思っている。」

「そのガキ、名前は何でいうんだ?」

「…北村志恩。あの北村駿の子供だ。」

驚いた。あのメンヘラ野郎の子供はここにいたのかと。

「ほう、あのメンヘラ野郎のガキか。」

「ただ、この子はメンヘラじゃない。むしろ君にそっくりな性格をしている。」

「そうか、面白い。」


河津は北村志恩に将棋を教えることにした。彼は、本当にあの男の子供なのかというぐらい性格が違った。まぁ実の父親の顔を本人は知らないだろう。無理もない。

ただ彼は、父親以上に将棋の才能があった。

(面白い。いつか大きくなれば、この男は中々強くなる。)

強い棋士を求めるのが棋士の性だ。弱い相手と戦っても面白くはない。村山レベル、いやそれ以上の強大な敵と当たるのを待ち遠しく感じる。


「どうかね、彼は。」

「センスがある。アイツはそのまま行けばかなり良いところまで行く。ただ、努力だけは忘れてはならない。最強だから努力しないというのは凡だ。本物は努力してこそ生まれる。」


(それに、良いアイデアも手に入った。育成機関や養成機関でアイデアを得た時も中々良い手が浮かんだ。それもやろう。念には念を入れて…)


次の日、養成機関に顔を出す。

「やっぱり来たか。」

村山もそこにいた。考えていることは同じだ。

「盤面は同じ、ただそこから得られるモノは人それぞれだろう。」


今期の養成機関は、平和な三段戦であった。

「ここから秀才が生まれることはないな。」

「同感だ。」

見切りをつけ、育成機関の方へ向かう。


「意外とこっちの方が面白いものが見られる。」

彼らの自由奔放な将棋は、ヒントを持っていた。


(なるほど…)

(これなら行けるな…)


運命の第七局開催前日、二人は鹿児島県指宿市へやってきた。立会人の木村、会長の藤井。そして今日は大盤解説として味谷、北村太地、新庄、後藤が来ていた。


「多くの記者が集まっているな。」

藤井が発言した、その目線の先には、異様な光景と言ってよいだろう。多くの記者が詰めかけ山のようになっていた。

「…勝った方が、頂点…」

木村はこれから始まる最高峰の戦いに武者震いした。


対局室へ入室する。

「これから検分を始めます。」

木村の合図で、スタートした。

「照明の位置、少しズラしてくれ。」

「座布団、こっちに変えてくれ。」

完璧な将棋を指すために、細かい部分まで指摘する。


「駒は二種類あります。どちらにしますか。」

「…こっちだな。異論は?」

「無し。」

「ならこれで。」


検分終了、前夜祭へ向かう。

「ここにいる奴らの中で、将棋の真髄を知る者は何人いるんだろうな。」

河津はボソッと呟く。多くのファンは、素人である。ただその人たちの人気で将棋は続いている。

しかし、客層の中に、将来のプロが混じっている可能性もゼロではない。


「それでは対局者に登場していただきましょう!!」


会場へ入った。そこで河津は目を見開いた。

「…施設長に北村志恩。面白いじゃねぇか。」

施設長は、彼を連れてこの対局を観に来ていた。最初は将棋をやめさせようとしていた男が、時が流れ丸くなったのか、それとも河津が凡人から非凡になったからだろうか。考え方を改め、この子供をいつかプロにしようと考えるようになったのだ。


北村瞬から始まり、北村志恩に続く。初日の大盤解説一発目は北村太地と味谷一二三。太地は関係ないが、今回は北村という名前がやけに目立つ。


運命の第七局、開幕。

勝つのはどちらか。

ついに第七局がスタートします。

楽しむ心が大事なんだと気がついた河津。

仲間を得て、ついに卒業試験へ挑みます。

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