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孤独の棋士  作者: ばんえつP
最終章 王棋戦編ー孤独卒業を懸け 不死鳥VS努力の鬼ー
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王棋戦七番勝負第一局

ついに最終章開幕!!

最強の男に挑むのは、孤独卒業を目指す男、河津!!

「村山にとって、あまりに大きな壁を用意してしまったかもしれない。しかし、それを越えた時、アイツは間違いなく将棋界に伝説を残す漢となる。」


連盟からの発表で今期から二日制七番勝負への変更が行われることとなった。お互い二日制の方が実力が出せると言うことで了承した。


「河津、村山の弱点は…」

「あぁ、棋譜を見ればわかる。だが、お前はアイツの師匠だろう。何故俺に加担する。」

「村山に壁を用意する為だ。その為に最強のライバルが必要だ。強くなる為には、同じ実力の敵が居るのがマストだからな。」

「そうか。」


「村山にとっては一番になる為の試験。河津にとっては孤独を卒業する為の試験。どちらも、次のステップに進む為の、大一番だ。」


第一局の立会人は、先日引退した味谷が務める。中原、桐谷のように現役を引退していても連盟に所属している為、立会人などの仕事は受けることがある。


会場は、愛知県名古屋市。朝早くのため、小田原、豊橋停車のひかり号に乗車する。


「史上最強とは、彼等のことを指す。」

今期のポスターは、このような煽り文句を入れている。


「準備はしてきたようだな。」

「確かにお前が言っている理論は正しいのかも知れない。この数ヶ月、俺は急成長できたと実感している。お前を倒して頂点に立つ。それだけだ。」


検分が行われた。お互いタイトル戦は慣れている為、あっという間に終わった。


対局前夜、お互いが最大限の研究を行い、相手を負かす為、自分が強くなる為に努力をする。どちらも天才と言われる中学生棋士ではない。普通のプロ棋士だった者達だ。ただ人よりも多く努力をしただけだが、それこそが、一番の才能だったりする。孤立無援だった河津は、努力するしか生きる道が無かった。人よりも強くなって稼がねば、自分自身が野垂れ死ぬだけだ。将棋の努力を続けてきた。後は仲間を作る努力。それが合格となるか、孤独卒業を掛けた試験が始まる。


対局日、多くのカメラマンが見守る中、振り駒が行われた。先手は村山。


「それでは始めてください。」

味谷の掛け声で、対局がスタートした。


先手、2六歩、後手8四歩。居飛車で今期の王棋戦が始まる。


「相掛かりか。研究したんだろう。」

戦型は相掛かり。最近はこの戦型が人気なようだ。


19手目、2七銀。そこから端歩連続。


「二日制となったことで、本当に強い棋士が勝つ対局となった。それがどちらなのか。見ものだな。」


(明らかに河津が強くなっている。それもこの戦法は師匠が使っていたモノ。俺への挑戦状か。上等じゃねぇか。)

(指せている。仲間というのはドーピングだな。)


無論研究仲間がいるからといって今までの研究をしていなかったわけではない。寧ろ、その質は大幅に向上したこともあり、かつての孤独研究は鳴りを潜めた。


「どちらも女性は強くなる為には必要ないと考える者。実際は俺や小野寺みたいにいても変わらないとは思うんだが。」

人それぞれ信条があって良い。今回は似た信条を持つ者。ただそれだけのことだ。


昼食休憩。この頃になると控え室には多くのプロ棋士が集まるようになっていた。

藤井、谷本、新庄、小野寺、萩原、城ヶ崎、中野。多くの棋士によって検討が進んでいく。

「引退したとはいえ、プロ棋士なのですから、味谷さんの意見も聞きたいですね。」

藤井の提案が飛んでくる。

「そうだな、小野寺もいることだし、教えておこうか。」

素直に受け入れた。引退して更に丸くなったようだ。

「まず、相掛かりは村山の方が得意だ。河津はあまり指している記憶がない。どちらかと言うと角換わりとかが多い。ただ、基本中の基本故に、そこで差がつくとは思っていない。」

「となれば、威風堂々よろしく攻め込んだ者が勝つと?」

「そうとも言い難いな。そこは穴熊攻略のプロとか言われているお前が一番詳しいだろう?」

「…受け将棋ですね。まぁ木村会長のように受け将棋一辺倒というわけではないので、なんとも言えませんけど、彼等もその分野は非常に強い部分ですからね。攻めさせる展開になると言うのは頷けます。」

「先を読んだ方が勝ち。何十手先まで…」

「その通りだ城ヶ崎。将棋というのは突き詰めればそれが真理だ。」

「…仲間というのはどうなんですかね?」

「谷本にも仲間はいるだろう?」

「えぇ、貴方以上にいますよ。」

「量より質だぜ?俺は小野寺渚という最高級の質を得ているからな。」

「僕が、最高級…?」

「あぁ、お陰で俺はここまでプロをしてこれたんだ。」

「河津は村山の師匠、森井と研究をしているらしい。質はどうなんでしょうね?」

「質は高いだろ。村山以外にも澤本、最近プロ入りした梶谷と弟子は多いし、そこがまた多くの棋士と繋がっている。つまりは多くの棋士のデータを森井信昇から貰っているんだ。コスパも良い。」


40手目、1四歩。端歩は全て突いた。

(ここは玉を移動させるしかないな。)

41手目、7九玉。

(ほう、前に研究でやった手だ。アイツも弟子を可愛がり嘘の手を教えていたわけじゃないと実感できる。これで俺が勝てば、仲間が必要だと完璧に認められる。)

6四歩。

(流石に厳しいな。以前の孤独男とは違う。今はもう、最強のライバルだな。)

8八玉。

(持将棋にはさせねぇぞ。)

6三銀。

(そうか、それなら…)

4六歩。

(さっきも感じたが、俺は指せている。手に取るようにわかる。)

5四銀。


「禅問答だなこりゃ。」

「それが二人には通じているのだから恐ろしいものだ。」

控え室のメンバーは、まるで未知の言語で会話をしているのではないかといった印象を持つ。

「俺と小野寺の対局でもここまでは行かない。」

「…そうですね。まだ英語ぐらいの会話でしょう。こんな意味のわからない言語は使いません。」

「クラシックでも作曲者の意図を読む時がありますが、クラシック仲間ならかなり意見は一致するんですよ。でもこれは、同じ仲間でも解らないんです。」

よく将棋星人という言葉を使うことがある。彼等は将棋星からやっていた宇宙人だという話だ。無論、そんなわけはないし、彼等も立派な地球人ではあるが、あまりにレベルが高い人のことをそう呼ぶ文化は確かに存在する。

「彼等はそんな将棋星人だと言うわけか。」

「巫山戯ているとしか思えませんけどね。ただ、そう思わないといけないほど、彼等は別次元の対局をしているわけですね。」


味谷がいて、谷本がいて。普段ならピリつくはずの控え室は穏やかなムードに包まれている。異常だ。ここにいるプロが、素人のような発言しかできない。


「味谷さんですら、わからない。小野寺君ですら、わからない。わからないということだけがわかる。」

わからないという闇、我々はそれを闇として思って終わりだが、当人はそれより先を目指さねばならない。プロ棋士ですら探求を諦めるその先の境地とは。


一日目が終わる。60手目、1六角成を見て村山が封じた。


立会人として一日を過ごした味谷は、戻り際、谷本に話しかけられる。

「本番は明日ですが、どうなるでしょうね。」

「さぁ、わからんよ。」

立会人でもわからない。それが今の二人の世界だ。


二日目、両対局者が集まる。味谷が現れ、封じ手開封の儀。封が切られていない事を確認して、鋏を入れる。封じ手は、4五銀。その言葉で村山が指す。そして二日目が始まる。


「では再開です。」

その直後、同銀と指す。読んでいましたよと言わんばかりの一手だった。

(ほう、これが河津の返事か。)


(わかっている。お前がその手を指すことは。研究相手が必要というお前の意見は残念ながら頷かざるを得ない。悔しいがお前は優秀だ。)


「俺たちはタイトル戦を自分が一番であるということの証明に使っていた。彼等もそうだ。ただそれ以外に村山にはもう一つある。信条の証明だ。」


70手目、8五桂打。ここで長考。そのまま昼食休憩。


「村山が長考したのは、最後まで見透す為ですな。」

「ここで終局を読む、そのシナリオは、真か。」


昼食明け、覚悟を決めたような出立で、8六銀を指す。ここからは、誰にも止められない。

(ほう、その手で来るか。どこまで読んでいるんだ?)

河津にとっても予想外の手だったようで、長考に入る。無論次の一手は9七桂成一択である。しかし、それ以降の変化がわからない。読めない。相手がどこまで読んでいるか読めない。


「味谷九段なら、この場合どうしますか?」

「次の一手はみんなと同じ9七桂成。ただ、それ以降となると話は別だ。王手だから当然同桂とするが、その後からは変化が多い。相手もどこまで読むかわからないしな。俺なら…」


2時間、持ち時間をほぼ使い切り味谷の予想通りの手順に進む。

村山も持ち時間を使い切り、終盤戦へと移動する。


「俺はこれが答えだ。」

8四香打。勝ちのレールへ進んでいく。

秒読みの中、8五桂打。


「河津の持ち時間が3分から減らないですね。」

「チェスクロック式なら、持ち時間は1秒単位で減る。しかし、ストップウォッチ式は59秒までは持ち時間を減らさない。つまり、彼はそれを駆使して持ち時間を減らさずに永遠の3分を実現させている。」


同香、同桂、7四桂打。


「アイツは村山が思っている以上に仲間によって進化した。唯一の弱点を無くしたようなもんだ。」


3六香打、6六桂。


お互いの顔つきは真剣そのもの。オーラのようなものも見えるという。


3二香成、王手を掛けにきた。

同玉、6八金、7八桂成、同金、5八銀打、2九飛、2七香打、9九飛、8四歩打、9三桂成。

息を呑む戦いとはこのことだ。お互いが全力で戦っている。将棋星人と呼ばれそうな二人が。味谷も投了はまだないと考え、準備はしない。モニターを前に戦況を見守る。

「同桂…」

まだだ。時間はないが、決着はまだだ。

3六桂打、3三銀、7一銀打、8一飛。


「河津の顔が苦しいか?どこまで読み切っているのか。もう後戻りはできない。」

谷本は二人の戦いの様を見て自身もアドレナリンが湧いてきていた。最高の景色がそこにはある。

「これが、今の将棋界なんだろう。」


ついに村山が攻めに出た。王手を続けていく。これで詰めば彼の勝ち。負ければ、河津の勝ち。

既に手数は127手。2一飛成。


「王手ではないが、詰めろか。」

1四玉、1二龍、2五玉、1七香。


「…詰まなかったか。」

その攻撃の手は、届かなかった。後一駒、足りなかった。

「下駄を預けた。次は河津のターンだ。」

9五香、1六龍、3四玉、9三歩打、9六香、同玉、9四歩打、5九角打、9五銀打、9七玉。


「終わりだ。お前は素晴らしい理論を生み出した。そして俺が証明した。」

8六歩、2六桂打、4五玉、2五龍


「永遠の3分をここで使おう。」

3分を使い、最後の確認を行った。


「3五金打。」

読み切りましたよ。メッセージである。


「…負けました。」


ついに、河津が、村山に一勝した。仲間という彼の理論を証明し、前回ストレート負けした相手に勝った。


「たかが一勝、されど一勝。」

珍しく感想戦が行われた。河津にとっては感想戦が行われることがほぼほぼ無く、相手が拒否することばかりであった為に、慣れない作業であった。


「これが、感想戦…か。」


王棋戦は、まだ始まったばかりだ。

この一勝は、第一試験クリアを意味します。

ただ、先はまだ長い。この苦しい勝利をあと3回先にしないと王棋にはなれません。


孤独の棋士 祝1周年!!

第一話は去年の7月31日に投稿いたしました。そこから多くの方に見ていただき、ここまで続けて来られました。ありがとうございます。

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