名人格開幕!名人格七番勝負
遂に名人格編がスタートです!
春が来た。名人格の季節、前期21年ぶりに返り咲いた味谷一二三と、久しぶりのタイトル戦、神童小野寺渚。初代中学生棋士と五代目中学生棋士。今回のタイトル戦は注目の高いものとなった。
初戦は東京都文京区、ホテル豊島荘。としまと書いてとよしまと読む。豊島区に無いのに豊島ということで話題になったこともあるようだ。ここのオーナーが豊島という人で、大の将棋ファンである。
検分が行われた。立会人は新庄。お互いが駒の確認などを行う。このホテル豊島荘は21年前の第三局で使用されており、その際は味谷が勝利している。
「ここで君と対局できることを嬉しく思う。」
「自分もです。尊敬する味谷さんと檜舞台で指せるのですから。」
翌日、大勢の将棋ファンが見守る中、名人格七番勝負は幕を開けた。先手は味谷。角道を開ける。
小春も菜緒も対局を見守る。
「大丈夫だよ、渚君も強いんだから。」
「小春さん…」
漢の戦いは、仲の良い者が全力を出し切って戦うことにある。
森井家では、村山の研究会、そして森井と河津の研究会が行われていた。正直前回負けたことで、再度不信感が募っていたが、非公式戦のことなど忘れた老人だと一度は考えてやることにした。次同じ間違いをすれば、十六夜の時のように絶縁するまでだ。
「次は間違えるなよ。」
「…すまない。」
自分の師匠があの男に色々言われているのを黙って見過ごせないが、ただあの男に人との付き合い方を説いた所で、そもそもを知らない人に納得させることなど不可能だ。
「それに、師匠が良いと言うなら仕方ない。」
仲間を作れと言ったのは自分だ。苦しいが仕方ない。
「河津君、味谷が振り飛車をしてきた。ここから導き出されるのは。」
「…穴熊以外。萩原という穴熊攻略のプロとこの前戦っている。それの攻略法は導き出している筈だ。つまりそれ以外を指さなければ終わり。神童など大したことのないただのゴミで終わる。」
ゴミでは終わらなかった。小野寺はしっかり穴熊ではなく引き角戦法を取った。
「まぁ、そうだろうな。味谷相手にもそこまで使っていない戦法、可能性はある。」
四間飛車に対して引き角で応対。第一局から面白い展開だ。
刑務所の面会に、羽川聖はやってきた。妹の咲と一緒だ。いくら犯罪を犯したといえど、自分達の父親だ。一応は会わないといけない。その思いでここに来ている。
あの頃、天才と呼ばれた男は、丸坊主にされアクリル板の向こうに現れた。
「…名人格が始まった。アンタが一番獲得したタイトル戦だ。味谷一二三と小野寺渚。味谷の四間飛車に対して小野寺の引き角で進んでるよ。」
「…そうか。すまないな…」
「あんな犯罪犯さなきゃ、俺とお前で親子戦もあったかもしれない。他にもプロ棋士が捕まる事案はあったが、やっぱり俺は許せない。」
「…お兄ちゃん。」
「…咲も俊光君もお前の影響で将棋ファンだ。そして俺もだ。犯罪さえなければ自慢の父親だったんだよ。」
「…そうだな。」
彼が出所した時、世間の目はどうなのか。
残されていた家族はどう接するのか。
「時間です。」
「わかった。とりあえず、ムショの中で今回の対局でも考えてるんだな。」
「…なぁ咲、お前はあんな父を父として認められるか?」
「…確かに犯罪は犯したけど、でも将棋強い、私たちに将棋を教えてくれた自慢の父親だよ。」
「…そうか。偉いな。」
刑務所から出ると澤本がいた。
「…お父さんに会いに行ったのか?」
「えぇ、澤本さんは?」
「俺は、元弟弟子に。」
東浜のことだ。
「そうですか…」
将棋界はあまりに多くの事件が起こり過ぎた。
だからこそ、タイトル戦、今回の対局は、平和に終わってほしい。
「昼食休憩です。」
午前中から見応えのある対局だ。研究会ではその後の展開を検討し続けている。お昼だというのに誰もその事を気にも止めず、ただひたすらに目の前の盤面に向き合っている。
「例えばここでこのような手が効果的だが。」
「自分はこっちですね。」
先程から言葉はこのようなものばかり。考え発言し意見を貰い考え、以下ループ。
「まぁ味谷一二三と小野寺渚の棋譜は、表に出ている以上にあるわけで、それは彼等しか知らない話。その中で出た戦法とかどうしようもないぞ。」
味谷森井戦という非公式戦の対局が運命を分けた決定戦、このように公式以外の棋譜は、表に出ない分、知っていればそれがプラスポイントになる。
昼食明け、早速仕掛けてきた。小野寺が角交換を実施、引き角戦法からの角交換である。
「仕掛けてきた。」
と誰もが思ったし発言もした。目に見えてわかるものには、裏があるのではと勘繰りたくなる。
「この展開は懐かしいな。うちの元師匠、アイツがよく好んでいた。非公式戦でな。」
味谷は師匠を途中を途中で変えている。破門はあれど逆破門は珍しい。
「今回はどう出ますか?味谷さん!」
「俺は、こう行かせて貰う。」
「は!?飛車と桂馬の交換だと!?」
「しかもこんな早い段階で?」
村山側の研究会は驚愕といった様相だ。村山本人ですら飛車桂交換はまだ先だと考えていた。
「向こうでは阿鼻叫喚といった感じだが、流石だな…」
「お前もよく見つけたな。」
こちらは既に飛車桂交換を読んでいた。
この段階で動くことも。
そこが転機となったか、着々と味谷の評価値を上げていく棋譜となる。
菜緒は哀しい目で見つめていたが、小春が優しく抱きしめていた。当の本人は、旦那が優勢なのにも関わらずだ。
「でもまぁ簡単に終わるならこの名人格は凡人格だ。」
そうだ、ここで簡単に終わるわけがなかった。
勝負手の連発、時間を使わずに対局を進めていく。忘れている人も多いと思うが、この対局は二日制、まだ一日目の午後である。既に沢山の戦いが起こっているのは以上なのだ。
「おっと、味谷ミスしたな。」
時間はたっぷりあったが、相手に考えさせる時間を与えたくないがために彼もまたノータイム指しをしていた。それが仇となり、ミスをした。
評価値が互角に戻った。
「気が短い奴だな。番外戦術やっているお前が一番番外戦術に弱いんじゃないか?」
波乱の幕開けとなった一日目が終了した。小野寺の封じ手で次の日へ続く。
森井一門以外は家に帰った。
「村山、河津に気をつけろ。アイツはあの飛車桂交換を正しく見抜いていた。」
「…師匠も見抜いていたと。」
「あぁ。仲間を得たアイツは今、お前を越えようとしている。気をつけるんだな。」
「師匠、アイツと仲間になったのは俺に最高のライバルを与える為ですか?」
「…それもある。が、俺自身、アイツの研究量を買った。正直最初はただの棋士だったが、あそこまで進化した。それが俺の興味に刺さった。吸い取るのではなく、お互いにウィンウィンの関係でいれば、どんな棋士が生まれるのか気になった。」
仲間を得た河津、それはもう努力の鬼の成れの果て。凡人から這い上がった男達の戦いももうすぐだろう。
二日目、封じ手8八飛。予想された手である。
「さて、運命の二日目。また同じように進めるか。」
一日経って気持ちは追いついただろうか?闘魂は残っているだろうか?
「ここで勝てば大きい。疲れる対局は勝たねば。」
負けの疲れは中々取れないものだ。
「メンタルの話は彼に影響がある。」
一度病んだ者には長い期間優しく接する。また逆戻りしないように。では病んだ者勝ちなのか?と言えばそう言うことではない。一度その状況を経験した者は、心の壁を修復したとしても、壊れていない状態とは違い脆い。故に、簡単に決壊する。
午前中はそこまで進まなかったが、午後になり進展があった。小野寺の仕掛けが炸裂したようだ。
「コンピュータ越え…と言われるんだろうな。」
しかし今度は村山も見抜いた一手だ。そして河津も、森井も、味谷も…
(負けたことで更に強くなった。正直村山を越えているんじゃないか?)
この前負けたのはむしろ奇跡とでも言いたげな様子だ。もう不死鳥に対して対等に、いや圧勝する可能性もある。
(後で報告だな…)
「見抜いていたから味谷が勝ちか?」
「いやその後の手を見ないとわからない。」
「またノータイム指しするんじゃない?」
その通り、ノータイムで相手に考える時間を与えさせない。そしてそれの応酬。一日目と何も進歩していない。性格を完全に熟知している。
それでも一日目と違い、彼は、間違えることは無かった。
「これ、一番解っているのはアイツだろうな。」
メンタルがやられるか心配だったが大事な人との対局故にその心配は杞憂に終わった。
笑顔もあり、悔しくもあり。
「負けました。」
その一言は爽やかだった。まるで名前の通り、渚のように。
「味谷名人格の勝ちです。」
まずは先勝。次も勝てば良い。
続く第二局もまた彼が勝ち、第三局も勝った。
崖っぷちに神童は追い詰められた。
味谷一二三が三連勝、この男なかなかやるなぁという印象です。
まぁ初代中学生棋士ですし、神童でしたからそうなのでしょうが…
味谷一二三と小野寺渚、仲の良い二人の対局。慕う渚と尊敬されている一二三。妻の小春と彼女の菜緒。
孤独の棋士では珍しい、モテモテ棋士の戦いです。




