待望
名人格の挑戦者はどちらか…
王棋戦は結局、村山のストレート勝ちであった。一度も苦戦しない最強のストレート。
虎王戦挑戦者となった新庄も武者震いする。名人格獲得経験のある彼ですらこの有様だ。
一局だけならラッキーパンチは入る。しかし、タイトル戦となれば、話は別だ。それを連続で何発も入れるのはトッププロでも難しい。
名人格は小野寺がなんとか倒した。しかし一発だから入ったのであってこの後どうなるかといえば別だ。
虎王戦は冬の名物、凍ったような目が、相手を確実に蝕む。
少しでも隙を見せればさようなら。完璧にやってもいつの間にか悪くなる。既に村山慈聖の将棋はその域まで達していた。
「負ける度に10倍、100倍に強くなって来る。これじゃカンストしない限り勝てない。」
そう言った棋士もいた。
虎王戦が行われている頃、梶谷の初対局が行われた。相手は高谷類。
初めての対局、プロとして対等に戦う。
もう自分を可愛がってくれた兄弟子はみんなライバルだ。
先手は高谷、対局開始。戦型は矢倉。
いつか兄弟子に追いつき追い越したい。その想いは、己を強くする。ただ相手は組織でも腐らなかった男。かなり手強い。
「うーん。」
つい口から漏れる。
三段も過酷だったのに、プロはその比じゃない。
それでも諦めたらここで終わる。プロ初対局は一回しかない。だからこそ白星で終わりたい。
中盤、仕掛けることにした。相手は確かに強いが、研究の賜物であるこの勝負手なら。
ポーカーフェイス、相手に悟られないように平常心で。
それを何度も何度も繰り返した。僕には仲間がいる。仲間がいる人は強いと村山さんも言っていた。
それを信じた。それでも苦戦していた。
「ここは、攻め続けろ。」
どこかから声がした。いや幻聴だ。何故ならここにいない不死鳥の声。でもヒントを貰った。
「わかったよ。」
目の前が茨の道でも歩み続けた。そして、ついに光が見えた。
「前に油断で失敗している。だからこそ確認を忘れるな。」
「大丈夫、確認は確実にする。」
プロ初対局、勝利。これからこのような戦いがずっと続く。恐ろしいが楽しみでもあった。
虎王戦もまた村山が連勝、勢いが止まらない。
流石に怖くなってきたという人もいる。
「彼がタイトルを取れば、もう取られることはないだろう。」
記者は口々に言う。そしてそれと同じぐらい神童が倒してくれることを期待していた。
虎王戦はその後、村山のストレート勝ちで防衛を決めた。もう後半になると、勝って当たり前のような空気感へと変わっていった。絶対王者は負けた時に報じられる。
一方味谷名人格へ挑む名人格挑戦者決定戦は、河津と小野寺の戦いとなった。
仲間を得た今なら勝てる。そう信じて相掛かりへと進める。
今日の検討室は豪華なメンバーだ。味谷、新庄、村山。名人格は虎王と並ぶ将棋界最高峰。新庄や村山もまたこの地位を手に入れたいと考える者だ。来期、必ず取るという覚悟で検討している。
「相掛かりか。研究の成果出るかだな。」
「…そっちは森井信昇と研究を始めたそうだな。ただ小野寺は俺と研究をしている。引退棋士と現役棋士の差は大きいぞ。」
「まぁそっちは長い期間やっているし、その面では不利だろうな。ただ河津は異様なスピードで成長する。今はそうでも後に差が広がる可能性は大いにある。
ネット上では、神童応援が100パーセントといった様子だ。もしも天才が挑戦すれば、味谷一二三と小野寺渚のタイトル戦という実質師弟のような関係の二人のタイトル戦が観られるからである。当然味谷本人もそれを望んでいる。
昼食休憩時、神童はある部分に注目していた。
「この手…確か味谷さんが森井七段と対局した時、この手で行って負けたって…」
午後には城ヶ崎と後藤もやってきた。検討室はハイレベルな会話となる。クラシック狂の新庄がそれを忘れるほど熱中しているというのだから、恐ろしいものだ。
「3六桂で行けば、ここから…」
「俺は2六歩だな。一度受けてから行くべきだ。」
「…敢えてこの手で。」
「…なんで瑞希システムは使ってくれないんだろ。」
一人残念がっている人はいるが、多くはこの盤面からの手を考えている。
「名人格はどう思うんだ?この一手なら行けるか?」
「…そうだな、多分アイツは今俺と森井の対局を思い出しているはずだ。その手を忘れているようじゃアイツは負けだ。」
「…棋譜のデータベースにはないぞ。」
「それもそうだ。非公式な対局、岡崎市で行われたイベントで指した将棋で棋譜も残っていないからな。」
「…俺の師匠がそれを伝えているのか。」
「まさかの非公式戦が鍵を握るとは…」
知らされていなかった。
彼はこの盤面を初めて観た。
「…これは知らない様子だな。」
「一発勝負なら入るんだよ。いくらタイトル戦でストレート勝ちできる実力でも、一予選では思いがけない所に落とし穴がある。お前ですら一発入って挑戦権を逃したんだ。」
タイトル戦はそのようなまぐれを無くすために番勝負としている。
しかし予選はほぼ一発勝負な世界。時には思いがけない棋士が挑戦することもある。もっとも小野寺渚は天才、神童、中学生棋士。挑戦が意外というわけでは無い。ただかつてストレート負けを喫した相手に一発を入れようとしている。それが事実だ。
「ここでアイツが負ければ、次は手がつけられないほど進化するかもな。」
「…そうなれば一番まずいのはお前だろ?」
「いや、一番嬉しい状況になる。」
「正直、ここでアイツが勝てばどうせ名人格はアイツのものになっていた。お前じゃ番勝負では勝てない。既に番外戦術への耐性は異様なほど付いたわけだしな。お前の番外戦術から始まり、メンヘラの北村、組織の番外戦術、闇堕ち小野寺。上のランクで一度は動揺しても、次はそれを克服する。もうお前の番外戦術じゃどうしようもない。闇堕ちしても無駄。目の前で自殺するぐらいしか方法は無いだろうな。まぁ不戦敗でお前の負けだが。」
「自殺?あんな奴のために俺の命を投げるわけないだろうが。」
「わかっている。だからこそお前には無理と言っているんだ。」
「だから今はいい。これで更に進化すればいい。」
その後も善戦はしたが、一度開いた差は埋まらなかった。タイトル戦とは違う戦い方、たまにはそういうこともある。
「一発勝負は一発勝負の恐ろしさがある。」
投了。小野寺渚の名人格挑戦が決まった。
味谷一二三と小野寺渚、待ちに待ったタイトル戦がまもなく、行われる。
記者会見で神童は感謝を伝えていた。自分を育ててくれる、ある意味親のような存在。そんな彼に感謝しかなかった。
「自分が病んだ時も、それを戻す…治してくれた存在。味谷さんには感謝しかないです。」
味谷さんという言葉には、一二三だけでなく小春も含まれていた。あの時、助けてくれたのは、夫妻なのだから。
「ついに、俺とアイツのタイトル戦が実現した。とても楽しみだし、とても嬉しい。全力で行かせてもらう。彼もまた全力で来る。最高のタイトル戦にしよう。」
ついに味谷一二三と小野寺渚のタイトル戦が実現しました。名人格で戦わせようと考えついにタイトル戦が実現します。
慕っている相手とのタイトル戦、どうなるのでしょうか?




