ミナトの想い
今回は少し短めです。
三段戦もいよいよ佳境、梶谷のほぼ当確とは裏腹に、二番手争いは過酷であった。
三枚堂、堀川、そして前回敗北した栗浜の三人が二番手に入り込む可能性を残している。最終対局が梶谷ー堀川と三枚堂ー栗浜である。
その一つ前で梶谷が勝てば彼が一位確定、負けた場合は地獄である。
王棋戦は第二局が行われている頃、三段戦の最終戦が行われた。
「いよいよ決まる。今期の荒れに荒れた三段戦の勝者、連盟棋士になる者が。」
今日は珍しく澤本や味谷も観に来ていた。本当なら村山が行きたい所だが、当人はタイトル戦で戦っているので森井一門から澤本が呼ばれたのだろう。ただ彼はタイトル戦が始まる前に「弟弟子の梶谷が四段になることを楽しみにしている。」と発言している。
京極先生もまた学校の中で、元教え子の昇段を期待していた。他の先生もまた、彼の応援をしている。
運命の午前対局、相手は二段へ降格が決まっていた男だった。ほぼ当確と言い続けていたのはこの対局の相手が理由である。
「…おい、お前の所の弟子、なんか変じゃねぇか?」
「…慢心ですね。これではダメだ。米永哲学の棋士には負けてしまう。」
まさかの苦戦、予想外の展開である。先に対局を終えた三段も集まってくる。
「これは最終戦、本当に狂った展開になりますね。相手は堀川、四段の可能性を残しています。」
午前終了、まさかの負け。その事実に昇段の可能性を残す者は驚いていた。
「可能性が増えたと言えば良いのか、相手が本気になると言えば良いのか。よくわからないけど、チャンスだと考えるしか無い。」
栗浜は彼に負けた。でも今、その彼に勝てるチャンスが来た。
「栗浜透、三枚堂望…どちらも候補、そして梶谷湊、堀川和泉…これもどちらも候補。この対局で勝てば昇段。それが二局もある。」
「勝った方が天国、負ければ地獄に取り残される。だからこそこの対局には目が離せないな。」
午後になり河津もやってきた。命を懸けた対局に名局あり。彼はその名局を観に来たのである。
「下手なプロ対局よりも見応えがある。」
どちらも対局が始まった。二つの対局をプロ棋士達は交互に見ながら検討していく。
栗浜ー三枚堂戦は相掛かり、梶谷ー堀川戦は相矢倉である。
「第一局を落としたことが精神的、動揺に繋がる。ここで踏ん張れるならプロでも大成する。」
ここで病んでしまうなら所詮その程度の棋士にしかならない。
(…コイツ、意外と精神力あるな。普通に良い対局をしている。)
梶谷はそうでは無かった。己が強い男だった。
三段戦は短時間の癖に体感時間はタイトル戦以上である。自分の将来を決める対局なのだから当然ではあるが。
あちこちで負けましたと投了する声が聞こえてきたが、この二対局はようやく終盤戦に入る所であった。ここまでどちらも互角。
「栗浜三枚堂戦、どう思う?」
検討室内で味谷が訊く。
「…先に仕掛けた方が負けです。我慢比べですよ。」
一方で梶谷堀川戦、こちらは先に仕掛けた方が勝ちと予想した。
「前に羽島萩原戦、まだお互いが絶縁する前の対局で同じような局面になったことがあってな。その際に仕掛けるタイミングを誤らせる一手を萩原が繰り出し、それが原因で羽島は負けたということがあった。今回も同じような手を既に堀川は仕掛けている。タイミングが重要だ。」
「先に仕掛けるにもタイミング…ですか。」
先に決まったのは栗浜三枚堂戦の方だった。先に仕掛けた栗浜は、全てを彼の受け将棋によって封じられ、なす術無く投了を告げた。これで三枚堂望の四段昇段が決定した。
「あと一枠ですね。」
「あの一手に対してどう攻略するか。」
「…羽島のミス、お前はするなよ…」
ついに梶谷が攻め始めた。堀川は受けに回る。
「このタイミングならどう…なんでしょうか?」
「少し早かったんじゃないか?」
完璧に見誤ったわけではない。
ただ少しズレていたのも事実である。
結果として攻めが続くかは微妙な状況となった。
「でも勝負手連発してるな。まるで村山のようだ。」
「兄弟子からは沢山学んでいますからね。」
不死鳥仕込みの勝負手はかなり鋭く、今日は一人の河津も唸るほどであった。
ただ堀川の受けも異様な強さである。まるで木村のような受け将棋だ。
「行ったな。」
「決まりましたね。」
午後4時。持ち時間が短い棋戦とは思えない長さで投了の声が聞こえた。
その声を発したのは、堀川和泉の方だった。
梶谷湊、四段昇段。ここに今期の荒れに荒れた三段戦の勝者、プロ入りを決めた棋士が現れた。
数時間後には村山勝利で王棋戦第二局も終了。報道陣に梶谷プロ入りの報を聞くやすぐに電話を掛け始めた。
森井一門の新星がここに誕生した。
一方の三枚堂もまた多くの友人からの祝福のメッセージを受けていた。どちらも望まれたプロ入りである。
梶谷が棋士番号319、三枚堂が320である。
「これからが楽しみな二人だな。」
「ですね。」
京極先生もまた、喜びに満ちていた。
「よくやったな!ほんと…!」
男泣きである。それで良いのだ。それで。
新たな知見も得られた今回の対局。
河津もまた、新たな世界への扉を開けたのだった。
四段昇段、プロ入りは梶谷と三枚堂でした。
まともになった三段戦で命を懸けた戦いをし、勝った二人。特に梶谷はまだ小学生の頃から話に出ていましたね。




