崩壊
三段戦と朝比奈戦です。
三段戦、プロになる棋士を決める戦い。朝比奈はもう絶望的な結果となっていた。
多くの棋士が我儘お嬢様に痛い目を見せてやろうという想いで対局をしており、集中砲火を受けている。
久しぶりに京極先生と会った梶谷、今三段戦で良い結果を出していること、もしかしたら今期プロ入りできるかもということを話した。
「でも、兄弟子など、多くの棋士が除名されたけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫です。先生!」
彼は本当は裏で繋がっていることを知っている。ただそれは恩師にも伝えられないことだ。だから大丈夫と言うしかない。
京極凛先生は今別の学校へ異動している。そこでも将棋は楽しいということを教えていたりするようだ。
「今の子にも、君みたいな将棋大好きっ子がいるんだ。いつかプロになって君と戦う姿を見てみたいぜ。」
教え子がプロ棋士になるなら、それほど喜ばしいことはない。
一方で負け続けているお嬢様、ご機嫌斜めのご様子。
「もう連盟に飲ませるわ。」
「わかりました。」
連盟はついに要求を飲まなければ朝比奈財閥に操られる所まで来てしまった。
「萩原、できる限り時間を引き伸ばそう。夜まで、深夜まで粘るんだ。相手が折れるまで頑張ろう。」
「麻雀と同じ、良い牌が出るのをひたすら待つ粘りが必要…」
運命の日、連盟対局場に現れた。木村会長はいつも以上に顔を引き攣らせていた。
「今日こそ要求を飲んでもらうわ!!」
「お嬢様、我々としましては…」
「もういい!そうやって延期させる気でしょう?」
「…お嬢様、落ち着く為に麻雀をやりませんか?私は麻雀のプロでもあるんですよ。」
「そうやって…」
「お嬢様、良いのではないでしょうか。麻雀プロと戦うなんてそうそう無いことですし、お嬢様が勝てばより要求を飲ませられます。」
「…うーん、わかったわ。」
そのような流れで麻雀が始まった。良い時間稼ぎである。木村はど素人、徳田はかなり良い様子。お嬢様のサポートもしている。萩原も同じようにサポートしようとしたが、全力で来てと言われた。つまり接待である。
協会では、今日も対局が行われている。味谷と小野寺は研究中だ。
「例えばこの手だと…」
「自分はこっちも良いと思います。」
その研究を村山は遠くから眺めている。
「…俺はここで3六桂だな。」
河津は森井と研究中、不死鳥と呼ばれるようになってからの彼の棋譜をひたすら調べている。
「…例えば俺がボロ負けだったこれ、一人で研究した時はここが原因だと思ったがどうだ?」
「…そうだな、確かに直接的な敗因はここだが、俺はその前、この手から向こうの術中にハマっていたように見える。特にこの手が特徴的だ。」
流石は師匠、弟子の癖を良く見抜いている。
「つまり、ここでこの手を指せば違ったのか…」
完全に信用するというのは難しいことだ。しかし、ここまで良くされると本当に信じて良いのではと感じてしまう。
河津、電話が鳴る。
「…わかった。」
岸辺による捜査が進んだようだ。
連盟の時間稼ぎ麻雀、千秋をのめり込ませるのが狙いだ。将棋を捨てて麻雀を目指せば、連盟として爆弾を渡すことになる。
「ロン!」
徳田や萩原のアシストもあり、朝比奈は着々と点を稼いでいる。楽しいと思わせることが、危機を脱する唯一の方法だ。
「で、いつになったら話を進めてくれるのかしら?」
ダメだった。会長も萩原ももう既に忘れているものだと思っていた。本当に今日受け入れなければならないのか。
「少し休憩させてください。」
「5分ね。それ以上ならどうなるかわかるよね?」
「わかっています。」
5分の猶予、徳田も外に出てきた。休憩のようで窓の外を眺めている。
「大変だろうな、あんな我儘女の世話係なんて。」
「それよりどうすれば…」
「牛歩作戦だな…」
5分経って戻ってきた。
「では始めましょう。」
徳田の一言で今回の優遇措置について話し合いが始まる。今回は決まるまで終わらないということでここからは体力勝負である。
「で、これで良い?」
「…少し訂正させて貰えませんか?」
「無理。」
「…そこをなんとか。」
ダメだ。この女、我儘を通す気満々だ。
「おい。クソアマ!」
突然外から大きな声がした。
「誰かしら?」
声の主は、その声に反応するように扉を開けた。
「…河津!?」
「何しにきた!お前は除名されている!」
「どうでもいい。この馬鹿な女が大事な研究時間を潰したからな、この女に復讐しないと気が済まない。」
「…木村会長と萩原さんは外に出てくださる?」
言いなりにした。もしかしたら村山が何か指示をしたのかもしれない。最もこの男が指示を受けるとは考えにくかったが、今はそれしかない。
部屋には河津と朝比奈、徳田だけが残る。
「ねぇ、何故連盟棋士を外に追い出したかわかる?」
「どうでも良い。お前みたいなブスが、どうせ犯罪一家なんだろ?」
「…今の発言撤回しなさい。」
「嫌だな、テメェの指図なんて誰が受けるんだよ。メンヘラクソアマが!」
遂にお嬢様、怒りの臨界点を越えた。
河津に向かって右ストレートである。
「良くやった。」
徳田の声がした。
「…瞬?私に向かってタメ口とは良い度胸ね
。」
「いえ、貴女に言ったのではありませんよ。私は彼に言っているんです。」
その直後、刑事が部屋に乗り込んできた。
「朝比奈千秋、暴行の現行犯で逮捕する。」
「…はぁ?貴方達見てないでしょう?現行犯じゃ。」
その言葉と同時に徳田が身分を明かした。
「警視庁公安部徳田瞬、執事をしながら朝比奈貿易の脱税を調べていた。見事に証拠が集まったんでね。協力者の彼に暴行罪を付けさせるよう依頼したんだ。」
今乗り込んできた刑事は岸辺。ここにいるのは公安の関係者だ。
「もう財閥の時代は終わりだ。家族仲良く塀の中で暮らすんだな。」
木村、萩原は外に連行されるお嬢様の姿を見て何が何だかわからなかった。
「…何故?」
「さぁ…」
その後徳田が公安の話を伏せて事情を説明した。
我儘お嬢様の執事が、公安警察。
隠れ公安は様々な場所にいる。
協会は千秋逮捕を受け、早速連盟に戻る用意を始めた。当然連盟も同じように用意を進め、3日後には、お互いはまた一つの連盟へ戻って行った。除名解除と境界での対局を連盟の成績とすることを発表し、何事も無かったように連盟棋士へと復帰した。
「まぁ一つあるなら、孤独の棋士が卒業試験の資格を得たことぐらいだな。」
逮捕されたことで朝比奈千秋は三段戦から姿を消した。
そして今、四段昇段候補の梶谷湊と栗浜透の一局が始まろうとしていた。
「ここを乗り越えた方がプロ入りだろうな。」
「つまり天王山?」
「…と言って良いのか?」
「異常が終わった三段戦、ここからが本番だよ。」
お昼のニュースでは朝比奈貿易の身売り話が話題に挙がった。新宿のテレビのついたビル前では、そのニュースを見上げる人々が目撃されていた。そこには徳田の姿もあった。自分が活躍したとは言わない。言えない。公安の哀しい性である。
「瞬?」
聞こえた気がした。振り返ってもそこにお嬢様はいない。潜入調査とはいえ、執事として彼女に仕えた男は、お嬢様の幻影を見てしまうようだ。そして幻聴も。
「おい、モリカワ。」
「…はい。」
彼は岸辺の指示でこれからモリカワという男に成り、新たな潜入調査を行う。
(次の相手はコルトパイソン357マグナムを持っているらしい。全く、誰がそんなものを。)
梶谷栗浜戦、戦型は相掛かり。栗浜の得意戦法だ。本来三段戦は短時間だが、異様な長さとなっている。お昼時点で終わっていないのはここだけだ。
「俺はプロになってタイトルを取る。お前はどうだ?」
「兄弟子に強い人がいるけど、その上に行く。一番の棋士になる!」
まだ終盤に入っていない。手数は異様な多さ。
ここで体力が無くなるようではプロにはなれない。
午後1時、笑顔になったのは、梶谷の方だった。
いつも兄弟子と研究をする為、長時間の対局に耐えられる体力をつけていたのだ。
「ほぼ当確か。二番手の方に注目だな。」
徳田は公安警察でした。潜入調査で朝比奈家の執事となっていたのです。
三段戦は梶谷が勝利、これは当確…でしょうか?




