卒業への糸口
ついに孤独の卒業へ駒を進める。
孤独の棋士卒業なるか。
孤独卒業への糸口は、孤独で努力したことなのだろうか。
平凡な棋士で仲間もいない男が、努力を人一倍した。結果、タイトルを取れるほどの棋士へと進化した。睡眠不足で負けていたのを広告を見て改善した。結果、成績は良くなった。
だからこそ、仲間を作る努力も諦めてはならない。
今まで誰も友達に、仲間になってくれなかった。
でも、目の前にいる人は違うかもしれない。
師匠も最初は自分に優しくしてくれた。
自分が結果を出さなかったからスパルタになった。
ただそれが理由で自分はプロになった。
なんだ、結局俺は恵まれているじゃないか。
楽観的な思考は、人を良い方向へ導く。
王棋戦は、村山の完勝で終わった。最初の頃は神童小野寺という風潮だったのに、いつのまにか将棋界最強は彼へ変わっていた。序盤は確かに昔から強かった。しかし、終盤の鬼、不死鳥へ進化したのは何故なのか。
「まぁ、似た奴がいるからだな。努力でここまで這い上がった化け物が。」
そう、彼は孤独の棋士の影響を受けた棋士だった。平凡な棋士がタイトルを獲得するサクセスストーリーが、自分を努力させた。頂点に君臨しようと考えるようになった。兄には勝てないという想いを捨て、兄が観たかった世界を自分が魅せる。その想いへシフトチェンジした。
河津稜と村山慈聖、どちらも最初からの天才だったわけではない。どちらかと言えば秀才タイプだ。そんな二人が、天才棋士小野寺渚を越え頂点で戦っている。
「ただ、頂点に二人も要らない。俺だけで良い。」
頂に登るのは一人のみ。その一人を目指して相手を蹴落とすのだ。
「師匠、あの男と仲間になったんですね。」
「悪かったか?」
「いえ、むしろ流石師匠と言わせてください。本当の彼と戦いたいという私の願いを叶えてくださるのですから。」
対朝比奈作戦もまた話が進んでいた。味谷が警視庁の松岡に話したことがきっかけで、松岡から広瀬、広瀬から岸辺、岸辺から公安へ話が伝わっていった。
「ナイスタイミングだな。」
岸辺は隠れ公安と呼ばれる存在であり、表向きは警視庁捜査一課所属だが、実際は公安部に所属している。自分が公安であると名乗る者は少なく、多くは何かしら別の仕事についていることが多い。
「朝比奈貿易の多額の脱税疑惑、俺たちは既に動いているが…これなら行けるかもしれないな。」
「その情報くれた味谷って棋士に感謝だな。」
三日後、木村と村山が電話で話し合いをする。なお除名されたというのは表向きであり、不死鳥は木村を会長と呼ぶ。
「会長、こっちでは一つ良い案が浮かんでいます。連盟で対応お願いします。」
「…わかった。その案で一応通してみる。」
次の日
「千秋お嬢様、私と一局指していただき、お嬢様が勝てばプロ入り、更に会長の座を与えるというのはいかがでしょうか?」
「あら、良いアイデアね。でも負けてもプロ入りにしてくださらない?」
そこは協会側から絶対に譲るなと言われた部分であり、難色を示した為破談した。
「そうですか…プロ入りが絶対条件とは厄介ですね。」
「あぁ、すまんな。」
「いえ、あの我儘ぶりは流石に度が過ぎてますし、会長はよく頑張っていらっしゃいますよ。」
村山も丁寧に下に下にと行く。珍しい姿である。
「ダメだ。あの女、負けてもプロ入りとか舐めたことほざきやがった。」
「マジでふざけんなよあのガキ!!」
河津が真っ先にキレるこの光景も何度見たことか。
苛立ちながらも自宅へと向かう孤独男、最近前の、火事になってしまった家に帰りそうになる。今は引っ越してなんとか新しい住居を得たというのに。
「おい、河津か。」
「ん?ポリ公の松岡か。何の用だ?」
「…お前朝比奈千秋嫌いだろ?」
「当たり前のことを今更答えるつもりはねぇよ。」
「丁度良い。あの女に取られた時間の復讐ができるチャンスだ。」
そう言われると高級車に乗せられた。
「目隠しだけして貰いたい。」
「まぁいいが、何する気だ?」
1時間後、目隠しが外された。
「河津稜君。自己紹介をしよう。警視庁公安部の岸辺だ。」
「ん?お前捜査一課じゃねぇのか?」
「それは表向きだな。お前達も表向きは連盟を除名になっているだろう?それと同じだ。今回本当の役職を明かしたということは、協力をして貰いたいということだ。そうそう、松岡は本当に捜査一課の刑事だ。俺が明かしている数少ない刑事でもあるがな。」
「…はぁ。」
「朝比奈千秋含む朝比奈貿易の件についてだ。」
「興味あるだろう?我々公安では前々からマークをしていたんだ。そんな中連盟を乗っ取ろうとしている話を味谷って棋士から聞いてな。そこで協会という所で誰が一番あの女を憎んでいるのか調べたらお前がヒットした。そこで協力を依頼することにした。」
「具体的には何をすれば良い。」
「朝比奈千秋は傲慢な女だ。だからこそお前が挑発をする。向こうが手を出すように仕向けるんだ。」
「それで暴行罪で逮捕、そういうシナリオか?」
「暴行罪以外もある。この書面にサインしてくれ。」
秘密保持契約、破れば自分も終わる。
「あぁわかったよ。」
「…朝比奈貿易は脱税疑惑がある。」
「ほう、それを調べていると。」
「あぁ、そしてこれが明るみになれば、朝比奈貿易は壊滅するだろう。それぐらいの巨額な脱税だ。」
「つまり、あの女も地獄に堕ちるわけだ。」
「そういうこと。」
自分にとって合法的にあの女を地獄に堕とせる。この協力関係に乗ることにした。
「どうせ俺に口外出来るような仲間なんて…」
そこまで言って言葉が詰まる。そうだ、ついこの前までそうだった。でも今、森井という研究仲間がいる。これが本物の仲間なのか、十六夜のような仲間のふりをした者なのかはまだ自分にはわからないが、孤独卒業試験を受ける資格は得たのだ。
「まぁ友達はいねぇよ。安心しろ。」
なんとか自宅へ帰ることができた。ある意味自分も隠れ公安である。協力者ではあるが。
「悪くねぇ。アイツらに地獄を見せられるなら。あんな雑魚相手に対局などしても意味は無い。」協会の案を投げるクソアマにブチギレるのはさておき、心の底では対局させる価値なしと考えていた。
「向こうが幸福の絶頂にいる時に地獄に堕とせば、絶望した顔、この世の終わりのような顔を見ることができるだろうな。」
教会では今日も対局が行われる。今回は名人格の予選。当然連盟棋士は出られないので、協会棋士の分を先に行う。木村会長には許可を得ている。
この対局は河津と新庄の一戦だった。
「トップレベルでは無いが、一発勝負ならわからない。」
これが彼への評価であった。
対局は対抗形へと進む。無論振り飛車は貴族側だ。
「対抗形なら、穴熊で守りに行くか?」
6畳の寝室を控え室として運用しているが、そこに6名の棋士が集まっている。村山、味谷、小野寺、城ヶ崎、後藤、高谷である。
「この手には、これが効く。」
「いや、こっちの方が相手が間違いやすい。」
など様々な意見が飛び交い熱気を醸し出していた。
連盟は今日も朝比奈家とお話しである。朝比奈千秋の案を受け入れるしか、残された道は無いのだろうか。
「どうすれば…どうすれば良いのだろうか。」
目の前にいる大きな壁は自分を苦しめている。
名人格予選は河津が勝利した。特に意見無しと言った様相だ。
「やっぱり強いよ、彼。一発入れて倒すしか方法は無い。連打で倒せるのはもう我らが会長しかいないね。」
「…そうだな。」
いつかこの男が檜舞台に上がったら、俺は彼に勝てるだろうか。
仲間を得ないでここまで這い上がった男だ。俺だったらどうだろうか。俺が孤独の棋士ならここまで行けただろうか。師匠や兄、一門の仲間や研究仲間。彼らがいたから俺は序盤の鬼から不死鳥まで進化できた。ここまで来られた。
「神童と違い、この男は秀才タイプ。一番厄介だ。」
平凡な棋士が、仲間の手助け無しでここまで来た。世間は成り上がりと言うが、俺はそうは思わない。強い棋士と戦い一番強くなりたいという野心がこの境地へと足を踏み入れることになった。
「仲間ができた今、孤独卒業の可能性があるあの男に勝てるのだろうか。」
自分も研究の段階を上げなければ…
「どうですか?そっちの様子は。」
「かなり順調ですよ。」
「こっちは協力者が増えた。彼にゴーサインを出すのはお前からのゴーサインがあってからだ。」
「ならもう少し、確実な証拠を用意します。」
なんと河津が公安の協力者になりました。
仲間に協力者、彼は本当に孤独から卒業出来るのでしょうか。
答えは…




