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孤独の棋士  作者: ばんえつP
仲間編ー信用とはー
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二度目

協会ではタイトル戦が始まろうとしていた。

朝比奈家で執事をしている徳田瞬(とくだしゅん)は、お嬢様の世話をしながら自分でも将棋を嗜んでいた。かつて将棋界にはメンヘラ棋士北村駿がいたが、彼は別にメンヘラではないし、なんなら新庄伊織と同じぐらいのイケメンである。


「お嬢様、アフターヌーンティーをご用意しました。」

「あら、今日も完璧ね。」


彼は朝比奈千秋という令嬢を守る一方、将棋という文化に対してもかなりの敬意を表していた。故に、朝比奈家が行おうとしている連盟乗っ取りには内心乗り気ではなかった。


「連盟に行くわよ。この前三枚堂とかいう変なのが私に泥をつけたからそれの報復もさせるわ。」

三枚堂望、三段の戦いでは現在トップを走っている。残念ながらこのお嬢様は現在6位。このままならプロ入りは不可である。

今までも一応は勝って昇段しているが、実際は財閥からの復讐が怖くて手を抜いた人が多かったというのが実情だ。三段では復讐などどうでも良い、勝ってプロになるという世界。手を抜くなど考えられないのだ。


連盟到着、多くの棋士が消えたこの場所は閑散としていた。奥から会長がやってくる。

「私を待たせる気?」

「申し訳ありません。朝比奈千秋お嬢様。」

「さっさとしてよ。」


話し合いでは三枚堂望へコンピュータを使った不正をしたことにしろという話や、今期昇段出来なければすぐ例の制度を適用させる話などが出た。正直無茶苦茶だ。


「瞬?この会長に私の良い所言っておきなさい?」

「かしこまりました。」


お嬢様が部屋から出た後、徳田は木村と話を始める。

「盗聴器の類はありません。正直に言いますと、私は先ほどのお嬢様の案は反対なんです。実力が無い人が生きていけるほど甘くは無いですし、恐らく連盟に残った棋士も手加減はしません。だからこそ、間違っていると伝えたいのですが、どうすれば良いのか私にはわからないのです。」

まさか財閥の執事からこのような言葉が来るとは思わず、会長も目を丸くした。その上で

「除名した棋士と、今連盟にいる棋士。どちらも女性優遇措置には反対なんです。特に過激だったのが除名した棋士達であっただけなんです。」

と話した。ただ除名した棋士と繋がっている話はしていない。まだ執事がスパイの可能性もあるからだ。


少ししてお嬢様の帰還である。

「瞬?しっかりと話したかしら?」

「はい。お嬢様の望むままに。」

「そう、じゃお願いね、会長?」

「…はい。」


協会ではある案が出ていた。

「あの女が連盟に入ったらすぐに今いる連盟棋士を協会に移籍させるってのはどうだ?空っぽの城じゃないが。」

「裸の王様だしな、あの女。」

「自分がわからなくなっているかは不明だがな。」

連盟を捨て、全棋士を協会に移籍させる案である。確かにタイトル戦などはこちらで実施している。別に問題はないように見えるが。

「俺は反対だな。連盟には今まで多くの棋士が在籍した。北小路さんや大山さんなど既に今はいない棋士もいる。彼等は協会には在籍していない。置いていくわけにはいかない。」

谷本は上記の理由で反対だった。

「確かに存命なら移籍できるが、そうか…」


「あのアマを社会的に抹殺しねぇと気がすまねぇ。俺も反対だ。」

河津も反対だった。彼は将棋研究の時間を取られたことに対して報復しないと気が済まないようだ。

「…なぁ河津、お前は協会に移籍したことで、いや、朝比奈千秋の我儘で一つだけ得たことがあるぞ。」

「あ?なんだ?」

「仲間作りのチャンスだ。」

村山がそう発言した時、一瞬空気が凍った、時が止まったような感覚に陥った。

「どうだ?呉越同舟、共通の敵。今は協会の棋士全員が仲間のように見えるだろう?まるで組織と戦ったあの時のように。今度は本物の仲間を作ってみろ。俺を倒したいんだろ?」

十六夜はいない。次は失敗せず仲間作りを成功させることが出来るのだろうか。

「正直お前が嘘をついているようにしか感じないがな。」


「少しいいか。」

「なんすか?」

「俺な、少し考えていることがあるんだ。」

城ヶ崎と後藤が話し合いをしている。その様子を他の棋士も目撃していた。


「この案なら、面白い展開になるな。」

「そうだな、これで行こう。」


「…俺も賛成だ。これなら徹底的に平伏させることが出来る。二度と我儘な口が聞けないように出来る。正直俺自身にメリットがあるモノではないが、この鬱憤を晴らすのに最適だ。」


「俺もだ。これで行こう。」


数日後、協会から朝比奈家にとある話がやってきた。

「是非朝比奈千秋様には、強い者が集まる協会で戦って頂きたい。その為に協会棋士と勝負して、勝てば協会入りとしたい。」

言うなれば高谷の受けた棋士編入と同じである。


正直強い者が集まる協会という餌を蒔いたのだから、当然この誘いに乗ると思ったが、意外にも返事はノーだった。あくまで連盟に入りたいようだ。


「なんなんだよこのクソアマ!!」

河津も思わず声を荒げる。

「連盟という肩書きが欲しいだけか、女の考えってのはわからねぇ…」

会長村山も意味がわからないという顔をしている。


三日後、王棋戦の挑戦者が決まった。挑戦者は谷本だ。協会になってもやることは変わらない。対局場確保は出来ず、森井家の研究部屋を使うことになったが、それ以外は変わらない。また一応は連盟所属の彼が、弟子の為に部屋を貸したというのは大きい。


「普段はマンションの一室でやっているのに、今日はこの人の家でやるのか。」

立会人もいる。記録係もいる。タイトル戦としては相応しい世界だ。なお今回は新庄が務める。


「では定刻ですので、谷本先生の先手番でお願いします。」


連盟では森井が一応は敵である協会に場所を貸したことが問題視されていた。主に朝比奈財閥からである。

「引退棋士は正直どうすることもできない。」

と嘘をついて対応したが、徳田はそれが真実でないと見抜いており、その顔から千秋も察してしまう。

「嘘、でしょう?」

「…と言いますと?」

「引退棋士でも連盟が管理しているのでしょう?」


「もしかして、協会の棋士と裏で繋がっているのかしら?」

「それはありません。あくまで森井信昇師匠の独断で起こした行動です。」


数時間後、タイトル戦開催中の森井家に電話がかかって来た。

「もしもし。はい…わかりました。」

村山は対局中の為話せない。澤本を呼んだ。

「師匠も除名…ですか。」

「あぁ、まぁお前達と同じってことだ。」

「わかりました。」

弟子が協会に移籍した時、連盟と協会は敵ではなく味方である旨の説明を受けていた為、問題はなかった。この対局終了後、村山会長は即、協会入りを認めるだろう。


「…河津君。」

「ん?なんだ?」

森井が河津に話しかけてきた。

「最近、うちの村山が君のことをよく話すんだ。孤独の棋士と言われている君が一人でこのレベルまでたどり着いたのが信じられないと。是非、研究について教えてくれないか?」

怖い話だ。今まで自分によくしてくれた人など自分の師匠ぐらいしかいなかった。この人は信じて良いのだろうか?

「正直に言おう。昔は君のことが嫌いだった。ただ今は努力を素直に認めたい。強くなったことを素直に褒めたいんだ。」

仲間、もしもここでその壁を超えたのなら、自分はついに、孤独卒業を果たす。

「…わかった。ただ一つ言おう。俺にとって今の目標はお前の弟子である村山に完封勝利することだ。それだけは言っておく。」


河津が何故森井の提案を飲んだのか。それは簡単な話で、この男が不死鳥を生み出したからである。


タイトル戦の真横で研究会が始まった。流石この一門、持っているコンピュータは100万を越えるモノだった。

「とりあえず、君の今までの棋譜を俺なりに精査してみた。その結果、傾向はこれだ。」

データ化された自分の将棋、普段このような客観的な視点は持っていなかったので新鮮としか言いようがない。

「凄いな、俺の癖も全て数値として現れてやがる。これをアイツは見ていたのか。」

「そうだ。その上での対策をここでしていた。」


「例えば、これが味谷一二三の棋譜だ。一応データ化されている時代のものを全て取り込んでいる。そしてそれが彼の将棋そのものだ。ここからどのように対策すれば良いかわかるか?」

「…アイツは相かがりが他と比べて分が悪い、そこに焦点を当てれば良いのか。」

「そうだ。逆に彼は、矢倉、棒銀には滅法強い。特に最初に名人格を取ったのは矢倉だった。それぐらい彼の矢倉は素晴らしい。だからこそこれを研究するのも必要だ。」

十六夜の時とは比べ物にならない程有意義な時間を過ごしている。


今度こそ、卒業なるか。


「孤独卒業、それはアイツに勝って証明する。」

ついに森井との研究会が始まった孤独の棋士河津稜。

十六夜の時のように搾取される結果になるか、村山の言う仲間になるか…


それは彼との対局で証明されるだろう。

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