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孤独の棋士  作者: ばんえつP
仲間編ー信用とはー
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スパイ

仲間とは…

「つまり問題点として挙げられるのは、その制度で上がった人がプロレベルかどうかということだ。」

村山が全体の指揮を取る。強い棋士だけの集まり、それがプロ将棋である。既にある制度は、男女問わず現役のプロ棋士や三段勢との対局で勝利した者が四段となる仕組みだ。それに対して今回の制度は女性に限り緩い条件で上がれるというモノ。それで上がった人が強いかと言われると疑問符を浮かばせるしかない。


「これ、連盟が相手ではなく、朝比奈財閥とかいうのが一番の相手になるんだな。」

「自分や村山さんの弟弟子に梶谷って三段がいる。彼から聞いた話だと、かなり千秋って人は傲慢らしいな。」

「お嬢様気質って感じか。」

ここで出てくる評判は最悪と言わざるを得ない。敵は財閥と言われるほどの大金持ちで、権力もある。資本主義の悲しき定めである。


「…金持ってる馬鹿が、無能な棋士を生み出してこの世界を終わらせるなら俺は徹底的に息の根を止める。勿論社会的に。俺は強い棋士と将棋が指したい。だからあまり言いたくはねぇが、村山のような奴は大歓迎だ。俺をストレートで倒してくるあたり壁だと思っている。弱い雑魚が戯言言っても意味はない。強い奴が言うからこそ意味がある。」

独り言だが、多くの人は反発した。流石に言い過ぎだと、棋士までも侮辱するのかと。しかし、不死鳥村山は納得していた。

「俺も同意見だ。お前が弱っている時は軽蔑したし、復調した時には敵ながら仲間を作れとアドバイスをした。お前は仲間選びには失敗したが、努力はしている。研究量は他の棋士の数十倍はある。一人でそこまで賄えるのは正直おかしいレベルだ。昔は平凡な棋士だったと言うのが信用ならんぐらいにな。」

彼の言葉が流れると大体の人は突然意見を180度変えてきた。大体そんなものだ。


一方の木村会長、表向きは財閥側の意見に賛同のような様子だが、実際は不満で一杯である。会長という立場は自分の意見を殺さざるを得ない立場だ。自分が将棋界の代表として立つわけなので、好き勝手な行動はできない。かと言って他の人の言いなりというのもこれはこれでどうかと思うが。板挟みなのは間違いない。

誰かに相談するのも難しい。谷本には自分は反対派に行けないと言ったが、正直ただの棋士ならすぐに反対派についただろう。逆に彼もまた会長のままならつけなかっただろう。

谷本はそんな会長の思いを汲み取り、決して朝比奈側の者ではないと言う話をしてきた。多くの棋士は段々と彼の普段の姿からそれを信じていったが、一部の棋士、河津や村山、味谷といったメンバーはその言葉に耳を傾けることはしなかった。


対局自体は普段通り行われる。王棋戦の挑戦者決定戦、河津は小野寺に一発入れられているし、味谷も谷本に一発入れられた。


「木村会長?」

「なんでしょうか。」

「私達の意見、反対する棋士がいるそうじゃない。」

「…申し訳ありません。」

「…貴方も彼等と同じなのかしら?」

「いえ、そんなことは…」

「…では、踏み絵として反対する棋士を連盟から除名しなさい。」

「そ、それは…」

「出来ないなら朝比奈貿易で連盟を支配しますわ。」


反対派が集まる控え室に木村がやってきた。

三人が苛立ちを覚え殴り掛かろうとするのを新庄、澤本、小野寺が止める。そして冷静な藤井が話を聞く。

「会長、何か言われましたか?」

会長は無言のままだ。

「…何かあったのですね。」

藤井が優しく丁寧に話をする。このような話し方は相手から情報を出させやすい。彼はよく隠し事を聞き出す際に使っている。それでも今回は上手くいかない。

「おい、木村。俺みたいに駄目な会長という印を押されたいのか?」

谷本が説得に入る。まるで飴と鞭だ。

少し考えた後、木村は静かに口を開いた。

「…朝比奈千秋から、反対する棋士を除名しろ、しなければ連盟を乗っ取ると言われた。」


「反対する棋士は除名…舐めてんだろあのアマ。無能な底辺が金だけで騒ぎやがって。本当に始末しねぇと気がすまねぇ。」

河津は自分の研究時間をそんな女に取られているという事実に苛立ちを隠せない。 


「会長は俺らを除名する気は無いんだろ?」

「勿論だ。そして連盟を乗っ取らせるつもりもない。だからお前達に話をしている。」


「…ならいい。お前は朝比奈千秋に悟られないよう行動しろ。」

味谷が命令した。情報を得る為にスパイとして潜り込ませたのだ。

「表面上は俺らを除名したことにするってのは出来るか?」

無茶な要求を不死鳥がする。

「…そんなことをすれば対局はどうなる。対局料は。」

「対局料は朝比奈貿易に請求するさ。対局は俺たちが裏でやれば良い。幸い今度の王棋戦は全員反対派しか残ってない。虎王戦は反対派で無い棋士がいるが、一人だけだし、それをすぐに終わらせればしばらく猶予はある。記録係なんて四段でも出来る。」

「賛成だ。俺は虎王戦には残っている。対局場がどこであれ良い将棋が出来ればそれで良い。タイトル戦も昔は連盟対局場でやってたんだ。小野寺ブーム以降だろ、各地でやるようにしたのは。」


無茶な要求。通過。

翌日、早速虎王戦の予選が行われた。表向きは連盟大量除名前夜、嵐の前の静けさだ。萩原と村山の一局。つまり彼はこの対局、必ず勝つと考え先程のような台詞を吐いたのだ。

初手から殴り掛かる対局で午前中には大差をつけ、午後2時には相手を投了に追い込んだ。朝比奈一族への怒りの一局、ここに現れる。


そして翌日、連盟は棋士の除名を発表した。

「河津、村山、澤本、森井、新庄、後藤、城ヶ崎、味谷、小野寺、藤井、北村、杉浦、中野、高谷、吉池、谷本の除名を決定した。」

マスコミは騒然とした。タイトルホルダー、ベテラン、前会長、期待の若手、神童小野寺、棋士編入合格の高谷…一斉に除名となれば大騒ぎになるのは間違いなかった。一応除名されたことになる棋士達は表向き連盟と戦うと発言したが、仕組まれた除名である為、裏では共闘である。

なおタイトル戦についてだが、全員が除名棋士ということで、連盟としては開催を取りやめるとした。


朝比奈千秋は今回の発表を受けて、木村会長は信用することにした。専用の電話番号も与え着々と連盟を支配する算段を立てる。

「例え三段戦で負けても、私が上がれる仕組みを作れば良いだけだわ。これでプロ入り、やっぱりちょろいわ。」


「で、どうする。ここからあの女しばく為には。」

「多くの棋士が一応は除名されてレベルが落ちた連盟に今更入りたいって奴はいないだろ。かつて羽川がやったように新しいチームを作るのが一番。連盟を乗っ取るのが無意味であるということをわからせるのが良いだろ。」

「…まさかあんだけ嫌っていた羽川善晴と同じことを俺らがやるとはな。」


三日後、除名された棋士一行は新しい将棋棋士の為の「協会」を設立した。会長は村山が務めることにした。河津は茶番会長など興味は無く、味谷や谷本では反発の可能性もあった為だ。

なお連盟が取りやめたタイトル戦をこちらで実施する運びとなった。

「ただこれは短期決戦だ。タイトル戦も連盟に残っている棋士も含めて行う必要がある。」

虎王戦の後、名人格や龍棋戦は連盟棋士も多く残る。彼らの為にも戦いは早急に終わらせる必要がある。


マスコミからは組織の再来などと言われたが、会長となった不死鳥は「組織と違い不正を嫌う者が集まっている。アレと同じにするな。」と強めの口調で釘を刺した。


三段の間でもかなり意見が分かれていた。

「おいおい、強い棋士大体協会に行ったけど、俺たちどうする?」

「なんか連盟意味ないよね。」

梶谷は、連盟の評判を下げる動きをしていた。無論、兄弟子からの指示である。

そんな状況、朝比奈家は勿論良しとはしない。連盟に強い棋士を集めるよう指示を出した。特に元組織の棋士は良いとしたが、彼等が参加することはなかった。


三日後、羽川聖、白河明の除名が発表された。彼等は考え抜いて、村山たちの協会への移籍を決意した。

それを刑務所で聞いた羽川善晴は、元組織の棋士達に連盟には絶対に行くなと伝えるよう谷本に依頼していた。それもあって組織の棋士が連盟に戻り、地位が上がるという財閥が狙った世界線は来ないことになった。


「連盟はもう終わりね。じゃあ次は協会に…って反対棋士の集まりだったわね。金で言いなりにするしかないわ。」

彼等が金で動くような者ではない。部下に交渉に行かせるも、村山からは「ゴミを入れる予定はない。」と言われ、河津からは「金でモノを言わせるクズのアマが入るというなら、そいつの精神を壊滅させるまで俺は追い詰める。二度と将棋を指せないようにしてやる。」と脅され、味谷からは「妻と小野寺の彼女以外の女は信用しないことにしている。孤独男以下にしてやる。」と言われる。話し合い、交渉の余地無し。


…協会は金で潰すしか無いようだ。

かつて組織をあれだけ軽蔑したのに、同じ道を歩むことになるとは、恐ろしいものですね。


現実の将棋界でも、女性優遇案が出て批判殺到ですが(執筆当時)優遇をしてプロになっても人気は作らないと思いますね。


例えば、藤井聡太竜王名人は、三段リーグという正当な道でプロ入りした棋士です。だからこそ最年少という言葉が響き、将棋ブームが起きたわけです。優秀だから特別に四段とかしていた場合、ここまでの人気にはならなかったでしょう。

実は囲碁界で最年少だといってとある方がプロ入りしたのですが、新設された制度の第一号ということもあり、当時は将棋界に対抗する為に無理矢理最年少にしたと言われていたのを思い出します。結局は、既存のルールで上がるからこそ盛り上がるのかもしれませんね。

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