仲間
仲間とは何か。
春が始まり、将棋界は進み出す。
春、新しい季節には新しい棋士が生まれる。
羽川聖と村田康光である。マスコミはかつての天才羽川善晴の御子息、将棋界入りと報じている。期待は高いようだ。
「さとし」という名前から自身の兄と重ねている虎王防衛の村山は、康光含め二人を自身の研究会へ招待した。新たな風を起こせるか期待だ。
「お兄ちゃん!プロ入りおめでとう!!」
妹の咲が抱きついてきた。
「おいおい、ここからスタートだぜ?」
「わかってる!でも今は喜びたい!!」
「そうか!」
父親が逮捕されても、この家は曇らなかった。その精神力の高さが彼をプロ棋士にしたのかもしれない。
「おめでとうございます!」
「お、俊光君も来ていたのか!」
「当然です!」
幼馴染の家入俊光も祝福をする。羽川家はパーティーだ。
春は名人格の季節。今期は味谷が挑戦者となった。タイトル戦開催直前には、小野寺家へ出向き、二人で研究を行った。
「俺が名人格を奪取する。だから次期はお前が挑戦してくれ。」
タイトル戦はストレートで味谷が有言実行した。21年ぶりの名人格復帰、返り咲きである。
将棋界は光に包まれている。
一方、ついに研究仲間を見つけた河津。しかし、ようやく借りることができた新しい住居の中で、頭を抱えていた。
この数ヶ月、研究仲間を得たのは良いが、そのあたりから負けが続くようになっていた。当初は火事が原因で精神的に参っていたのではと分析していたが、その傷癒えた今でも、変わらず負け続けている。研究仲間が居れば強くなるというのは村山の嘘だったのだろうか。
「いや、そんなことはない。アイツは実際俺に勝った。それだけじゃない、あの組織との戦いで俺は少しだが、他人の研究を得ることが出来た。それが効果的だというのは間違いないと実感させられたはずだ。何故…何故負け込んでいる…?」
研究仲間の重要性は思い知らされたはずだ。だからこそ孤独卒業を果たしたはずなのだが、火事という代償を負って得たものは敗北の二文字だった。
一方村山の研究会、ここは大人数での研究が特徴である。
聖や村田の研究もまた、ここでワンランク上へと変わる。
「そういや将之、お前最近棋風変えたか?」
「そうですね、最近これで上手くいっているので。」
「そうか、お前この棋風なら上いけるぞ。」
研究によって強くなった者が殆どである。
味谷は久々に妻小春と旅行へ出掛けた。今回は名古屋からしなので長野へ向かうパターンである。途中木曽路をぶらり旅しながら向かう。
長野に着いた頃、北陸新幹線から木村会長と警視庁の岸辺が出てくるのが見えた。
「何だろうな、アレ。」
「また事件かしら…」
「でもここ長野だぞ?確かあの刑事は東京だから、違うんじゃないか?」
「木村、長野へ何か用か?」
味谷はストレートに聞きにいった。
「…所用で。」
「…そうか、言えない事情があるなら仕方ない。」
ここで木村は所用と告げた。諸用なら複数の用事があるが、所用であれば一つの用事を指す。つまり、一つの用事のために長野まで来ているという事になる。
「まぁ考えていても仕方ない。旅行は楽しく行こう。」
「そうね、一二三の名人格復帰、祝わないと!」
「小春が妻で本当良かったよ。ありがとう。」
このような夫婦円満な家庭というのはほっこりするものである。
次期養成機関三段戦は、いよいよ梶谷が登場することになった。注目選手は他に堀川和泉、三枚堂望、栗浜透。そして女性初のプロ棋士となるか注目の朝比奈千秋である。
「特にこの朝比奈って女は、朝比奈財閥なんて言われる朝比奈貿易のお嬢様だそうだ。」
中野と高谷が話し合っている。
「かつては組織に多額の資金を援助していたのもあって、組織はこの一族に頭が上がらなかったようだ。」
「ただ連盟はそういう資金援助を嫌う。全ての棋士が平等に戦うように。過去谷本前会長の不正など多くの事件を起こしたからこそ、現会長がそう定めた。」
「だからこそ、真の実力無くしてプロにはなれない。」
「…うーむ。」
「村山さん、どうしたんですか?」
「ん?あぁ赤島未来か。実はな…」
「確かにそう言われればそうですね…」
「ただ、俺はアイツがそういうことするとは思えないんだがなぁ。」
「一応確認は取ってみたらどうですか?」
「方法がわからん。」
「連盟に全棋士の住所は載ってます。」
「…で、これで住んでいると?」
目の前には焼き焦げた建造物があった。
「…まさか家が燃えたとは。」
「はぁ、確認の方法がわからん。」
「ならば、連盟対局場での対局時に」
「対局終わりなら行けそうだが、不機嫌なら終わりだな。」
後日連盟対局場にて、待ち伏せを行うことにした。
北村太地との対局で結果は北村の完封勝利。対局後「研究通り勝てました。」と発言した。
「…何故だ。何故、研究でプラスに働くんだ?」
そう呟きながら帰路に着こうとする。
「おい。」
村山が河津に話しかけた。
「…なんだ?お前の研究仲間がいれば強くなるは嘘だと証明されたぞ。」
「…研究仲間?」
「あぁ、お前に勝つ為に研究仲間を仕込んだ。多くの棋士は俺と組まなかったが、一人だけ組んだ奴がいてな。そいつと研究をするようになった。俺は孤独から卒業したんだ。そうすれば、どうだ?突然勝てなくなった。完封負けを繰り返すようになったんだ。お前が俺を陥れる為にそのような嘘を付いたのならお前を殴れば良いだけだが、引っかかるのは他の奴らはそれをプラスに動かしている所だ。何故なんだ?」
「…お前、人との関わりがないから養分にされたんだよ。」
「は?」
「その研究相手、十六夜将之だろ?」
「…何故それを知っている?」
「アイツは俺の研究会にも顔を出す。最近アイツは勝ち続けている。そして棋風も変わった。お前が今までやっていた技を盗まれたんだよ。お前の棋譜を見ると、俺の研究会で悪いと評価されたものばかりだ。お前は嘘をつかれそれが良いと思わされていた。ただそれだけだ。」
「人を見る目が無いんだよ。無理もないが。」
人に騙されるのは、お人好しか、人と接して来なかった人か。
「悪いことは言わねぇ。これを良い経験と考え他の人をあたれ。まぁお前と一緒に研究してくれる人がいるかは知らんが。」
折角孤独を卒業したのに、また孤独に戻るのか?強くなる為に研究相手を作ったのに強くなる為にまた研究相手を捨てるのか?
「そうか…」
そう呟いて何処かへ行ってしまった。
「…優しいですね。あの男に助言なんて。」
「…正直期待をしているんだ。本物の研究相手を見つけ最強になったアイツと対局出来ることを。小野寺渚も確かに強い。しかし、タイプが違う。俺に一番似ているのはアイツだ。だからこそ全力で戦って全力で潰したい。」
難しい話だ。人を見極めるというのは。
「本当にこの壁は高いな…」
でも諦めるつもりはない。強くなる為に努力あるのみ。
数日後、将棋界で一つのニュースが飛び交った。三橋肇が保護されたというニュースだ。
「北村、お前の依頼はしっかり成し遂げたぞ。」
「ありがとうございます。会長。」
虎王戦第三局の研究時に会長へ依頼していた太地。それを受けて長野まで向かった木村。一度は説得に失敗した連盟も小野寺渚の闇堕ちからの復活を経験に彼を救い出すことにも成功した。
「まだ時間はかかるが、最悪は脱した。」
京極先生が森井家へやってきた。いよいよ三段となった教え子に期待をしつつ、彼に会いに来た。
「先生、彼は幸せ者だ。」
「はい。良い師匠、貴方に出逢え、良い兄弟子に出逢えた。」
「それだけじゃない。良い先生に出会えた。」
「私なんて大したことはやっていません。」
「貴方が思っている以上に彼に与えた影響は大きい。謙遜しなくて良い。」
村山の研究会、十六夜はここ最近河津と研究会が出来ていないと愚痴をこぼす。
「そうか、アイツは研究会を辞めたか。」
「ぼっちにとって仲間は何より大切なもののはずなんですけどね。」
「将之、それは本当に仲間だったのか?」
「え?」
「…まぁいい。」
含みのある言い方は何か引っ掛かる。十六夜は一日中彼の言葉が常に心の片隅でへばり付いた。
孤独の棋士、孤独復活となったわけだが、次の龍棋戦は目の前に迫っている。挑戦者決定戦には高谷と澤本が残っていた。
「はぁ…残念だ。これでは孤独でも勝ててしまう。」
慢心のような、侮辱のような言葉だが、小野寺クラスでも孤独男は勝てている。仲間がいないと倒せないのは、不死鳥だけなのだ。
彼の考えはただ一つ。完全試合で終わらせることだ。
孤独卒業ならず。彼はただ養分にされていただけでした。
村山が仲間になれば良いのですが、彼は敵です。残念ながら。




