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孤独の棋士  作者: ばんえつP
光と闇編ー明るい未来の為にー
61/81

心の奥

第二局です。

第一局の行方、それは…


万全の状態で無い挑戦者、いきなり定跡を外すような戦法、動揺しなければそれは悪手である。村山は見切ったと言わんばかりにノータイムで指し続けた。二人は犯人が捕まったことをまだ知らない。ただ目の前の盤に集中する。


不死鳥は壁を己の羽で飛び越える。例え相手が神童であろうと空から行けば問題ない。


午前中の投了、向こうのメンタルは既に限界だというのに、有無を言わさぬ棋譜を残した。


「村山、小野寺を操っていた犯人が捕まった。」

対局後、会長からその話を聞いた。聞こえた小野寺は顔を酷くびくつかせた。

「そうか、これで本当の対局ができるなら歓迎だがな。」


理想とは裏腹、小野寺の精神は更におかしくなる。これ以上悪くならないという、確かだったはずの状況にイレギュラーが起きる。それが何故なのか、わからずにいた。


家に帰った神童は、勝つために菜緒へのストレス発散を試みる。壊れた天才に彼女は何も言えなかった。これも全て渚くんの為だと思い受け入れた。

「なんで、俺の邪魔をするんだろ。世間も何もかも!!」

二人で買った結婚生活のための食器が散乱する。既に世間含め全てが敵に見えている。

またしても大きな音と共に、奈緒が一所懸命に作ったぬいぐるみが転がる。その瞳を前に、ただ泣くことしか出来なかった。薔薇の新婚生活は砕けた。結婚宣言を潰した河津に対しても憎悪は溜まる。


第二局の立会人は新庄。一応記録係二人体制などの対応は続けて行うことになる。落ち着かせる為にクラシックを嗜む。このように辛いことからの逃げ道を確保しておくことが健康に過ごす為の秘訣である。

立会人は大変だが、クラシックがあり、趣味があり、幸せな時間がある。


味谷家に電話が掛かってきた。取ったのは妻の小春である。

「はい。わかった。」


犯人が逮捕されたなら、次は良い対局が出来るだろう。そう信じている村山は若手棋士の研究会を開いていた。正味な話、今回の事件と無縁な棋士もいる。彼らにとっては普通の日々であり、普通に対局が続いている。全く、気楽で良いモノだ。


将棋のことだけを考える。それがプロとしての理想だ。これは村山だけでなく、河津も同意見である。余計なことを考えるとその分成長を阻害するというストイックな考え方である。


(…俺は負けた。こんな精神不安定のプロとは言い難い奴に。こんな簡単に始末できる相手に、俺は負けた。次は負けない。だからこそ、寝る時間以外全て削って、やってやる。)

次に対局する時、向こうは立ち直っているかもしれない。しかしそんなことはどうでも良い。負けることが嫌で嫌で仕方ない。負けを恥だと考えている河津だからこのような言葉が浮かぶ。ただ考え方を変えれば、負けは成長の元である。このように負けたことで強くなることもある。


第二局は京都、祇園四条。近くには八坂神社やお笑いの劇場などがある。古都故、日本人の故郷があり、伝統がある。将棋という伝統は、この街に馴染んでいる。


「ここが祇園四条か。日本のクラシックは、この街の音なのかもしれないな。」

呑気なことを言っているように聞こえるが、既に犯人逮捕で気が楽になっている。久しぶりにいつもの、というには少し気が早いが、平和な対局ができると思っていた。


検分時には特に変化は見られない。ただこれ以上は悪くならないという共通認識が、安易に話を進めるきっかけとなる。結果のようなモノが見えているとそれ以外の結果にはならないと勝手に思い込むのだ。


「近くに露天風呂があるらしいです!」

記録係の男が、近くのスーパー銭湯を見つける。

「男性専用か!素晴らしい。」

もう一人の記録係がそこが良いと言う。

今回の対局場は露天風呂はないので、折角なら京都の夜風にあたって癒されたいのだ。結果、新庄を含めた三人で向かった。


「サウナだ。」

サウナにはテレビが設置されていることもある。偶然にも今日はクラシック音楽の番組をやっており、新庄は食い入るようにしていた。

「逆上せないでくださいね。」

サウナは気持ち良い場所であると同時に危険な場所でもある。よく12分時計という目安時計があるが、その半分、6分でもかなり苦しい。無理は禁物である。


「ラデツキー行進曲、良かったよ。今年は出来が素晴らしい。」

新庄が笑顔で出てきた。この後整う時間もある。明日のことなんて忘れて幸せに満たされていたい。


風呂から出ると水を飲む。飛んだ水分を取り戻す為だ。折角ならと体重計へ足を進め絶望するのもお決まりだ。

ホテルがあるので今回はお風呂だけであるが、このような施設では仮眠が取れたりする。幸せな空間というのは素晴らしいものだと改めて実感させてくれる。

「対局者は終わったらこの幸せ、味わってほしいね。」


対局日を迎える。朝から清々しい気分だ。昨日クラシックでニヤけていた立会人も今日はしっかりと対局が円滑に進むように立ち回る。それは正しくプロの目つきだ。


(まだ彼の心は晴れていない。ただ、これ以上酷くなることはない。間違いない。)


「一二三、やっぱり立会人は分かってないよね…」

「それだけじゃない。村山も、記録係も、ここに居るもの全員が見えていない。」

味谷家のテレビは対局を映す。しかし、二人には見えている。他の人には見えない何かが。


「では、小野寺挑戦者の先手番で始めてください。」


対局開始。初手から三間飛車、稀にあるが、当たり前にあるかと言われれば答えはNOだ。

「俺は俺の対局を、仲間と共に編み出した最強の戦法は、動揺では崩せない。」

飛車先を歩を突いた。


午前10時、ここまでは普通のように見えたが、突然小野寺が謎のモノを出した。

それはワタの飛び出たぬいぐるみの目ん玉に時計が仕込まれているものだった。一応は時計、世の中空気清浄機を持ち込む人もいるぐらいなので問題はないが(カンニングになりうるものではないので)明らかにグロテスクである。


「…っ!


…これ、私が作った…ぬいぐるみ…」


「…もう怖くないよ、ほら、勝ち筋が見えてきたでしょ?」

いきなりぬいぐるみに話しかける。イマジナリーフレンドというものだろうか。

「勝ち筋が見えてきた?まだ初日の午前10時、ハッタリならもう少し上手いものをだな」

「…菜緒に話しかけてるのだから、邪魔しないで」


これをテレビで観ていた河津も流石にドン引きであった。

「一体何が狙いだ?動揺させるにしても相手はそれが通用しない。意味がないのに、何故…」

番外戦術だと思っているようだ。人の心なんて知ったことじゃない。全てが将棋に関係あると考えてしまう。


「それがお前の女だと本気で信じているなら医者に行け。違うなら俺には通用しない。どっかの孤独野郎と違って俺はこの辺しっかりしてるんでな。」

村山が呟く。そして手番を終える。最善手だった。

筆者多忙につき、ストックがかなり少なくなってきました。なんとか投稿できるように頑張ってはいますが、少しキツキツです。ごめんなさい。


今回、京都へ遠征に行きました。今回の露天風呂の話は実際に利用した場所の話です(テレビは違うものをやっていたけど)

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