推理
そこにあるのは…
閑静な住宅街が今日は騒がしい。パトカーのサイレンが鳴り響き地域住民が外に出てきている。
警視庁の松岡は無線を聞き直ぐに飛んできた。現場では小笠原刑事部長が直々に指示を出している。
「殺人だ。恐らく後藤を襲った犯人と同一人物だろう。」
重々しい雰囲気なのも無理はない。鑑識の尾崎が心配そうな目でこちらを見た。彼の体が横に逸れるとそこにあったのは、一人の男の遺体だった。
「…被害者は、警視庁捜査一課刑事、星野…」
「分かっている。俺の部下だ。」
「…事件捜査中に命を落としたと思われます。」
「あぁ、後藤を襲った犯人が、コイツを殺したとすれば、犯人を見つけていたということになる。」
凄惨な現場というのは息が止まる。先程遺体と対面した時、虚となった彼の瞳と合った。自分の部下と認識した時、残酷な現実はそこに降りてくる。
携帯電話にはダイイングメッセージのようなものが残されていた。彼の最後の言葉である。
「CF→CA8000」
「彼の捜査結果はここにある。松岡、星野の遺志を継ぎ、必ずホシを見つけ出せ!!」
この事件、すぐに報道されたので、山梨にいた味谷も東京にいる藤井、後藤なども最新情報を知ることになった。
「星野…ってよく将棋界で事件があると来る刑事だよな…」
連盟棋士を狙った事件だと考えていたが、刑事を殺害したとなれば更に警戒をしなければならない。将棋棋士だけでなくその家族も。つまり小春も危ない。すぐに電話を掛けて家から出ないように通達した。幸いテレビを見ていたということもあり反対されることはなかった。
一方そのような事件が起きているとは知らない二人は王棋戦第二局を戦っている。村山は今回四間飛車を採用した。対抗形である。
「俺が四間飛車を選んだ理由わかるな?」
「知るか、どうでもいい。」
「…お前の敗因となるだろう。」
様々な改定が行われた王棋戦は現在持ち時間6時間の五番勝負である。大体一日制のタイトル戦では、4時間が相場だが、たまには特殊な棋戦もあるものだ。
「痛い…っ!!」
警視庁では捜査本部が設置されていた。ダイイングメッセージの解読、そして近隣住民への聞き込みを行う。
「このCF→CA8000とは何か、我々は考えなければならない。若き刑事の命を奪った不届き者を必ず逮捕し、罪を償わせなければならない!」
「松岡、お前は星野をよく知っている。何か分からないか?」
「…そうですね、CAはキャビンアテンダントの略と読めますが…キャビンアテンダントが8000というのも意味がわかりません。他は元素記号でCAはカルシウムですが、番号は20、8000ではありません。足せば8020、掛ければ160000ですが…」
「他にもメトロノームでも使われているな。その場合8000は…」
「そんな曲、無いですよ…180とかでも早いテンポと言われますし、8000なんて異常な値です。」
「…将棋に関わる言葉でCAはないのか?」
「…私には解りません。」
「そうか…」
CAとは、CFとは何を意味しているのか。8000とは…
「それにしても酷いな、こんな無惨な姿にしてしまうとは。」
尾崎は星野の遺体を隈なく確認する。同席した同じ鑑識の北條も手伝う。
「将棋棋士が襲われた事件を捜査していたんですよね…犯人は将棋を恨んでいる人ってことですかね…」
「それで彼に犯人だと突き詰められて口封じに走ったと…可能性はあるが、しかしなんでそんなことをするんだろうな。」
対局は昼食休憩を迎えた。二人は事件を知らないので気が重い食事では無い…と書いたが、実際は対局という悩みの種があるので、そうでも無いのかもしれない。お互いほうとうを選択した。ここだけはいつも通りだ。
味谷の元に木村から電話が入る。今日は東京にいる予定だったが事件を受けて山梨まで向かうという。東京の方は藤井が残り、全棋士に外出禁止命令を出したようだ。最初に将棋棋士が襲われていることもあり、その選択が一番と判断した。なおどうしても外に出る必要がある人はまず本部に連絡し、三人組(太地、新庄、萩原)が自宅へ向かう。そして四人で行動をすることとした。これで大丈夫だと信じたい。藤井も木村もその願いは変わらない。
「味谷さんも山梨観光、今回は諦めてください…」
「仕方ない。」
「おい、アイツはどこ行った?」
「え?そういえばさっきから見てませんね…」
「今棋士やそれを捜査する人を襲う怖い人がいるみたいだね。」
「…」
「大丈夫だよ…は俺が守るから…」
対局は昼食休憩が終わったところ、現在は互角だ。
「振り飛車はよく不利飛車なんて言われるが、最近は見直されているんだ。この前澤本が育成機関で子供たちにアンケートを取ってな、お前の癖を調べたんだ。」
「ほう、育成機関か、確かに俺はそこでヒントを得たが、ガキに何がわかるっていうんだ?」
「意外と素直だ、子供というのは、無垢故の鋭さがある。」
まだ互角、何かしてくるのは間違いないが、不気味さだけは増している。
「…王手飛車取り。やっぱりお前はそこへ行かないように指してきた。」
「…そうか」
「驚いたか?王手飛車取りにならない手順だと既に読み切っている。」
番外戦術か、それとも親切心か。孤独の男にはそれを判断することはできない。
「そこでこう動くのは想像できないはずだ。」
「分かり易いなお前は、人と関わらないと騙し方も下手になる。実に分かり易い。」
効かない、小野寺には効いた戦法もこの男の前では無力。まるでエベレストのような、大きな山がそこに見えた気がした。徐々に傾く形勢。一度転べば地獄へ真っ逆さまだ。
「CF…CA…8000…矢印…」
松岡がいる部屋でテレビが点けられる。
「おい、考え中だ。消してくれ」
「たまには気分転換したらどうですか?こういうのはふと出てくるものですよ。」
そう言って刑事たちはテレビニュースを観る。
「今日は王棋戦ですか…山梨でやってるみたいですね。」
「甲府じゃねぇか!俺地元なんだよ!」
「あっ、投了したみたいですよ。」
速報で河津の投了が報じられた。結局あの後見せ場も作れず崩れ落ちたようだ。
「…全くそんなものでわかるわけ。」
「…!?
そういうことか、CAやCF、8000はそれを意味していたのか、ならば導き出される答えは…」
ついに殺人事件となってしまった今回の事件、果たしてダイイングメッセージは何を示すのか…
対局は村山が二連勝。奪取へ王手。孤独の棋士、見せ場を作れるのか。




