表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の棋士  作者: ばんえつP
孤独の努力編-天才との格差-
5/78

毒というのは色々な意味があります。

毒饅頭とか、徹夜は体に毒だとか。

「まもなく1番線に三鷹行きがまいります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。」

黄色い電車がやってきた。千駄ヶ谷駅1番線には河津がその電車に乗るために立っている。

電車はかなり大きな警笛を鳴らした。河津は電車の方向を見る。黄色い線を大幅にはみ出した所に地雷服の女がいた。


「さよなら、ダーリン」

地雷服の女はそう言い遺し黄色い電車に飛び込んだ。

グシャという音は河津の耳にも入った。彼もゆっくり現場へ向かう。

「おいおい、飛び込みやがった!」

「嘘、血塗れじゃない!」

「うわぁ、これ電車大丈夫か?運転手も心配やなぁ」

「人身事故とか舐めてんのか!」

「観てしまった人みんな可哀想やでこれ」

怒号や悲鳴が駅構内に響く。この時千駄ヶ谷駅にはまだホームドアが設置されていなかった。飛び込もうと思えば簡単に飛び込めてしまったのだ。

線路を見ると彼女が着ていた地雷服が肉塊と共に転がっていた。

「ったく、厄介なこと起こしやがって、ふざけてるのか?」

河津は大きな声でやるせない気持ちを吐き出すように叫んだ。

飛び込みの人身事故ほど迷惑なことはない。電車は傷付き、運転手のメンタルはズタボロ、乗客も大勢迷惑被るわけだ。正直飛び込んだ人の心配などする必要はない。鉄道会社に損害を与えた立派な犯罪者なのだから。それを解っているのか周りの乗客も飛び込んだ地雷女に対して怒り狂っていた。人身事故の復旧は程度にもよるが大体1時間30分ほどである。千駄ヶ谷駅は他の乗換機関もないので、逃げ道がないのである。

運転再開までホームで待つか、歩いて他路線の駅まで行くか。駅員に言えば改札の外に出れたかもしれないが、会話をしないといけないのでこの選択肢はそうそうに外れた。

仕方ない。ホームで待とう。詰将棋の時間となった。

駅員は肉塊の回収を行い、列車を回送させる。1時間20分ほどで運転再開に持ち込むことができた。


河津はやってきた列車に乗り家に帰る。運転再開を待った乗客のせいで車内がかなりの混雑だった。これじゃ詰将棋の本を開くのも難しい。東京の電車というのは人を押し退けてなんぼな部分がある。押し退けないと押し退けられる。特に運転再開後1番目ともなればその光景は地獄絵図と言うほかない。


最寄駅の広告が不意に目に入る。神戸(こうべ)タイガースというプロ野球チームの 八尋光(やしろひかる)という選手が書いた本である。「睡眠はプロの仕事」河津はその言葉に気が付かされた。対局に負け寝過ごし、全て睡眠不足が原因だったということにここで気がついたのである。

八尋という選手もまた孤高の投手などと言われるプロ野球選手である。もっとも孤高で孤独で近寄り難いと言っても、河津ほどではなく普通にチームの仲間がいるし、ファンもいる。ぼっちというのは違うだろう。


自分がここで広告を見ている間も、トップ棋士は研究をしている。負けるわけにはいかない。諦めるのは俺の信条に反する!


木村龍棋に小野寺七段が挑む龍棋戦第二局が北海道小樽市で行われた。ここまで木村の1勝。小野寺はここでタイに戻したい。木村はここで勝ち防衛へ王手をかけたい。今回の先手は木村。先後は既に決まっているのでお互い戦型予想は出来ているのだろう。序盤はお互い持ち時間をほとんど使わない。

今日の解説は平泉と赤島である。


検討室に味谷と村山がいた。検討室は解説者以外で現地に赴き、対局内容を考察する人たちの集まりだ。河津には到底無理な話である。ここは仲の良い人、トップ棋士の集いなのだから。

タイトル戦は基本的に会長が立ち会う。その為谷本も今回のタイトル戦現場に来ていた。ある程度会長の仕事を済ませて、検討に加わる。谷本は会長だが虎王のタイトルホルダー。更には名人に長い間在位したベテランである。この検討室に入るだけの資格がある。


「味谷先生…ここまでは互角です。仕掛けは小野寺君が?」

谷本が訊ねる。

「木村は既に1勝してるから下手に動くのはないな。安全策、堅実に、確実に勝利を掴む。受け将棋のように攻めず守りを固める。つまり小野寺が仕掛けると見て間違いない。」

味谷の意見に村山も賛同した。村山は続き「小野寺七段は木村龍棋の弱点となりうる3筋の突破が鍵になる。ここを突破できれば陣地は壊滅に導ける。まぁ最も彼はそれを判っているからそこの防衛に注力するが」とした。味谷は「3筋は間違いないが、フェイントを掛けないと突破は無理だな。例えば9筋側から…」と応戦。

この検討室、検討外れな事を述べると一瞬で冷める。「あはは!オモロいこと言うなぁ!」とか「そんなわけあるかぁ!」と言われることなんてない。谷本はただ冷めた目でこちらを見る、村山は虚無の眼差しで、味谷からは辛辣な一言が飛ぶだろう。先程トップ棋士の集いと話をしたが、その真意がお分かりいただけただろうか。検討室も和やかな場所ではない。手順は実際の局面のはるか先を行く。時代の最先端はもしかするとこの検討室なのかもしれない。

河津はその場に入れるわけもないので、テレビでいつも通り中継を見ていた。ここも1人の検討室なのだ。


味谷が妙手を発見する。小野寺の勝ちがぐっと近づく一手である。村山と谷本もすぐに気が付き、その部分の検討が始まる。実際の局面の20手先である。

「木村はその前に毒饅頭仕掛けるな」

毒饅頭というのは飛車など取りたくなるような駒をわざと取らせて詰ませるものである。ただ捨てなどもこれに近い。毒饅頭の候補まで検討し始めた。

河津の方も同じタイミングで妙手を発見した。

「調子いいな、俺」

最近睡眠改善を行い1日の研究は12時間に減るも、冴えたような感じがしていた。


盤面は木村が毒饅頭の飛車を仕掛けた所である。小野寺の持ち時間は1時間。これを全て使う勢いで長考する。詰みまで読み切るつもりである。

小野寺の頭が盤面を映す画面にチラチラ出てくる。前屈みになって盤面を読んでいるのだ。

検討室もヒートアップ。この1時間でかなり深い局面まで読む。


「そういや昔、羽島が毒饅頭の使い手と言われてたのを思い出した。アイツは毒饅頭を複数仕掛けて、疑心暗鬼にさせる。木村の毒饅頭、それに似ているな」

味谷が思い出したのは、20年前の味谷、羽島戦。羽島の毒饅頭は6重で味谷はかなり苦しめられたというお話。

「まるで木村君が羽島のようだ、そう言いたいと言うことですか?」

谷本が訊ねた。

「あぁ。嫌な棋士を思い出したもんだ。最期は哀れな逝き方をしよったが。弟子が1人いたんだっけか?無能な弟子を取ったが故に」

味谷は愚痴を溢す。

「無能な弟子、河津君のことですか、ただアイツは今プロ棋士です。実際羽島の自殺は河津君とは関係ないですよ」

谷本が反論する。

「ほう、あの孤独の棋士の味方面か?ふん、俺に上座取られたぐらいで怒り心頭だったお前とお似合いだ。」

ここまで言った所で村山が止めに入る。

「いい加減にして貰えますか?クラシック厨の新庄じゃねぇんだし、ここは検討室だ。将棋の検討しないから帰ってくれ!」

先輩にも容赦なく話すその姿に谷本はすまないという顔をした。味谷はその新庄に負けたお前が言うのか?という顔をした。しかし、味谷も次第に理性を取り戻した。良くも悪くも昭和の棋士である。


河津はこの将棋を小野寺の勝ちにかけていた。木村はもう勝ち目なし。家のパソコンの研究で導いた答えだと。小野寺がやらかさない限り負けはないと。


午後8時、木村が投了。タイとなった。疲れた表情で感想戦を行い会場を後にする。

谷本、味谷、村山も盤を片付け帰る。


「毒饅頭か。」

同じ場所にいないのに同時刻に村山と河津が発した言葉である。


「どうした?毒饅頭を仕掛けて羽島みたいな対局がしたいか?」

味谷が返す。

それがなく独り言となるのが河津。


毒饅頭戦法。羽島が愛用したこの戦法。河津は採用するのだろうか。否


「師匠の真似事はしたくない。俺は俺のやり方。王道のやり方でやらせて貰う。」

睡眠の大切さに気が付きましたね。ここから河津四段は良くなっていくのでしょうか?

今回味谷には少し悪い性格して貰いました。元ネタの方も某名人に対して上座に勝手に座ったりとか、餌やりしたりとかしてるんですけど、それとは違うタイプのやつですね。まぁ昭和の棋士は味谷みたいな性格の棋士も多かったみたいです。元ネタが味谷みたいなこと言ってるかどうかはわかりませんが、多分ないでしょう。


地雷服ってなんやかんや流行ってますね。新宿歌舞伎町にはそういう服を着た人が多くいるみたいです。私は残念ながら女性ではないので、地雷服がどういうものなのかそこまでわからないのですが、病みカワイイというのはどうも恐ろしいものです。メンヘラの代名詞みたいな扱いもされているみたいですし。メンヘラって面倒ですよ。伝染しますし。高校時代クラスの7割はメンヘラさんでしたが、大変でした。アレって構って欲しいからやるんだとか。なので構わなければ良いと思うんですが、どうなのでしょう。そう考えると河津君は凄いですね。メンヘラにならないで、メンタルを鍛えられた証拠です。まぁ諸刃の剣ですけども。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ