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孤独の棋士  作者: ばんえつP
連盟VS組織編-生き残りを懸け-
48/81

連盟VS組織 第五局

いよいよ運命の第五局が始まる。

「いよいよ最終局か…長いようであっという間だったよ」

連盟VS組織の五番勝負もついに最終局、途中河津の家族が現れたり村山が倒れたりとしたが、2勝2敗の互角でここまでやってきた。気がつけば、ホテルにいた関係者の取り調べも終わり、今会場にいる全員が行く末を見守ることになる。なお味谷の証言により、警察は八乙女を重要参考人として捜索することになった。


「小野寺、お前に重役を担わすのは心苦しいが、これだけは言っておく。責任は俺が取る。」

会長の言葉は肩の荷を下ろす。

「大丈夫です。秘策がありますから!」

「頼んだぞ!お前は素晴らしい方の渚だ!」

尊敬する味谷の言葉も背中を押し、今天才が対局場へ足を踏み入れる。


「高谷、相手は小野寺という天才と言われている棋士だ。こっちにはとっておきのモノがある。私の言うことを聞き対局をしなさい。」

「…はい。」

「いいか、これを持っていけ。」

「…これは!?」


対局室に二人が入る。五番勝負では最終局で再度振り駒が行われる。よって今回もそれに倣う。

「ホテルの方、モニターの音声を切ってください。」

高谷が注文をつけた。


「何をする気でしょうか。高谷の奴…」

「音声を消せという指示はしていないんだが。」


音声の消えた対局室で口を隠し、高谷は小野寺にだけ話をする。


「はっきりここで言わせて貰う。俺は会長から負けそうになったらお前を刺し殺せと命じられた。今鞄の中に包丁が入っている。ただ俺はお前と正々堂々対局がしたい。今日一日、会長と共に過ごしてわかった。組織なんて潰れてしまえば良いと。ただ八百長をするのも、お前を殺して不戦勝もプロとしてのプライドが許さねぇ。だからここで宣言する。俺は本気でお前と戦う。だから俺が勝てば、組織に入るのではなく、新たな連盟を作って欲しい。お前は俺を全力で倒しに来てくれ。今までの奴らとは違う。俺は番外戦術はしない。お茶に毒も入れない。これだけは約束する。」

組織にいて多くの棋士と対局した。ただ番外戦術で全力の相手と戦わず、何がプロ棋士なのか。高谷の心の中のモヤモヤは今、ここで晴れたのだ。

「わかった。約束する。俺も全力で戦う。プロ棋士として貴方に立ち向かう。お互い全力で頑張ろう。」


振り駒の結果、先手は高谷に決まった。

「始めよう。頂点の将棋を。」

先手2六歩、後手8四歩。運命の第五局が始まった。


「高谷…音声切って何か伝えてましたね…まさか組織を裏切るつもりなのでしょうか?そうとなれば刹那のように制裁対象となるだけですが。」

「何か嫌な予感がしますね。」

組織側は不穏な空気に包まれていた。音声を切り口元を隠されてしまっては何を言っていたかわからない。それが悩みの種となる。


「高谷類…向こうではかなりのキレ者だそうで。一応最初から向こうに所属している故、どのような人かは全く分かりませんが。」

こちらの会長は向こうがいつ番外戦術を仕掛けるかに恐怖している。もしも小野寺が被害を受ければ連盟が消えるだけでなく、日本の宝を失うことになる。


「なんかコイツ将棋に全力集中に見えるな。今までの奴らとは何か違う。」

味谷がそう発言した。その通りなのだが、それを知らない連盟側。会長は、そう見せているだけではという話をしていく。

「わかんねぇのか、どう見ても今までの奴と違う。まぁ負けた俺が言うことでもねぇが、コイツは本物だ。」

ボソッと呟く声がした。そして彼の心の中で静かに闘魂が燃えていた。もしもチャンスがあるのなら次はあの男を完膚なきまで叩き潰すと。


真剣な第五局の裏で、まだ終盤の鬼は戦っていた。外で新庄がクラシックのことを考えられないほど、静かに助かるのを待っている。胃の洗浄を行うのだろう。早く回復してくれとの思いでいっぱいである。


(俺はお前と戦えるのが楽しみで仕方なかったんだ。腐った世の中なんてどうでもいい。お前と全力でぶつかることだけが、今求めるモノだ…!)

戦型は角換わり腰掛け銀である。現在43手目8八玉。

「組織の方でも、かなり強い棋士はいる…そう捉えるのか良さそうだ…」

「いる…と言われたら昨日までははいと答えただろう。ただ今組織に強い棋士なんていない。不正を働く人として弱い棋士だけだ。」

「よく周りに汚染されず過ごせたな。」

「将棋への愛情は本物だからな。」


67手目、9六歩、68手目、同香、69手目、同玉。

(アレで行くしかない。)

小野寺がこの手を見て一つの答えを導き出した。後はそれを盤上に示すだけ。


88手目、3七歩成。

「なるほど、持将棋狙いか…!」

「立派な戦法の一つ。持将棋。俺は入玉を目指す。」

持将棋とは、簡単にいえば、入玉という相手の陣地にお互いの王将が入ることで成立する、引き分けのことである。王将が相手陣地に入ると詰ませるのが難しいため、持ち駒を点数にして勝敗を決めるが、その点数でも決められない場合に引き分けとする。プロ将棋では24点法が用いられる。


「駒の確認、なかなか痺れる戦いだな。」

お互い自分の駒の点数を確認して、引き分け以上に持ち込む。


「持将棋狙い…なかなか妙案を考えたな。」

木村もこれには感心していた。


129手目、高谷の入玉を持って持将棋が成立した。


「持将棋成立、引き分けか。」

そう呟いた後

「次こそは…勝ってやる。」

と発言したが

「無理だよ。何度やろうと変わらない。決着は永遠につかないのだから。」

と返されてしまった。

「俺は持将棋の戦法を生み出していた。永遠に決着を付けないようにするため。今まで通り、連盟、組織どっちも残る道、組織が嫌なら編入試験を目指せばいい。そう思ってたんだ。」

「犯罪者のいる組織を、お前は潰さないのか?」

「俺にその判断は無理だ。あまりに荷が重い。」

「…そうか、そうだな。俺たちは駒だったんだな…」


手術中のランプが消えた。それを見て条件反射で立ち上がる。

扉が開き医者が出てくる。

「もう心配はいりません。助かりました。応急処置が適切だったのも大きいです。」

その言葉は本当に光を照らしてくれたように感じ取れた。病院内であることも忘れ森井と共に喜びを分かち合った。

「良かった…!本当に…!」

人前であってもライバルでも、助かったことが自分のことのように嬉しい。嬉し涙というのはこのような場面で流すのだろう。

麻酔で眠っている村山の顔も、激戦を戦い抜いた勇者の顔に見えた。


有名人ということもあり、個室が割り当てられた。新庄は会長に助かった旨の報告を行うため、病院を出た。病室には森井が残る。10分、20分もすれば麻酔から解放され、村山は目を覚ました。

「…ん?ここは?」

「気がついたか。」

「師匠…!?そうか、俺、八乙女って奴に毒盛られて…」

「さっきまでお前は生きるために戦ってたんだ。」

「…そうだ!組織との戦いは!?」

「落ち着け。今第五局で、小野寺と高谷という男が戦っているようだ。番外戦術もなく正々堂々と戦っていると30分ぐらい前に聞いている。」

「第五局…少なくとも第四局は勝ったと見ていいんですね…」

「あぁ、味谷一二三…彼が珍しく目を充血させて全力で勝ち切ったそうだ。」

「味谷が…連盟のために…」

「それもあるだろうが、お前のためでもあっただろう。無念を晴らしてくれたんだ。」


「第五局は持将棋だそうです!」

新庄が帰ってきた。

「…持将棋。引き分けか。」

その言葉を聞いて新庄は喜んだ。村山の声、手術を耐え抜いた男の声だったからだ。


「持将棋。ということはお互い存続ということになりそうですかね?」

木村は引き分けで終わったということで、連盟の存続となるだろうと考えた。

「少しよろしいですか?」

そんな雰囲気の控え室に羽川がやってきた。

「第五局は持将棋となりましたね。持将棋は引き分けとなりますが、タイトル戦の場合、持将棋ならどうなりますか?」

この言葉を聞いて嫌な予感がした。

「その顔は答えを知っている顔ですね。そうです。第六局です。引き分けなら決着がつくまで追加で戦う。そのように連盟もやっているはずです。ですから、第六局を開催しましょう。組織からは私が出ます。連盟からは…」

「俺が行く。願ってもないチャンスだ。お前を地獄に叩き落とすチャンスが巡ってきたんだ。」

「ほう、貴方が出ますか。第二局では惨敗だったのに。」

「あの時の俺はどうかしてた。俺にだって生みの親はいた。それも知らずに捨てた親と言われる者からの言葉で動揺するなんて甘かった。俺には本物の親はいない。そう、俺はもう、迷わない。」

河津の決意はここにある。親を名乗る者に、もう惑わされない。

「そうですか、わかりました。では、早速いきましょうか。」

「待ってくれ、お互い戦術を考える時間が欲しい。」

木村が提案する。

「そうですね、連盟最後の対局。良いものになるように、許可しましょう。」


「村山は意識を取り戻した。電話で聞いてみよう。」

木村が電話を取り出す。

「個室とはいえ、電話使用は御法度ではないですか?」

小野寺が心配する。

「まぁそうだが、後で俺が怒られてくるよ。」


「さて、高谷というのは裏切り者の名だったようだ。全く、完璧な計画を狂わせるとは。渡部以外はさっさとこの世から出て行きなさい。幸せですよ。」

会長は既に助けられない。もうこの男を止めることはできない。

「地獄で、連盟の棋士と対局でもすれば良い。」


「河津、お前にアドバイスとは癪だが、連盟存続のためには仕方ない。」

味谷を始め連盟の棋士は孤高の存在に初めて接触を試みた。孤独の棋士が初めて他の棋士の言葉を受けた、普通の棋士と同じことをされた。それが河津という男のためではなく、連盟というモノのためであっても、孤独から解放されたように感じた。

「いいか、よく聞け。相手の戦法は恐らく…」

村山も敵であるはずの男に今、惜しみなくアドバイスを送った。


「存在意義、取り戻してやる。」


河津と羽川の決戦が、今始まる。

村山がかつて、河津にアドバイスを送る人がいれば更に強くなると推察した。

そして今、連盟のために、彼はアドバイスを受けた。孤独の男に初めて、味方が現れた。


さぁ、決着を付けよう。組織との決着を!

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