連盟VS組織 第四局
怒りの限界を超え、今第四局が始まる。
手術室のランプは付いたまま。中で終盤の鬼と恐れられた男が戦っている。
「新庄さん、慈聖は…」
連絡を受けて駆けつけた森井は顔面蒼白といった様子だ。
「まだです。まだ…」
言葉が詰まるのも無理はない。つい先程まで対局に全力だった男が、今は生きる為に戦っている。
(聡…慈聖を追い返してくれ…頼む…!)
羽川と木村が事情聴取を受ける中、第四局が始まった。女子高生ながら男性棋士と互角の最強棋士と連盟が誇るベテラン棋士で番外戦術の鬼。気は全く合わない。
「味谷は卑劣な手を指すイメージですが、最近は鳴りを潜めているようですね。こちらは第四の手がありますから。」
渡部が説明をする。連盟在籍時代、彼と一度だけ戦い負けている。その時もかなりペースを狂わされたという。
「連盟にも渚って子がいるのよね?それで貴方はその人を可愛がっている。でもなんで私はダメなの?ねぇ。」
「俺は強い棋士にしか興味ない。」
「私結構強いんだけどなー」
相振り飛車、初の戦型である。味谷が三間、小牛田が四間飛車である。
「渚って名前かわいいでしょ〜?お気に入りなんだ〜♡」
今回の相手はこのような形でペースを乱すのかと感じた。
「俺は小春って名前の方が可愛いと思うけどな。」
「…誰よその女!」
無論、味谷一二三の妻である。
「俺の女だ。文句あるか?」
「味谷さん…喧嘩になってしまいそう…」
連盟の渚は喧嘩試合にならないか心配で仕方ないようだ。
「でも彼が勝たないとダメなんだよ。君が出る前に連盟はその歴史に終止符を打つ。」
その通りだ。喧嘩試合だろうと勝たねば次は永遠に来ない。
「今回のペースの乱し方、雑じゃねぇか?」
「確かに…河津家を呼ぶぐらいのことをする組織が、この程度で味谷さんのペースを惑わせるはずがないのに…」
嫌な予感がするというものだろう。何かあると勘繰りたくなる。
現在50手目、互角。確かに実力はあるようだ。
この辺りで木村が帰ってくる。次は小野寺の番だ。
「状況は…」
「互角。なんとも」
「そう…か。」
連盟が無くなれば真っ先に責任を問われるのは会長である自分だ。いくら河津が挑戦を受けたとは言え、このように連盟所属棋士を出して戦った以上、言い逃れは出来ない。
(というのもあるが…やはり、村山のことが心配だ。俺がアイツを出さなければ…)
連盟側には負のオーラが漂っている。
「味谷は老害だ。昔は確かに強かったが、今は無冠の男。それでも私は戦術を練ってあげているんだ。感謝してほしいね。」
戻ってきた羽川は自慢げに話している。
「まぁ木村戦で勝てていれば既に終わっていたんだけどねぇ。河津と村山の所は必ず勝つと信じていたからね。」
「必ず…勝つですか?」
高谷が恐る恐る話しかける。
「あぁ、必ず。結果として私たちは勝っている。」
その言葉からは狂気を感じ取っていた。何か裏があるのだと。
(まさか…毒を入れたのは…会長だと言うのか…?)
「まぁ兄のことで責めろとは言われてたが…」
横にいた渡部が呟く。彼に毒を入れろと指示されたかと聞くなんて無理である。圧は見えないところで確かに掛かっている。
「刹那とかいうのが今は取り調べを受けているようだな。次は渡部あたりじゃないか?」
「…でもおかしくないですか?対局は俺と村山でしたよ。真っ先に取り調べを受けるのは俺のはずです。なのに何故か会長から始まった。もしかして犯人は既にわかっているのでは…?」
「犯人?まぁいるとすればあのお茶を作った工場でしょうね。」
その顔は暗黒と言わん顔だ。その時ようやく彼もあの時何が起きたかを理解した。
(なるほど…なかなか良いアイデア。俺は全く思いつかなかったぜ。)
小牛田はバッグから何かを取り出した。出てきたのは妊娠検査薬だった。不倫したと言いたげな表情である。しかし村山の件もあり、自分も刺されるのではないかという心配が勝る。正直相手にしたくはないが、自分の命は大切だ。
「で、君は何が言いたいんだ?」
モジモジしている。はっきりして欲しい。
「…責任」
「俺は取らないぞ。何故なら俺はお前とは関係がない。」
心の中で女子高生がこんな悪どいことをするのかと少し哀れに感じていた。
「そう…じゃあこの写真も関係ないと言うのかしら?」
出された写真、見覚えがあった。
「これ、前に俺が道に迷ってた女を案内した時のやつじゃねぇか。それを不倫だと言い張るのか。」
ますます腹が立った。この女には容赦など不要だ。最短距離で片付けてやろう。
その姿は取り調べから戻ってきた小野寺の心の中の火を静かに燃やし始めていた。
「味谷さん、いつも以上に本気だ…」
感心の声、背中を押す為に背中で語っている。
詰ますまでやる。一手詰めまで追い詰める。いくら相手が女子高生の最強棋士と言えど、うちの渚に比べたら簡単だ。
「女だからって容赦しないのは観戦記者への対応から確認済です。ですが、私は裏である人に電話を掛けるよう指示をしたんですよ。」
「ある人というのは…?」
「河津さんですよ。あの恐れもしない化け物を封印した正義のお方です。」
味谷家に一本の電話が掛かってきた。小春は知らない電話番号のものは取らないようにしている。
「留守番電話サービスがあるのだから、本当に重要ならメッセージぐらい残すと思うからね。」
その電話はメッセージを残した。
「味谷一二三さんのことでお伝えしたいことがあります。」
「あの人のことで、何だろう。」
迷惑電話ではないと言うことでかけ直すことにした。
「もしもし、味谷ですけど。」
「味谷一二三さんの奥様でいらっしゃいますか?私、弁護士の河津と言うのですが。」
男の声は自身を河津と名乗る。
「はぁ、主人が何かしたのですか?」
「実はですね、旦那さん、不倫をしているというのが分かりまして。」
「河津家に頼んだ話、教えてください。」
高谷も取り調べに行き、今この部屋は二人だけである。
「君には教えてもいいかな。彼の父親、河津徹也は弁護士、そこで彼に頼んで不倫したから慰謝料がという話を持ちかけたのです。向こうが本当に弁護士ですか?と訊けば、弁護士番号を伝え調べさせる。当然本物だから出てくる。信じざるを得ないということですよ。」
「貴方本当に弁護士ですか?」
思惑通り小春はそのように訊ねる。
「はい。河津徹也、弁護士番号は…」
その番号で検索すると本当にヒットしてしまった。
「…本物、ということは、本当に主人が…不倫を…」
「例えあの男が勝ったとしても人生は負けで終わらせる。楽しいショーだと思いますよ。」
対局終了は投了と同時に聞こえたうめき声で知らされた。番外戦術の鬼は追い詰めてやったと言わんばかりの清々しい顔で現れた。
電話の電源を入れると小春からの通知が来ていた。早速電話を掛けてみる。
「もしもし、小春?どうした?」
「あぁ、あなた。実は。」
「不倫したというのは間違いないとのことで」
「本物の弁護士が冤罪作りですか?主人は不倫なんてできるほど心は強くないんですよ。私はあの人と長い間共に暮らしているんです!嘘をつかないでください!!」
小春は騙されなかった。まず河津と言う名前と顔からもしかするとあの孤高の棋士の親なのではと予想、孤独男が親がいないという話、施設で育った話を知っているので捨てた親と判断した。今は連盟と組織で戦っている、その一環での番外戦術だと推理をした。結果それは正しかった。
「小春の所にまで電話を掛けたのか。よく騙されなかったな。」
「まぁ女の勘ですよ。」
それにしても河津稜と言う言葉は不憫だ。もしも捨てられていなかったとしてもまともに育つことはできなかっただろう。むしろ捨てられたことは幸せだったのかもしれない。
「はぁ…あの女も結局は。でしたか。これで互角の2対2、次は…君ですね。私が用意したとっておきの戦法を教えますから、連盟をあの世へ送ってあげなさい。」
「最後はお前に託す。連盟を、みんなを守って欲しい。」
互角まで持ち直し襷を繋いだ連盟。最後はあの男が登場します。




