連盟VS組織 第三局
孤独の男の敗北に危機感を覚え、いざ第三局。
諦めない心は誰よりも強い男を粉砕した番外戦術。連盟側は羽川の繰り出す技に警戒している。
(特におかしい点はない…やはり兄のことで動転させるつもりか。臨むところだ。)
「ここで負ければカド番行きだ。何としてでも勝ってもらわないといけない。」
「タイですから、ここで一勝もぎ取れば、また勝ち越し。連盟最後のタイトルホルダーですし、何としてでも勝ってもらわないと…」
「小野寺、お前だって今はタイトルがないけど、レベルはタイトルホルダー級だ。安心しろ。」
味谷との会話、正直どちらも緊張している。特にカド番になれば、自分達が連盟の息の根を止める可能性が出てくるからだ。
そんな話をしていると控え室にあの家族が入ってきた。
「おい、何の用だ?」
味谷が咄嗟に攻撃を仕掛ける。
「連盟というのは高貴な人がいらっしゃらないようですね。」
徹也の言葉に噛みつこうとすると
「そういう所ですわ、野蛮な人なのですね。」
と奏が続けた。埒が明かないと考えていた所だが、連盟高貴代表のような立ち位置の彼が前に出てきた。
「失礼ですが、不正をしたりする人がいる場所が高貴な場所とは思えませんね。私は連盟を高貴な所なんて思ってはいませんが、少なくとも貴方が応援している組織よりはまともだと考えています。私は悪に立ち向かう彼らの姿が、王族を倒した市民のような風に見えるんですよ。まるでフランス革命です。」
先程まで彼らのことで興奮していたとは思えない程の冷静な言葉である。立ち振る舞いから王族と呼ばれることがあるが、今は市民に寄り添っている。かつて夢の中で、ヴィランという王女が奴隷解放に動いていたのを見たことがあるが、今自分はその王女の立ち位置だと実感していた。
その言葉を聞き、河津一家は控え室を後にした。途中、河津稜は一度も言葉を発することは無かった。
そんないざこざが起きているとも知らずに対局室では二人の戦いが始まろうとしていた。
「会長は石橋を叩いて渡るタイプ。
…私は良いヒントを与えたと考えております。」
「つまり今回も何か仕掛けているということだ。ただ俺は読めている。ただアイツが受けていたのを見て俺は対策をしてきている。」
渡部の先手で第三局が開幕した。
「正直俺は戦いたい。あの天才と言われるアイツと。上手いことやってくれよ…」
高谷は神童と戦いたくて仕方がない。何局目に来るかはわからないが、絶対戦うという意志を周りも感じていた。
「安心してください。向こうにとって彼は切り札的存在。カド番になれば出してくるでしょう。そこで貴方が行けば完璧です。本当は私が行きたいんですよ。喧嘩を売ってきたのが、あの男で無ければ。」
「会長?私が出る幕はあるんでしょうね?」
「渚ちゃん、そうだねぇ。刹那みたいに使い物にならないのが居ればあるかもねぇ。」
先程から会長は不正したのに負けた男を追い詰めている。既に彼の目に光はない。
「連盟に春は来ない。」
対局は矢倉に進んでいる。村山はいつ兄のことを話し始めるか警戒をしている。つまりそこにリソースの一部が持っていかれ、普段通りの実力が出せない。常に考え事の中に普段不必要なことがあるのだから仕方ない。
「貴方にはお兄さんがいたんですよね?」
来た。そう直感的に感じた。ここから有りもしない話で兄の評判を下げ自分のペースを狂わしにくる。今までの警戒で無駄にした分を取り戻せると喜びすら感じる。
「あぁ、いたが?」
「貴方のお兄さんは実に優秀だったそうですね。何故君が生き残り、お兄さんは病に倒れる羽目になったのか。」
「確かに兄は優秀だが、俺は託された身だと考えている。確かに病に倒れる羽目になったのかという部分については俺も同意見だ。プロ棋士になって貰いたかった。兄弟でプロになって二人で棋界を制覇したかった。ただ俺が生き残った理由は、兄の分まで勝てと言う指示だ。残念だが、俺はそれでは騙さない。」
舌打ちが聞こえた。番外戦術が効かないとわかると露骨に焦り出す。
村山はお茶を一口飲み、再び盤面に目を向けた。
!?
(何か、入ってる!?まさか…!)
その瞬間、体の力が抜ける音がした。盤面を崩しドンと鈍い音を立てて倒れた。
「おい!村山!しっかりしろ!」
控え室から味谷や新庄が出てくる。その顔は血相を変えた顔とも取れる。
薄れゆく意識の中、辺りを見渡す。渡部も驚いた顔だ。知らされていなかったのだろうか…?横を向いた、対局室の外にいたのは、八乙女だった。病んだ笑顔と目があったように感じた。
「や…お…と…」
味谷が微かにその言葉を聞き取っていた。
「おい!村山!!しっかりしろ!!おい!!」
普段見られない彼の焦り顔を見て村山は意識を失った。
「既に救急車は手配済です!応急処置を!!」
控え室に残っていたメンバーも木村がホテルスタッフへ報告、小野寺が応急処置用の道具集め、谷本も救急隊が入るための道確保と分担していた。河津だけが座ったままだった。ただショックを受けた顔ではなく、怒りを覚えた顔へと変わっていた。
(私の告白断ったんだから、当然よね。あの世でお兄さんと仲良くね。)
八乙女は心の中でそう呟いた。味谷らは自分のことが見えていない。あまりにも夢中になると周りなんて見えないものだ。もっとも自分の見た目が変わっていて気が付かなかったという可能性もあるだろう。
10分後には救急車も到着、既に小野寺らによって応急処置は済んでいた。終盤の鬼は、皆に見守られながら運ばれていった。新庄が付き添いとして救急車に同乗した。
一連の流れが終わり、味谷が森井に電話を掛けに離れると、組織会長が近づいてきた。
「これは、災難でしたね。私は兄のことで責めろとは伝えていましたが、まさか倒れるなんて…」
「貴方が毒を入れたんじゃないですか!?」
小野寺が声を荒げる。
「そんな、失礼な。食中毒でしょうよ。」
会長は嘲笑うような顔で見ている。
「私も食中毒説は否定的な立場だ。誰かに仕込まれたと考えるのが妥当だろう。」
「まぁその辺は勝手に考えてください。ちなみに対局中に病に倒れた時は、どうするか、分かってますよね?連盟側の負け。まさか無効試合にしろなんて言いませんよね?」
「…毒を入れたと確認できない以上、確かにそうだが」
前に中原が持病で倒れた時も同じ措置を連盟は取っている。ここで異議を唱えることは出来なかった。なおその時、その対局で勝ったのは木村本人である。
そこに電話から戻ってきた彼がやって来る。
「おい、八乙女、恐らく元観戦記者の八乙女華恋だ。このホテルに来ていなかったか?」
「八乙女…?はて、私は知りませんが。」
「アイツが意識を失う直前に言ってたんだ。八乙女と、恐らくあのアマが毒を仕込んだに違いない。」
「なんだと?それは本当か!」
木村が確認を取る。本当なら刑事事件。殺人未遂だからだ。
「多分そうだろう。とりあえず今、警察にも電話をしてきた。恐らく将棋界での事件の時にやってくる松岡って刑事が来るだろうな。」
「警察が来るとなれば、対局は中止になるのか?」
「全員同じ時間に取り調べ、ではないでしょう?ならば順番を決めてやれば良い。犯人が八乙女という人なのであれば、私たちはあくまで参考人程度。これぐらいの融通はあるでしょうよ。まずは私が取り調べを受けますよ、次は連盟会長。こうすれば良いと考えてますが。」
「まぁ犯人は八乙女だから俺たちはあくまで話を聞かれるだけというのは間違いないな。」
15分後、予想通り松岡が星野を連れてやってきた。
「取り調べをしたいので、ホテルの一部屋を使いたい。」
「わかりました。」
「とりあえず通報者の話では犯人は八乙女という女らしい。ここにその女がいないなら事情聴取で終わりだな。」
二人の刑事ということで、二人づつの取り調べとなった。その間、次の対局が行われることとなった。
「正直こんなことがあって対局なんて狂っていると思いますが、まぁ犯人の名前、本人が口に出していたというなら監視下で行うのは許可しましょう。」
松岡のお陰もあり、対局は行われることとなった。
「次は俺が出る。勝って渚に繋げてやる。」
第四局は味谷一二三と小牛田渚。渚という名前から男だと想像していたが、目の前にいたのが女子高生だったので彼は少し意外に感じていた。
「よろしくね♡」
「俺は、渚という名前であろうと容赦はしない。お前はアイツと違ってダメな渚だ。」
その怒り片手に、対局が始まる。
少しプロトタイプ版の話をします。当初は孤独の棋士というのは河津が不正をしている絶対王者に勝つというストーリーだったのですが、途中の話で谷本が毒入りお茶を飲み倒れるという話がありました。不正を暴こうとして先手を打たれたというものです。
今回話を書いている中で不正と毒入りお茶の話は絶対に入れたいと考えていました。絶対王者の不正ではなくなりましたが、なんとかねじ込んだと考えています。




