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孤独の棋士  作者: ばんえつP
龍棋編-頂点の光を掴むのは-
43/81

後悔先に立たず

龍棋戦、決着!勝つのはどちらか?

続く第四局も河津が勝利し、勝負は第五局、最終局に持ち込まれた。


対局場は東京都文京区のホテル。庭園に位置している。

今日の立会人は藤井。持将棋にならない限り、この対局で次期龍棋が決まる。第三局以上にマスコミが集まっていた。勿論目当ては小野寺の防衛である。

検分は何も問題なく終了した。東京ということもあり、家に帰ることもできるが、お互いホテルに宿泊した。少しでも時間が惜しいということだ。大一番、負ければトーナメントへ逆戻りだ。


対局前、いつも以上の緊張感。静寂が場を支配する中、小野寺が発する。

「俺、この対局に勝ったら、菜緒と結婚する。今ここで宣言しよう。」

この言葉は間違いなく相手を威嚇する。普段以上の力を出してくる。それでも言わせてもらう。それだけの覚悟だからだ。それぐらいでなければ、菜緒を幸せになど出来やしない。

この場面は中継されており、当然彼女も見ていた。公開告白、藤井は驚いた顔で小野寺を見るが、対局相手の河津は下を向いたまま微動だにしない。

この男、人の恋事情など微塵も興味がない。相手が「絶対勝つ」と言うのはプロ棋士なら当然の行為。むしろ負けて良いと考えているようでは相手ですらない。結果として向こうの番外戦術は外れていた。


「振り駒をします。小野寺龍棋の振り歩先です。」

第五局、最終局では再度振り駒が行われる。振り駒の結果、とが4枚で河津の先手に決まった。

その瞬間を横目で確認してすぐに深呼吸。まともなタイトル戦はこれが初めてだ。相手が殺されずにここまで来た。関東特有の乾燥した晴天の中、龍棋戦の開始を知らせる狼煙が上がった。


先手、2六歩、後手、8四歩。このシリーズで何度も見た飛車先の歩をつく一手。居飛車で戦おうという意思であり、この対局でもそれは変わらない。

戦型は角換わり腰掛け銀へと進む。


「そうだ、例の準備出来ているか?」

羽川がとある人と話している。

「準備万端です。任せてください。」

「そうか、任せたぞ。

…組織の勝利は必然だ。」

「…今更こんなこと言いますけど、大丈夫なんですか?こんなことして。」

「問題はない。寧ろ奴らにはご褒美、気を利かせてやるのだから。」

「…色々な人に声を掛けてるみたいですね。」

「あぁ、私は石橋を叩いて渡るタイプでね。既に君以外にも色々用意しているのだよ。意外な所からもな。」


一方連盟の会長は、棋士選定に頭を悩ませていた。運命の日まであと僅か。万が一負けるようなことがあれば、この国からプロ棋士という職業が無くなる。

「俺たちは命を懸けてやってるんだ。絶対に無くしてはいけない。偉大な先人の守り抜いた世界を、俺たちが潰すなんてあってはならない。」


控え室に戻った藤井は早速中継モニターで棋譜を確認する。現在25手目、9五歩。

「俺はあの告白にはビックリしたが、流石にこの男は無縁の話。いつも通りの手だな…。河津…番外戦術に慣れてきたのだろうか。最早この技で孤高の棋士を倒すのは不可能か。たとえそれが味谷などその道のプロ、逸材でも。」


(この大一番で、最強の相手と戦っている。今の此奴は間違いなく本物だ。第一局、第二局は完全敗北をしている。そこから巻き返したとは言えまだ互角。だからこそ、俺は喜んでいる。間違いなく最高の将棋の棋譜を残せるからだ。)

この孤独男にとって、将棋は唯一興味の対象となるもの。そして今、ここでやっている対局はその好奇心を最大にするものなのだ。


38手目、6五桂、39手目、同銀。二人のタイトルホルダーが最先端の将棋を指している。カド番は面白い対局が見られるとよく言うが、本当にその通りである。文字通り命懸けなのだ。生活を懸けた対局だからこそ、惹かれるものがある。


村山と澤本がこの対局を中継で見ている。当たり前のことを書くが、我々がリアルタイムにプロ棋士の対局、棋譜を確認できるのは、何かしらの媒体で中継をしているからである。このような文化がない時代はテレビ対局を除き基本は新聞で棋譜を知ることが多かったようだ。

「この対局…恐らく彼は見ているんでしょうね…」「向こうは対局を中継することはない。それに対してこちらは小野寺ブーム以降中継が増えている。不利なのは間違いなく俺たちの方だ。」

「ここで最先端の将棋を指してしまったら、我々は敗北に近づくだけということですか?」

「じゃあお前に聞くが、タイトル戦の最終局、お互いのカド番で今後のために手を抜けと言われて手を抜くか?その問いに対する答えこそこの結果だ。」

「…プロの性ってことですね。」

「最悪二人が負けようと俺ら残りが勝てば良い話。」

「俺ら…?」

ここで村山はメールを見せた。

「まだ確定じゃないが、出ることになるだろうから覚悟はしとけとメールが来た。完璧に決まるのはこの対局が終わってからだが、恐らく俺はタイトルホルダーだし出ることになるだろうな。」

現状タイトルは4つ。現時点での保有者は龍棋の小野寺、王棋の河津、虎王の村山、そして名人格の木村である。見事に全員がバラける群雄割拠の状況だが、仮に彼ら全員が参加したとしても後一人が決まらない。前虎王の谷本か、大一番に強い味谷か、かつて名人格を保有していた新庄か。今会長はこの部分で非常に悩ましい決断を迫られている。


45手目、2四桂打。河津が攻めている。

「はやいな。早くもあり速くもある。」

藤井の評価は中々のものだ。

「コンピュータだけで研究するなら、もう少し違う手が出るはず。あの孤独男も、研究相手が出来たのか?」

残念ながらそうではない。育成機関に立ち寄りヒントを得たに過ぎない。


昼食休憩となった。藤井は外の様子を見に敷地外へ出る。するとかなりの人が集まっていた。流石に迷惑なのでまだ時間が掛かる旨の説明をし、記者含めた外の人々を追い返そうとしたが、一部の人は将棋なんて知らないと言った様子だった。

(そういえば対局場側を向いていない。誰か来るのか?)

棋士の勘は正しかった。目の前を高級車が通過する。その瞬間一部の人が歓声を上げる。

(有名人…なのかな?)

彼はそこまで芸能界に興味があるわけではない。わからないのでとりあえずその辺で声を出していた人に話を聞いてみた。

「知らないの?YuiとKanadeだよ!超有名人だよ?」

「ゆい…?かなで…?すまないが全く知らないな。」

「嘘!?アイドルだよアイドル!日本を代表する凄い人なんだから!!」

本当に知らないのだから知らないと言うしかないのだが、世の中は広いのだなと実感して対局場へ戻った。


「ゆい…かなで…検索っと。」

立会人が何をしているんだというツッコミは置いておくが、気になったものはすぐに調べないと色々影響が出かねないのも事実である。

「ほう、こんな人たちなのか。確かに美女ではあるが。ん?親子なのか…世の中面白いものだな。高級車だったし、多分相当なボンボンだろうな。」

本名は非公開のためわからなかったが、恐らく下の名前はこれで合っているのだろう。芸能に詳しい棋士が何人いるかわからないのだが、もしかしたらファンもいるかもしれない。


味谷は中継を聞きながら散歩である。道中女子高生が道に迷っていたので道案内をしていた。かつて素人を虐めていたとは思えないファンサービスである。

「最近、俺も丸くなったなって感じるな。大丈夫かな。番外戦術は如何に相手の嫌がることをするかが大事なのに。」

ベテランの男から漏れた本音は何処か寂しいものだった。


対局場に新庄がやってきた。どうやら生で棋譜を確認をしたいようだ。

「君もそろそろタイトル戦に戻りたいんだろう?」

「図星…ですね。」

薔薇を咥えて現れても、中身はトップ棋士。自分が一番でありたい。

「元気ねぇな。なんかあったか?」

「わかりますか。自分らしくないことですけど、昨日悪夢を見たんですよ。破門した花田が俺を刺し殺しに来る夢です。」

不調な時に限って悪夢を見る。新庄はここ最近ツイていないようだ。

「本当嫌になりますよ…本当…」

着々と対局は進展するというのに、俺はここで立ち止まっている。悔しさは人を強くすると言うけども、本当にそうなのだろうか。


55手目、2三歩成。河津は攻め続ける。強気の姿勢を崩さない。それに対して小野寺も本気だが間合いを取っている。平常心にも違いが出るものだ。

59手目、2四歩打。それを見てすぐに1四金とするが、ノータイムで2三飛打と返す。間違いなく第一局の彼とは違う。

「銀損…」

立会人の呟きはもうただの将棋ファンと変わらなかった。わからないのだ。目の前で起きていることが、プロにも。


「一瞬の気の迷いがダメにする。俺だって虎王を取った時、油断しないよう気をつけていた。王者は驕らず。」

「一日制とはいえ、この時間は油断との戦いですからね…」

村山、澤本。どちらもプロだからこそ、油断の恐ろしさを知っている。


86手目、7六歩。87手目、同銀。このやりとりでお互いが行けると確信した。つまりどちらかは誤りである。


93手目、6五桂。94手目、7七角成。95手目、同金。


誤りに気がついたのは、天才の方だった。


後悔してももう遅い。


「まさか…こんなことになるとはな。」

味谷はここで中継を観るのをやめた。


101手目、3四歩。この手にかけた時間、1時間20分。油断して捲られたらそれこそ後悔の塊を背負うことになる。念入りに最後の確認を行って印鑑を押した。


121手目の3三桂成が今期龍棋戦の最後の一手となった。そして小野寺渚が龍棋として見た最後の一手ともなった。


「…負けました。」

力のない声が対局場から聞こえた。孤独の棋士が二冠となり、天才が無冠に転落した。

神童は目に涙を浮かべ彼女へ後悔の念を吐露していた。結婚するとまで宣言したのに情けない敗北、ここから消えてしまいたいと願っていた。しかし孤高の男にはそんな気持ちなど関係ない。興味がない。ただ今日の対局を振り返り、自分が二冠へと進んだことを噛み締めていた。


「お疲れ様でした。」

立会人の暖かい言葉は冬の時期に沁みる。

外は凍えるような寒さだ。白い息を出しながらお互い自宅へと足を進める。


道中空を見上げ、河津は師匠に報告した。

「俺、二冠になったよ。師匠のお陰だな。」

その時の表情は昔の友達を欲しがっていた頃の、あの頃の顔にそっくりな柔らかいものだった。

というわけで、河津が二冠になりました。


実は初期設定の孤独の棋士では河津が最初に取るタイトルは龍棋でした。やっと河津龍棋と呼べます。


後悔先に立たず。手を指して、あの時こうすれば良かったと自分を責める。あることですが、やはり後悔というのは嫌なものです。反省とは違いますからね。

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