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孤独の棋士  作者: ばんえつP
龍棋編-頂点の光を掴むのは-
42/81

不穏

第三局です。組織も動き出します…

第三局まであと僅か。連敗でカド番に追い込まれた河津。勝たねばプロとしての存在意義は無い。全て読まれたという絶望は間違いなく彼を蝕んでいる。目の前のパソコンは今までの棋譜を参照しているが、それが信じられなくなった。第二局も間違いなくやった。それで負けた。判らなくなっている。間違いない、スランプだ。

「あと少しだって言うのにな。」


研究会…誰かと一緒に研究すればそれだけ多く時間を使える。確かにその通りだろう。ただ俺にそれが出来るのか?答えは否。俺は仲間も師匠もいない。仲間なんていらないと考えているが、もしかして、本当は必要なのだろうか…?


「そうは言ってもすぐに作るのは無理だな。」


ならば、育成機関や養成機関に顔を出して少しでも近づくしかない。


澤本が幹事を務める育成機関。そこに今日は村山もいた。

「珍しい客だな。カド番に追い込まれ、藁にもすがる想いってことか。」

村山が呟くと

「何かヒントが欲しいという顔だ。スランプなのだろう。無理もない。相手は天才だ。」

澤本も続いた。ただしこの言葉は彼には聞こえていない。ヒントを得るために。ただひたすらに盤面に注目する。

子供たちの指し手は自由だ。故に忘れていた大事なことに気が付ける。

「ここにいるガキは俺と違って仲間がいる。だからこそ何かしらの情報を持っている。」

今日はタイトルホルダーが二人いる。子供たちも気合が入っていることだろう。


「これは…!?」

ふと思わず声が漏れる。何気ない子供の手に関心を寄せる。その時、何か呪縛から解き放たれる。そんな感覚がした。


「おい、河津。」

そんな集中しているタイミングで村山が声を掛けてきた。

「なんだ?今忙しいんだ。」

「お前があの男に負けている理由、少しは判っているようだが、これではまだ甘い。向こうは味谷ら多くのプロから情報を得ている。当然ここにいる子供とは質が違う。


本当は施設で友達を作りたかった。その想いは今でも何処かにあるはずだ。」

突然のことに一瞬時が止まった。

「なんのことだ?友達なんてもの作るだけ無駄だ。意味がない。人付き合いほど要らないものはない。お前と話しているこの瞬間も俺は人生を無駄にしている。」

「そうか、俺は強いお前と戦って木っ端微塵にしたいんだ。友達のいないお前は弱い。俺はそう考えている。恋愛は不要だが、友達、いや仲間は必要だと思うがな。」

「恋愛は論外、友達や仲間も必要ない。プロは戯れるものではない。」

そう言って部屋を後にする。


「村山さん、あの男に言葉をかけるだけ無駄ですよ。」

「あぁ…今はそうだろう。」


育成機関で見たものは宝物だった。新たなアイデアは恐らく相手を出し抜ける。そう確信していた。スランプから抜ける光が見えた。


第三局は鹿児島県指宿市。砂風呂で有名な旅館で行われた。

今回の立会人は桐谷。大盤解説は後藤、萩原。

この戦い、小野寺が勝てば無事防衛。天才の初防衛を一目見ようと多くのファンが集まっている。効果は絶大で鹿児島の名物さつま揚げやしろくま、黒豚などが飛ぶように売れ、街全体がお祭り騒ぎとなっている。特にしろくまは冬だというのに爆発的な売れ行きを見せているようで、店主も驚きを隠せない様子だ。


先手は小野寺、ここに第三局の幕開けを告げる駒音が鳴り響く。

「先手、2六歩」

いつも通りだ。驕らずいつもの手を指す。

「後手、8四歩」

この男に角頭歩なんてやっても勝てるわけがない。正々堂々立ち向かわなければならない。戦型は相掛かりへ進んだ。


「全く、愚かな者達だ。仮初の対局如きで喜ぶとは憐れな子羊。」

羽川が鹿児島県に来ていた。組織の方でもタイトル戦が行われており、更に奇遇なことに同じ鹿児島での開催だった。

「会長?私たちが正義だってことを、あの愚民共に伝えないのですか?」

「あぁ、伝えるさ。連盟なんて嘘で固められた悪の権化。悪夢から覚ましてあげないとね。」


「そうだ、小牛田渚(こごたなぎさ)ちゃん。君はLS出身初の全員参加のタイトル獲得者だ。偽物に裁きを下してみないか?」

「会長の命とあらば、私、必ずや組織に栄光を届けますわ。」

「渚は君一人で充分。男の癖して女のような名前を名乗る不良品の天才には消えてもらおう。」

(何、組織が消えることなんて無いさ。もう手は打ってある。)

彼の携帯には女の名前が映し出されていた。


対局は昼食を迎えていた。ここで小野寺が選んだ食事は暫くのブームを迎える。従って地元の飲食店はこの日のために準備をしてきた。


「木村様、お手紙が届いております。」

女将が木村を呼んだ。手紙の差出人は羽川だった。

「もうすぐか…連盟存続の為にも、俺含め出さねばならぬ。」

このタイトル戦が終われば、今度は連盟と組織の戦いになる。自分一人でどうにか出来る問題ではないが、会長として、一人のプロ棋士として戦う覚悟は出来ている。


昼食明け、現在45手目、1四歩。

「ここまでは普通ですけど」

「どちらもこの対局に懸けている思いは大きいんだから、こんな普通で終わるわけがない。」

将棋は終盤のゲーム。まだまだここからだ。

すぐに46手目、9六歩が指された。


「この程度なら組織が勝ちますよ。」

組織のベテラン棋士刹那孝明(せつなこうめい)は同じ組織の渡部明(わたべあきら)高谷類(こうやるい)と恐らく戦うであろう二人の対局を確認していた。

天才高校生高谷にとっては、小野寺というのはキャラの被る敵である。なんとしても自分の手で相手を倒したい。

「ん?会長から電話だ。」

渡部の携帯に着信が入る。

「もしもし、はい。え?」


(俺は、あの日、一筋の光を見つけた。この手は確かにコンピュータじゃ見つけ出せないものだ。育成機関や養成機関も侮れないな。)

47手目、七歩打。この手が指され少し経ち、評価は後手に傾く。

(俺が指した46手目、あれは先手有利の手。のように見えて、この手を誘発するものである。コンピュータならこの手は指さない。向こうは俺という性格を読んでいるというのは第二局までで解ったこと。ならば、俺がやらない手は相手の歯車を狂わせることになる。そう。俺は孤独だ。故に育成機関で見つけたこの方法は向こうはやらないと踏む。同じ手もその読みはないと簡単に捨てる。人は第一印象で決まるなんて言うが、一度決まった印象はなかなか覆せない。それを逆手に、今俺は優位に立つ。)


「なるほど、予想外の一手。やられましたね。」

萩原は意図に気がついた様子。後藤はまだのようだ。

(株と同じ、傾向はあれど確実ではない。)

桐谷の心の声が終わる頃、48手目、7六飛が指された。


そのまま河津の優勢は拡大を続けた。カド番なので実力以上の力が出ていることもあるが、それ以上にあの一手が大きかった。

72手目、3三歩打時点で差は歴然。小野寺は彼女への謝罪の念を込めるようになる。


102手目、5八龍をもって、龍棋の投了となった。


対局が終わり外へ出ると羽川の姿があった。横には女子高生である。

「河津君、君の実力は見させて貰ってるよ。組織と連盟。戦いが楽しみだ。」

「女連れて遊んでるような奴が強いとは俺は思わないけどな。」

そう言い残してバスに乗り込んだ。


「会長?あの男に地獄、見せるんでしたよね?」

「精神を壊すような、楽しい世界を。地獄なんて優しいじゃないか。」

なんとか1勝を挙げた河津、しかし目の前の小野寺渚以上に大きな敵が、動き出しています。

何やら不穏な空気です。

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