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孤独の棋士  作者: ばんえつP
龍棋編-頂点の光を掴むのは-
41/81

人との繋がり

龍棋戦の第二局です。

「そろそろ新しい棋士が生まれる頃だな。今回も誘ってみるか。前回は失敗したが…」


「そういや、棋士番号307の小野寺から数年後に入った河津が棋士番号310っておかしくねぇか?年間4席あるんだろ?」

ある将棋ファンが疑問に思っていた。

「あぁ、それか。この界隈じゃある意味タブーな話なんだが、一応話しておこうか。連盟側じゃ無かったことにしているんだが、小野寺のプロ入り以降、新しく棋士になるはずの人を組織側が奪う事態が発生したんだ。主犯は羽川。向こうのトップだ。小野寺と同じ時代じゃ活躍は難しいとかなんとか言って言葉巧みに操り、引き抜きを行っていた。連盟側はそんな人を認めるわけにはいかないので全て無かったことにして無理矢理辻褄合わせを行ったんだ。」

隣にいた将棋ファンが回答する。それを羽川は聞いていた。

「お二人さん、よく解ってますね。まぁ連盟という偽の集団より、我々正規で唯一の組織に入った方が貴方のためですと言って入れているんだけどね。もうすぐ連盟は消滅します。この選択は間違っていなかったと、証明されるのです。」


龍棋戦第二局は長野県松本市で行われた。新宿から特急あずさ号で2時間ほど揺られる。今回の立会人味谷にとってこのあずさ号は様々な思い出があるものだ。

「長野へ行くならこれかあさまだから、小春とよく乗ったやつだ。…そういえば谷本の当時嫁だった花子との因縁もここだったな。」

今日は谷本浩司はいない。当然花子もいない。当時の因縁は大好きな長野のイメージを落としそうになるが、しっかりと過去のものとして割り切り立会人としてしっかり役目を果たす。自分が可愛がる小野寺が対局するのだから。

「俺たちは長野が好きだ。非日常感を味わえる、良い所だ。」


山には雪が積もっている。甲府を過ぎ信州へ入って行く。味谷が大好きな光景がそこには広がっている。行きは中央本線、帰りは信越本線。そんな行き方は今は昔。新幹線開通に伴い碓氷峠区間は廃止になって久しい。在来線で行くなら中央本線一択となってしまった。


列車は塩尻に到着。ここからは篠ノ井線へ直通する。名古屋方面はしなのに乗り換えだ。この駅あたりで小野寺に声を掛けに行く。目的地、松本まではあと少し。自身が経験した防衛戦のことを若人に伝えていく。


和気藹々とする雰囲気と裏腹に孤高の棋士は一人詰将棋の本を開き解答を進める。当人は既に列車が長野県に入っていることも知らずただひたすら睨めっこである。既に100問以上解いている。持ってきた本は10冊ほど。当然対局中は見られないので行きと帰りの列車及び宿の中で見る物となる。

(第一局の反省を活かし、コンピュータに小野寺渚の全棋譜を読ませた。これで間違いはないはずだ。)

研究も対人研究に切り替えており、彼の記録を全てデータに起こし、確率を求めていた。

(俺は勝つ、応援する奴がいなくても関係ねぇ。相手の生活を奪って、生活する。棋士の定だ。)


「まつもと〜〜〜、まつもと〜〜〜、まつもと〜〜〜。終着、松本です。」

松本駅特有の放送を聴きながら列車を降りる。味谷にとってはこの放送を聴くと長野へ来たというモードになるようだ。

駅には送迎バスが来ていた。ここから対局場まではバスでの移動となる。松本は城下町、周りの景色はやはり観光地といった様相を示す。

着いたのは立派な旅館だった。今回の龍棋戦、旅館での開催が多いように感じる。


それぞれ自室に向かい荷物の整理をした後、対局場となる部屋へ案内される。本日の検分はスムーズに執り行われた。

「では、明日午前9時対局開始ですので、よろしくお願いします。」


河津はふと旅館にある本棚に目をやった。そこには古い本が沢山並んでいた。

「ん?大道詰将棋、この本は見たことがない。」

どうやら自由に借りられるようだ。早速部屋に帰ってこの本に夢中になる。

(やはり面白い。大道詰将棋…自分が考えないような手が沢山並んでいる!)

子供のような笑顔を見せ、一人日付が変わる頃まで解き続けた。本当は朝までやりたい所だが、睡眠は大事な武器である。勝つためにしっかり休んでおく。


女将は本棚から「大道詰将棋」の本が無くなっているのに驚いていた。ここの旅館、過去にも対局場として選ばれたことのある場所だが、この本が借りられたのは初めてのことだった。

「物珍しい人もいるんですね。大道詰将棋なんて」

その独り言は小野寺に聴かれていた。

(恐らく借りたのはあの男…やはり…)


朝は本当に冷え込むものだ。放射冷却したこともあり、氷点下となっていた。

流石の河津も堪える寒さのようで、朝は温かい料理を頼んでいる。昨日の続きをしつつ、対局の準備も行い、そして食事も摂る。タイムパフォーマンスをしっかりと考えているようだ。


お互い電子機器等を預けて対局室へ入室する。今回の先手は河津、午前9時定刻で対局は開始、すぐに飛車先の歩を突いた。

(すぐに指す奴がいるか普通。)

このような場所では、記者が写真を撮るために最初少し間を空けてから指すものである。開始直後にいきなり指す例はあまりない。事実小野寺は少し間を空けて2手目、同じように飛車先の歩を突いた。


(本当なら助言をいくらでもしたい。アイツを勝たせたい。ただそんなことすればあの谷本と同レベルだ。既に対局前に色々アドバイスはした。後は見守るだけだ。)

そのように心の中で思い、味谷は部屋を後にする。


別腹は実在するのか。という議論がかつて上がった。おやつは別腹などと言い、お腹いっぱいにも関わらず好きなものなら更に食えるというもの。これは、恐らく心理的な面が大きいのだろう。

では勝って彼女と結婚すると決意して臨んだらどうだろうか?まさしく今の小野寺の状況であるが、別腹と同じで心理的に実力以上の結果を出すことは出来るのだろうか。


戦型は矢倉へと進んでいった。

「小野寺は元々矢倉を好んで指したイメージがある。私は彼が今回これを選んだのは、絶対勝つという底力を出すためだと考えている。」


現在15手目、先手6六歩の場面である。

(やっぱりこの手で来たね。でも甘いよ。僕を研究してこう指せばってのはあくまで棋譜を見ただけの感想。性格まで読んでいれば、これは敗着なんだよ。)

ニヤリと笑った。不気味な笑顔に河津は気がついていない。興味もない。過去の棋譜を見てこの後の行動は読めているはずだから。

(この手は確かに悪手だ。ただお前の棋譜を参照すればこの手は良い手になる。傾向は読めている!)

自信満々、慢心しているようにも見える。無理もない、第一局の反省を活かし、全ての棋譜を調べて、傾向を読んだのだから。それも全て読まれているとも知らずに。


「猫を被るのが上手い人は世渡り上手なのかもな。小野寺が俺含め多くの棋士に可愛がられるのは、それ相応の理由がある。特に俺は谷本というアイツみたいな棋士のデビュー時を知っているし、俺はそいつが嫌いだ。だから中学生デビューで突出した出来の棋士が好みというわけではない。」

マスコミ対応も上手な小野寺は間違いなく本物である。その点を踏まえると今までの中学生棋士で一番の出来なのだ。

一方で猫を被ることなんてできない河津は誰からも好かれていない。この辺でも損をしていると言える。


昼食休憩、信州と言えば蕎麦である。両者それを基本に天ぷらなどの追加を行う。小野寺は山賊焼きも追加した。


松本市内、雪が降ってきた。朝は晴れていたというのに、不思議なものだ。

「降る雪は棋譜の旅路を祝いつつ…」

ふと口にした言葉も外では白い吐息と共に空へ昇る。龍棋戦、冬のタイトル戦となり津々浦々の場所で行う為、雪の決戦と称するものもいた。

対局者は外の新雪には眼もくれず盤面だけに集中する。


対局中継に珍しい客がいた。将棋組織トップの羽川である。日本のプロ将棋組織は自分の所だけだと自負する彼が珍しく認めていない敵の連盟の対局を見ているのだ。尤も今度組織と連盟でそれぞれ対局を行い負けた側のグループを解散すると言っている以上敵の調査をするのは必然である。

「河津は施設育ち…親は生きているのだろうか?」

それは誰にも判らない。


(プロ棋士の存在意義。それは勝つことで証明される。第一局で負けた俺はその意義を失いかけていた。この戦い、負けるわけにはいかない。)

41手目、6五歩。それを見て味谷が声を上げた。

「いつも以上に迷走している。小野寺の策略にハマってるな。」

河津のこの一手は本人にとっては対局相手を出し抜く一手である。そう見えている。しかし、その相手に様々な策を案じた味谷本人から見れば、この手は愚策。相手の心までコントロールする小野寺渚という男に改めて感動していた。

「手合い違いだ。出直せと言いたいね。」


47手目、6六歩打。まだ気が付いていない。いや気が付きようがない。全てコントロールする天才の手腕は本物だ。


「そろそろ気が付きましたか?」

煽るような一言。普段の彼からはあまり見られないものだ。

52手目、8八歩打。決定打だ。流石の河津もこの一手で気が付いたようだ。今まで掌で踊らされていたことに。

「負けるつもりはねぇよ。」

意地の一手を魅せてやる。53手目2二歩打。同じようにやり返す。ただで転んでたまるかと。室内が熱気の渦に包まれている。外の銀世界と違いこちらは常夏の島だ。


「貴方なら知っているはずです。努力も報われないことがあることを。貴方は天才は努力しないで勝ち上がっているなんて思っているのかもしれませんが、実際は貴方と同じかそれ以上に努力しているんですよ。当たり前のことでイキってたら、いつまで経ってもタイトルなんて取れませんよ。相手が殺されるとか引退するとかで不戦勝にならない限り。」

56手目、5七銀打。実質的な決着。河津の存在意義は失われた。


小野寺渚の連勝で防衛に王手を掛けた。外の雪はタイトルホルダーを祝福している。

「菜緒と結婚するまで、後一勝。一生の愛を誓うまで…気は抜けない。」

天才棋士の二連勝。ここまで完璧な対局をしています。

河津、果たして倒せるのか?


孤独の棋士 1週間毎日投稿は本日で終了です。

次回の投稿は来週土曜日、夜8時です。

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