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孤独の棋士  作者: ばんえつP
孤独の努力編-天才との格差-
4/78

貴族VS序盤の鬼

新庄伊織は異世界転生が大好き。なのでもしかするとこのサイトも見ているかもしれませんね。

「師匠!?」

目の前に師匠がいた。俺の顔に何かついているのか?師匠がこちらをずっと見つめている。

「許さない。」

師匠が言葉を発した。何を許さないのか?わからなかった。

「お前を許さない。」

「なんで…!?」

河津は戸惑う。河津にとっては大事な師匠だ。

師匠があの時の、虚な目をしていたあの顔で襲ってくる。黒ずんだ血が付着した。ホラー映画のような展開に河津はひたすらに逃げるも転けてしまう。

「オ マ エ ヲ ユ ル サ ナ イ」

師匠は俺の目の前を覆い、真っ暗になった。


「ハッ…夢か…」

河津の目が覚めた。疲れが溜まっていたのか、酷い悪夢を見てしまったようだ。

「クソッ…寝起きがこれじゃ1日最悪だぜ…」

河津は起きてすぐに前日夜から調べていた難しい局面の研究を見る。1時間も経てば元の河津に戻っていた。

明日は対局日、河津も流石に前日はしっかり寝るようにして集中力を高めることにしている。普段の睡眠は3時間を切っているが、対局前日だけは6時間は寝るようにしていた。

そんな体の使い方ではいつか壊れてしまう。無理をしすぎた作家などが、体調不良で休止に追い込まれることはよくあることである。天才棋士小野寺は研究もするが、睡眠を8時間摂っている。人の睡眠は6時間から8時間が良いとされており、長生きした漫画家も8時間寝るようにしたから同期より長生きしたと話していたぐらいである。


対局日、河津は対局場へ向かう。今回の相手は白河明(しらかわあきら)七段。振り飛車党である。特に三間飛車を指し、同じ振り飛車党で(けん)システムを作った藤井健(ふじいたける)九段に憧れている若手有望株だ。当然白河も健システムは得意分野の一つである。健システムとは戦法の一つであり、藤井はこれで虎王(こおう)という将棋界最高峰のタイトルを3期連続で獲得した。

対局は河津の先手となった。河津は居飛車、白河は振り飛車の対抗形となる。

記録係の養成機関三段中野海(なかのかい)は河津の様子が変なことに気がついた。言葉に表すのは難しい微妙な変化だが、確かに変だという。

河津は自身の体調の変化にまだ気がついていなかった。対局は中盤に差し掛かり長考の場面も増える。

河津自身が異変に気がついたのは終盤に差し掛かる頃だった。

(あれ…?目の前が暗い…?)

盤面が見えにくくなっていた。なんというかぼんやり暗い影が出ていた。

(盤面が…見えねぇ…クソッ)

焦り始めた。異変に気がついたら本来は記録係に伝えることが必要なのだが、人と話すというのがレアイベントな彼はそれができなかった。

疲れは溜まってもなかなか取れないものである。精彩を欠き河津はこの対局を落としてしまった。


帰り道中央線の各駅停車で家まで向かう。20分の道のり、河津は初めて電車の中で寝てしまったのである。


起こされたのは津田沼の車庫だった。かつて習志野電車区だった場所である。河津は三鷹方面の電車に乗ったはずだが、そのまま三鷹で折り返し千葉で折り返し津田沼行の最終として津田沼に到着、そこでも起こしてもらえず車庫に入れられ、最終確認をしに来た運転手によってようやく起こされたのである。

「…どこだ?ここ」

河津は周りを見渡す。

「津田沼ですよ、千葉の習志野市です。(厳密には船橋市)お客さん寝過ごしたんですよ。」

「お、おい。家は都内なんだ、どうにかして帰らしてくれ!」

河津が焦る。本日二度目。

「無理ですよ。これが終電でしたし。お客さん都内ってもしかして三鷹方面からそのまま寝てた感じ?」

疲れというのは時に脅威となる。対局も負けて、寝過ごして家に帰れない。

「とりあえず、駅まで歩きますよ。」

河津は運転手と共に駅まで線路の上を歩いた。人と歩くのはいつぶりだろうか。


津田沼は千葉県習志野市と船橋市に跨る総武本線の駅である。河津の乗った中央線各駅停車は総武線各停停車と直通運転を行なっており、ここまで連れてこられたということである。駅前には大きなショッピングセンターなどがある千葉県を代表する街の一つである。

河津はとりあえず漫画喫茶を探す。幸い都内と違い満席ということもなく、飛び入り入店もできるようだ。


「何で俺が…こんな目に遭うんだ。」

珍しく弱気になっていた。子供の頃友達を作りたかった。でも作る勇気が出なかった。元々彼は弱いのだ。スパルタ教育で強くなったメンタルは諸刃の剣である。

「仕方ない。詰将棋するか。」

河津は既に普段の睡眠時間ぐらい電車の中で寝ている。徹夜で詰将棋を解き、始発で家に帰ることにした。

勿論こんなこと間違いなのだが、彼には指摘してくれる友達はいない。


鳥の声は漫画喫茶の中には聞こえない。河津はドリンクバーで飲み物を一杯だけ飲み干して始発で家へ帰った。

電車内でも詰将棋を解き続ける。終盤力を鍛えるのと、パソコン等を使わないで済むので、多くのプロ棋士がやっているのだが、彼は既に漫画喫茶の中でもやっている。


家に着いた。早速パソコンを起動する。そしてテレビもつけて今日の対局を確認する。今日は新庄と村山の一局が中継される。虎王戦の挑戦者決定戦。勝った方が先に挑戦者決定戦決勝にいる小野寺と対局する。虎王のタイトルを持っているのは、谷本浩司。会長である。


新庄は貴族と言われる。その風貌から女性ファンが多いが、今回新庄は「Pour toujours」という言葉を書いた。プールトゥジュール、フランス語で永遠にという意味である。ファンがその意を訊ねると、「この思い出を永遠に」と返した。

「アイツ異世界転生モノの小説と勘違いしてるんじゃねぇのか?」

村山はその光景を見て苛立ちを覚えていた。村山の兄は村山が幼い頃に亡くなった。亡くなる2ヶ月前に村山に対して「生きる」と書いた色紙をプレゼントした。それ以降村山の座右の銘は生きるとなった。

「色紙ってのは、そういうものじゃないのか?」


対局場はピリピリしていた。胃が重い。記録係の中尾歩(なかおあゆむ)三段は、朝から何度もトイレに駆け込んでいる。緊張感は記録係にさえ届いていた。これがトップ棋士の戦いである。

記録係は棋士に不快な思いをさせないようにしなければならない。過呼吸になってもそれを長考の妨げにならないようにしなければならない。勿論体調不良は申告すれば良いのだが、この2人の対局はそれを拒むようなオーラがある。


「さて、今日のクラシックはベートベンのクロイツェルといきましょうか。」

「ここは将棋をやる場所だ、クラシックが聴きたいなら他所へ行け。」

「将棋もクラシックも同じさ。私にとっては嗜みである。」


新庄の先手で対局は始まった。角換わり。激しい戦いが始まったのだ。


河津は一連のやり取りに苛立ちを覚えつつ、その対局に集中した。

「角換わりか、深い研究が求められるな」


対局は荒れており、午後3時に千日手が成立した。千日手というのはこれ以上やっても意味がないので一度リセットするというシステムであり、条件を満たした場合千日手として先後入れ替えて再度対局する。


新庄はファンから貰った薔薇を咥えて現れた。村山はそれを一瞬だけ見てすぐに盤面に戻る。対局中は喋らないのがマナーだが、どうやら昔は喋る棋士もいたのだという。新庄は対局中も話しかけるタイプの棋士であり、かなり特殊な棋士である。

「私は威風堂々という曲をあなたにお薦めしたい。威風堂々は聴いたことはあるだろうが、詳しくは知らないだろう?エルガーが世に生み出したこの曲を深く知ってほしいのだ。」

「おい、今は対局中だ、てめぇのクラシック話には興味がない。」

「クラシックは心を落ち着かせる。本当なら対局室でもクラシックを聴いていたいものだ。」


指し直し局は新庄が勝利した。村山は嫌々感想戦に付き合う。新庄は時々フランス語を使いながら話す。村山はそれが気に入らない。

「貴族だ?フランス革命でも起きればいいものを」


河津は研究の一環である妙手に気がついていた。村山が指していたら勝っていた妙手を。新庄、村山、中尾、誰も指摘をしなかった。


「あれ?俺、強いんじゃねぇか?」

やけに詳しい鉄道描写に驚いた方、私は鉄道マニアです。トップ棋士のあの七冠も鉄道マニアですが、その七冠が乗りたかったと話す189系N102編成にも乗ったことがあります。

習志野電車区は平成15年に廃止されました。現在は留置線として使われています。


Pour toujoursープールトゥジュールーという言葉は、高校時代に後輩の女の子から教えて貰った言葉です。私はフランスなんて全く持ってわからないので、オサレやなぁと思っただけでしたが、異世界転生モノは大体貴族が多いみたいですし、何故かフランス系な雰囲気がありますので取り入れてみました。

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