表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の棋士  作者: ばんえつP
龍棋編-頂点の光を掴むのは-
38/81

龍棋戦開幕 天才VS秀才 前編

新章開幕!孤独の棋士、神童に挑む!

関東の冬というのは、乾燥した冷たい風が容赦なく吹き付けるもの。乾風や空風と言われ人々を苦しめている。最も日本海側の雪の世界と比べると大した事ないと言われるのかもしれないが、雪の降らない地域の者にとっては、この凍えるような風ですら苦痛なのだ。

では雪の降る関東、となれば如何だろうか?思い当たる街は幾つか存在する。関東特有の乾風と標高の高い地域故の雪。


そんな寒空の下、二人の男が相見える。片方は神童と呼ばれ、若くして頂点に登り詰めた小野寺渚。もう一人は努力でここまで這い上がってきた河津稜。龍棋戦は重苦しい空気の中、始まろうとしている。


第一局の対局場所に選ばれたのは栃木県日光市。いろは坂や日光東照宮、華厳の滝など数多くの観光名所があり、関東圏では小学生の頃に修学旅行で向かう場所としても有名。普段から多くの観光客で賑わう北関東の街である。アクセスとしては「けごん」などで向かうのが一般的である。


「小学生の頃以来ですね。」

そう語る小野寺もまた小学生の修学旅行で日光に来ていた。

天才の初めての防衛戦。マスコミの注目も高く、報道陣は大勢。ホテルはそもそも観光客で賑わっている街ということもあり、取れなかった為にテレビ局の車の中で寝る者もいる。全ては偉大な記録の第一歩を記録するためだ。


街としても注目度の高さは既に確認済。地元の名産。とりわけ湯波を第一に取り上げて更に呼び込もうと決意する。なお湯波というのは大豆の加工食品であり、豆乳を加熱した時の表面にできる薄皮のことである。カツ丼の具として、味噌汁の具として、刺身のように食べるものとして。様々な場所で使われる。

一般的に湯葉と書くが、此処日光では湯波と書くのが正しい。従って今回は、湯波の表記で続けていく。


「湯波が有名というのは修学旅行の時に聞きました。どうやら山梨の方では湯葉と書くようですが、ここでは湯波と書くのだと、食堂のおばちゃんに言われましたね。」

修学旅行でも湯波は欠かせない。特にこれが有名でない地域の者は、初めて見る謎の食べ物に興味津々となる。この男も同じで、この街で初めての体験をしたのだった。


兎に角山の街である。そこら辺に坂があり、足にかなり負担が掛かる。駅前ですら坂のオンパレードであり、ここからいろは坂、奥日光方面へ進むと更に険しくなる。また温泉特有の、硫黄の匂いも漂うようになる。寒い日にはぴったりなものだ。


吐く息白く、凍える体を少しでも休められるように、今回の対局場は旅館である。


「殺されるなよ」

「幸い、菜緒はヤンデレじゃないんで」

対局場検分前に二人が出会う。今回こそタイトル戦を完遂したい。


会長の木村は、前期あの男にタイトルを取られている。自分がこの檜舞台に立ちたいと望んでいただろう。その夢空しく叶わず、会長職のお仕事としてこの街に来ている。

立会人は、新庄。彼もまた自身がこの場に立つために努力した。会長と同じくその目標は砕け散った。立会人の依頼、正直受けるのは心苦しい部分もあるが、それを悟られないように元気よく受け入れる。甘んじるつもりはない。来期は自分が挑戦者になってみせる。


「雪、降ってくるかもな。」

木村は今の気温を確認し、空を見上げる。今は晴れているが、山の天気は恋心。変わりやすいのは有名だ。


夜、予想通りか、雪が散らつき始める。電灯がイルミネーションのように見えてくる。暖色の淡い光が街を照らす。小野寺はそんな日でも外で食事を摂る。カツ丼を食すが、このカツ丼、湯波入りという。

「やっぱり普通のじゃない…美味しい。」

リラックスできる時間は、間違いなく対局のモチベーションに良い影響を与える。


「この番勝負。どっちに転ぶと思います?」

「それは第一局を踏まえて考えさせて貰いたい。」

「そうですか。前龍棋の言葉、聞きたかったんですけどね。」


朝日は優しく街を照らす。白い吐息が空へ昇る澄み渡った青空の今日。第一局は慎ましく行われる。昨日降った雪がまだ残り、乱反射する。自然と街全体が煌びやかになる。それと対照的に対局室は落ち着いた雰囲気だった。

振り駒の結果、先手は小野寺に決まる。新庄立会人、木村会長の前で、お互い和服に袖を通した対局者が一礼する。ここから龍棋戦が始まる。


先手、2六歩、後手、8四歩。お互い飛車先の歩を突く。居飛車の戦いに決まった。

「午前中は定跡通りでしょう。午後に期待ですね。」

新庄が外に出た後そのように呟いたのを旅館の女将が聞いていた。


「この一年で彼がどこまで成長したのか。私は楽しみにしているんですよ。彼に初めてタイトルを奪われたというのは不名誉ではありますが、同時に偉大な記録を間近で観た張本人としてその名を残したわけです。この戦いは彼の偉大な記録の序章に過ぎない。ただそこに名が刻まれるのは名誉な事なのかも知れませんね。」

木村が中継カメラに向かって独り言を呟いた。小野寺渚というネームバリューは凄まじく、本日の中継視聴者数は5万人を超えている。そこに向かって呟いたこの言葉は視聴者の心を掴んでいた。


「まだ午前中。駒組みか。」

村山は暫く中継を眺め、外に出て検討を加速させる。散歩は良い運動だが、ついでに血の巡りを加速させる。


「あの、村山さん。」

公園で女に声を掛けられた。誰だろうと振り返る。金髪でメイクをした女がそこにいた。

「誰だ?」

「八乙女です。お久しぶりです。」

観戦記者だった八乙女はかなり様変わりしていた。金髪は綺麗に輝き、メイクはうさぎメイクか、地雷メイクか。判らないが目の上にしっかりと塗っている。

「俺に何の用だ?」

「あの、私と、付き合ってください!」


龍棋戦第一局は昼食休憩を迎えた。菜緒に会えない時間が辛いが、勝てば良い結果を伝えられて彼女を安心させられる。ここは我慢である。

一方の河津、ひたすらに目の前の盤面を考えている。誰も入れさせない雰囲気が恐ろしい。お互いの食事には湯波が入る。それを味わう天才とただの胃の足しにすぎない秀才。対照的である。


「断る。恋は人を弱らせる。俺はプロ棋士としてそれを受け入れるわけには行かない。八乙女、お前は元観戦記者、解っていると思っていたがな。」

「そうですか…」


(…うむ。村山、気を…)


「対局再開です。」

その言葉と同時に神童が口を開く

「俺が41手目2七歩打を指せば、5四飛とするだろう。」

(何を言っているんだ?確かに俺はその手を読み、それに対しての対応はそれだが…何故予想するんだ?)

判らない、いきなりの奇行に呆然とするしかない。

(味谷のように番外戦術か?確かにコイツはあの男と仲が良いみたいだが、それにしては稚拙だ。動揺を誘っていると考えて間違いないが…)

番外戦術は相手のペースを乱すのが狙いである。但しあからさまな場合、余程短気でない限り意味がない。それがこの男の考えだ。


「疑心暗鬼にさせる。という点では先程の発言、悪くはない。」

新庄が指摘した部分は幼稚な罠故の推理難、正しく疑心暗鬼にさせるという真の狙いを看破っていた。


まだ夜まで長い

お待たせしました。天才と秀才の戦いです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ