早すぎる再戦
龍棋戦。準決勝。
河津と戦うのはどちらか。
村山虎王、タイトルホルダーとして初の対局は龍棋戦準決勝、相手はそう、谷本浩司である。巡り合わせである為仕方ないのだが、あまりに早すぎる再戦である。
今日は河津も対局場に来ていた。勝った方が自身と対局をする。相手の戦法を確認するのはマストである。
対局場に来ているのを確認した木村が河津に詰め寄る。前回の話参照だが、河津は勝手に羽川と対局の約束をしている。
「おい、どういうことだ?」
「知るか。5対5とは聞いてねぇぞ。」
「対局の約束はしたんだな?」
「あぁ、将棋が出来るとかいう奴は黙らしておきたいからな。」
そこに対局直前の村山が来る。
「その件、自分も見ていたのでわかりますが、確かに5対5なんて一言も言ってませんでしたよ。まぁ向こうとやり合うのはまずいことだと思いますけど。」
「じゃ、向こうが勝手に負けたら解体とか言っているわけだな?」
「そうですね。」
羽川の勝手なルールで悩みの種が残っている連盟だが、とりあえず向こうに龍棋戦が終わり次第対局を受ける旨の連絡をした。
「とうとう紛い物の将棋チームが潰れる覚悟をしたらしい。渚とかは確かに強いけど、俺ほどじゃない。なんせ俺は最強の神童だからさ。」
羽川はその連絡を受けて歓喜した。自分の手で潰せると確信していたからである。
「また対局とは数奇な運命もあるものです。」
「正直もう顔も見たくなかったけどな。」
「それはこちらの台詞です。」
龍棋戦準決勝は午前10時、谷本の先手番で始まった。
2六歩、3四歩、7六歩、4四歩。虎王の延長戦が幕を開けた。虎王と違い持ち時間が短い為、質は今までより低下するだろう。それでも最善の対局をするのがプロ棋士だ。
なお駒についてだが、今まで谷本が王を使っていたのが、今回は。村山が使っている。いや、これから基本的に彼が使うことになる。王を使うのは上位者である。タイトルホルダーの村山と無冠の谷本では村山の方が上位である。
上座下座についても同様である。先程駒を並べたが、今まで谷本が担当していたのが、今回は村山であった。このように将棋界では上と下が決まっている。
「憑き物が落ちたように、清々しい顔になってます。タイトルホルダーという重圧から解放されてのんびり指そうとしてますね。」
偶然対局場に来ていた棋士、城ヶ崎が指摘する。タイトル戦の時の彼と顔つきが違うと。
「タイトル取られていい気になってるようじゃ引退して貰った方が良いな。」
河津がボソッと呟いた。
昼食休憩までに20手進む。少し遅い進行だ。
「タイトル戦の豪華な食事ばかり見ていたので、庶民的な食事は久しぶりでしょう。」
木村の言う通り、二人はタイトル戦で何度も地元の名産品を食べてきた。それが贅沢と言えばそれまでだが、いざ麻婆豆腐丼などよく食べるようなものに戻ると少し違和感を覚えるものである。慣れというのは恐ろしい。
戦型は至って普通、矢倉である。
午後は一転してスピードが早まり、午後3時で62手まで進んだ。
「現状村山先生ペースです。流石はタイトルホルダーですね。」
村山はここからさらに攻撃を加速させる。
63手目、6四香、以下6五桂打、8八銀、2四香打、6三香成、2七香成と続く。この手は飛車角両取りの一手だ。
「ここでこれをされるのか」
という声が聞こえてくる。
「タイトルホルダーに無冠の私が説教するのもアレだが、将棋は玉を詰まさなければ、いくら強い駒を取ろうが勝てやしない。タイトル戦を思い出せ。」
谷本が発した言葉にヘボ将棋王より飛車を可愛がりを思い出す検討室一同。
午後7時、谷本は有言実行し、87手目3四歩打までで村山が投了した。無冠になろうとその強さは健在だ。
「浮かれちゃダメだな、俺もまだまだってことだ。」
意外だなと感じたのは河津だ。正直村山が来ると踏んでいたので、谷本戦への研究を進める必要がある。
「昔俺に失望したらしいな。今俺がお前に失望した。」
帰り道、千駄ヶ谷駅のホームには地雷服の女がいた。前にこの駅で同じような地雷服を着た女に飛び込まれかなり迷惑を被ったことがある。
「勘弁してくれよ、飛び込むんじゃねぇぞ。」
その言葉も虚しくその地雷服の女は彼氏と思われる写真を持ちながら電車に飛び込んでいった。
「ふざけんなよ!!」
久しぶりに人身事故を目の当たりにした。地雷服の女はぐちゃぐちゃになり、駅員や運転手、車掌が青ざめながら処理をする。後始末をする人々の姿に同情する客は多くいた。運転手らに大丈夫ですか?と声を掛ける者、飛び込んだ女に罵声をあげる者、ホームは阿鼻叫喚である。
さて孤独の棋士、他路線まで歩くか大人しく待つか。前は大人しく待った。今回はどうするか。
「おい、人身事故で帰れねぇんだろ?」
背後から声がした。負けた村山である。
「負けた奴に興味はねぇよ。」
「まぁそう言うと思ったさ。」
河津という男に声を掛ける者など珍しいにも程があるレベルだ。
「どうせ動けなくて時間は無駄になる。ならば、少しぐらい話を聞いてくれやしないか?俺はお前を仲間とは思ってない。ただ俺もお前もプロ棋士。時間を犠牲にするのは嫌なはずだ。」
「符号で対局しろって言うんだろ?弱い奴とやるのはそれこそ時間の無駄だ。」
「ただ俺は谷本の最新の対局を知っている。お前の次の相手であるあの男だ。」
「それは俺も見ている。つまりお前とやる必要はない。」
河津を説得するのは無理だったようだ。孤独の棋士にとってはこの待ち時間は詰将棋を解く方が大事なのだろう。話が終わるとすぐに詰将棋本を取り出し一人解答に勤しむ。
「やっぱり、対人関係の経験値がゼロだ。それはいつか、あいつの足枷になるだろうな。」
運転再開すぐにお互い黄色い電車に乗り込む。三鷹行は千駄ヶ谷を1時間と30分遅れで発車した。
というわけで谷本が勝ちました。
河津はまたしても人身事故に巻き込まれました。
そういえば王棋戦も決勝はこのカードでしたね。




