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孤独の棋士  作者: ばんえつP
虎王編-意地と意地-
35/81

虎王の行方

虎王戦第五局です。

3勝1敗で迎えた虎王戦は、第五局を迎えた。場所は北海道札幌市。


村山は東京国際空港から新千歳空港行大日本空輸で向かった。木村や立会人の新庄も同じルートである。

一方谷本は東京から東北・北海道新幹線、函館本線、室蘭本線等を使い札幌まで向かう。鉄道は心を癒す。


札幌に着いた対局者は会場兼宿泊場所のホテルへ向かう。


「検分を始めます。」

新庄が検分を指揮する。室温の確認、駒の確認、照明の確認。確認ばかりで疲れるが、今回は特に指摘もなく終わったようだ。


夜は数少ない旅モード。対局者はタイトル戦のことを考えながらの食事だが、新庄や木村は旅行気分である。


「札幌ですし、ジンギスカン行きますか?」

「そうだなぁ、海鮮も捨てがたいが。」

「では今日は海鮮で明日ジンギスカンにしましょう。」

ということで北海道の海の幸を満喫することにした。

「旨い!」

呑気なモノだ。のんびりご飯を食べられる。立会人はタイトル戦を円滑に進める為の存在だが、タイトル戦じゃなければ意外と気が楽なのがこの貴族なのだ。

「ただ、本当は君がタイトル戦の挑戦者として出たかったんだろう?」

「勿論そうですけど、今は立会人として、明日は谷本村山戦を見るだけですよ。」


海鮮を食べながら話を進めていると3人の客が来た。

「あれ?森井一門ですよ。」

「本当だ。今回もきたのか。」

森井、東浜、澤本が海鮮丼を食べにきた。来た理由なんて簡単。タイトル戦で一番弟子を応援する為だ。今回は梶谷がいないようだが、流石に小学生をこんな遠くまで連れて行くことは出来なかったようだ。

「神戸は近場かよ。」

というツッコミは無しである。


「あの二人だって本当は村山応援ではないですよ。自分が出たいって思いの方が強いですよ。」

現役棋士は他の棋士が活躍するのを許せないのだ。自分の弟子と言うならまだわかるが、そうでなければ敵でしかない。自分が生き残る為に相手を駆逐するしかないのだ。サバイバル環境、それが将棋界だ。

「誰かが勝ち続けるということは誰かが負けているということ。それはイーブンなんですよ。」


今回の先手は谷本。果たしてどうなるのか。


翌日9時、対局はいつも通りに行われた。

この顔合わせも5回目。新鮮味など既に抜けきっている。


先手7六歩、後手8四歩。運命の第五局が産声をあげた。


お互いの表情はいつも以上に険しい。谷本は次負ければタイトルを取られ無冠となる。村山は前局に敗れており、不穏な空気が漂っている。

タイトル戦は華々しい空間というが、実際は暗闇の中に突然放り出され、手探りで一筋の光を見つけ出す。華々しいなんてカケラもない空間なのだ。


「本当に息を呑む場は武者震いをして仕方ない。貴族と言われるけど、こんな場所で威風堂々としてられる奴なんて、本当はいないんだよ。」

威風堂々、クラシックの名曲である。簡単に書くが、エドワードエルガーの作曲であり、威風堂々と調べて聴けば一度は聴いたことがあるフレーズが流れる。なお日本では、威風堂々として知られる楽曲であるが、基本的に第1番に対してが多い。この曲は第5番までが完成、第6番は未完の作品だったが他者により完成まで持っていったものとして知られる。なおそこまで詳しいわけでもないので、クラシックに精通している方がいれば教えて頂けると幸いである。

「この前河津に敗れてかなり心に来ている味谷がいたら、喧嘩だったな。」

「喧嘩には華という文字があるでしょう。江戸時代もそうだったと聞きます。口から出た華…」

「貴族は考えることが違うようだ。」


「木村会長はいらっしゃいますか?」

ホテルのスタッフがやってきた。

「俺だが、どうした?」

「羽川善晴様よりお手紙が届いております。」

「羽川だと!?」


木村は恐る恐る手紙を読む。新庄もその手紙を確認する。


木村一也様

古く寂れた連盟の会長をお勤めの木村一也様へ、ゲームの御招待を致します。

唯一の将棋組織の所属棋士、そう私たち日本将棋組織の5名の選抜メンバーと、連盟の5名の選抜メンバーによるチーム戦を実施することになりました。負けた方はその場でグループを解体します。

そちらに所属する河津稜様より、挑戦を受ける旨の報告を受けております。連盟側も残りのメンバーをお集めください。こちらも選りすぐりのメンバーでお待ちしております。

血塗られた世界から将棋を取り戻す為に

羽川善晴


「河津が勝負を勝手に決めやがったってことか?」

流石の木村をガチギレ案件である。すぐに河津へ電話を掛けるも繋がらない。当の本人は現在研究中である。


「はぁ、連盟が解体になったらどうするつもりなんだ。」

「血塗られた世界から…王族らの独裁政権で市民が血を流していたのを革命で対処する。彼ららしい考え方なのかもしれませんね。」

「革命には血のイメージがあるんだが…」

「革命側の目線からすれば旧態依然の連盟が革命側の棋士の血を流してたとか、色々あるんでしょうね。」

「とりあえず、この件については俺がなんとかする。河津は出るんだろうが、他、誰にするか…」

この話はキリが無いと判断されたようだ。


戦型は角換わり腰掛け銀となった。47手目6六銀、48手目5二金、以下4八飛、6二金と続く。

「俺らが羽川の件で悩んでいる間にここはだいぶ進んでるな。」

「まぁ午後はのんびりでしょう。よくあるパターンですよ。」


その通りに事は進む。午後は3手しか進まず封じ手を迎える。本格的な戦いは明日である。


「そういえば二日制で一日投了ってあったのか?」

「どうなんでしょう…味谷さんあたりなら知ってそうですけど」


家で今回の対局を見ていた河津は角換わり腰掛け銀のデータを参照していた。

「49手目の飛車の動き、なるほどな。」

彼の中では投了まで読めたのかもしれない。なお昼頃の電話はまだ気がついていない。


「一日で終わるのは流石にタブー。それはかつての大棋士がそのようにしてきたから。時には一日で大差がつき、当日中に終わることも考えられた。しかしわざと時間を先延ばし、二日目まで持っていくんだ。プロ棋士とはそういうものだ。」


河津稜も味谷一二三もこの対局の結末は読めたと見られるが、それを知る者は当人だけという状況である。

河津側は次の龍棋戦決勝の相手が谷本、村山どちらになるか決まっていない為、どちらのパターンも想定しながら研究をしている。ただこの様子だと、あちらの方が決勝に来るだろう。


新庄はイヤホンをしながらクラシックを嗜む。今日の一曲は、交響曲第9番、ドヴォルザークの名曲で、一般的に「新世界より」と言われている曲である。

「この曲は谷本さんに合う曲だ。何故なら、彼は鉄道マニア。この曲も蒸気機関車をイメージしている。」

ドヴォルザークは大の鉄道マニアであり、多くの逸話を残した。この曲もまた鉄道、蒸気機関車をイメージしたと言われている。

「対局が終われば、彼にお勧めしよう。」


翌日、スッキリ目が覚めた新庄は立会人として下準備を行う。流石は貴族、立ち振る舞いはファンを増やす。

谷本は寝不足気味のご様子。村山はいつもと変わらないようだ。


検討室は森井一門が陣取る。ただし木村や新庄も後で追加となる。


現局面は62手目、4四銀の場面である。

「午前中終局もあり得る。」

木村が新庄に通達した。既に終盤に入っているということである。


「聡、慈聖がやるかもしれん。しっかり観ておいてくれ。」


村山の手が震える。緊張しているのが目に見えてわかった。あと少し、あと少しで栄光を手にする。その直前まで来ているのだ。神童や初戦で不戦勝になった奴と違い、しっかりと7番勝負を勝ち抜き光を、虎王のタイトルを捕まえようとしている。将棋界において現在4つあるタイトルのうちの、名人格と並ぶ立派な称号。今、十七世の谷本から奪おうとしている。

相手が形作りをしているのはわかっていた。もう俺が勝つだろうということも。ただ競馬の確定よろしく、決まるまではまだわからない。ヘマをすれば逆転の可能性は大いにある。第四局を落としている為に油断はできない。


(上を着ろ!上を着てくれ!頼む!投了してくれ!)

心の声は村山慈聖とは思えない、子供のような言葉だった。まるで藁をもすがる思いという言葉が似合うような、勝っている側とは信じられない、そんな文言だ。

そんな心の中を嘲笑うように、谷本は形作りこそすれどまだ上を着ない。まだ対局を続ける。負けているからこそ諦めたく無いのだ。ここで投了すれば、持っているタイトルを取られるだけでなく、平の九段(厳密には十七世の称号はある)へ逆戻りである。まだ俺はタイトルホルダーなんだと、自分の心にそう言わせる。


昼食休憩は無慈悲にもやってきた。お互いの気持ちなど気にせず、豪華な食事が運ばれる。どちらも味はしなかっただろう。


「終わりだ。ありがとう。」


休憩明け、75手目、4五歩。76手目、6九金打。それを見届けて谷本はついに上を着た。空を仰ぎタイトルホルダーとして最後の言葉を発した。


「負けました。」


午後1時15分、谷本浩司投了。村山慈聖の勝利。この瞬間、村山虎王が誕生した。自身初のタイトルである。


対局室に新庄、木村、森井が集まる。その直後、報道陣が対局室へ押し入る。夢見心地だ。

「村山新虎王、今のお気持ちは。」

「…そうですね。まだ実感は湧きません。これからでしょうね。」

初めてタイトルホルダーとして記者に答える。虎王というタイトルで自分が呼ばれることにとても喜ばしい気持ちになる。ただ言葉にはその喜びは乗っていない。意外なまでに冷静だった。目の前にそのタイトルを奪われた男がいるからなのかもしれない。


感想戦も終わり、長かった虎王戦は幕を閉じた。村山は次期虎王戦、タイトルホルダーとして挑戦者を待ち受ける。


谷本は自室に戻り、一人反省の繰り返しである。途中新庄がやってきて「新世界より」をお勧めして貰った。鉄道マニアへ、癒しを与える為だ。


村山は森井らと祝勝会である。

「今日は俺の奢りだ。村山虎王、タイトルホルダーがこの一門から出たことに誇りを感じる!」

「兄を超えた、のかもしれませんね。今まで憧れていた兄を、俺は今超えた。そう思ってこれからやっていきますよ。」

「次の虎王戦は俺が挑戦者になって奪いますよ。」

澤本の宣戦布告、村山はやってみろの構えだ。ただそこには笑いもあった。


「そうか、村山がタイトルホルダーか。」

河津は一言呟き研究に戻った。

ついに村山が虎王を獲得しました。長かったですね。これで虎王編は完結し、次回から龍棋編が始まります。

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