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孤独の棋士  作者: ばんえつP
虎王編-意地と意地-
28/81

リョウの予想

第三局の続きです。

不気味な第三局は、昼食休憩を迎えていた。ここまでで31手進んでいる。


河津の解説はここまで、昼食休憩中は澤本と木村が雑談しながらファンを喜ばせる。偶然か必然か、孤独の棋士の解説が終わったぐらいから客席はまた賑わいを見せていた。


いくら将棋ファンと言ってもプロ棋士の専門的な知識をひたすら聞き続けるのは無理がある。その為、プロ棋士の解説では昼食や日常など他愛もない雑談を入れたりもする。特に最近は将棋飯というのも話題の一つに挙げられているようだ。

「いわきの名物ってなんでしょうか?」

澤本の切り出しもこんな感じである。対局場であるいわき市の名産品はなんだろうという誰でもできる会話であるが、アイスブレイクには丁度良い。

「私はいわきに着いてまず感じたのは海ですから、やっぱり海鮮でしょう。小名浜港などもありますし、海の幸はいわき名物でしょうね。」

木村はこう答えている。いわき市の観光案内を見ても食は海鮮がメインだそうだ。市場もある模様。

ある程度して対局者の選んだ食事が判明した。谷本は「いわきの名産海鮮丼」村山は「あんこう鍋とミニ海鮮丼」を選んだ。

「ほう、あんこうですか」

澤本はあんこう鍋がいわきの伝統料理とは知らなかった様子。

「どちらも名産品ですな、お互い海鮮丼はついてますが、村山八段はあんこうをメインにしましたか」

対局者の昼食はこの後解説陣にも配られる。澤本、木村は村山の食事を、他のメンバーは谷本の食事を選んだ。


控え室では解説メンバーが昼食を食べていた。ただし、こちらではご飯はあくまで腹を満たすモノに過ぎなかった。検討である。


31手の時点でなんとなく、解説陣は瑞希システムを使うんだろうなという予測が経っていた。中原は違和感の正体はこれだと確信していた。

「瑞希システムか…あまり私は研究していないが、城ヶ崎千尋先生の曾孫が考えた戦法だったか。」

中原は引退済ではあるが、今でも現役時代の癖か、それとも趣味の範疇か、とにかく研究をしている。

「私も今まで指されたことはないですね、勿論指したこともないです。」

天才であっても瑞希システムは今回が初対面。一応戦法は知っているが、まだ完成されていないと考えていた。

「角頭歩といい、瑞希システムといい、城ヶ崎家はなぜ特殊な戦法を作るのだろうか。」

将棋には正統派と変化球派がいる。城ヶ崎家は間違いなく変化球派である。


「挽回できなきゃ谷本の勝ち、終盤が谷本より強ければ村山の勝ち。それで決まりだろ。」

河津が独り言を呟いた。村山が谷本より終盤力が上なら、つまり光の速さで寄せてくる谷本よりも終盤の鬼と呼ばれる村山の方が、先を見ていて勝負手を繰り出し成功すれば村山が勝つが、それ以外は谷本が勝つと言っている。人と接することがほぼない男の言葉には棘がある。


現局面の盤面は以下の通りである。

(村山駒は玉将、持ち駒除きひらがなで記載

歩 ふ 香 き 桂 け 銀 ぎ 金 ん 角 か 飛 ひ)

後手 村山 持ち駒 歩 歩

きひ  玉 ぎけき

  ぎん  んか

ふ け ふふ ふふ

  ふふ  

    歩 ふ

     銀 飛

歩歩歩歩 歩  歩

 角金

香桂銀王 金 桂香

先手 谷本 持ち駒 歩


昼食を食べ終わり真っ先に対局室に戻る村山、勿論瑞希システムを出してきていることは気がついている。そして対策しなければ負けることも。ここにパソコンがあればどれだけ楽だったか、他の棋士に聞けるならどれほど簡単か。そんなこと考えていても仕方ない。時間のある棋戦なので、長考をしていく。


この対局をテレビで見ていたのは、城ヶ崎瑞希である。瑞希システムを生み出した張本人だ。製作者が見るこの戦法は、どう映るのか。

「俺の戦法、健システムみたいに有名になるかな。谷本先生、頼みますよ。」

将棋界には様々な戦法がある。新種を発見すると命名権が与えられるように、戦法を生み出すと色々な名前をつけられる。承認欲求とはこういう所からも出てくるのかもしれない。


中原が味谷を呼ぶ。頭に疑問符を浮かべながら駆け寄ると一言。

「この対局、どちらが勝つか。解説人含めて聞いてくれ。俺の予想と同じ奴は賞賛に値する。」

と発した。この時点でどちらが勝つかなど予想はほぼ不可。河津ですら終盤の差で変わると言っているレベルである。それでも動かなければならない。中原という偉大なる棋士の前では、味谷はただの駒である。


「というわけで、どちらが勝つかの意見を貰いに来たんだが」

「パシリじゃないですか」

小野寺、流石のいじりである。味谷が可愛がっている後輩棋士、あえて和やかなムードにする優しさだ。

「渚、言うじゃねぇか」

一二三節の炸裂だ。丸くなったとは言うが、かなりの好々爺である。この時、さっきまでの検討ムードが消えた。ただ一人、ぼっちを除いて。

そろそろ澤本の解説が終わり、小野寺味谷ペアとなる。とりあえず全員の評価を聞く。

「自分は、谷本さんに一票です。」

若々しい渚の声が谷本を推す。

「えっと、じゃそこの、河津。お前の意見は?」

「…終盤の差で決まる。どちらが勝つとは現時点では言えない。」

それでは困るわけで

「…どっちかと言えば?」

「検討の邪魔だ。さっさと出て行け」

大先輩だろうが容赦はない。味谷、流石に許せる態度ではないので、河津の元に詰め寄る。

「おい、俺の話を聞け」

小野寺の前であまりやりたくはないが、これも先輩としてのケジメである。しかし、河津から返答はない。仕方ないので胸ぐらを掴んで問い詰める。

「中原さんの立場も考えろよ若造が」

「おい、検討の妨害をするなと何度言えば分かるんだ?テメェらはアマかよ」

「いい加減にしろよ、先輩への口の聞き方ってものを知らねえのか?」

喧嘩が始まってしまい天才棋士はあたふたしていた。そこに会長と澤本が到着。

「喧嘩はやめましょう。」

と会長の言葉が響く。

「喧嘩?検討の妨害をされたこっちの身にもなれよ」

味谷が抑えていても河津はこの通り怒りが収まらない様子。

「とりあえず、冷静に。検討は冷静な心で無ければ良い結果は出せません。味谷さんにはこちらからも言っておきますから。」

と言われたことで仕方なく退いたようだ。第三者というのは大切だ。


(はぁ、河津という棋士は厄介だ。あまり大御所を怒らせないでくれよ)

内心ヒヤヒヤである。会長が動いたと思わせておいて結局は事勿れ主義だ。谷本の件もあったので、あまり大事にしたくはない。言っておくと言いながら何も言わない。味谷のバックに中原がいるなら尚更であるが。


結局有耶無耶に終わったが、味谷が中原に「河津は谷本が勝つと予想している」と嘘の情報を教えて幕を引く。


初日は53手まで進み封じ手が行われた。ここからどう挽回するのだろうか。河津以外の解説陣は、夜食を共にしながら検討を共有する。一致した意見は「瑞希システムの使い手の癖」だった。城ヶ崎瑞希が瑞希システムを使う際、城ヶ崎瑞希という棋士の癖を使い逆転する。では谷本浩司ならどうするか。


一方河津は一言「村山の終盤力なら癖など気にせず倒せる」と呟いた。それを聞いた者はいない。

1日目が終わりました。瑞希システムには対局者の癖が出るようですが、河津はそれを無視しても終盤力で勝つと言います。


久しぶりに味谷と河津の喧嘩になりました。丸くなったとはいえ、かつて谷本を怒らせた男、それに屈することはない喧嘩しかしない男。ここはバチバチこそ正義ですね。


ちなみに河津のことを煙たがっている棋士はかなり多いです。

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