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孤独の棋士  作者: ばんえつP
虎王編-意地と意地-
25/81

ポーカーフェイス

谷本村山の虎王戦です。

東京国際空港、通称羽田空港。成田国際空港と並ぶ関東の国際空港である。

対局者の谷本、村山、会長の木村、立会人の味谷は大日本空輸東京発沖縄行へ搭乗する。沖縄までは2時間。各自それぞれの過ごし方がある。

「東京っていうから成田かと思ったよ」

味谷がこんなことを言っていたが、成田国際空港は平成16年まで新東京国際空港だったのが大きい。

立会人の味谷は、検分などの作業を効率よく行うために何度か資料を確認する。

村山はあまり飛行機が得意ではなく、頭が痛くなっていた。谷本がそれに気がつき酔い止めを渡してくれたのだった。それが効くかどうかはさておき、少しは気が楽になったように感じた。

「谷本の奴、村山に酔い止めを渡したな」

味谷がそれを目撃していた。

「あの件以降、彼も将棋以外では丸くなったのかもしれません。味谷九段もそうじゃないですか。」

木村がなかなか痛い所を突いてくる。


今回東京で検討室が開かれるが、味谷と木村は現地で検討を行う。ビデオ通話でお互いのやり取りをする。


那覇空港到着。ここからモノレールで市街地中心部へ向かう。宿は今回中心部のものを予約している。

荷物を置いた後は早速対局場の検分を行う。


「少し室温が高いんじゃないか?」

村山が指摘する。

「今の設定温度は25度だが」

立会人の味谷が今の設定温度を伝えると

「俺は22度設定にして貰いたいんだが」

と村山が要望する。

しかし谷本も了承しなければ設定温度は変えられない。

「それは少しやりすぎじゃないか?」

と谷本が言ったことで村山の要望は通らなかった。妥協案として設定温度は23.5度となる。


次の日、対局は予定通り9時スタートとなる。第二局は第一局と先後を入れ替える。今日は村山が先手。


東京の検討室には新庄、萩原、藤井、白河、そして河津が来ていた。検討自体は、第一局目の立会人藤井が主導していく。ただし河津は勝手に1人で検討を始める。

また森井家では森井、梶谷、東浜が対局を見守る。村山がタイトルを取れば森井一門の悲願である。


戦型は角換わり、午前中にある程度進み、昼食休憩前に53手まで進む。


昼食明け、藤井が主導した検討室はスムーズに動いている。

「今日は暇な対局だな」

前局と異なり今回の対局は普通の対局。なんの捻りもない対局だった。

検討室のムードもスムーズに動いているとはいえ、どこかやる気のない、脱力感に包まれていた。唯一検討を真剣にしていたのが河津である。そもそも藤井など和気藹々と楽しく検討する人が多かったこともあり、最初からピリピリ真剣にやることもないのだろう。


現在の盤面、57手目は以下の通り

村山 4四歩

(谷本駒 王将除きひらがな表記

歩 ふ 香 き 桂 け 銀 ぎ 金 ん 角 か 飛 ひ)

谷本 持ち駒 角、銀、桂、桂、歩

きひ     けき

      んぎ

  ん    ふ

ふ  ふ王歩ふ ふ

 ふふ    歩

歩  歩ふ 歩 歩

 歩銀 歩

  金  金

香桂玉    飛香

村山 持ち駒 角、銀、歩

(将棋盤お持ちの方はひらがな表記は谷本駒として扱い再現してください。)


村山は谷本王を上部へ持ってきている。しかし谷本側も反撃を狙う様子だ。

「角換わりは研究がかなり進んだ世界だ。より深い部分で戦えるわけだが、その部分に達するまで暇なのは変わりない。」

新庄の言葉の通りである。何の捻りもないというのは研究将棋だからというのもある。みんな知っているからつまらないのだ。

「暇だし、またクラシックを聴きながら一眠りでもするか」

「本当にマイペースですね、新庄さん」

白河が呟いた。新庄のクラシック狂はかなりのものである。なお流石に部屋全体に流すような変人ではないので、しっかりイヤホンを持参している。

「本当なら対局中もクラシックを聴きたい人だ。流石にそれは自粛しているけど、他にクラシック好きがいて貸切の対局室ならやりかねんな。」

藤井が少し笑いながら心配した。


検討室もまったりムードとなり、河津以外は雑談を始める。ただし全く将棋に関係ない話だと恐らく河津が雰囲気を壊すだろうし、検討室にいる意味もないので、内容は角換わりそのものや居飛車党、振り飛車党についての話であった。お陰で孤独の棋士の逆鱗に触れることはなかった。

「居飛車角換わりと振り飛車角換わりはそもそもが違うだろう?」

「対抗系の場合の研究って進んでるんですかね?」

真剣に検討している河津もこの対抗系の研究については興味があった。河津は居飛車党なので、振り飛車相手の対局は対抗系となる。つまり藤井などと当たった際の研究を聞き出せるということである。研究会が基本的にそれに該当するが、当の本人に友達はいないのでこのような場面で盗み聞きして情報を得るしかない。幸い今回の検討室メンバーは優しい人ばかりである。谷本のような人の情報だけ聞き出し自分は言わないとかいう人はいない。


沖縄組の味谷と木村は、谷本の顔色の変化に気が付いた。

「谷本のやつ、仕掛けてくる。反撃はほぼほぼするものだが、顔でわかる。もうすぐ来る。」

「谷本さん、ここで仕掛けるんですか…もう少し待っても良いと思うんですけど」

「無理攻めにはならないよ。もっとも、番外戦術論からすれば、顔に出す時点でアウト。ポーカーフェイスは大事だ。」

味谷は対局中、相手に読まれないようにポーカーフェイスを含め、惑わしに来る。無表情も大事だが、焦る場面で敢えて笑顔や、優勢だが決め手に欠ける際はオラオラと突っ掛かり相手を間違わせたり、相手に印象付けた場面で本当に焦ったりと絞らせない表情作りが得意なのである。谷本はそんなことしないので、顔に出ているというのは今から反撃しますと大きな声で言っているようなものなのだ。

「オラオラとしている時、普通は自分が劣勢だからやっていると思いますが、味谷さんの場合その限りじゃないんですよね。河津との対局時は確か…」

「アイツは喧嘩止まらないタイプだからなぁ。ポーカーフェイスを忘れてしまう非常に厄介な敵だよ。あの日も喧嘩が続いて大変だったさ」

「でもそれで味谷さん、少しは丸くなりましたよね。」

「あ?やるか?」

こちらも和やかなムードである。少し前の味谷では考えられない様子だ。


62手目、谷本虎王、8六歩。攻めに転ずる。

現在の盤面は以下の通り

谷本 持ち駒 角、銀、歩、歩

きひ     けき

      んぎ

  ん 王  ふ

ふ けふ 歩ふ ふ

  ふ 歩  歩

歩ふ 歩  歩 歩

 歩銀

  金  金

香桂玉    飛香

村山 持ち駒 角、銀、桂、歩


「飛車先の歩を突いて谷本の反撃が始まる。」

味谷、木村の予想は大当たりだ。谷本の顔が良くなる。


東京の検討室は河津除き谷本に分があると読んでいた。

「このまま攻め切れば谷本虎王の勝利ですね。」

その通り、このまま「攻め切れば」勝利であるが、先手番にいるのはあの序盤の鬼にして終盤の鬼ともなった男、村山慈聖である。

「この勝負、村山が勝つだろうな。」

河津がボソッと呟いた。谷本の反撃は通用しない読みしないと。


午後6時、封じ手が行われた。午後は進みが遅くなる。よくあるパターンだ。

「同歩だろ」

(同歩だな)

沖縄、東京満場一致で村山の手は同歩と読む。


沖縄県は本州から離れている分、ここに住んでプロ棋士を目指すのには非常に不向きな場所である。そもそもここはかつて琉球王国であり、日本に組み込まれた経緯から、本州とは色々文化も違うのである。日本にいながら異国感を感じられるのはここが由来なのかもしれない。

「モノレールかバスって、鉄道はいつできるんですかね?」

「一応モノレールは鉄道だがな。普通鉄道となればまぁ」

沖縄は鉄道網が絶望的である。平成15年にモノレールが開通するまでは鉄道が一つもなかった。現在でも主な交通機関はバスであり、本州と異なり長距離運用は当たり前である。

「味谷さんって小春夫人とよく旅行行きますけど、やはり鉄道メインなんですか?」

「まぁな。やっぱりそれが一番楽だしな。今は新幹線なる存在もあるんだ。便利な世の中だよ。」

「そうなると沖縄は苦しいですね。」

「まぁな」


2日目、9時に封じ手開封。予想通り同歩だった。当然谷本もそれを予想して考えているだろう。すぐに7六歩を指す。以下同銀、8六桂、8二歩、7八桂成、同玉と続く。


5六角

「綺麗だ。流石谷本さん。美しさがある。」

木村が思わずこぼした。王手飛車取りである。

この頃には分があるではなく、ほぼ勝利と言う予想へ変わっていた。河津を除いて。

「村山、ポーカーフェイスがうまいな。微動だにしない。」

村山は無表情である。これを大方の予想はポーカーフェイスとした。しかし河津は

「勝ちが見えてる。間違いなく村山が勝つ」

という勝利を見つけた顔と判断した。


6七桂、8六桂 、8八玉、2九角成、8一歩成と続き、7八飛。


「もう止められない」

弾丸のような寄せが村山を襲っている。光の速さで。


「決まったな」

味谷と河津が同時刻に呟いた。味谷は谷本勝利が決まったという意味で、勿論河津は村山勝利が決まったという意味で。


9七玉、7六飛成、4三飛、5二玉

ここまで来たところで村山が笑う。


81手目、5三銀

それを指された時、谷本の表情が崩れた。

まるで稲妻が衝撃をもたらしたような、唖然とする一手。逆転の一手であり、谷本を地獄に堕とす一手。

「ほれみろ。村山が勝つと言っただろう」

河津の言葉に検討室内の空気はとてもひんやりとしていた。


森井家ではこの手の瞬間、歓喜した。梶谷がこの手を読んでいたのである。

「凄いじゃないか!梶谷!」

褒められて嬉しい梶谷、まだ子供である。ただし、この手は村山以外は河津しか見つけていない。そんな手を子供が見つけていた。やはり将棋は恐ろしい。


「ポーカーフェイスが大事って、改めて気付かされたよ」

「村山がこんな手を読んでいたんですか。谷本さん優勢だと思っていたのに」


ここから立て直すのは心理的にかなり厳しいものであった。大逆転を喰らい敗北を喫するのは非常にやらせない気持ちだ。


107手までで村山の勝利。連勝となった。谷本はしばらく動くことができない。天を見上げ魂が抜けたような姿でそこに鎮座する。


森井家では村山勝利を皆で祝福していた。

「聡くん、慈聖くんがやってくれたよ。次も頼むぞ」

森井は空を見上げ呟いた。


「村山…流石にこの終盤力。序盤だけじゃないというのは恐ろしい。対人研究もしなければ」

というわけで村山の連勝です。立会人で動かせるのが味谷と藤井しかいないので、九段の棋士増やしましょうかね…?木村は会長ですし。


今回盤面再現をやってみました。流石に文字を逆さまにはできないので、ひらがな表記です。


最近小野寺君出せてないですね…彼はまだ七段なので立会人は無理です。


実はこの回、大部分を書き直しています。実は当初の予定では味谷がビーチに行き、そこで河津似の男に会うという話で書いており、実は河津を捨てた家族だったという話を書こうとしたのですが、こうすると家族から捨てられたとはいえ今でも家族がいるという話になるのと、名前はなんで付いてるんだ?という話になって没にしました。

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