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孤独の棋士  作者: ばんえつP
虎王編-意地と意地-
24/81

自覚

孤独を自覚するとき、孤独を受け入れるとき。

河津は今日、将棋本を買いに来ていた。

詰将棋本や新しい定跡の本などを買う。

レジの前にある本に注目した。

「家族がいる人はぼっちじゃない!」

最近話題のぼっちブームに異議を投げる本であった。

「家族がいる人がぼっちじゃないのは当然だが、そういえば俺には家族、いなかったな。まぁ師匠はいるが、俺はぼっちじゃないよな…?」

いいえ、河津稜はぼっち、孤独である。それを本人は自覚していないだけである。

「師匠がいるから…って師匠は入水した。もう既にこの世界にいない…」

そう、既に師匠はこの世界にはいない。河津の味方など誰もいない。

「そういえば、友達欲しさに将棋やってたけど、対人戦、無かったっけ」

負のスパイラル。自分は孤独ではないと思い込んでいた男が、今ここで孤独を自覚した。

「そうか、俺は、孤独じゃないと思っていたが、世間体じゃ孤独そのものなのか。」

家族がいるのにぼっちと言うな!という言葉が河津の心を抉る結果となった。

「なんだか、寂しいものだな。」


直後の名人格に挑むためのリーグ戦では惨敗。タイトルホルダーらしくない酷い将棋を指してしまう。

「なんだこれ、河津ってこんな底辺な将棋指すのかよ」

検討室にいた村山は失望した。人は簡単に信頼を失くす。積み上げるのは難しいのに消えるのは一瞬だ。

「俺を倒したはずの奴があんなレベルの将棋指してたら俺まで酷評されてしまうじゃねぇか!」

この言葉、河津をある程度評価していたからこそ、時間を無駄にされた怒りが大きく出てきたと捉えることができる。


対局室を出る河津の前で谷本と木村が話をしている。

「谷本さん、羽島の入水、原因がわかったそうですよ」

「そりゃ不調に病んでじゃねぇのか?」

「それもあるのですが、元々羽島は対局で負けた時のストレスを河津にぶつけることで発散していたんですよ。河津がプロ棋士になるからストレスをぶつけられなくなるということで…」

どうやら最近羽島が書き残したノートが見つかったそうだ。そこに書いてあったのは河津がプロ棋士になることで自分のストレスは発散できなくなるということだった。

結果に絶望したという話の裏に隠れていた弟子という存在。

それでも河津は病まなかった。病んでしまえば北村と同じレベルになる。それだけは自分の中で看過できない。あのメンヘラ野郎と一緒なんてごめんだ。

「それに目の前で飛び込みやがったあの女とも同じなんて嫌だぜ。」

対局は惨敗したが、河津は挫けなかった。千駄ヶ谷駅で飛び込んだあの女と同じというのも腹が立つ事だ

「俺はあいつらとは違う」

ボコボコにされて思い出す。反骨心。河津の中にある俺は違うという気持ち。

「俺は孤独らしい。ただ、孤独なら誰かに頼らず生きていけるってことだ。俺は、俺は、心が強いんだ!」

惨敗がなんぼのもんだ。元々孤独なら、孤独でもタイトルホルダーになれるってことじゃねぇかと、家族や友達という存在が無くてもプロ棋士としてやっているのだと。


龍棋戦の予選、河津はタイトルホルダーになる前に抽選が入った為にシードではなく、予選から出場する。相手は中野海。この前プロ入りした新人である。検討室は誰もいない。

村山は森井家で森井、東浜、梶谷と共に対局を見る。森井の方針で、プロ棋士の対局は目を通すようにしている。東浜は中野と同期である。

中野はこの前の虎王戦の検討室にいたので、河津がどんな人なのかは知っていた。近寄り難い空気を纏った一匹狼と評している。


この世界の将棋は4大タイトル戦である。虎王戦、龍棋戦、王棋戦、名人格。名人格が一番古いタイトル戦で、龍棋戦が一番新しい。


澤本康晃(さわもとやすあき)七段、棋士番号274番。森井門下で東海地区の将棋普及を進めているプロ棋士である。しかし森井家へ行くことは非常に少なく、育成機関での練習相手として普段は活躍している。

龍棋戦は河津と中野のどちらか勝者が次戦で澤本とぶつかる。

「澤本さん、予選見に行かなくていいんですか?」

新庄が澤本に訊ねている。

「それよりも育成機関で次どんな手を指すか考えるものですよ。」

彼にとって将棋は普及こそ正義であり、対局は子供たちとの練習将棋の際の練習台に過ぎない。


「どうせ、河津王棋が勝つ。見なくてもわかります。」

澤本が断言した。

「この前の名人格リーグ戦は惨敗でしたが」

「子供たちを見ていると、今日は強い日、今日は残念な日というのがわかるんですよ。目つきとか言動、行動、まぁ色々な部分から滲み出てるといえば正しいんですかね?少なくとも今日の河津王棋は強いオーラがある。相手が村山兄さんなどならまだしも今回の相手は新人四段。無理です。」

ここまで断言されると言い返せないものである。


対局は中野の先手で始まった。戦型が矢倉。

昼食休憩時点で河津の大優勢。中野が一方的に時間を使う展開となる。

結果として昼食明けすぐに河津が詰ましている。


「復調したんだな、あの孤独の棋士」

と思わせる圧勝。

「プロ入り直後はこんなに強くはなかったんだが、やはり研究という努力を人並み外れたレベルでやっているんだな。」

森井の言う通り、河津の研究量は化け物レベルである。元々対人戦が苦手だった河津は努力を武器に戦った。プロ入り直後の無難な棋士という評価を努力で覆した。天才と呼ばれる小野寺や谷本、味谷と違う。秀才派のプロ棋士なのだ。


「ちと澤本に電話をかけてみるか。出るかな?」

残念ながら澤本は電話には出なかった。既に育成機関で子供たちと将棋を指していたからである。


小野寺は彼女の赤羽と共にカフェで談笑をしていた。将棋界ではタイトルホルダーの彼も、今、彼女の前では普通の青年である。赤羽は小野寺に将棋の話をして貰いたいようだが、小野寺側は、普通の恋愛をしたいという気持ちが大きいのである。特にカフェまで来て将棋の話なんて普通の恋愛じゃないという感じだ。対局場にいるならスイッチもプロ棋士モードであるが、ここでは一般人モードになりたいものである。

さて、このカフェは大通りに面しているのだが、対局場からも近いということで新庄などイケメンにはよく使われている所である。今回小野寺たちは窓に面したカウンター席だった為、道ゆく人を見ることになる。

カフェに入り20分後、俯きながら中野が歩いてくるのが見える。対局は河津の圧勝。向こうの心は折れて感想戦は無し。河津なのでいつものことではあるが、あまりにも圧倒的だったので、ちょっとした騒ぎにはなっていた。

中野通過後20分経ち、河津が歩いてくる。こちらはいつも通りの雰囲気である。

「ねぇ、あの人やっぱ怖い…」

赤羽が拒否反応を示す。女性を近づけさせない力というのがあるのかもしれない。対局場近くのカフェはダメだったかと小野寺は少し反省した。


河津が家に帰ろうとすると、施設長とすれ違った。羽島の家に住むようになってから施設とは縁が切れた彼だが、珍しく向こうから声をかけられると言うイベントが起きたので、会話が始まる。

「北村って奴の子供が今施設にいる。」

施設長は北村志恩のことを話す。

「あぁ、あのメンヘラ野郎の子供か。そいつはメンヘラにするんじゃねぇぞ。」

河津はそう言って立ち去った。

「河津君も変わってしまったな。昔は将棋が大好きな子供だったのに」

去りゆく河津を見ながら、施設長は昔のことを思い出した。


虎王戦第2局は、沖縄県那覇市で行われる。場所が場所なだけに対局者、立会人、会長以外は現地に行くのがほぼ不可である。その為、東京の対局場で検討室を開くことになった。今回の立会人は、味谷一二三九段である。


「谷本、お前をただの十七世名人にしてやるよ。」

「どうやって私を倒すか、今手順を言ってみてくれ。」

新キャラ、澤本が来ました。プロトタイプ版でも出てくるのですが、しっかり登場させました。棋士番号は元ネタの棋士からです。他の棋士の棋士番号は活動報告の所からどうぞ。


ついに河津が孤独を自覚しました。無知の知じゃないですが、孤独であるということを知っている分、知らない人より知っている…のです。

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