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孤独の棋士  作者: ばんえつP
虎王編-意地と意地-
23/81

終盤の鬼

(心の中の声です。)

「発言してます。」


心境に注目です。

「あぁ、呑みすぎた。すまんな新庄。わざわざ来てくれて」

呑み会が終わったのは日付が変わった午前0時20分だった。

こんな時間になると終電もないので、タクシーで帰ることになる。味谷は新庄にタクシー代を渡し解散した。

味谷が家に帰ると小春は既に寝ていた。起こさないようにそっと自分の部屋へ戻る。


(この対局、谷本の独壇場、のように見える。だが、村山がそのままやられるクチではないだろう…何かを期待している俺がいる…)

布団の中、味谷は1日目の様子を振り返った。


翌日も9時から対局が再開される。それまでに渋谷の控え室、検討室へ向かう。


二日酔いの味谷、新庄はなんとか検討室へ入る。タイトル戦といえど人々が見るのは対局の様子であり、別に二日酔いの検討棋士がいても誰も気にしない。


今日の検討室は、河津、味谷、新庄の昨日組と昨日は対局があった中野、白河というメンバーだ。後々藤井と木村も来るだろう。


封じ手の開封が行われる。立会人の藤井が封を切り、読み上げる。


村山八段、7二銀。


「7二銀か、飛車捨てる気か?」

早速盛り上がる検討室。

「素人じゃねぇんだ。飛車を可愛がる必要などないだろ」

河津はボソッと呟く。昨日の研究で村山の次の一手を予想していた。金の攻め込みを防ぐ7二銀が一番と考えていた。


谷本はすぐに7七銀とする。飛車の捕獲態勢に入る。村山は6二玉とした。


「谷本は5四の地点攻めたいんじゃないか?」

味谷が注目する。

「銀が上がってくる。これは、ここから目を離したらダメですね。」

白河が銀上がりを注目した。

「凄い、これがトップの対局…」

プロ入り直後の中野にとって同じプロでも新人とトップではこれだけの差があるのかと実感させられる。プロ棋士の時点で将棋は異常に強いはずだ。それでもトップ棋士はその中で異常に強いということであり、手が届かない位置にいるのだ。


7六銀

「銀飛交換は好まないだろうな。」

「これは交換、余儀なくされるだな。」

後手5四飛、金飛交換を選択。同金、同歩と続く。


先手7八金、以下7三銀、6五銀。この頃には勝負は谷本にありという形で大方一致した。

5二金、5四銀、7二玉、6五銀、6二金、7六歩、6四歩、5六銀のタイミングで昼食休憩。

「村山は味しないだろうな。」

検討室に入る木村がボソッと呟いた。村山自身が置かれた状況を一番理解している。そうなれば味なんて簡単に消えてしまうものだ。

「味しない時の飯時間、凄く長く感じるんですよね」

白河も昔大差がついた対局で味のしないご飯を食べたものだ。


「村山が何もさせて貰えない。谷本の作戦勝ちか?」

味谷にとって何もできない村山の姿は新鮮だった。

「引き角戦法、少しグロいですよ。中野、この戦法研究しておきな。」

最近弟子を破門した新庄は本当だったら花田に教えてやりたかったと思いながら中野にアドバイスした。

「立会人として、この対局を見ているが、昨日のような覇気を村山から感じられなくなった。」

検討室メンバーと違い、立会人は直に対局者を見る。覇気というものを感じられなくなるということもあることだ。

検討室内は、味谷、新庄らを中心に藤井や木村が囲い、端っこに河津が1人ぽつんと座る構図となっている。河津がいる時の検討室は大体こんな感じである。新庄が村山に変わったり、谷本に変わったりするぐらいである。


(このままやられるなんて俺の性に合わねぇよ。)

村山は逆転の一手を考える。将棋は逆転のゲーム。まだ負けたわけじゃない。昼食が明け、長考。時間の全てをここに注ぎ込む。


森井家では森井と梶谷が対局を見ていた。

「師匠、兄さんはどうすれば勝てますか?」

「そうだねぇ、昔、俺が現役の頃、アイツと師弟戦があったんだが、アレを思い出して欲しいものだな。」

「師弟戦ですか?」

「あぁ」


村山と森井の師弟戦は、村山がプロ入りして割とすぐのことだった。村山は19歳でプロ入り、高校生棋士にはなれなかったが、10代でのプロ入りはまだ早い方である。

森井は既に第一線を退いており、ベテランの域であったが、師弟戦とあれば、第一線の頃を思い出させるものである。


「負けたくないっていう気持ちが強くてな」

師弟戦は、角換わりに進み、村山を追い詰めた。序盤の鬼である村山より深く森井が研究していたのである。昼食休憩時には大差がつき、村山は味がしなかった。しかし、終盤に難解な筋を見つけた村山が逆転、序盤の鬼が終盤で勝つ、終盤は村山に聞くべしと言わんばかりの伝説の逆転劇を見せた。

「諦めた時点で投了なんだ。相手がタイトルホルダーだろうとそこは関係ない。アイツは序盤の鬼と言っているが、終盤は村山に聞くべしと言われてもおかしくないぐらい、終盤も強いんだ。」

思い出して欲しいのは、自分は終盤の力が強いということである。それを感じた師弟戦を思い出して欲しい。


相手の読んでいない筋を見つけろ。簡単に言うが当然難関な行為である。諦めたくなる。心が壊れていく。人というのは絶望、壁を目の前にすると足が竦む。今、村山はその絶望、壁を目の前にして一歩足を進めるという本能に反する行為を行おうとしている。


「このまま行けば投了だ。なら勝負手で相手を間違わすしかない。時間攻めなんて当たり前。番外戦術も役に立つ。」

番外戦術を使う味谷はいかにして相手を間違わすか、相手にプレッシャーを与えるか考える。これは逆転の際にかなり使われる手段である。

「ここで逆転の道、そして詰みまで見るんですね。」

中野が話す。簡単に言うがこれも当然難しい。


「相手が予想しない手を指して相手が対応できなければ、それまでの棋士ってことだ。」

河津が俯きながら呟く。


「正直、評価はかなり下がる一手だが」


(正直かなり悪手だが、相手がミスれば俺が勝つ。相手の時間的に厳しい…が。やるしかない。このまま最善やっても意味がない。)

村山が決断した。4五歩。角道を開ける。持ち駒には歩がある。8筋には歩がいない。

「もう決着はつきましたよ。あなたの負けです。」

谷本がボソッと、聞こえないような声で呟く。

6六歩。

(行け!)

同角、5七銀。

8七歩、同金、8六歩。

(なぜ8筋に、馬を作りたいのか?)

同金。

(わかってる。この手は悪手だ。ただ逆転の可能性もある悪手なんだ。)

8八角成。

(こっちには飛車が2枚もある。負けるわけがない。)

9六歩、9九馬、9七桂。


「その位置の居心地良かったか?忘れてるぜ。」

村山が呟いた。7七馬。王手金取り。

指された直後に感じた。読み筋から外れると簡単な所を見落とす。油断大敵、そこに隙がある。

あえて最初は7七角成としなかった。香車という駒を得るため、いや相手を油断させるためである。確かに7七角成でも行けたかもしれない。しかし金を取ってもその後角は捕獲され香車、桂馬のどちらかが取れない。油断させること、追加で香車を得ること。これが村山の狙い。


4九玉、8六馬。現在、村山の手駒に金、角、香。

6八銀。角筋を止める。同馬。馬と銀の交換。既に手駒に金や香もおり、角はまだある。

同金。4六歩、同歩。2七香。2筋には歩があり、歩を打てない。香車ならいける。

同飛。八筋に飛車がいなくなる。4七歩。最後の歩を投入。

「王の早逃げは得なんだぜ」

5九玉、4八角

「おい、手駒、足りねえよなぁ!」

谷本が吼える。4九玉。戻した。谷本の中で勝ったと確信した。

3九金。角も金も取れないので5八玉。

6六角成。

自陣が安全と判断した谷本は攻めに入る。


「…あれ?」

村山の無理攻めが谷本の無理攻めを招いた。攻めの際、相手に駒を多く渡すことになる。あの時点で無理攻めだった村山の攻めは谷本の無理攻めによって効果のある攻めへと変化したのだ。

慢心は人を弱らせる。諦めない攻めは慢心という敵を打ち砕く強力な刀なのだ。


「墓穴を掘ったな。」

河津がそっと立ち上がり検討室を出る。

あれだけ谷本優勢と言っていた控え室は静寂に包まれる。こんな呆気ないのか。今までの熱戦はどこへ行ったのか。将棋というのはこういうものである。終わる時はあっという間である。適当と言われるかもしれない。ただ、この対局は本当に、適当のような終わり方になった。


「終盤の鬼…」

中野がそう呟いた。村山は序盤の鬼のはずだ。ただ今日の対局はどう考えても終盤の鬼だった。


「俺がこんなヘマするなんてな。もう指す気にならねぇや。」

谷本が谷本らしくない台詞を吐いて投了した。見苦しい真似はしたくないのだろう。

「こんな将棋、感想戦なんてする必要ないだろ」

熱しやすく冷めやすい。もういいやと投げやりになる。昨日、こんな投了とは誰も思わなかっただろう。


森井家は盛り上がる。弟子が勝ったのなら、喜ぶのが筋ってものだ。


「兄貴、俺はまだまだタイトル戦で綺麗な将棋指せねぇみたいだ。こんなみっともない勝ち方じゃ、兄貴には勝てねぇな」

村山は帰り道、兄へ負けを認めていた。その様子を最近観戦記者から降りた八乙女が目撃した。


「俺のタイトル戦も、北村が殺されたことで呆気なく終わった。今日の対局もだ。劇的な幕切れなんてないのかもな。」

河津は今日の対局を見て感じた。自分が王棋戦の挑戦者になるために小野寺、村山、味谷、谷本と並いる敵を倒した。そして北村というラスボスに一勝してこれからのタイミングで北村は殺された。呆気なく自分が王棋となった。どこかで熱戦が終わるのを見たくないと感じていたのだろうか。


「まぁいい、俺も次のタイトル戦狙うだけだ。」

第一局は村山が勝利しました。意外と時間がかかった話になります。


何かを期待するというのはそれだけハードルを上げることになります。プロ棋士のタイトル戦だから間違えないなんてことはなく、プロ棋士の対局でも凡ミスは当たり前のようにあります。反則だってあるのですから。

他の将棋系作品だと劇的な幕切れが多いのですが、天才が主人公故の現象かもしれません。主人公が中学生棋士じゃないのは割と珍しかったりします。なんなら今日の話は主人公そっちのけで対局ですし。

孤独の棋士では河津以外だと村山と味谷、新庄が非常に書きやすいキャラだったりします。彼らには色々個性があるので、動かしやすいのです。

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