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孤独の棋士  作者: ばんえつP
王棋編-孤独VSメンヘラ男-
20/81

決断の時

決断、多くの出来事に幕を…

小野寺新龍棋の祝賀会が行われた。北村の事件があったことで一時は開催が危ぶまれたが、王棋戦の祝賀会以外は中止とならず済んだようだ。小野寺の人気は凄まじく、祝賀会参加上限200人はあっという間に超え、倍率20倍の抽選となった。選ばれた人が今、ここに来ている。

「小野寺龍棋の登場です!」

この祝賀会、小野寺と会長谷本以外にも、仲の良い棋士がそれなりに参加している。味谷一二三はその代表例である。更には最近チェスを始めたという小野寺の良き相棒として赤島も来ていた。ついでに彼女の赤羽も来ている。


「小野寺ブームは将棋界を救いました。正直な話、私が若い頃は祝賀会が抽選なんて有り得なかったんですよ、小野寺龍棋は、抽選、倍率20倍という人気を誇るスターです。この度は誠におめでとうございます。

龍棋戦は木村先生との対局で、持将棋含め第六局まで絡れました。その中で、小野寺龍棋は、様々な攻め方を披露して、見事タイトルの座を掴んだのです。私も虎王のタイトルホルダーですが、小野寺龍棋のようなタイトルホルダーらしい将棋が指せるかといえば微妙な所です。それだけ小野寺龍棋は素晴らしいのです。」

谷本会長の言葉である。当然北村事件など一切触れない。

祝賀会はとても煌びやかに行われ、様々な笑顔が飛び交うイベントとなった。


祝賀会が開かれている頃、かつて河津が暮らした施設に、ある赤ちゃんが捨てられた。「この子の名前は北村志恩(しおん)です。大事に育ててください。」名前から察することができるが、北村駿の子供である。

施設長は、北村の文字を見て、もしや北村駿の子供じゃ無いか?と考えた。先程子供であると断言したが、この時点で施設長が知る術はない。

「もしも、この子が北村駿の子供なら、将棋の才能はある…か。昔河津が使っていた将棋本、大きくなったら与えてみよう。」

施設長はそう考えた。


谷本が控室に戻る。花子がトイレへ出たタイミングで味谷の元へ駆け寄る。スマホは置いて、身軽になり、

「味谷一二三先生、この手紙を」

谷本が味谷に渡した手紙はこの場では見ないように書かれていた。

花子が戻ると谷本はまたいつもの顔に戻る。


手紙の内容を確認したのは味谷が家に帰った後である。妻の小春と共に手紙を読んでいく。

大まかな内容として、花子の件について書かれてあった。王棋戦挑戦者決定戦での出来事を詫びる文章や、自分自身が花子から監視を受けており、スマホの位置情報や会話の内容は全て聞かれているという話も書いてあった。

「どう思う?小春、なんか俺は嘘っぽく見えるんだけどなぁ」

一二三は谷本が自分は悪くないと言いたいかのような文言であり、不信感を抱いている。

「私は、花子夫人に操られているというのは本当なんじゃないかなって思うけどね」

小春は女の勘か、花子に谷本浩司は操られており、普段の谷本と花子の前の谷本は別人であるというのは間違いないと思っていた。

「何度か谷本の奴が俺らにあの時の谷本は谷本じゃない的な話をされたんだがな、やっぱり納得いかないんよ」


一度信用を失うと再度信用を得るのは非常に難しい。狼少年など良い例が沢山ある。例え誰かに操られていたとしても、全員が納得することはない。子供じゃないのだから。


谷本はこの頃、会長職を辞任しようと考えていた。問題を起こしたことは事実であり、それを揉み消すようなこともした。辞任を表明しなければ、自分は今後将棋界を潰すと懸念していた。ただし、北村殺人事件の犯人が捕まるまでは辞められないようだ。犯人が捕まる前に辞任すればそれこそ責任逃れと言われてしまう。

「もしかして、会長職辞めようとしてます?」

花子もまた女の勘で谷本浩司が辞めようとしているのではないかと思っていた。

「いや、辞めないよ」

辞めるなんて言えるわけがなかった。


警察では北村殺人事件の第一容疑者、北村駿の妻を探していた。最近になって、北村志恩という子供が施設に預けられたという話を聞き、松岡は施設長に話を聞くことになった。

「彼、多分北村駿の子供だと思うんですよ。まぁ直感ですけど。」

「施設長は将棋詳しいんですか?」

「まぁ、昔河津って子がこの施設に居ましたからね。将棋についてはその時に。まぁニュースで北村さんの殺人事件の件、やってましたし。まぁ私含めてここの施設じゃ小野寺ファンばかりですがね。」

「なるほど、この志恩くんが北村駿の子供ならば、奥さんの子供でもある。しかし赤ちゃんか…」

赤ちゃんが母親の居場所を言えるわけがない。

「とりあえず防犯カメラの映像を…」

施設の防犯カメラの映像を見てみるが、残念ながら捨てたと思われる人は、全身を覆い被せていた。

「歩行認証するか。」

容疑者と思われる人物ならば徹底的に調べる。それが松岡のやり方であった。

小笠原もまた北村妻の居場所を探していた。部下の小柳津と共に、聞き込み調査を続ける。将棋界に大きな衝撃を与えたこの事件、解決までは将棋も落ち着かないだろう。


「俺は、俺は…会長にいる資格はないんだ…」


今日は虎王戦の挑戦者決定戦。谷本浩司虎王に挑むのは村山慈聖か味谷一二三か。

「本来なら王棋戦と同時進行なんだがな。」

村山がボソッと呟く。

「虎王の座は名人格と同レベルの価値があるなんて言ってる奴もいる。同時進行でやってられるかよ。」

虎王がここまで格を上げたのは正直なところ賞金である。名人格こそ一番だった将棋界に超段(ちょうだん)というタイトルが虎王という形で発展。賞金が名人格を超える事態となった。米永ら当時の連盟は名人格と同列という扱いで世間、棋士達を納得させた。


「虎王のタイトル戦ももうすぐ始まる。早く犯人が捕まってほしい。俺は、決断の時が、もうすぐそこに…」


検討室には河津が来ていた。孤独の棋士は、望まれないタイトルホルダーというあだ名が付いていた。世間では「人が殺されたことでタイトルを取った不届き者」と言われている。ここまで孤独な棋士である必要はあるのだろうか?

今日の検討室、挑戦者決定戦という大一番だが、河津以外に人はいない。連盟が大変な時に呑気に検討などできないというのか。


対局は序盤の鬼、村山がリード。味谷は番外戦術を繰り出しつつ受けていく。

河津が1人で検討をしていると、連盟職員が走ってきた。

「北村先生の殺人事件、犯人見つかりました!」

「それが俺に関係あるのか?」

河津はイラッとした。連盟職員は読んでいたようで

「河津王棋に警察署に来てもらいたいそうです。」

と話した。


警察に呼び出された河津は、小笠原から話を聞くことになる。

「今日、犯人が見つかったよ。場所は新宿駅からほど近い公園だ。」

「で?そいつから話聞いたんだろ?」

「いや、聞けてない。」

「早く聞けばいいじゃねぇか。俺より先に」

「犯人は、首を吊っていた。」

犯人、北村の妻は、公園内のトイレで首を吊っていた。足元には遺書が置かれていた。

「そいつが犯人ってなんでわかったんだ?」

「指紋だ。被害者の傷口に僅かながら残っていた。殆ど消されてたし、前科無しときたもんだから、犯人、探す他無かったのさ。」

この事件は、犯人の首吊りというあまりに酷い結末を迎えた。


遺書には北村志恩のことや北村駿殺害の動機が書かれていた。味谷の予想通り、夫婦間で揉めたことがきっかけであった。メンヘラは周りもメンヘラにする。妻もまたメンヘラになっていた。いやヤンデレの方が近いのか。


河津が警察署から出る頃、谷本が警察署へ入る。妻の花子も一緒に来ていた。


対局は村山が112手で勝利。勝利後のインタビュー中に犯人が見つかったことが知らされた。

「そうか、これで王棋戦、終局だな。」

村山はそう呟いた。


翌日、谷本は会長を辞任する決意を固めた。花子に内緒で。

「今日は、関西だから。」

関東以外にも対局場があり、関西で行うと嘘をついた。

「じゃ、家に帰ってきたら美味しいご飯用意しておきますね。」

花子は疑う余地無し。


ここまで来るのに相当な覚悟があった。今まで言いなりになっていた谷本が目を覚ましたきっかけ。それは皮肉なことにプロ棋士が殺害されると言う悲しき出来事。これが谷本の中にあった思い、花子と縁を切る決意を固める動力源となった。勿論恐怖はある。ほぼ確実に花子から詰められる。その時、その圧力から耐えられるか。それが今の頭の中を支配する。


対局場についた谷本はすぐ記者に対して、会長を辞任することを伝えた。早く肩の荷を降ろしたかったのもあるが、花子にバレるかもしれないという不安を消し飛ばす為でもある。結果、花子が気付いたのはその10分後だった。

勿論花子は急いで対局場へ向かう。タクシーに釣りは要らないというほど急いでいた。


対局場にいた赤島に花子は問い詰める。

「あの人はどこにいるの?」

その恐怖の笑顔は赤島をビビらせ、声を出させない。

「教えてよ、ねぇ!!」

「花子!すまない!」

奥から谷本の声が聞こえる。

「何故辞めるなんて言ったの?撤回しなさい」

側から見れば夫婦喧嘩、谷本からすれば決戦がこの場で始まってしまった。

赤島が戸惑っていると新庄がやってくる。

「北村夫妻みたいなこと、もうやめてください!!」

普段貴族と言われクールに対応する新庄が珍しく感情を露わにした。

「会長が会長を辞めると言った訳なんて知りませんが、やめると決めたのは本人です!尊重すべきじゃないんですか?」

花子の顔は変わらない

赤島は谷本が怯えているのに気がついた。谷本の肩に触れ、大丈夫です。と伝えた。

「花子、すまない。会長としてやってはならないことをしてしまった。」

谷本は赤島のお陰か少し落ち着きを取り戻す。

「何のこと?」

「一つは大事な財産である、プロ棋士を犠牲にしたことだ。いくら犯人が別だとしても、会長として責任は取らねばならない。」

「会長辞任までしなくていいんじゃないの?」

「もう一つあるんだ。そう、あの日の、河津王棋にしたこと。あの時、俺はプロ棋士としてやってはいけないことをやった。もう、花子の言いなりにはならないって決めたんだ。」

この時の音声、谷本萩原戦の中継にしっかり入っていた。河津が叩かれていた将棋界で谷本も叩かれるようになったのだ。

「俺は辞任の会見で洗いざらい話す。花子、お前とも終わりにしよう。」

ここまでの決意は狼少年になった男が信用を取り戻すための覚悟、決意だったのだ。


「そう、わかったわ。全部終わりにしましょう。」


この中継を味谷も見ていた。小春と共に。

「谷本の奴、本当に操られていたんだな。」

「この決断、大きいものだよ。」

「北村の事件で、色々な話に結末がついたんだな。」


ズレていた歯車が元に戻る音がした。

会長辞任に伴い、会長選挙が行われる。次の会長は誰が立候補するのか。

一応、第一章的なものの完結です。

これから第二章へ入っていきます。

一つの区切りですね。


谷本が会長を辞任するという話は、実はこの作品を作り出した頃から考えていました。現実世界でも谷本の元ネタである棋士は、ある事件のタイミングで会長を辞任しています。一応体調不良ということですが、その事件に対してもコメントをしています。(この事件、結構荒れる内容ですので、各自「将棋ソフト不正使用疑惑騒動」を確認してください。)この年というのは藤井七冠がプロ入りした年であり、将棋界に一つの区切りが出来た年であります。


今回の話で北村の事件が解決。谷本が辞任、花子と離婚。虎王戦は村山が挑戦と色々決まりました。

会長選挙、そして虎王戦。将棋小説っぽくして行けそうです…


番外編 明日20時で出します。

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