衝撃(前編)
刑事モノではありません。
警視庁の松岡は、事件現場へ臨場する。
その現場は非常にグロテスクで新人警官の星野が玄関で吐いていた。壁中についた血痕は、その惨状を予想するのが容易なもの。地域住民も集まり、騒がしい住宅街の、血塗られた舞台に足を踏み入れる。
「うわぁ、これは酷い。恨みがこもった刺し方だな。」
被害者の男性は、何十回も刺されていた。虚な目は開いたまま天井を見つめている。
「被害者の身元は?」
松岡が吐き終わって絶望し切った顔の星野に訊ねる。
「えっと、被害者は…」
会長の谷本は妻の花子と出掛けていた。半ば強制ではあるが。妻の洋服を決める。何十年も続いたこの日常も今日は異常だった。
「はい、谷本です。」
電話が掛かってきた。
「すぐに来てください!」
慌てた声で呼び出しである。なんだ?不正でも起きたのか?
「すまん、花子。慌てた声で呼び出し受けたんだけど」
「え?ダメに決まってるじゃないですか。私が優先ですよ?」
なんと呼び出しを無視しろとのお達しである。なんとか逃げ出したいが、花子の言葉は重かった。
「ったく、会長何やってるんですかね?」
木村が苛立っている。普段温厚な彼がここまでイライラしているのはかなり珍しい。
「すみません、会長。多分他の用事から抜け出せないんだと思います。」
誰かに説明をする。
味谷一二三、小春夫妻は家でのんびり過ごしていた。ここはまったりとした良い空気が流れている。
「小春、来週は俺は立会人じゃないから、空いているぞ。行きたがってた長野、行こうか」
「今から切符取れるかな?」
「多分大丈夫だよ、今はネットで切符が取れる時代だからな。」
ここは長野旅行の計画である。今回の目的地は白馬。アルプスの美しい街である。
「ムーンライト号なんてものが昔はあったよね」
「あぁ、俺が若い頃はあさまだったがな。横川の弁当は美味かったな。」
「新婚旅行も確かあさま号で、金沢の方まで行ったよね」
「いや、あれは白山だ。あさまの金沢版みたいな感じだな」
「あれ?そうだっけ?」
平和な会話が続く中、一二三の電話が鳴る。
「味谷さん!会長が来ないので、代わりで来てください!」
「木村か?代わり?」
「とにかく場所は…」
慌てた様子だったので、一二三は向かうことにする。
「すまん、呼び出し喰らったよ。行ってくる。」
「いってらっしゃい。気をつけてね。」
ここは呼び出し無視なんてないのだ。
河津は今日も研究である。家で1人、研究を続ける。電話なんてかかって来ないので、おやすみモードにしているが普段は意味がない。ただ今日は不在着信があった。電話番号は一応連盟は知っている。ただこの不在着信に彼は気が付かなかった。
村山は師匠の森井の家にいた。弟子たちと共に対局をしていく。梶谷湊とも何局か指していく。
「おっ、梶谷また強くなったな!」
村山が褒める。まだプロ棋士ではないので、敵ではない。いや、同門なのでライバルではあるが。
「聡くんぐらい強いんじゃないかな?」
森井が笑って話す。
「いや兄はもっと強かったぜ。師匠。」
村山が話す。梶谷は少しポカンとした。
「兄?村山さんお兄さんいるんですか?」
「あぁ、まぁいた。かな。病弱だけど俺より強かったぜ。」
「村山さんより強いってその人、神童じゃないですか!」
兄が褒められて、とても嬉しかった。
そんな中、森井の家の電話がかかる。
「もしもし、森井ですが。」
「森井先生!臨時の総会を開きます!村山八段にもお伝えください!」
臨時の棋士総会が開かれるという。
「なんだ?こんな時間に。総会?」
村山は困惑していた。
河津の家に木村は向かう。とりあえず来てもらわないと困るのである。
ドンドンドン!扉を叩く。河津は最初は気が付かなかったが、1分後ぐらいに気が付き扉へ向かう。かなり苛立っていた。
「誰だ!俺の研究の妨害をする奴は!」
「すまない!臨時の棋士総会が始まるんだ。特にお前は来てもらわないと困る。」
「あ?俺は研究で忙しいんだ。てめぇ。」
「研究どころの騒ぎじゃない!!お前の今後が決まるんだ!」
何を言っているかわからなかったが、慌てているので仕方なくついていった。途中愚痴は止まらなかった。
会長も来てもらわないと困る。木村は谷本の居場所が分かりそうな棋士に電話をしていく。
「多分、花子夫人が離さないんでしょうよ。仕方ないので、花子夫人も会館まで来て貰えばいいんじゃないですか?」
藤井が木村にそうアドバイスしたので、再度谷本に電話をかける。
「どうやら、花子も来て欲しいそうだ。一緒ならいいだろう?」
「そうね、貴方との時間が続くからいいわ。」
なんとか了解に漕ぎ着けた。
会館はざわざわと物々しい雰囲気だった。
9割の棋士が来ていた。
司会進行は木村が務めた。
「まず、今回、臨時の棋士総会を開くにあたった理由を、警視庁の松岡警部よりお話しいただきます。」
「は?警視庁!?なんでまた」
「なになに、誰かやらかしたか?」
あちこちから声が聞こえてくる。
「警視庁の松岡です。皆様、本日はお集まり頂き誠に有難う御座います。
今回、連盟所属棋士、北村駿さんが、何者かに殺害されました。」
松岡警部の言葉非常に重かった。一瞬シーンとした後に再度ざわつき始める。仕方ない。北村という1人の棋士が殺されたのだから。しかもタイトル戦を戦っている最中の棋士がである。前代未聞の現役プロ棋士殺害は一瞬で世間も騒がせる。
河津もこの言葉で何故自分が呼ばれたのか理解した。タイトル戦の今後について語るのだろう。
「今回、北村さんと関わりのあった方々には事情聴取も予定しております。」
事情聴取は河津、村山、味谷、谷本、新庄に決まった。直近のタイトル戦で関わった棋士である。
北小路や北村の家族は既にこの世にいない。妻は行方不明であり、第一容疑者である。
再び舞台は事件現場へ戻る。
「えっと、被害者は…北村駿さんですね。」
「この家の人か。」
「どうやらプロ棋士らしいですね、今タイトル戦を戦っているようで」
「こりゃ騒ぎになるな。」
松岡と星野が話していると、北村の家族などを調べていた小柳津がやってきた。
「どうやら、北村さんの家族は一家殺人事件で失っており、身寄りはないようです。ただ現在は妻がいるようで、この前結婚したそうです。」
「じゃあ、この人、結婚直後に殺されたわけか。こりゃ妻が一番の容疑者だな。」
「まぁ、一番身近な人は妻ですが、だからと言って容疑者かどうかはわかりませんよ。」
「いや、まぁそれはそうだが、普通こういう時妻とは連絡取れるだろう?」
その通りである。普通妻へ連絡がつき「駿!!」となるはずである。
「北村が殺された?」
声が聞こえてきた。小笠原光一郎刑事部長である。
「小笠原刑事部長!お疲れ様です!」
現場の刑事全員が一斉に声を上げた。
小笠原刑事部長、北村一家殺人事件の捜査を担当し、北村駿を守った男が、今日、北村駿の遺体と対面した。
「とりあえず、結婚直後ということだったな?小柳津。」
「は、はい。」
「松岡!お前は連盟へ行け。将棋棋士としてタイトル戦も出ているような人だったんだ。当然騒ぎになる。説明してこい。」
「は、はい!」
「星野、お前は俺と共に北村の妻を探すぞ。」
「刑事部長自ら!?」
「当たり前だ!この事件は俺にとっては戒めなんだ。」
時は現在へ戻る。
「事情聴取は棋士総会終了後から始めます。」
松岡は説明した。
そして木村がマイクを取る。
「この後、現在進行中の王棋戦について議論します。現在、河津五段が1勝、北村王棋は0勝でした。現役のプロ棋士が殺害されるという前代未聞の事態に現状考えているのは二つ。
一つは北村の不戦敗として、河津王棋とするパターン。タイトル戦ではこのような事例はありませんが、リーグ戦では、羽島八段の事例などがあります。今後対局予定だった棋戦は全て敗戦として扱うという方法です。この場合、タイトル戦はストレートで河津が勝利となり、河津王棋としてタイトルホルダーとなります。
もう一つは挑戦者決定戦相手の谷本浩司虎王と対局し決めるパターン。タイトル戦は実力でタイトルを取るもの、不戦敗で得るものではないと考えた場合、第1期で行われる挑戦者決定戦の2人で対局を行い先に勝った方をタイトルホルダーとするパターンです。この場合、北村王棋に勝った1勝は無効で、挑戦者決定戦で谷本会長に勝った1勝を考え、1対0で行うことになります。」
この二択、かなり意見が割れていた。普段通り不戦敗扱いとするか、否か。既に河津は北村相手に1勝している。その為問題ないという声もあった。
「どうするんだよ、タイトル戦だぞ?やった方がいいんじゃねぇか?」
「さぁな、俺らにはあんま関係ねえよ」
色々な声がこだました。
なんと北村駿王棋が殺害されました。この異常事態に連盟は混乱しています。
第一容疑者の妻は行方不明です。
残酷な描写ありとして設定した当作品ですが、これ最初は師匠の入水シーンがあるからという理由の設定でした。その後、人身事故描写など時々グロテスクな描写が入るようになりましたが、今回は書いててかなり心に来ました。惨殺ですから…
今回心苦しいこともあり、休憩も必要だと思うので、前編としました。
許してください。