王棋戦 第一局決着
第一局、この対局の結末は…
8八飛から局面は進まない。検討室ではこの後の手をそれぞれ検討していくが、どれも良さそうな手ではなかった。
「これはどうだ?」と味谷が言えば
「これで悪手だ」と村山が言う
途中で新庄は疲れたのか仮眠を取り出した。プロ棋士でも対局中に昼寝する棋士はいたりするが、なんかマイペースである。
そんな応酬を繰り返していた所、北村が5五角を指す。飛車取りの手である。
「おい!新庄!起きろ!進展あったぞ!5五角だ!北村が5五角指したぞ!」
村山が新庄を叩き起こす。新庄は結局10分しか寝ていない。そのせいか寝ぼけているようだ。
「悩ませてくれるじゃない。愛を受け入れるかは悩まないのに。愛情というのを知らないから怖く感じているんだよ?知ればわかる。素晴らしいものだって」
北村の大きな独り言が響く。
河津は無視して9八飛である。
「やはり飛車は逃しますか」
検討室では、この後の北村の手を考える。そんな中、味谷が異変に気付く。
「なんかアイツ、焦ってるように感じるんだが、気のせいか?」
村山や新庄は気が付かない。味谷だけが少しの異変に気付いていた。普段妻という存在と接していると少しの異変も気が付きやすくなる。村山、新庄は独身なので、難しいのかも知れない。まぁ味谷、北村共に男だからわかるものもある。
「アイツはメンヘラだから感情の起伏が激しい。相手を思い通り操れた時のアイツの棋力はそりゃもうトッププロだ。しかし、今日みたいな対局では、アイツは思い通り行けてないんだろうな。」
味谷の解説は続く。その言葉で村山も気がついていく。新庄はまだピンと来ない様子だった。
「6八歩」
6八歩は飛車か金で取れるが、そうすれば飛車の成り込みを呼び起こす一手である。無視すればと金が生まれ、その後持ち駒の銀と5五角が攻めてくる。
「早攻めは得というが、これは無理攻めだ。」
味谷が声を上げる。そして準備をする。立会人として向かうために。
「なるほど、3一王が最適解。アイツ、メンヘラ行動が通じないからか焦って無理攻めしやがったな。」
村山が解説に入る。ここはまだ3一王とした方が良かったのである。いくら銀と角があれど、自陣もそれなりに駒がある上、折角の飛車を渡すわけなので逆に攻められるのである。
北村がこの無理攻めに気がついたのは味谷が対局室に入ってきたタイミングである。こんなに長く続いた対局が、自分の焦りが原因で終わってしまう。その絶望感に目の前が真っ暗になっていく。
「長い夜、終焉か。意外と呆気ないものだ。」
「威風堂々も終わる。」
村山、新庄もその時を待つ。
気がつけば河津の優勢。最後は4二飛成で投了となった。
「こりゃ、小野寺だけじゃなく河津も注意深く見る必要がありますね。」
「アイツは、元々有名でもなんでもない棋士のはずなんだがな。まぁ秀才はそう言うものか。」
新庄と村山の会話も終わり、タイトル戦第一局は終局した。長い夜の終わり、感傷に浸る。
今日は宿に泊まり、次の日帰宅となる。
検討室メンバーも自腹で宿に泊まっている。
「俺、河津に声を掛けてみようと思うんだ。」
村山が新庄に吐露する。
「やめておいた方がいいに一票を。」
新庄は否定していく。
「まぁみんなそう言ってアイツと一切関わらなかったから孤独の棋士になったんだろう?羽島八段のように、勇気が必要なんじゃないか?」
「羽島誠八段は、確かに当時から孤独だったという彼を見つけ出しましたが、その後、パワハラ教育をするようになりましたよね。それまで優しい性格だった彼は、孤独と接したことで凶暴になり、最期は入水ですよ。気をつけないと」
丁寧に説明をする新庄。
「それは当時の河津が弱かったからだろう?それに孤独は関係ないさ。」
それでも村山は止められない。
「アイツは多分、このタイトル戦で、ある程度孤独から卒業できるんじゃないかな」
ホテルに戻る河津は、詰将棋を考えながら歩いていた。そこに村山が現れる。
「よう、河津。」
河津からすればびっくりものである。こんな感じで声を掛けられたのは師匠の羽島以来である。いつも声を掛けられる時は喧嘩の時だった河津はどうすれば良いか分からず「あ?」と返してしまう。
「まぁまぁ、俺は喧嘩しにきたわけじゃない。あの無理攻めに的確に対処して勝ったお前を褒めに来たんだ。」
村山は続ける。なんだこの男は、と河津は思っていた。また甘く接してきて師匠のような豹変をするのではないかと心配だった。
「まぁ俺も現役のプロ棋士だからお前とは敵だが、今日は褒めてやる。あのメンヘラ野郎を倒してくれて感謝だ。」
ペースが乱される。勘弁してくれ。人と関わらなすぎてどう接すれば良いかわからないんだ。
部屋に戻った河津は村山が何故親切に接してきたかわからなかった。もしかして自分と同じように北村も嫌われていたのか?色々考えたが答えは出なかった。
河津からあの頃の、友達が欲しいという思いは消え去っていたのだった。
翌朝、新幹線で東京に帰る。すぐに家のパソコンで昨日の対局の反省点を洗い出す。第二局は絶対に対策されるからだ。もしも3一王とされていたとしても、なんとか勝てるビジョンはあったが、運が良かっただけである。
第二局まであと1週間。それまでに対策をしていかなければ。
今日は萩原伊吹と小野寺渚の対局である。どうやら味谷と村山はこの対局も検討室へ行って確認しているようだ。本当にタフである。
「萩原は北小路や羽島、米永と仲が良く、可愛がられていたんだ。そのせいか妙に古臭い将棋を指すことがある。米永研に加入してた唯一の若手と言われてたな。」
味谷が萩原の過去を話す。
「土井矢倉はびっくりしたがな。」
村山もそれに加わっていく。
河津はそれを家で確認していく。家と検討室。場所こそ違えど検討は同じである。
一方、北村は精神が不安定になる。元々メンヘラだが、昨日の一件はかなりメンタルに来ていた。結婚したばかりの妻へDVをするようになっていく。子供ができたというのに。
「あぁ!?そんな目で見てんじゃねぇ!」
妻はひたすら耐えるしかない。子供のためにも。
北村駿の怒鳴り声は時々閑静な住宅街に響く。
そんなことも知らず対局は始まり、河津らは検討を始める。
対局は角交換矢倉であるが、筋違いではなかった。この対局はスムーズに進んで昼食時点で互角。午後に長考が入るようになった。
「小野寺も最近吹っ切れたような気がするんだよな。」
味谷が話す。
「まぁ中学生棋士だし、そうでなきゃな。」
村山も答える。
「最近、悩み事を抱えている棋士が多いんだ。中野もプロ入り直後の重圧で悩んでいたみたいだし、藤井曰く、白河も対人関係で悩むことがあって、最近勝ててないようだ。」
「それらを解決するシステム、考えないといけないということか。」
最近、悩み事がある棋士が増えている。これはかなり大変なことである。羽島の入水以降、対策は叫ばれてきたが、いまいち進捗が見られない。効果がないのである。
「河津ぐらいメンタルぶっとければ、まぁ良いんだろうけどね」
そんな河津は家で研究。メンタルは強い。
「第二局、次も勝つ。」
さてようやく第一局が終了しました。大変でした。
異世界の方を観た方でしたら新庄が寝ている間の出来事がわかると思います。まぁ異世界の方は異世界の方。こっちはこっちで別ですので、そこはご安心ください。
村山がついに河津に声を掛けました。敵ながら孤独から救い出す手になるのでしょうか?最近は現実世界のタイトル戦も次のステップへ進んでいます。河津も次のステップへ進む時なのでしょう。