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8話

 次の日の朝だった。

「さあ、今日も鍛錬するよ」

 朝一番から意気の上がる母ライカへ続き、俺は村外れの修行場所へと出発した。

 魔装を覚えて、俺は一段階強くなったような気がしていた。それがやる気を起こしているのか、自分の足取りがどこか力強く感じた。

 そんなやる気の中、家から数十メートル歩いたところで、小さな影がこちらへ歩いて来るのが見えた。

「お、アディじゃないかい」

 その母の声に薄っすらと反応を見せる彼女、アディは大きな手提げ籠を両手で抱えていた。

「持つよ」

 俺はアディへ駆け寄り、その手提げ籠を持ってあげた。そこには大量のモロウが入っていた。やっぱ、見た目はまんまトウモロコシだ。

「リデル、やるね」

 母が何やら含んだ笑みを浮かべていた。なんだろ? 重そうにしてたから、持って上げただけなのに。俺の方が力あるし。身長は、まだ小さいけど。

「それ、レオ父さんから。カザク家へって」

「へぇ。ありがとね、アディ」

 そう言って、母はアディの頭をガシガシと撫でた。おかっぱボブ幼女の表情は変わらなかったけど、コクリと頷いていた。そう言えば母さん、俺にはこの撫で方しないな。でも、もっと強烈な愛情表現するけど。

「リデル、何故最近ウチに来ない?」

 アディが大きな目を向けて来た。言葉は淡々としてて表情は変わらないのに、何故か刺さる。

「えっと、母さんに稽古をつけてもらってるんだ。戦士になる為のね」

「……リデル、戦士になる……アディがあんなこと言ったから……まだ小さいのに」

 あれ? 責任感じちゃってる? でも、小さいのには余計だ。

「アディ、オニ族の子はね、小さい頃から戦士になる為の修行をするもんなのさ。リデルは天才過ぎて、それを始めるのが早くなっただけさ」

「……そう、リデルは天才……」

 この無機質さ。母とは違ったむず痒さを感じる。

「アディはどう? 読書は進んでる?」

「普通の本は全部読んだ。今は魔法書読んでる」

「……え、すごっ」 

 俺は思わず素で言ってしまった。村長の家にある蔵書は千冊は下らない。それを読破したのか? 早過ぎる。

「この村は凄いね。天才児が二人もいる。これは将来楽しみだ」

 そんなことを言う母ライカへ対して、アディは首を横へ振っていた。

「アディは天才じゃない。ただ、本が早く読めるだけ。魔法だって、つい最近簡単なの出来るようになった」

 いやいや、君こそが天才だよ。俺のはチート。ズルだから。

「魔法が使えるようになったのかい! そいつはたまげた」

「うん。今日は、ライカ姐さんと、リデルに魔法を見せに来た」

 アディの口調は相変わらず無機質だったけど、どことなく表情が緩んで見えた。自慢しに来たのか。子供っぽくて可愛いとこある子だ。

「アディの魔法か。そいつは是非とも見たいね」

 母の眼差しはどこか真剣だった。お絵描きを自慢げに見せて来る幼子をあやすような笑顔はない。アディの力を見極めたいのかな?

「うん。見てて」

 アディは、早速とばかりに道脇に生えていた一本の樹木へ目を向けた。その表情は乏しいままだけど、今の俺には魔力の流れで多少分かる。一瞬で集中状態へ入った。本当にこの子いくつなんだろ? 俺は息を呑んだ。

 一陣の風が吹いた。髪を揺らす程度の微風だ。しかし、木へぶら下がっただけの一片の葉を落とすには充分だった。アディがそれの動きへ合わせるように、ゆらりと手を動かした。

空弾エアバレット

 アディの指先から弾けた音がした。と思うと、木の葉が空へ高く舞い、再び落ちた。地面へ伏せたそれには、小さな穴が開き微かに白い煙を上げていた。

「……ほへぇ」

 なんか、自分でも訳分からないおかしな声上げてた。

「凄いじゃないか、アディ!」

 呆気に取られる俺の横で、母がすかさずおかっぱボブ幼女の頭を撫でていた。これって、舞い落ちる木の葉を魔力の弾丸で撃ち抜いたってことでいいんだよな。

「今のアディ出来るの、これだけ」

「確かに、空弾エアバレットは初歩の攻撃魔法さ。だけど、狙って舞い落ちる木の葉に命中させるなんて中々出来るもんじゃない。魔法式覚えるだけじゃなく、法理も理解して、更に魔力制御も出来ている証拠さ。もちろん、独学だよね?」

「うん。この村に魔法使い、いないし」

 アディは相変わらず淡々としている。この年頃ならもっと自慢げにしててもいいのに。でも、母さんの言っていることってどのくらいの難度なんだろう? 俺には魔法の知識がないに等しいから計りかねない。エアガンで葉っぱ撃つのも難しいから、かなりのものだろうと思うけど。

「あの、魔法式とか、法理って何? 魔法を使うのに必要なのは分かるんだけど……」

 質問する俺に、アディはまっすぐで無機質な眼を向けた。

「法理とは、その魔法がどんな過程を経て事象として影響を与え得るかと言う理論。空弾の場合だと、指先に風を高密度に圧縮させて弾丸を作り出し、更にそれを取り囲むように筒状の気流を生み出し、魔力でその弾丸を射出する。簡単に要約したけど、これが法理」

「魔法ってのは、魔技より発動は簡単さ。なんたって魔力言語で書かれた魔法式を頭の中で思い浮かべるだけでいい。あとは必要な魔力だの、属性体だのは勝手に動く。でも、不思議なもんでね。法理を理解するとしないとでは、魔法の精度に雲泥の差が出るのさ」

「なんか、ものすごく頭使いそうだね」

「そうさ。魔技は肚で練る。魔法は脳で廻す。ってね。魔技は肉体の頑強さや身体操作の素養を持つ者が得意とするけど、魔法は記憶力や論理的思考力みたいな頭の使い方が上手い者が得意とするよ」

 母ライカの説明に、アディはコクリと頷いた。この子なんでもないって顔してるけど、それが余計に才能の底知れなさを感じさせる。

「アディはリデルのパーティーメンバーには申し分なしだ。こいつは本当に、将来楽しみだよ」

「パーティーメンバーか……」

 冒険者になるのは確定したようなものか……。

「だけど、いくらアディが天才でも独学はいけないね。レオナルドに言って、早急に師となる魔法使いを呼び寄せてもらわないとだね」

 母さん意気揚々としてる。きっと、変化や成長に対して前向きなんだろう。そんな母、好きだ。


 修行の日々はあっと言う間に過ぎた。

 辛くはなかった。母の教育方針が良かったんだろう。鍛錬に、血と汗の滲む努力に根性みたいな臭いはなかった。なんでも、オニ族は基本的に享楽的な種族で、そう言ったものは嫌いなんだそうだ。疲れて集中力が続かないと判断されれば早々に切り上げられたり、厳しめの鍛錬の後には必ずご馳走が待っていた。集中とご褒美か。考えてみれば、凄く合理的な修行だ。

 修行は基礎ばかりやっていた訳じゃない。廻冥の森へ入り、弱い魔物討伐をすることもあった。ヨツメウサギと言う繁殖力の強い魔物がいて、こいつらがよく畑の作物を食い荒らすらしい。村長レオナルドは、その駆除の仕事を俺達親子に回してくれた。

 ヨツメウサギは、その名の通り四つも目があって視野が広く、ウサギだけあって素早い。それを徒手空拳で狩るんだ。かなり動きを読む特訓になった。また、その魔物の毛皮は肌触りもよく、意外と高値で売れた。定期的にしなければならない仕事なので、俺の実践訓練にも母の収入面にも役に立った。

 時折、アディが駆除の仕事に加わってくれた。いまだに、彼女は魔法を独学で修練していた。それでも新しい魔法を覚えたり精度を高めたりと、その天才っぷりを見せつけてくれていた。俺はこれなら師匠はいらないんじゃないのって思ってたけど、彼女が魔物を仕留めても首を傾げたり何処か納得のいかない様子だった。母ライカに言わせると、良い師がいなければ早熟なだけの普通の魔法使いで終わってしまうらしい。百戦錬磨の七つ星冒険者が言うのだから、その通りなんだろう。

 アディの師匠となるような魔法使いは見つからないのだろうか? 天才の力を更に引き出すような人は中々いないのだろうが、時間がかかり過ぎている。彼女の才能が潰れていくようで、なんだかこっちが辛くなる。

「心配はいらないさ。アディの先生は、とびっきりの魔法使いが来る予定さ。道中長いし、まあ、あいつの性格だから、かなり遅れてるみたいだけど、もうすぐ着く頃だろう。それより、リデルは自分の心配をしな。いつあのシルバーウルフが現れてもおかしくないよ」

 そんな母の予言めいたことは、すぐには現実にならなかった。まあ、すぐ、の解釈には個人差がある。明日の人もいれば、一ヶ月先の人もいる。この世界は現代日本よりもゆっくり時間が過ぎてるから、数年先なんてことも有り得るか……。

 ヨツメウサギ狩りは、一ヶ月ほどで難なくこなせるようになり、少し森の奥へ足を伸ばすようになった。ジャイアントボアっていう見上げるほど巨大な猪や、テツゲザルなんて硬い毛皮を持つ猿、フラッシュベアっていう口の奥を発光させ獲物を怯ませる熊。そんな魔物達へ出会う度にその殺気に震えたし、母ライカに頼って倒すしかなかった。でも、同時に何故かワクワクするのを感じた。

 血が全身を激しく巡って電気が走るようにビリビリする。これがオニ族の血か。そして、これがオニ族が持つ力、雷の力だ。

 俺は気付くと雷を操って魔物と闘っていた。それを見た母さんの喜びっぷりときたら……かなり恥ずかし過ぎて語れない。

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