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8話



 あの戦いから一週間経った。俺は丸三日眠ったまま目を覚まさなかったらしい。


 アディのお陰だろう。体の傷は癒えていた。ルドウィクに空けられた右胸の穴も跡は残ったが塞がっている。なのに、体は重かった。筋肉や骨が上手く言うことを聞いてくれない。魔力も思い通りに練れない。闇神の声もあれ以来聞こえない。


「それ、神威融合ディヴァイン・フュージョンの代償。お師匠が言ってた。当分の間、無理に動いちゃダメ」


 そんなアディの忠告に従っている。村長レオナルドとその養女のお世話を受けて、俺は一日を寝て過ごしていた。なんだか、前世の病床を思い出す。そんな記憶なくていいのに。


 ベッドに寝転がり、天井を見詰める。小さく縮んだ人間無骨を掲げる。アディがルドウィクとの死闘の合間を縫って拾ってくれたらしい。


 涙が溢れて来る。前世の記憶のせいじゃない。今世の母との思い出のせいだ。それはもう、積み重なることはないんだ。


 あいつだ。あいつらのせいだ。母さんの命を、俺の人生を弄びやがって。悲しみと憎しみが混じり合った黒い炎の燻りが、俺の臓腑をじわじわ焼いていた。


「おい、村長来てくれ!」


 村人の一人が無遠慮に家戸を開けて叫んだ。その様子から、唯ごとではない。村長レオナルドもそう思ったのだろう。すぐさま家の外へ駆け出していった。


「魔物が出たのかな?」


 俺はベッドから起きてアディへ話しかけた。彼女は杖を持って出かけようとしていた。


「そうかもしれない。アディもいく。リデルは寝てる。いい?」


「え……うん」


 おかっぱボブっ子にキツく言われてしまった。アディは廻冥の主戦を通して、急に大人っぽくなったような気がする。やっぱり、死地を経験すると急成長するのかな。


 俺は言われた通り、ベッドへ戻った。だけど、外の村人達が騒がしい。魔物が出たなら、戦闘が出来る者以外は家の中に閉じこもるはずだ。これ、魔物じゃない。俺は再びベッドを出ると、重い体を引きずりながら外へ出た。そして、村人が集まっていく方向へ歩く。広場だ。そこで何か起こっている。


「そんな……」


「あんな姿になって……」


 広場では、そんな言葉と共に悲しみの表情を浮かべ、泣いている者もいた。


 人だかりの向こうへ、黒いローブを纏った一団がいた。魔法使いだろうか。騒ぎの原因はこの人達が運んで来たのは間違いなさそうだ。


「おい……リデル」


「いや、いかせてやれ……」


 俺を見留めた村人が悲しい顔を向ける。何だ? 俺に関わること? 働かなくていい勘が働いてしまう。待ってくれ……そんな、まさか……。


 俺は村人をかき分け進んだ。何人も話しかけて来たけど、何言ってるかまるで分からなかった。理解したくなかっただけかもしれない。


 魔法使いの一団の足元に長方形の箱が見えた。大人一人の……長さだ。その箱を見下ろしながら、村長も、アディも、涙を流していた。


「リデル……」


 村長レオナルドは俺の名を呼んだ切り、言葉を呑んだみたいだった。


 黒い箱の中へ、胸の前で手を組んで横たわった、人がいた。


「……母さん」


 手を伸ばしてその頬へ手を触れる。冷たかった。母ライカ、だった。眠っているかのようだった。でも、魔力が肉体を巡っていない。亡骸だ。周りへ色取り取りの花が敷き詰められて、滅紫の鎧を着させられ、化粧までされて、その死が彩られていた。


「死因は?」


 俺はそれを知っているであろう誰かに向けて聞いた。言葉が周囲を彷徨っているのが分かった。しばらくの沈黙の後、一人の魔法使いが口を開いた。


「顛末を目撃した者の証言によると、魔技だ。胸を貫かれ、心臓が消失している。犯行に及んだのは、ルドウィ……」


 村長レオナルドが、その魔法使いの肩に手を置き首を横へ振った。それ以上言わなくていい。その名前の欠片を聞いただけで、腑が煮えたぎった。あの光の技か。


「ありがとうございます。政府の方々ですよね? あなた達が、母の肉体を腐らせないように、魔法で冷やし続けてくれたんですね」


「あ、ああ……そうだ」


 俺はどんな顔をしてたんだろう? 泣きか、怒りか、笑いか。きっとグチャグチャに混ざってたんだ。周囲の困惑した顔で分かった。


 

 その後、村外れへ母ライカの墓が建てられた。石の墓標だった。母が入れられた棺桶はその元へ深く掘られた穴へ入れられ、土を……幾重にも被せられた。


 村のみんなが祈ってくれて、花まで沢山飾ってくれて……遠い何処かの出来ごとみたいだった。


「リデル、そろそろ帰る。風も冷たくなって来た」


 アディの声で気付いた。日が落ちかけていた。俺はずっと母さんの墓の前で、立ち尽くしていたらしい。村人達は家々に帰ったのだろう。俺達二人だけだった。


「アディ、俺は……俺はどうしたらいいの?」


 自分でも何を言っているんだろうと思った。


「……リデルの心に従えばいい」


「俺の心……」


 それは酷くグチャグチャだった。流れて、渦巻いて、従おうにも形が分からなかった。


 その時、森から音が響いて来た。何か重いもの、金属か。それがズルズルと引き摺られている音だ。


 森から現れた影を夕陽が照らした。銀色の大きな誇り高き彼だった。ゼルだ。このシルバーウルフは、咥えた白く長い獲物を地面へ擦り付けながら歩いて来る。威光に対する彼なりの冒涜にも見えた。音の正体はこれか。


「ゼル、それは……」


 白く長く分厚い刃。ルドウィクが握っていた大剣だ。


「クレイヴ・ソリッシュ。勇者キュクレインが振るっていた、そして、あの人が振るっていた、魔剣」


 アディが静かに呟いた。


 ゼルは首を振り上げ、咥えていた大剣を空へ投げた。それは弧を描いて飛び、母ライカの墓標の隣へ突き刺さった。


「……何をするんだ、ゼル?」


「ソノ剣ヲ見テ何ヲ感ジル?」


「え……」


 俺は白く輝く刃を見詰めた。美しく、威厳を放ち……憎悪を掻き立てやがる。あいつがこれで俺を、母さんを……。俺は拳を固め、ギリギリと歯軋りをしていた。口の中へ血の味がした。


「憎い……憎いよ。止められないくらい、憎いよ。でも、でも……母さんは、きっと……」


 俺の頬を涙が流れ続けていた。


「我ハ、復讐スルゾ。父ヲ、森ヲ、弄ンダ奴ラニナ」


 そうか、ゼルもエンペリオンの計画の為に運命を翻弄されたんだ。憎しみを抱き、復讐を決意するくらいに。


「アディ、また少し記憶戻った。遠くからでも分かった。氷使いのあの人、アディの記憶の中にある」


「氷使いって、ダリアのこと……そうか。なら、アディもエンペリオンに……」


「アディにも理由が出来た。リデルがそっちへ進むのなら、アディもそれを助ける」


 アディの口調はいつも通り淡々としていた。でも、その眼は強かった。


「あいつの……ルドウィクの執念は呪われてる。別の姿になっても、必ず、俺の前に現れる。その時、俺は、殺意を抑えきれないし、抑えない」


 それが、俺の心だった。母さんならきっと、仇なんて余計なもの背負うなって言うだろう。でも、この想いからは逃げられない。ルドウィクもエンペリオンも、俺が避けてもやって来るだろう。


「アディも、ゼルも、力を貸して欲しい。俺一人じゃ、あんな奴らに対抗出来ないから」


「ソレハ我モ同ジダ。オ前達ヲ精々利用サセテモラウ」


 言葉はキツかったけど、ゼルの眼は何処か優しげだった。


 アディは無言で掌を組んで、母ライカの墓標へ祈った。ゼルもそれに倣ってか、眼を閉じて頭を下げた。二人へありがとうと言いたかった。でも、それは今じゃない。全部終わってから言おう。


 俺も祈る為に掌を組んだ。


(違うぞ、リデル)


 突如、俺の頭へ闇神の声が響いた。


(祈りとは、神へ向けて願うことだ。お前は祈る必要がない。何故なら……)


「そうか、そうだった。……俺達が、俺が、神だ」


 これも背負ってやる。俺は拳を固めて、胸の真ん中へ触れた。




                                       (了)

ーー第1巻完ーー

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