表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/38

7話

 廻冥の森へ入って三日が過ぎていた。森の奥地へ行けば行くほど木々はビルのように高く太くなり、それらが広げる枝葉の隙間から地面へ差し込む日の光は弱々しくなっていった。

 ここまで魔物の襲撃はなかった。魔力の流れで隠れ潜んでいるのは分かる。でも、そこまで魔物達が恐れ慄いているのは、廻冥の主に対する恐怖が先祖伝来で受け継がれてしまっているかららしい。前世で言うと、DNAに擦り込まれてしまっているってことか。

 あの黒い獣も再びやって来ると思っていたけど、エイラ云く「弱りかけより、活きのいいの食べたいでしょ」って理由らしい。きっと廻冥の主は自分に向かって来るご馳走を楽しみにしているんだろう。

「よし。じゃあ、ここで準備しよっか」

 エイラが立ち止まって言った。木々の根も岩石もなく、比較的平坦な場所だった。見上げると巨木が枝葉で手を組み合って、さながら樹木のドームのようだった。

「お師匠。廻冥の主、もう来る?」

「そだね。まっすぐこっちに向かって来てる。あと、一時間ってとこかな。リデルちゃん、地面に耳当ててみて」

 俺は頷きエイラの言う通りにした。耳へ、仄かな冷たさと湿り気を感じると共に、一定の間隔で繰り返される振動が伝わる。それが徐々に大きくなっているような気がした。

「振動……地鳴りだ。これって……」

「うん。廻冥の主の行進だね。結構デカくなってる。でも、今回は対処が早いから、二百年前に比べるとずっと小さいよ」

「そっか、廻冥の主は食べるほどに大きくなるんだ」

「その通り。廻冥の主の特徴その一。まずそのデカさ。そして、それは同時に強みの一つでもあるよ。半端な攻撃じゃ意に介さず、巨大さ故の大質量で押し潰す。攻防にその特徴が活かされるのは基本かな。しかも、たくさんの魔物と獣を食らっているから魔力密度も高くて見た目以上に重いよ」

「重さとデカさはそれだけで凶器ってことか」

「でも、それは同時に弱点。大抵は巨大さ故に動きは遅く、回避行動も取り辛い。支える地盤が弱くなれば更にそれは顕著になる。ここら辺一帯に泥濘の魔法をかければいい」

 アディが地面を指差す。そうか、それで廻冥の主の動きを奪うんだ。

「そだね。おそらく、それだけで本体の動きは封じられるよ。でも、特徴その二。あいつ分体を作れちゃうんだよね」

「二日前の黒い獣だよね」

「うん。実質、それが奴の攻撃の主体だと思ってくれていいよ。しかも、今度はこの前より桁が一個、下手したら二個違う数の分体が襲うかもしれないね」

「そんなに……」

 二日前の黒い獣は数十はいた。ってことは数百……数千ってことか。

「そして、最後特徴その三。極大質量の魔力放射だね。ドカンと一発で、村や街が蒸発しちゃう。それの直撃受けたらまず命はないね」

 俺はズートリヒで母ライカと戦った上級魔族を思い出した。魔力放射ってあいつが口から放ったあれだろう。

「じゃあ、それを撃たせないようにすればいいんだね。でも、どうすれば……」

「逆だよ、リデルちゃん。先に撃たせちゃうの。二百年前はあれに苦しめられたからね。もしまた、相対する時の為にここへ仕込んでおいたんだ」

 エイラは背の世界樹の杖を手に取ると、それを地面へ突き立てた。

深淵断界アビス・ディヴァイド

 エイラの杖の石突から鈍い光の波紋が広がる。すると、魔法式が描かれた巨大な円陣が地面へ浮かび上がり、それが緩やかに回転しながら上昇していく。低い和音が耳の奥で鳴っているのは、これが奏でているからだろう。

 円陣が樹木のドームの天蓋を突き抜けて更にその上空へ達する。かと思うと、それが一気に広がりパッと消えた。

「お師匠、あれは空魔法?」

「そう。魔力を伴った攻撃なら、空の狭間の更に奥にある深淵へ流し込んじゃう。そんな魔法をここ一帯広範囲に張ったよ。これで街を蒸発させちゃう魔力放射も一撃だったら平気」

「……すご」

 スケール感バグる魔法だ。

「廻冥の主の魔力放射って短時間で連発出来ない上に、魔力消費も半端ないんだ。一回撃てば弱体化間違いなし」

「そうか、だから先に撃たせるんだ。でも、どうやって?」

「二百年前のパターンだと、廻冥の主が脅威だと感じるような強い個の集まりに向けて撃ってる。それで、王国の精鋭騎士団や上級魔法使い部隊なんかが壊滅させられたから。廻冥の主は、精神操作やデバフみたいな絡め手は使ってこないと同時に、その類は全く効かない。で、単純な質量や数の力で押してくる。そんなのに一番対抗し得るのは、何だかんだ言って単純な質量や数だからね」

「強い個の集まり、軍隊が必要ってことか。でも、この場には俺達だけだし……いや、エイラさんの精霊魔法を使えば」

 俺がそう言うと、エイラからニッとした笑顔が返って来る。

「リデルちゃん正解。二百年前この魔法の練度が高ければ、もっと楽出来たんだよね」

 エイラは再び世界樹の杖を地面へ突き立てる。途端にその周囲へ光の粒が粉雪のように舞い出した。

小さき精鋭軍団タイニー・プラエトリアニ

 笑い声が木霊する。子供のような、小鳥のような不思議な声だった。同時に、エイラの周りを舞う光の粒達が煙を上げながらポンポンと弾けていく。モクモクと上がる煙の中で無数に蠢く影があった。

「フッ」

 大賢者エイラは、短く鋭い息吹と共に、世界樹の杖の石突で高らかに地面を鳴らした。すると一瞬で煙は消え去り、そこにはキラキラした眼をした人形の群れがあった。戦士のような剣や槍、魔法使いのような杖、狩人のような弓矢。各々が武器を携えた人形達だった。一つ一つの大きさは人間の三分の一程度だけど、数は数百はいる。それらが奇声を上げて地面を走り回ったり、空中を飛び交ったりしていた。

「これが、精霊の軍団……」

 アディが唖然とした表情をしていた。あまり見ない顔だ。パッと見、カワイイ人形をたくさん召喚する魔法にしか思えないけど、きっととんでもなく高度な魔法なんだろう。

「そだよ。精霊達に物理的な肉体を与えて兵隊にしちゃう魔法。まあ、原理は魔族に近いかな。超高密度の魔力体だね。って、それより、この子達元気過ぎるな。はいはーい! みんな、集まって整列ぅ!」

 エイラが声を上げると、精霊達は瞬く間に集まり隊列をなした。ただ、そのお喋りは止まない。小鳥の囀りのようなガヤが森へ木霊し続けていた。

「ちょっとうるさいのが玉に瑕なんだけどね。でも、頼もしい子らだよ」

「うん。分かるよ。一人一人の戦闘力は並の冒険者以上だと思う」

 精霊の兵隊達の肉体へ宿る魔力だ。それが甚大であることは魔力の塊の体なのだから当たり前だろうけど、流れに澱みがない。個体によって差があるが、レオナルド村長に匹敵するかそれ以上の兵士も多くいるように思えた。

「リデルちゃんも魔力の読み方上手くなって来たんじゃない? 廻冥の主もこの子達へ興味を示してるみたいだね」

 エイラが手を庇にして遠くを見た。

「そんじゃ、早速主さんにドデカいの撃ってもらおうかな。はーい、みんな! 魔力高めるよ。俺達はここにいるよって!」

 大賢者の合図で、精霊達は息吹を発し始めた。それが昔のバトルアニメでよく観た「はああぁ!」って気合いを高めるやつで、ゴッコ遊びする子供みたいで可愛らしかった。でも、立ち昇る魔力は凄まじい。空間がキラキラ輝きを帯びて軋んでいるようだった。

「向こうからも、ものすごい魔力が立ち昇ってる」

 アディが森の奥を指差した。確かに、俺も感じる。その発生源は遠くだと分かるのに、側で炎を突きつけられているようだ。地鳴りと振動が起こり始める。森の中を無数の影が駆けていくのが見えた。廻冥の主を恐れて隠れていた獣や魔物が逃げ出しているのだろう。

「反応速いね。それだけ脅威だって感じてもらえたかな。来るよ。一応、耐衝撃姿勢しとこっか」

 その場に伏せて頭を抱え、口をわずかに開く。エイラと俺とアディはその姿勢を取ったけど、精霊の軍団は凛々しく立ったままだった。

「うひょう! 来る来る! 来るよぉ!」

 エイラが奇声を上げた次の瞬間だった。激烈な閃光に包まれた。一拍子遅れて轟音と激震がやって来る。これが、廻冥の主の極大魔力放射! 何が起こっているのか分からなかった。閃光が凄まじ過ぎて、瞼を閉じても眩しい。全ての音が轟音に掻き消されて、誰が何を、自分が何を叫んでるのすら分からない。激震で、左右も天地も逆さになっていたとしても分からない。大丈夫なのか? エイラの深淵断界アビス・ディヴァイドはちゃんと機能しているのか? もしかしたら、俺は既にこの世にいないかもしれない。そんな想いが頭を埋め尽くした。

「すごい……」

 隣からそんなアディの呟きが、聞こえる? 俺はゆっくり目を開けた。閃光の残像が消えいくと同時にそれははっきりと見えた。巨大な円陣だ。魔法式が描かれた、宙に浮かぶそれに包まれていた。

「イエィ、成功」

 ドヤ顔したエイラが仁王立ちして腰に手を当てていた。

「生きてる、俺達……」

 巨大円陣がパラパラと消えていくと、回廊のように道を開けた森が見えた。黒焦げてあちこちから白い煙が上がっている。廻冥の主の極大魔力放射に消し飛ばされたんだ。でも、俺達へは大賢者の深淵断界アビス・ディヴァイドにより届かなかった。あれだけの魔力の塊が空の狭間の更に奥の深淵へ流し込まれたのか。目の前でそれが繰り広げられたはずなのに、俄かには信じられなかった。

「はーい、みんな! すぐに対敵準備だよ。今ので廻冥の主の私達へ判定が、捕食から脅威に変わっただろうからね」

 極大魔力照射によって見通し良く開けた森の向こうで、影が蠢くのが見えた。あれが廻冥の主の本体か。まだ数キロは向こうなのに、あれだけの魔力の塊を放ったばかりなのに、その凄まじい魔力が直に伝わって来るかと思えるほど巨大だ。

「その前に……いつまで隠れてるの、ゼルちゃん!」

 エイラが叫ぶと、シルバーウルフのゼルが巨木の上から飛び降りて来た。いつから潜んでいたんだ。今回も全く気付かなかった。

「ヨク気付イタナ。イツカ、貴様トモ手合ワセシタイ」

「ん~、そゆのやってないんだよね。それより、君も手伝ってくれる? やっぱ一人じゃあれ止められなかったでしょ?」

「悔シイガ、ソノ通リダ。アレハ魔物デアッテ魔物デナイ。コノ世界ノ理ヲ犯シタ何カダ」

「ほお、なるほど……理をね。なんで今まで気付かなかったんだろ。そんなこと出来るの先生だけだって思ってたからな……」

 大賢者が顎に手を当てて考え込んでいた。真剣な顔だった。あまり見ない表情だからか、ゾクっとした。今気付いたように思う。とんでもない美人だ、この人。

「あのエイラさん、どうしたの?」

 何故だか声をかけずにいられなかった。すると、エイラの顔へいつもの天真爛漫な光が戻った。

「いや、ね。私もまだまだ未熟だなってさ。ありがと、ゼルちゃん。新たな視点を得たよ」

「ウム」

「お師匠が、未熟?」

 アディと同じことを、俺も思った。三百年生きた大賢者の称号を持つエイラが自らを未熟だなんて、鍛錬に終わりはないんだな。

「そんじゃ、作戦ね。まず、私とアディちゃんでデッカい泥濘仕込むよ。分体がもうすぐ来ると思うから、リデルちゃんとゼルちゃんと精霊ちゃん達で私達を守護ね。で、本体やって来たらアディちゃん泥濘発動、精霊ちゃん達はそのまま分体を迎撃」

 アディが頷き、精霊の兵団が「おぅ!」と甲高い声を上げた。

「で、肝心の本体が厄介なんだ。倒す条件二つあってね。その一、核となる魔物を倒さなきゃいけない」

「確か、この森で一番強い魔物へ憑依してるんだっけ」

「そう。で、その核はおそらく肚の位置にあるよ。そこへは私の魔法で道開くから、リデルちゃん、アディちゃん、ゼルちゃんの三人で倒してね」

「我ダケデ相手ヲシタイトコロダガ、ソウモ言ッテイラレナイヨウダ」

 ゼルって単なる戦闘狂の魔物ってわけでもないんだ。

「んで、倒す条件その二なんだけど、それは私が担当するね。三人が核となる魔物を倒して脱出した後、残った憑依体である影を一度に大喰らいの精霊に食べさせる。それで終了」

「だったら、最初からその大喰らいの精霊に核ごと全部食べてもらえばいいんじゃないの?」

「そう。二百年前の私も、リデルちゃんと同じこと思った。んで、実行したの。でも、結果は失敗。数日後にまた廻冥の主が現れた」

「……廻冥の主は呪い。呪いの解除には条件が付き物。もしかして、その条件の一つが核と憑依体である影の分離?」

「さすがアディちゃん、大正解! 正確に言うと、核と影を分離したって事象が必要なの。んで、残った影の消滅も必要」

「それは、ややこしくて、厄介だね……」

「でしょ? この呪いを作った古代の大賢者って、本当性格悪いよ」

 大賢者エイラが二百年前に廻冥の主と戦ってくれて良かった。こんなの答えを知っていて対策立てていなかったら無理ゲーだ。

「って言ってる間に来ちゃったね」

 エイラでなくても、俺にも森の回廊の向こうで小さく動く影がいくつも見えた。今度は姿を隠していないのか。その分この前戦った斥候の分体より戦闘力が高いのだろう。魔力量が段違いだ。

「その前に、やっぱ奥の手必要だよね。リデルちゃん、ちょっといい?」

「え? うん」

 エイラは俺の眉間へ掌をおいた。触れた手は柔らかいのに、凄まじい魔力の高まりを感じる。

「神霊魔法。神威融合ディヴァイン・フュージョン

 その瞬間、魂の奥底の闇神が巨大化した。と同時に俺の血肉へ溶け込む。これはイメージか? いや、そうとは思えないほどに感じる。闇神の力が俺の肉体へ流れ込んで来る。

「エイラさん。この魔法って……」

神威融合ディヴァイン・フュージョンは神の力を肉体へ宿す魔法だよ。本当は長い言霊やらの儀式が必要なんだけど、リデルちゃんの魂には闇神さんが合一されてるからね。割と簡単に出来ちゃう。効果は、まあ、超絶能力向上ってところかな」

「うーん、肉体の力が多少上がったような気はするけど、超絶能力向上とか言われるとそうでもないかな」

「それはまだ繋がっただけだからね。融合し、リデルちゃんが闇神さんで、闇神さんがリデルちゃんになるには宣言することが必要なんだ。『我、神なり』ってね」

「我、神なり……あ、言っちゃった」

「大丈夫。闇神さんとリデルちゃん、同時に宣言しないと発動しないから。だけど、本当に強力だから注意して。オニ族の肉体でも途轍もない負荷がかかると思うから。使うのは、もうダメ、このままだと死んじゃうって時だけね」

「だから、奥の手。それだけ状況ひっくり返す力があるってことだね」

「その通り」

 死にそうな時か。そんな状況想像したくないな。

(フン。神霊魔法。神を隷属化させる、絶対悪の力か)

 闇神の声がいつもより近くに聞こえた。

「そんなこと言わないでよ、闇神さん。神霊魔法は飽くまで神と人が対話可能になる力だよ」

(そんなことは分かっている。神と対話、対等の時点で悪なのだ。だが、悪とは、あいつ目線の話だ。俺は、それの全ては否定せん)

「もう。ややこしくなるから、その話止めね」

「……お師匠、聞こえる。これが、闇神様の声?」

 アディが大きな眼を更に見開いていた。

「え? アディ、聞こえるの?」

「そう。これから何かと必要な場面もあると思ってね。アディちゃんにも聞こえるようにしておいたんだ」

(ほう。面白い。早々とその女児を後継としたか。遊歴の大災厄よ)

「はいはい、その二つ名で呼ばない。色んな事態を想定しとかないと。私、一応大賢者なんで」

 どう言う意味なんだろ? 不穏な想定にも感じる。アディも俺の横で首傾げてたし。

「貴様達、何ヲ話シテル? モウ奴ラガ迫ッテイルゾ」

 ゼルの鋭い声を上げ走り出した。見ると、廻冥の主人の分体である黒い獣がすぐ側までやって来ていた。この前よりも一回り大きい体躯の集団だ。

「いっけない。じゃ、みんな手筈通りにね!」

 エイラが駆け出し、それを守るように精霊の兵団も動き出した。

「リデル、アディも行く」

 おかっぱボブっ子が大きな瞳を向けて来る。その奥に強さを感じた。

「うん、護るよ」

 俺もそれに応えて深く頷いた。肚の底を震えさせるのは、廻冥の主の足音への恐怖か、それとも言葉への決意か。入り混じった感情で進ませた脚が重く地へ沈むようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ