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4話


 その夜、木々の合間を静かに流れる小川のほとりでキャンプを張った。キャンプと言っても木の枝と枝の間に分厚い布を張って夜露を凌ぎ、焚き火で暖を取る程度のものだ。

 食事は、持って来たモロウの粉を水で溶いて練り、それを団子にして焼いたものだった。シュバルツ村ではよく食べたれている料理だ。エイラが隠し持っていた霊山で採れた珍しい岩塩を混ぜ込んで作ったからか、普段と違う環境の新鮮さか、素朴な焼きモロウ団子が数段おいしく感じられた。

 エイラは食事の後、寝息を立て眠りについた。精霊魔法を久しぶりに使ったから疲れたって言ってた。アディも師匠に倣って横になっていた。頭を回転させる魔法を上手く使うコツはしっかりとした睡眠らしい。

 俺は眠れなかった。難敵に挑む緊張からと、昼間の戦闘の興奮が残っているからだ。チロチロと流れる小川の音を聴き、森の木々の隙間から覗く星空を見ながら横になっていた。

「リデル起きてる?」

 アディだった。すぐ隣から囁く声がこそばゆい。

「うん。なんか、まだ頭の中に小さい雷がビシバシ走り続けてる」

「それ、オニ族ならでは。眠りの魔法使う?」

「ありがとう。でも、まだ起きていたいんだ。昼間の戦闘の反省から、これからの闘い方を考えたいし」

 俺、シゴ出来人間みたいなカッコいいこと言った。

「うん。それ大事。さすが、リデル。アディもする」

 時間にしたら何分だろう? 実際は数秒だったかもしれない。俺とアディの間に会話のない、沈黙が生まれた。流れ星が夜空を横切って行った。それがこの空間で一番おしゃべりだったかもしれない。

「リデル、何隠してる?」

 唐突だった。俺の驚いた心臓の鼓動がアディへ聴こえたかもしれない。

「えっと、隠してるって?」 

 隠していることなら山ほどある。俺は、前世地球の日本の記憶を持つ異世界転生者なのだから。しかも、この魂の中にはこの世界の闇の神が合一されている。でも、何をどこまで話していいのか分からないし、そもそもアディは俺の何を見抜いたのか分からない。上手く誤魔化せないかな。

「レオ父さんとライカ姐さんの反応、お師匠の接し方。何かある。もしかして、リデル自身は何も知らない?」

 鋭い。鋭ど過ぎる。

「……アディは何があると思ってる?」

 何言ってるんだ、俺は。質問返しだなんて、アディ相手に誤魔化せる訳ないじゃないか。逆に図星を突いたと思わせたかもしれない。

「リデルの中に、何かいる。アディの中にいる何かよりも、大きい何か」

 せ、正解……。俺はそう言いそうになるのを堪えた。どうしよう。なんて答えたら最善なのか分からない。

 ちょっと頭の中を整理しよう。レオナルド村長と母ライカは俺の中に闇神がいることを知っていて俺が前世の記憶を持っていることを知らない。加えて、この二人は俺が何も知らない無垢の子供だと思っている。で、大賢者エイラだ。この人は全て知っている。俺の中に闇神がいることはもちろん、口には出さないけど、おそらく俺が転生者だということも知っている。闇神との会話で、俺の前世の名前が出ても一ミリも揺らいだ様子を見せなかったし。なんなら、俺よりもエイラの方が、俺の出生について知っている可能性が高い。

 アディが俺の中に何かいることを見抜いているのなら、闇神がいるくらいのことは教えようか? もちろん話したことは村長と母には内緒にしてもらって。

(俺のことは、言っても構わんぞ)

 その気配と共に、頭の中に闇神の声が突如響いた。ビックリした。思わず声を上げそうになるのを耐える。

(むしろ、そうした方がその子供との関係性は良好になるだろう。お前達は己の中に己が御せぬものを抱える者同士。ヒトは共通項があればあるほど仲が深まる。その共通項が重く深いものであれば尚更な)

(さすが闇神様。合理的だね。打算的とも言うけど)

(ヒトどもの世に生きるのなら、打算も立派な術だろう。お前は見た目より歳を喰っているのだからな。受け入れ学べよ、武蔵)

 と、いつも通りに闇神との交信が一方的に断ち切られる。自分の意見を押し付けて横暴だよね。でも、一理も二理もある。

「ごめん、リデル。言いたくなかったら言わなくていい」

 あまりにも長い間返答がなかったせいか、アディの声に揺らぎがあった。珍しい。

「いや、そうじゃないんだよ、アディ。なんて言っていいか考えてたんだ。……そう、確かにアディの言う通り、俺の中に俺より強大なものがいる」

 言ってしまった。初めてこの秘密を自分の口から打ち明けてしまった。

「それは、何もの?」

 アディの声は夜闇の一部かと思うほど冷たく静かだった。

「闇の神……だよ。俺の魂と合一されてる」

「そう。なら、リデルから感じる凄まじい魔力も納得、でも……」

 アディはムクリと起き上がった。

「アディ、少し考えたい、のと、試したいこと、ある。リデル、先に寝て。おやすみ」

 アディの言葉運びはいつになく機械的だった。どんな表情してたんだろう? 星と小さな焚き火の光源じゃ、彼女の乏しい顔の変化は窺えなかった。

「うん、おやすみ……」

 俺の言葉を背に、アディは小川の流れに沿って森の暗がりに消えていった。今の廻冥の森の状況なら魔物や獣に襲われる心配はない。いや、そんなことよりもだ。

「言って良かったのかな……」

 俺の中に後悔が湧き起こった。アディのあの反応、少なからずショックを受けてる。

「大丈夫っ」

 夜闇に突然溌剌とした声が上がった。エイラだ。

「エ、エイラさん。聞いてたの?」

「うん。も少し声のトーン落とさないとね。リデルちゃんも、闇神さんも」

 俺の頭の中に闇神の唸る声が響いた。

「アディちゃんなら大丈夫だよ。リデルちゃんの中にいたのが、あの子が予想してたのより少し大物だっただけだよ」

「ホントに? 俺、明日からアディに避けられたりしない?」

「リデルちゃんはカワイイね。アディちゃんが、そんなことするわけないでしょ。私からも後から言ってあげるし。ってか、先に私から言っとくべきだったよね。あの子簡単に私の想定超えちゃうからな……」

「すごいよね、アディ。あれが本当の天才なんだ」

「私もいっぱい才能のある子見て来たけど、あんなにすぐに理解してなんでも出来ちゃう子初めてだよ」

「俺の父さんとどっちが才能ある?」

 勢いだった。頭に浮かんだこと口に出てた。

「ムフッ。気になっちゃう?」

 エイラは肘枕をして俺の方を向く。薄ら笑い浮かべてた。

「リデルちゃんのお父さん、ミハイルも天才だったよ。若くして賢者の称号得たからね。私が会った、アディちゃんと同じ歳の頃は、心優しくて臆病な貴族のボンボンって印象だったけど、とんでもない火力の攻撃魔法バンバン撃ってたよ」

「え、貴族……俺の父さんって貴族だったの?」

「あれ? ライカちゃんから聞いてないの? ライカちゃん貴族嫌いだったからな。ミハイルちゃんとの結婚だってヴェルテ家から反対されて、駆け落ち同然だったし」

「か、駆け落ち? 父さんと母さんが?」

 俺は思わず起き上がっていた。そんな刺激だらけのこと寝床で話さないで欲しい。

「あれれ? これも聞いてないかぁ。ミハイルちゃんの家、ヴェルテ家ってエレスティアが王国時代に宮廷魔法使い何人も出してる由緒正しい家柄だからね。共和国になってからも、大臣になったり元首候補になったりする人もいたよ。だから、まあ、お堅いんだよ」

「そっか、そうなんだ……」 

 もしかして……いや、もしかしない。父さんは大貴族じゃん! ってことは、俺って、この世界じゃ由緒正しい血統じゃん!

「えっと、なんだっけ? アディちゃんとミハイルちゃん、どっちが天才かって話だっけ? 比べるの難しいな。アディちゃんはなんでも出来ちゃう万能型だし、ミハイルちゃんは攻撃魔法特化型だし」

「そっか、そうなんだ……」

 同じリアクション繰り返してるぞ、俺。アディと父さんどっちが天才だなんて、最早どうでもいい。

「他にもいっぱい話してあげたいけど、今日はもう寝ないとね。とにかく、アディちゃんなら大丈夫だよ。眠れないなら、睡眠魔法かける?」

「睡眠魔法って、脳にダメージ受けるって聞いたけど」

「私は大賢者お姉さんだよ。そんな雑で強引な魔法式使わないって。気持ちよーくやさーしく自然にするから。ね?」

「じゃ、じゃあ、よろしく、お願いします」

 俺は再び横になった。すぐに額の上にエイラの掌が迫った。

「んじゃ、いくよ。黄金の微睡み(ゴールデンスランバー)

 全身を柔らかな黄金の毛皮に包まれたようだった。意識が離れていくのに、それが途轍もなく心地良かった。その中で俺はふと思った。あれ、これって、お散歩大変態に何かされないかな……。でも、それはすぐにどうでも良くなって、闇神のこともどうでも良くなって、父ミハイルの過去もどうでも良くなって、アディは……ってところから記憶がない。

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