このお話は爆発オチです
――チッ、チッ、チッ、チッ
……ああ、朝……か。
――チッ、チッ、チッ、チッ、チッ
……たまに、あるよな……アラーム前に……目が覚めるってやつ……。
――チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ
……鳴るのを待たなきゃいけない気がして……なんか……落ち着かないんだよな……。
――チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ
……今か今かと……なんか、やけに針の音が大きく聴こえたり……。
――チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ
そろそろな気がするな……。
――チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、カチッ
……ああ、来る。
――ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピピピピピピピ
はいはい……と……
――カチッ
……止まった。この静寂が落ち着く。小鳥の囀りと近所の主婦が箒で道路を掃く音。
いつもの朝だ。なのに、そのはずなのに……なぜだ。妙な気分だ。落ち着かない。誰かに見られているような……そうでないような……バカな。そもそも人の視線など感じられるはずないだろう。……だが、なんだ。この胸の内のモヤモヤ、重い感覚。プレッシャー? バカな。何をそんな感じることがある? 誰かに期待されることなど……なんて虚しいな。新人の頃はそうではなかったのに。まあ、それが人生。そこそこでいい。さあ、朝は短い。きびきび動け。
おれはササッと朝食をとり、身支度を済ませ、ドアの鍵を……
――カチッ
……開けた。無事に。いや、無事って何だ。当たり前じゃないか。
しかし、実はさっき冷蔵庫を開けた時も今みたいな妙な感覚がしたのだ。
不安? 何をだ。どうも朝から調子が悪いな。気を引き締めて行こう。こういう日はミスしがちなものだ。……と、鍵を閉めないとな。鍵を……無事閉めた、と。だから無事って何だ……。
しかし、この妙な感覚はその後も時折、思い返したようにおれを襲った。
駅構内。おれは乗りもしないのにエレベーターのボタンを押す人に目が行く。そのボタンを押す瞬間、おれは立ち止まり、手に汗を握っていた。なぜかはわからない。改札を通る際も妙な緊張感があった。さらに駅のホーム。ベンチの下に置かれている箱。不審物だ……が、それがわかっていて寄る馬鹿はいない。おれは無視した。
そして会社に到着後、パソコンの電源を入れる際も……
――カチッ
「ふぅー……」
「おっす」
「おおおう、おはよ……」
「ははは、どうしたんだよ。そんなに驚いて。エロいのでも見てたのか?」
「ははは、違うよ。今つけたばかりだ……いや実は今朝から何か妙で」
「ふうん? まあ、確かに顔色が悪い気がするな。昨日、飲みすぎたんじゃないのか?」
「ああ、そう……かもな。うん、きっとそうだ。はははっ」
「それはそうとほら、今さっきお前宛の荷物が届いたみたいだぞ」
「え? それ? 箱……か。差出人の名がないな……」
「開けてみろよ」
「……え? いや、いいよおれは……」
「いいじゃん、ほら、早く」
「やめ、やめろ!」
「おいおい、そんな大きな声出すなよ……。ちょっと気になっただけじゃん。だってまさか爆――」
「やめろって! うっ、ゲホッゴホッ!」
「おい、大丈夫か?」
「オエッ、はぁはぁ……」
「え、あ、おい、どこ行くんだよ」
言いようのない不安感が臓腑から全身へと広がり、気付けばおれは会社を飛び出していた。
死。漫然と死の恐怖がおれに寄り添い離れようとせず死神が息を浴びせるように、おれの全身の皮膚という皮膚が粟立ち、冷や汗が背中を撫でる。何かがおかしい。何かが、何かが変なのだ。
「タ、タクシー!」
止めたタクシーのドア。それに手を伸ばす……が、やめた。
自動で開いたから、それが理由ではない。嫌な予感。カンカンガンガンと、おれの脳内で警鐘が激しく鳴っていた。
「お客さん、どうしたんですか? あ、お客さん!」
おれはタクシーを後にし、駅に向かって駆け出した。辿り着くと、幸いにも待たずに電車に乗ることができ、すこしばかり安心することができた。
帰ろう。家なら大丈夫のはずだ。しかし、この妙な感覚は一体なんなのだ。なにか、なにかが起きようとしているような……起こさなければならないような……いや、それはやはり気のせい。これは単純に――な、なんだ!? 電車が止まった!? なぜ……
『えー、ご乗車中のお客様にお伝えします。ただいまミサイル発射の影響で安全確認を行っております』
ミサイル!? 隣の国のヤツか! だが今、電車を止めたところでなんになるんだ! せめて駅に、大体過剰反応だろう。いつも海に落下とか、いや、今朝からしているこの妙な感覚、まさかこれは予知、虫の知らせ……。
『えー、避難対象地域に入っていないため、電車の運行を再開しまーす。お立ちのお客様、お気を付けくださーい』
……はぁ、はぁ、はぁ。よかった。ははは、それもそうだ。つい、人類滅亡エンドまで想像してしまった。はははは……なんだ、安心したらまた、妙な、あ、これは、やはり、あ、あ、あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁ
「ねぇなに、あの人」
「なんか変よね」
「震えてるね……」
「ふふっ、なんかまるで爆発寸前――」
気づいた時には全てが遅かった。
おれの肛門から爆裂的な音と共に放たれた屁は車両内に一気に広がり、まるで煤けた匂い一色の焦土。乗客の目と鼻を焼けつくような痛みで刺したのだろう、悲鳴を上げさせ、そして地獄の門から現世へ雪崩れ込む悪魔の群れの如き勢いで糞便がおれのズボンを内側から泡が立つほどに一気に色濃く染め上げ、裾から足へ、外へと広がる汚泥はおれの、世界の終わりをおれに確信させたのだった。