紅い輝きの中の攻略【ワンガル】#13[前編]
充分な休息を堪能した戦闘少女たちは、気力が満ち溢れていた。朝の挨拶のとき、次の作戦はまだかとエーミィが星を急かした。次の攻略の作戦はすでに練ってある。あとは星がさっさと仕事を終えて帰宅するのみである。
昼休憩の時間、星は次のダンジョンの情報を再確認した。次に赴くのは「紅玉の迷宮」。かつてルビーの産地だった地域の鉱山がダンジョン化した場所で、空気中に含まれるマナが多いため、魔獣の熟練度が高くなりがちらしい。「戦闘少女たちの攻略を待たずに足を踏み入れた者は二度と戻らない」と言われている。だが、命知らずな者はどこの世界にも存在しているものだ。
「鷹野くん」
「お疲れー」
相変わらず暑苦しい男と胡散臭い男が歩み寄って来る。星は惣田とは学生の頃からの付き合いだが、青山はこれまで惣田の周りにいた人間とは性質が違う。このふたりが親しいことが星には不思議だった。
「少女たちの様子はどう?」
「もうすっかり元気そうでした」
「そいつはよかった。じゃあ、今日は攻略に行くのか?」
「そのつもり。少女たちも待ちきれないみたいだし」
「はは、さすがだな」
「次のダンジョンから中級だし、万全に備えよう」
「はい。レディさんとモニカがもう用意してくれているはずです」
「頼もしいね」
戦闘少女たちは、これまでも中級以上のダンジョンを攻略してきた。いまはその実績が消え、初級ダンジョンからやり直しになっている。これまでのダンジョンは世界の歪みによって変化が生じていた。それにより、初級でも厳しい戦いを強いられることになった。これからの攻略は、さらに険しいものとなるだろう。
今日も今日とて定時になった瞬間に部署を出た星は、エントランスで惣田と青山を待つ。急いでもしょうがないとわかってはいるが、惣田と青山がのんびり歩いて来るのを急かさずにはいられなかった。せっかちだな、と惣田が笑っていた。
三人が星の部屋に到着すると、すでにレディが配信の準備をしていた。すっかり手慣れたものである。
「おかえりなさい。みなさん、お仕事、お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
「夕食の支度ができています。先に召しあがってください」
「はい。少女たちは準備できていますか?」
「ええ。いつでも出撃できますよ」
レディは料理にも慣れ、手際がよくなっていた。本人は作り置きをすることを目標としているようだ。
本日のレディさんの手料理は、細切れの肉が入った野菜の焼き加減を誤ったらしい野菜炒めと、すっかり味の安定した味噌汁と、完璧に炊けた白米だ。そろそろ感想の言える出来栄えになってきたのかもしれない。惣田と青山はなんとも言えない表情をしているが。
『司令官! お食事中、失礼します!』
元気いっぱいな声にホームを覗くと、ポニーの顔が画面いっぱいに映し出されている。その表情は気力に満ちていた。
「ポニー、どうかした?」
『ちょっと装備のことでご相談なんですが……。実は、探査機が“悪質な魔力”を検出したんです。その呼び名の通り、悪質な魔力です。おそらくダンジョンの変化で、ルビーから発せられるようになったんだと思います』
『悪質な魔力は、私たちの体の害となる物質です』
画面外からモニカの声が言った。補足のために付き添っているらしい。
『悪質な魔力を発するルビーは、発見したら即時、破壊する必要があります。一時的なものではありますが、私たちのステータスを下げる効果があります』
『ですので、私の装備にククリナイフを入れたいんです。私がルビーの破壊に回れば、他のみんなは戦闘に集中することができます!』
「なるほど……。みんなの装備と持ち物の一覧を見せてもらえるかな」
『はい!』
ポニーが画面を操作し、それぞれの装備欄と持ち物欄を表示する。それを見た青山が口を開いた。
「ポニーちゃんの装備欄がひとつ増えてる?」
『はい! ポーチを改良しました! と言っても、ククリナイフのようなサブウェポンしか入れられないんですが……』
「充分じゃねえか。サブウェポンは何かと便利だぜ」
「じゃあ、ククリナイフを入れてもらっていいよ。戦術についてはポニーに任せてもいいかな」
『お任せください! ちなみに、ポーチの改良はアリシアとモニカも可能です。いざというときのために改良しておくといいかもしれません』
「わかった。ありがとう。もうすぐ出撃だから、準備をしておいてくれ」
『はい! では、また後ほど!』
ポニーは一礼し、基地のほうへ下がって行く。その服装はすでに攻略のための装備になっており、準備は万端のようだ。
夕食を終えると、星とレディはいつものようにカメラの前のソファに腰掛けた。惣田と青山もカメラの向こうに腰を下ろす。こちらも準備は万端だ。
[紅い輝きの中の攻略【ワンガル】#13]
「はい。お時間となったので始めていきましょう。こんばんは、実況の月輔です」
『解説のレディで~す』
***
[こんばんはー!]
[久々の攻略だー]
[もうワンガル配信がないと落ち着かない]
[みんなが元気ならそれでいい!]
***
「さて、今回のダンジョンは『紅玉の迷宮』です。レディさん、解説、お願いします」
『はい。紅玉の迷宮は、かつてルビーの産地であった鉱山がダンジョン化した場所です。中級ダンジョンになりますので、出現する魔獣も少しだけアップランクになります』
レディが液晶に紅玉の迷宮のマップを表示する。いくつか鉱石のマークがあった。
『今回、このルビーから“悪質な魔力”が検知されました。悪質な魔力は腐ったマナから放出されるとされています。少女たちにとって害となる物質です』
「今回はポニーちゃんのポーチにサブウェポンのククリナイフを入れてあります。悪質な魔力を放つルビーを発見し次第、ポニーちゃんが破壊します」
『悪質な魔力は少女たちのステータスに影響を及ぼします。簡単に申し上げますと、少女たちが弱体化することになります』
***
[ガスの中で戦うようなもんか]
[これもダンジョンの変化なんかな]
[より難しくなるのやめてほしいなー]
[中級ダンジョンってどれくらい難しいんだろ]
[魔獣の違いだけだといいな]
***
「はい。では、今回の編成です。前衛左前をアリシア、前衛右後ろをエーミィ。中盤をリト。後衛左前をポニー、後衛右後ろをモニカ、となりました」
『ポニーちゃんがルビーを破壊しますので、後ろから魔獣が出現した際にモニカちゃんがカバーできる編成です』
「では、慎重に進みましょう。アリシア、進んでくれ」
《 はい! 司令官! 》
***
[アリシアちゃーん!]
[今日も頑張って~!]
[みんな頑張れ~!]
***
アリシアのドット絵がマップの最初のコマに進む。コマのそばにはルビーが表示されている。このルビーが「悪質な魔力」を発しているなら、ポニーが破壊する必要があるだろう。
――【 敵影アリ 】
――【 索敵開始 】
「さあ、索敵開始となりました。この一帯のルビーは悪質な魔力を放っていますでしょうか」
『アリシアちゃんが索敵を開始したということは、悪質な魔力は検知されなかったということです。もし悪質な魔力を検知した場合、索敵を始める前にポニーちゃんの破壊が入るでしょう』
「なるほど。さて、索敵結果を待ちましょう」
《 索敵完了! 前方に三体! 戦闘開始します! 》
戦闘少女たちの前方に、顔を隠す緑色の髪を地面まで垂らした人型のモンスターが出現する。恨めしげに低く唸る、亡霊系モンスターのエミュラだ。
「さあ、始まりました、第一戦。少女たちの行く手を塞ぐのはエミュラ。魔獣が亡霊化した中級モンスターであります。説明しているあいだに戦闘終了となりました」
『少女たちの敵ではありませんね』
《 準備運動にもならないわ 》
リザルト画面に表示された経験値は、これまでのダンジョンに比べて多かった。このダンジョンを最奥までクリアすれば、多少なりともランクアップを期待できるかもしれない。
***
[えにゅら?]
[エミュラ、かな?]
[初めて見るモンスターだ]
[他のゲームでも聞いたことないな]
[ワンガルの世界にしかいないのかな]
***
「アリシア、武器の耐久度はどうだ?」
《 特に問題ありません 》
「じゃあ次に進んでくれ」
《 はい、司令官! 》
「さて、今回のダンジョンは僕たちが聞いたことのないモンスターが出るようですね」
『はい。亡霊系のエミュラとレクシー、ポケットラットの進化系であるガット、レッドバイソンの進化系であるドゥーンが出現します』
「どれも聞いたことのないモンスターです」
『ワンガルの世界独自のモンスターですね』
「勉強になりますね」
***
[いろんなモンスターがいるんだなあ]
[月輔、当然のような顔してるけど、そもそもポケットラットもワンガルで初めて聞いたんだよな]
[モンスターの解説してくれるのありがたい]
[ワンガル世界のモンスター図鑑ほしいな]
***
「さて、アリシアちゃんが2マス目に到達したようです」
――【 魔力感知 発動 】
「魔力感知となりました。悪質な魔力でしょうか」
『はい。この周囲にあるルビーが悪質な魔力を発しているようです』
画面上にポニーの目元がカットインし、アリシアのドット絵がポニーのドット絵に替わる。マスの周辺にあるルビーに赤い焦点が合うと、爆発のようなエフェクトとともに、パキン、と甲高い音が響いた。周辺のルビーが砕け散ると、ドット絵は再びアリシアに替わる。
――【 空間駆除 完了 】
「これで悪質な魔力は排除できたということですね」
『はい。ポニーちゃんは魔力を消費することになりますが、確実に攻略完了するために手を抜かないようにしましょう』
「はい」
***
[新しい演出だ]
[ドット絵のまま破壊するんだ]
[パート13にして新しい演出うれしい~]
***
――【 敵影アリ 】
――【 索敵開始 】
「流れるように索敵となりました」
『良い集中力です』
《 索敵完了! 前方に四体! 戦闘開始します! 》
少女たちの前方に、ポケットラットを倍以上、大きくしたネズミ型の魔獣ガットが二体、真っ黒な闘牛のドゥーンが二体、出現する。
「さあ始まりました第二戦。エーミィの速攻がガットを一気に下す! 素早い動きを見せるガットもアリシアの魔弾を前に為す術はない! リトの火球で戦闘はあっという間に幕を閉じます」
『エーミィちゃんの速力の向上を感じる一閃でしたね』
《 あくびが出ちゃうわね! 》
経験値はエーミィに多く入っているが、まだランクアップには至らない。少女たちの能力がそれだけ高いという証明だが、一般的な冒険者だったらすでにハイランクに相当するほどの経験値だとレディが言っていた。
***
[体がでかいだけでそんな強くないんだな]
[少女たちだから弱く見えるんだろうな]
[普通の冒険者が戦うところ見てみたいな]
[きっと苦戦して見えることだろう]
***
「ここまで安定した戦闘になりました。いかがでしょうか」
『少女たちの能力がよく活かされています。戦闘自体は余裕を残せていますが、体力値、魔力値ともにこれまでのダンジョンより消費が大きくなります。ステータスを確認しながら進みましょう』




