戦闘少女とティーブレイク【ワンガル雑談】#2[前編]
翌朝、星は寝坊しかけてレディに叩き起こされた。文字通り、叩き起こされたのだ。肩を激しく叩かれたときは驚いたが、あまりに反応しなかった結果なのだとか。星は朝から、女神の力を思い知ることになったのだ。
眠気を引き摺ったまま出勤し、いつも通りに仕事をこなす。少女たちがしっかり休息を取っているか心配になるのは、高みを目指す少女たちが休まず鍛錬している可能性が思い浮かぶからだ。
戦闘少女たちはストイックだ。ただの人間とは違い修復で回復できる分、厳しい鍛錬にも耐えていける。きっと今頃、訓練場で鍛錬を積んでいることだろう。リトはおそらくまだ寝ているだろう。
「鷹野くん。お疲れ様」
昼休み。いつも通りラウンジで資料を眺めていた星に、凛子が声を掛けて来た。星とは対照的に快活な女性で、明るい笑みを浮かべている。
「昨日の攻略は大変だったわね。疲れたんじゃない?」
「そうだね。少女たちほどではないと思うけど」
「しばらくお休みするんでしょ?」
「少女たちが回復しきるまで休むよ」
「じゃあ、よかったら飲みに行かない?」
星はなんとなくそんな気がしていた。少女たちに休息を与えるとなると、当然に星も休みになる。惣田か青山が誘って来るのではないかと思っていたが、凛子が声を掛けて来た瞬間の予想は当たっていたようだ。
「申し訳ないけど、次から中級ダンジョンになるから、レディさんと作戦会議をしないと……」
「そっか。次からもっと難しくなるのね」
「そうなると思う。いままでより慎重な作戦が必要なんだ」
「なるほどね。わかった。また今度、誘うわ」
「うん。ありがとう」
凛子が去って行くと、星はまた資料に視線を戻した。
次の目標は鉱山がダンジョン化した「紅玉の迷宮」だ。かつてルビーの産地だった地域の鉱山が放置されるようになり、魔物が巣食うようになった場所である。ワンガルの世界の鉱石はマナという物質を含んでいるため、紅玉に含有するマナが魔物を活性化させている。出現する魔物も中級種が多く、戦闘での消耗がこれまでより少し高くなるのだ。
「鷹野くん」
また声が掛けられるので顔を上げると、青山がいつもの胡散臭い笑みを浮かべて歩み寄って来るところだった。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。作戦の進捗はどう?」
青山が向かいの席に着くことも、星は徐々に慣れていっていた。
「今回は魔物のランクも上がるので、装備を見直すことを考えています」
「戦闘少女たちの能力がすでにある程度、高いから、あとは装備で底上げするってことだね」
「はい。幸い、少女たちが集めてくれていた素材がたくさんあります。全員の装備を揃えることができると思います」
戦闘少女たちは空き時間に鍛錬を積むのはもちろんのこと、自分たちの判断で素材採取にも出掛けている。中には稀少な素材もあり、採取に出ることが鍛錬に繋がることもあるのだろう。
「鷹野くんはいつまで僕に敬語なの?」
青山の笑みの胡散臭さがより深まったような気がして、星は目を細めた。
「そんなことにこだわる必要はないんじゃないですか」
「まあ、それはそうなんだけど。いまだに心の距離が遠い気がするんだよね」
「攻略で協力できてるんだからいいんじゃないですか?」
「うーん、相変わらず心の壁が厚いね」
「それで、俺の貸しはいつ返してくれるんですか」
青山が意味深な笑みになるので、星は顔をしかめる。その件について言及するつもりはまだないようだ。
「鷹野、青山」
暑苦しい笑みを浮かべて歩み寄って来るのは惣田だ。惣田は星が青山に貸したことを知っているようだが、それについて星に話すつもりはないらしい。
「次の作戦はどんな感じだ?」
「次のダンジョンは聞いたことない魔物が多い。レディさんと少女たちの知識が必要になるみたいだ」
星はふたりの前に魔物の情報が書かれた紙を広げる。なるほどな、と惣田は呟いた。
「エミュラ、レクシー、ガット、ドゥーン……聞いたことないな」
「ほとんど中級の魔物だ。あとは下位の魔物も出るらしい」
「エミュラとレクシーが亡霊系。ガットとドゥーンは魔獣系か」
青山は一覧のステータスを眺める。レディがわかりやすくまとめてくれた資料で、知らない魔物ばかりだが詳細が記されていた。
「まだ少女たちは休ませるつもりなんだろ?」
「そうだな。この先もダンジョンの変化があるだろうし、なるべく休息を取るようにするよ」
「配信も不定期になるのかな」
「そうですね。作戦も慎重に練る必要がありますから」
「あ、じゃあ……――」
[戦闘少女とティーブレイク【ワンガル雑談】#2]
「はい。お時間になりました。こんにちは、月輔です」
『こんにちは~、レディです』
***
[こんにちは~]
[雑談回! 待ってた!]
[少女たちと触れ合えるの嬉しいな]
[わくてか]
***
「気持ちがだれ気味になる週中。みなさん、いかがお過ごしでしょうか。今回は少女たちもお休みということで、ご希望の多かった雑談回にしてみようと思います」
『少女たちに興味を持っていただけて、とても嬉しいです』
いつもの位置に着く星とレディの向かい、カメラに映らない位置に青山と惣田も控えている。今回は惣田の提案で新しい試みがあった。
「では、レディさん、お願いします」
『はい』
レディが液晶を操作する。視聴者から見ると、星とレディのあいだに、アリシアの映る画面が表示されているはずだ。
「アリシア、聞こえるか?」
《 はい! よく聞こえております 》
***
[アリシアちゃーん!]
[顔がよく見えるの嬉しいな]
[いつも後ろ姿だもんなー]
[今回も配信中に質問を受け付けてくれるんかな]
***
「はい。前回同様、みなさんから見るとここに画面が映っていますが、実際の画面は僕たちのほうを向いています」
『みなさんのコメントを直接に見ることはできませんが、私たちができるだけ拾っていこうと思いま~す』
画面外から他の少女が小声で話すのが聞こえる。全員が揃っているようだ。
「さて、まずは少女たちのステータスを見ていきましょう」
『はい。現在のステータスはこちらです』
レディが画面内に液晶を表示させる。少女たちの能力値と、ランクの高い魔法やスキルが一覧になって表示された。
***
[前回より伸びてね?]
[いまでさえ高いのに、まだ伸びしろがあるってことなのか]
[それだけ訓練してるんだなー]
[まだまだ期待できるな]
***
「ダンジョン攻略で入る経験値がそれほど多くないと考えると、少女たちは普段から厳しい鍛錬を積んでいるようですね」
『少女たちの努力の賜物です。今後、訓練場の設備を強化することも考えてみるといいでしょう』
「はい。では、今回も事前に募集した質問にお答えしていこうと思います。お願いします」
「はい」
青山が質問の書かれた紙を手に取る。今回は惣田の提案で、青山が質問を読み上げる形となるのだ。
「では、アリシアちゃんに質問です」
***
[え!?]
[なにこのイケボ!]
[いつも画面外にいる他の司令官か]
[イケボすぎるだろ]
[他の司令官の顔も見たいよー]
***
「最近のマイブームはなんですか?」
《 はい! 最近はショットガン以外の銃器を扱う訓練をしています。散弾であるショットガンとは違い、エイムの正確性が問われます。エイムの精度を上げる訓練をしています 》
青山が声を出すのは質問文のみで、返答に対するコメントは星とレディが担うことになっている。
「マイブームが鍛錬とは、実にアリシアちゃんらしいですね」
『これでまた能力値が上がりそうですね』
***
[強くなることへの信念がすごい]
[これからダンジョンの難易度も上がるしなー]
[もっと強くなれるのか……]
[世界を救えるのは少女たちだけだからな]
[こんな小柄な女の子なのに素手でも勝てる気がしないわ]
***
《 司令官から新しい武器を作ってもいいとご許可をいただいてから、モニカと相談して武器の増強も試みています 》
《 ショットガン以外の武器がアリシアちゃんに合うなら、装備の変更も視野に入れることができます 》
画面外からモニカの声が言う。画面外から他の少女の声がするのが、視聴者には好評のようだ。
「また可能性を広げることができそうですね。では、次の質問です」
「はい。エーミィちゃんに質問です」
《 ええ 》
アリシアに替わり、エーミィが画面内の椅子に腰を下ろす。
***
[エーミィ! エーミィ!]
[読み役がイケボすぎて惚れそう]
[顔出してほしい~]
[他の司令官ってふたりいたよな]
[もうひとりも気になるな]
***
「空き時間は鍛錬の時間にしているそうですが、どんな訓練をしてますか?」
《 主に攻撃力と速力を上げる訓練ね。あたしのルーンアックスはそれなりの重量があるから、どれだけ速く振れるかってところが大事になるの。あたしより速力が高い魔物が来たら、あたしより攻撃が速いかもしれない。その差を埋めるための訓練よ。脚力も必要になるから、モニカと一緒に訓練することもあるわ 》
《 エーミィちゃんの速力も上がってきています。いつか私を追い抜く日が来るかもしれません 》
《 それは買い被りだわ。あんたより速い戦闘少女なんていないわよ 》
「エーミィちゃんがモニカちゃんと同等の速力を出せるようになれば、攻撃の重量も合わせて戦闘能力が格段に上がりそうですね」
『エーミィちゃんの攻撃力の高さはこのチームの主力です。エーミィちゃんの速力が上がれば、チーム全体の戦闘力を底上げすることができるでしょう』
***
[あんな大きなルーンアックスを使えてるだけですごいよな]
[体重より重いと考えると、速力を上げるのは簡単なことじゃないな]
[モニカちゃんの速力を超えたらもう無敵だな]
[エーミィちゃんならできそうって思えるな]
***
「エーミィちゃんの鍛錬に期待しましょう。それでは次の質問です」
「はい。リトちゃんに質問です」
《 はあ~い 》
リトは相変わらずゆったりと椅子に寄りかかる。ちゃんと座って、と画面外からアリシアの声が聞こえた。リトは少しだけ姿勢を直すが、やはり体は少し斜めになっている。
「放っておくといつまでも寝ているロングスリーパーとのことですが、いままで最大で何時間、寝ていたことがありますか?」
《 うーん、最大でも三日くらいかな~。あんまり寝てると、アリシアが起こしに来るんだよね~ 》
《 三日でもだいぶ大目に見てくれてると思いますけどねー 》
***
[そんなに寝てるのに能力値が伸びてるってことは、影の努力をしてるってことだよな]
[それはそれは涙ぐましい努力であろう]
[能力値が伸びやすいとかあるのかな]
[リトちゃんの魔法は何かと重宝するからなー]
***
「新しい魔法が増えているようですね」
『リトちゃんは魔法書があればそれだけ魔法を獲得することができます。鍛錬を積むことで、魔法の威力や正確性を上げることもできますよ』
「リトちゃんの魔法は汎用性が高いので、魔法の種類を増やせるのは強みになりますね」
《 リトは努力家ですからね! 魔法書があればいくらでも増やせますよ! 》
《 あれだけ寝てばっかなのに能力値が伸びるのは羨ましいものだわ 》
《 別に褒めたって何もでないよ~ 》
リトはのほほんと笑っているが、肩をすくめて照れているのを誤魔化しているように見えた。




