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君と過ごした奇跡の日々に  作者: 山極遼太郎
19/35

第4章 愛情と友情 1話

   1


 千冬は、ビルの屋上から転落し、命を落とした。奇しくも現場は美香が柊木と出会った場所だった。

 人通りの少ない場所であるため、目撃者はいなかったが、現場には遺書が残されていた。警察はその遺書が偽造されたものである可能性も鑑み、自殺と他殺両面で捜査を進めているらしい。

 そして遺書に柊木の名が出ていたことから、彼は警察に呼ばれた。千冬の死亡推定時刻には美香と一緒にいたことから柊木が犯人であることはあり得ない。警察もそのことは承知らしく、早々に解放されたと彼から連絡があった。

次いで美香も関係者として警察の聴取を受けることとなった。

「高井聡志と言います」

 彼は名刺を差し出した。神奈川県警捜査一課の刑事らしい。

「立花千冬さんの最近の様子に変わったところはありましたか」

 年齢は三十代くらいだろうか、彼が美香の聴取を担当した。

「特に変わったところはありません」

 入塾当初は勉強に対して後ろ向きで、投げ出してしまうこともあったが、柊木と出会って前向きになった。最近の千冬は授業がない日も毎日自習に来るほど頑張っていることを伝えた。

「そうですか」

 高井はどこか釈然としない様子だ。

「彼女が自殺する理由に心当たりはありますか」

「ありません」

 絶望を抱いていた以前の千冬ならまだ少しは理解できたかもしれない。だが、今の千冬は自ら命を絶つことなどありえない。美香は高井に断言した。

「ありえないと言われましてもね」

「遺書があったんですよね……」

「読みますか」

 高井は懐から一枚の紙を取り出す。

「本当はダメなんですが、特別に」

 そう言って美香に差し出した。紙を受け取る。

 ワードで書かれた遺書だった。

「それはプリントアウトしたものです。スマホのメモにそれが遺されていました」

「ありがとうございます」

「率直に思ったことを言ってください」

 美香は内容に目を通す。不自然さしかない遺書だった。

「なんですかこれ」

 紙を高井に返す。

「千冬ちゃんが書いたものじゃないですよね」

高井は受け取り、「どうでしょう」と一言呟く。

「からかっているんですか」

 感情の見えない刑事に苛立つ。

「からかってはいません。他に思ったことは?」

 高井は真剣な眼差しで美香を見据える。

「柊木さんを信用できないって書いていましたけど、千冬ちゃんは柊木さんを信用していました。間違いありません。こんなことを書く意味がわかりません」

「なるほど」

「それに柊木さんは千冬ちゃんを裏切っていません。別の遺書でも見せていませんか」

 そんなことあるわけないと思いながらも、刑事が無関係な遺書を見せているのではないかと疑ってしまうほどに違和感のある内容だった。

「間違いなく、現場にあったものです」

「ですよね……」

「千冬さんの家族、知人の方はみな、口を揃えてあなたと同じようなことを言います。『千冬は自殺するわけがない。最近の彼女は変わった。前向きになった』と」

 紛れもなくそれは柊木のおかげだ。

「現場に争った形跡もなく、こうして遺書もありますが、我々は他殺の可能性が高いと見ています」

「捜査情報を話していいんですか」

「本当はダメですが、特別に」

 何となくこの男はやり手の刑事なんだなと美香は思った。

「自殺する際、遺書をスマホに遺すのは最近じゃ多くなってきていますが、私はどうも信用できなくて」

 美香も同じことを思った。

「第三者の意志が働いているのではないかと考えてしまう」

「誰かが偽造したということですか」

「そういうことになりますね」

「いったい誰が?」

「さぁね。遠藤さんはどう思いますか。自殺か他殺か」

 仮に高井の言うように遺書が偽造で、誰かに殺められたのだとして、そうだとしても千冬が殺される理由も美香には全く浮かばなかった。

「そもそも、どうして千冬ちゃんはあの場所にいたんですか」

「これじゃどちらが聴取しているかわかりませんね」と言いつつ、高井は答えをくれた。

「観覧車でしょう」

「えっ?」

「従兄の佐々明楽くんの話によれば、千冬さんはある人の影響で観覧車が好きになったそうです」

 初めて知ることだった。

「そうなんですね」

 今思えば、千冬はよく窓から観覧車を眺めていた。好きだったから見ていたということに今更ながら気づく。

「大好きな観覧車に見守られて死にたい。それがあの屋上にいた理由です。自殺であればそういうことでしょう。他殺であれば、観覧車を見たいと千冬さんが誘ったか、犯人に誘われたかですね」

 一緒に観覧車を見る仲とは、どのような仲だろう。少なくとも見ず知らずの人間とは行かないだろう。であれば、顔見知りの犯行ということになる。美香が考えを巡らせていると、刑事は唐突に柊木の名を出した。

「それにしても、柊木秀一の周りではよく人が死にますね」

「え?」

そしてまた唐突に、彼は去年に発生したある殺人事件の話を始めた。それは紗希が殺された事件だった。高井はその事件の担当だったらしい。

「今の今まで手がかりが何一つなく、未解決のままです」

 彼は悔しさを滲ませた。

「事件のこと、ご存じでしたか」

 真相を知っていることがバレてしまってはまずいと咄嗟に思い、悟られぬよう小さく頷く。

「柊木から聞いたんですか」

「はい」

「現場は千冬さんが転落した場所と同じです。おそらく偶然ですが、どうも色々気になって仕方がない」

 柊木だけ呼び捨てにしていることが引っ掛かる。

「遠藤さんはどう思いますか」

「どうと言われても……」

「確かに、現場は人通りもなく、防犯カメラの類もない。人を殺すにはうってつけの場所です。そのおかげで捜査は難航、いい迷惑です」

「そうですか……」

「あともう一つ、紗希さんの死から数日後に堀越ユウキという男性が亡くなりました」

 一瞬にして体が硬直する。そんな美香の変化に気づくこともなく、高井は続ける。

「私は担当ではありませんでしたが、資料を確認しました。第一発見者はあなたですよね」

「……はい」

「堀越さん、柊木秀一の友人だったそうですね」

「どうしてそれを?」

「柊木秀一のファンなので」

 見え透いた嘘だった。

「ただ、柊木を疑っているわけじゃありませんよ。彼にはアリバイがあるのは確認済みです」

「あの、どうして私にそんな話を?」

「何か、ご存じではありませんか」

 全て見透かされているようでぞっとした。美香は、「何も知りません」と一言告げた。

「そうですか。紗希さんを殺したのはいったい誰なんでしょう」

 他人事のように高井は呟く。

「ちなみに、堀越さんは本当に自殺なんでしょうか」

「えっ」

「警察は自殺として処理しました。遺書はありませんでしたが、殺された痕跡もありませんでしたからね。当然と言えば当然です」

 彼は、“警察は”という言葉を強調した。

「だが私は納得できない。刑事の勘ってやつです。仮に自殺が事実だとしても、裏がある。三件の自殺ないし事件には、柊木秀一という男を通して繋がっている。私にはそんな気がしてならないのですよ」


 その後、取り留めもない会話をしてから、美香は解放された。

「ご足労いただき、ありがとうございました」

 警察署の出入り口まで高井は見送りに来た。

 美香は一礼して署を出る。

「遠藤さん」

 高井に呼び止められ、振り返る。

「私、紗希さんが死ぬよりも前に柊木に会っているんですよ」

 柊木はそのことを覚えていなかったと付け加える。

「正直に言います。私は柊木秀一のような人間が大嫌いだ」

「えっ」

「彼はよく、救うという言葉を使うそうですね。でも結局、人は人を救うことなんてできないんですよ」

 柊木を否定されて、美香自身も否定されたように感じて腹が立った。

「あなたは、誰かを救いたくて刑事になったんじゃないんですか」

「違いますよ」

 美香の皮肉を込めた返しも即座に否定された。鋭くとがった乾いた声だった。


 高井という刑事にはかなりの苛立ちを感じていたが、ユウキの自殺を疑う彼の発言は美香の心にこびりついて離れなかった。

 ユウキは紗希を殺して、それを苦にしてユウキは自殺した。そう思っていたし、思う以外になかった。

 ユウキは殺された。だとしたら、誰に、どうして。新たに様々な謎が噴出する。ただの高井の勘でしかなかったが、一応、柊木の耳にも入れることにした。

 だが、電話は繋がらなかった。

「あ、今電車か」

 数日休みを取ると柊木が言っていたことを思い出す。静岡に行くらしい。丁度新幹線で向かっている最中だ。

 彼は憔悴しきっていた。天野の墓参りに行くというのは口実で、きっと教壇に立てなくなっているに違いない。彼に何もしてやれないもどかしさを感じる一方で、今はそっとしておいた方が彼のためになる。

 柊木が落ち着いたら高井の話を伝えることにして、美香は歩き出す。

 遠くから人が歩いてくるのが見えた。次第に距離が近くなる。

「あっ」

 その人物は美香の知る人だった。

「佐々くん」

 佐々も気づいたようだ。「あぁ、どうも」と一言呟く。あまり元気がない。

「こんなところでどうかした?」

 エバラスで佐々と会って以来の再会だ。エバラスに彼が現れた時は、状況がわからず驚いたが、よくよく話を聞くと、佐々はずっと、柊木が何も言わずに天宝ゼミを辞めたことを、自分たちに対する裏切りだと思っていたらしい。そして千冬の死により彼の怒りは沸点を超えた。そしてエバラスに乗り込み、柊木を襲った。

 佐々は誤解していた。柊木は恋人と親友を亡くして講師を続けることができなかっただけだ。裏切ったわけではない。

 そう言えば佐々の怒りも収まるものを、柊木は事実を伝えはしなかった。唐突に佐々らの前からいなくなったことに責任を感じていたのだろう。

「この前はすいませんでした」

 佐々は頭を下げる。

「いいからいいから、頭上げて」

 このままにするのは絶対ダメだと思って、美香は佐々に、柊木が天宝ゼミを去った理由を告げた。柊木には余計なことを言うなと睨まれたが、気にしなかった。佐々が柊木を恨む必要なんてないし、柊木がその恨みを受け止める必要もない。

「俺、柊木先生が裏切り者じゃないと知ることができて、本当に良かったです」

 言葉とは裏腹に表情は暗い。

「でも、誰かのせいにできた方が楽だったかもしれません」

 そう言って、歩き出すので、美香は思わず佐々の腕を掴む。

「待って」

「離してください」

「ちょっと気になった。今のどういうこと?」

「俺は行かなければならない」

「どこに?」

 佐々の視線の先には警察署がある。

「どうして?」

「……罪を犯したからです」

 そして来る言葉は美香を衝撃の底に突き落とした。

「俺は、千冬を殺しました」


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