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第九話 きっと彼女とは出会うべきでなかった2



「『―――細き氷の槍となり 敵を貫け!!』」

「『―――射出され、爆裂せよ!!』」

「攻めないとじり貧ですわよ、ね!」



 轟々といかにも燃え上がりそうな様子で迫る炎球。体積が先ほどより大きく、刺されば肩の一つくらいは抉られてしまいそうな氷柱。湧き上がる恐怖を生唾と一緒に飲み下しながら(わたくし)は虚勢の笑みを浮かべました。


「ふっ!」


 駆け抜けるように前へと進んだ私は、腰を落とし、背を低くします。前方の机に鎖を伸ばす。鎖を机の脚に括りつける。そこから魔力を鎖へと流し、右腕に力を入れ――――



 ―――――― 一気に身体を引き寄せる!!



 瞬く間に私との距離が狭まっていく二つの脅威。今にも私と衝突しそうな二種の魔法を無理矢理身体を地面スレスレまで低くすることで躱そうとします。より危険なのは着弾すると爆ぜる可能性のある炎球でしょう、だからこそ私はその中で少しだけ重心を右側―――氷柱側へと寄せました。



「っぅ!?」



 次の瞬間、右肩に感じたのは思わず飛び上がりそうになってしまうほどの冷たさ。次いで激痛。最後にじくじくとした熱した鉄の棒に触れているかのようなひどい熱さ。


 恐らくは肩の肉が氷柱によって抉られたのでしょう。正直泣きたいほど痛いですが、足を止めるわけにはいきません。肩の肉という最小限の犠牲で窮地を切り抜けたのです。


 遠距離の攻撃魔法は優秀な攻撃手段ですが、ただ闇雲に使うだけでは距離を詰められてしまいます。それが大技であれば猶更です。優秀な近接攻撃を持つ相手に狭い空間で戦うには何等かの手立てがいる。過去の私がスェマ(あの女)との闘いの中で学んだことの一つですわ。




「そしてそしてぇ、この距離なら!!」


 私は自身の右腕へと魔力を用いてぐるぐると不幸の連鎖を巻き付けていきます。二重三重どころではなく十回二十回とです。


 言うなれば鎖のグローブ。割りと非力な私の拳と言えどこれだけ巻けば、それなりに痛いでしょう!?


「っ、来るなぁ!?」

「逃しませんわ!!!」


 踵を返し、私から逃げようとした炎球の魔導師に左手側から鎖を伸ばします。放たれた鎖がちょうど後ろを向いた右足の自由を奪います。



 転倒。跳躍。馬乗り。殴打。



「捕まえましたわよ!!!」



 殴打。殴打、殴打。殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打!!!



「このっ、やめっ……」


 ちっ、傷のせいで力が上手く入りません。上手く逃げ出される前に仕留めきれますかね?


「『大気に含まれる水分よ、我が魔力によって集い、結晶化し、細き氷の槍となれ!!』」

「っし、好都合ですわ!!!」

「や、やめ……!」


 背後からこちらに飛来する細かい氷柱の雨。それを手に持った魔導師を盾にすることで防ぎます。いえ、違いますわね。火力不足を後ろからの援護でカバーします。


 なるべく顔面などの急所で受けていただきましょう。うげっ、重っ。あ~、今身体強化無いんでしたわね。


 勿論広範囲の攻撃ですから私にもそれなりに氷柱が刺さります。けれどそれ以上に炎球の魔導師の方の被弾は大きく、瞬く間にエナジーアーマーのゲージが削れます。


 削りきれられたエナジーアーマーは派手なエフェクトを発生させ、周囲の危機――私や氷柱の魔法を弾き飛ばしました。踏ん張りも効かずに後退させられ、なんとかバランスを保ち、前を見ます。接近戦をしていた炎球の魔導師との距離も大分広がりました。



「でもこれで脱落ですわね。」



 デバイスに搭載されたエナジーアーマーの魔法は、所有者の安全性を担保するもの。逆に言えば今もくすくすと笑っているのであろうあの恐ろしい女に私同様狂わされているのだとしても、クッションによる防護機構は突破出来ません。何せ、無理矢理戦い続ける方を止めるのも役割ですもの。だから戦うべきはあと一人……



「ふふっ、皆さん大変そうですね~?苦しいですよね?怖いですよね?だったらどうすればいいでしょう?どうすればあなただけは助かることができるのでしょう?えぇ、えぇ、所詮この世は弱肉強食。積極的に戦う相手を探して戦って戦って最後の一人にならないと安息は訪れませんよねぇ。」



とは行かなくなったようですわね!


 込み上げる高揚感と立ちくらみを奥歯噛み殺しながら、私は新たに近づいてきた若い魔導師――恐らくは私と同じ新入生――たちを見つめます。


 男女合わせて三人ですか。皆さん一様に虚ろなのに血走った目をして顔に恐怖を滲ませておりますわね。平時であればお近づきになりたくない方々です。……私も外から見ればこうなのでしょうか?少し左手で頬に触れてみれば引き攣ったような笑みを感じます。そうだったようですわ。




「『我が魔力は豪雨となり、激しい雨粒は敵を穿つ!』」

「『魔力を冷やし氷となし、礫が全てを打ち据える!』」

「『我が魔力の呼応し、吹き荒べ烈風!』」

「『岩の雨よ、魔力に導かれて敵を討て!』」


 なんてことを考えていたら私以外から一斉に放たれる魔法の数々。お互いがお互いを敵と認識し、それら全てを沈黙させるために行う範囲攻撃。教養学ⅠはCランク以下のの必修であることを考えればここにいるのは当然それ相応の魔導師の方々なのでしょう。連戦の中で切り札になり得る範囲攻撃を使うなど楽なことではありません。必死に絞り出したのでしょうね。そうしなければ負けてしまうと思ったのです。


 全員が死力を尽くしての戦い。ではこの中で一番不利なのはいったい誰なのでしょうか?……考えるまでもありませんね、当然私です。一人だけデバイスなしの満身創痍で様々な部位から出血さえしています。魔法がろくに使えず、エナジーアーマーという守りもなし。高揚感で誤魔化してはいるももの、誰が見ても戦うべきではない状態でしょう。先ほど脱落した炎球の魔導師さんのほうがよほど健康です。




 ――――ですから私が先へ進むには無茶を通さなければいけませんわよね?




 思い切り床を踏みしめる。本来ただ歩かれるために存在するはずの教室の床に乱暴に斜め下向きの力を加えれば、反発という名の推進力を私に与えてくれます。頂いた力という翼に逆らわなければ、私はただ物理法則へとしたがってその場所へと辿り着きました。



「なっ!?」

「自分から攻撃魔法の雨の中に!?」



 戦い合う私達の中心へと足を運べば、当然のように行使された魔法が私を貫き、傷つけ、肉を裂きます。私から咲いた赤い花が私の身に着けていた衣服と、私の周りの教室を染め上げます。頭の中のくらくらはさらにひどくなり、意識が何度も点滅を行いました。


 それを見て戦っていたはずの魔導師の方々が驚きの声を上げました。狂気の中にあってさえ、意味が分からない行動は驚きを抱かせるのでしょう。そうです。きっと私は気がおかしくなってしまったのです。ただ無防備に行使される魔法の中心に飛び込むなど自殺行為でしかありません。けれど私はどうしたことか、きっとこれが私の取れる最善だと思ったのですわ。




「『痛みは連鎖し、傷は跳ね返る。開けられた穴は呪いとなって、この激痛は連鎖する。』」




 魔法の詠唱とはただ唱えれば効果を発揮するというものではありません。あくまで主となるのは魔法陣であり、そこにある魔力を導く魔法式です。詠唱というのは魔法の行使の際に行われる補助具です。魔力の源、魔法陣を作り出す機関、自身の魂へと明文化した魔法の仕組みを伝えることでより安定した結果を生み出せるようにするツールです。


 だからこのようなことを言ったところで、そこにどんなに魔力を込めたところで、本来ならば何の効果も発揮されることはないでしょう。私とてこの行動が意味のあるものだと頭では思っておりません。しかし心がきっとそうするべきだと訴えかけたのです。



「ああ、けれど。やっぱり――――あなたは応えてくれるのですわね?」

「「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!????」」」」



 私から飛び出した四本の不幸の連鎖が、私と戦っていた魔導師たちの心臓付近へと伸びて突き刺さりました。けれどそれは血を生み出すことはありません。当然です(何故でしょう?)この子は物理的な攻撃(理由が)に使うのが本旨(まったく)ではないのですから(分からないですわ)


 不幸の連鎖が私が受けた痛みを、傷を、それを為した者たちへと返していきます。その力の名は呪い、呪物が生み出す魔法陣を持たない魔法にして魔力の暴走現象です。



「この場における連鎖とは、私と同じところまで傷つくこと。しかしエナジーアーマーは万能です。意図的に出し抜こうなどと考えない限り、呪いであろうと真に傷つくことはまずありません。――――良かったですわね?」



 瀕死になるだけのダメージを与えられた四人のエナジーアーマーがそのエネルギーバーを瞬く間に減らします。呪いの鎖すら一時的に弾く派手に砕けるエフェクトは私から伸びた鎖を弾きました。


 そういえばあくまで一本の鎖ですから同時に先端が動くとしても二本までのはずですがどうしたことでしょう?まあ気にするほどのことでもありませんか。




「こらこら、追撃は不要ですわよ?」


 こちらへと帰ってきた鎖の先端が、半液状のクッションへと伸びようとしたのを私の身体に鎖を巻き付けることで止めながら語り掛けます。けれど不幸の連鎖は納得できないという風にすでに脱落した彼等にさらなる傷を与えんとしているではありませんか。えぇ、呪物を止めようだなんてそんなことは無駄でしょう。でも――


「――他の方々を呪い(狙い)ましょうよ。元気に動ける人の方が倒れている方より妬ましいでしょう?」


 四人へと伸びていた鎖が私の言を受け入れてくださったのか方向転換し、周囲の目につく方々へ分裂しながら伸びていきました。見たところ白い彼女を抜いてもまだ戦っているのは精々二十名、いえ二十体ほどというところ。私が出血多量で倒れるまでに彼等を敗北へと引きずり込むことができるでしょうか?少し急がないといけないかもしれません。




「――――あら?」




 不幸の連鎖を援護しようと、ゆっくり人が多い方へと歩いていた私は違和感を覚えて上を見上げました。天井にあったのは鈍く緑色に光る大きな大きな魔法陣で、そこから微かに伸びる光が私へと当たっています。



「至れり尽くせりですわねぇ。」



 その魔法の効果は恐らくは治癒。私から流れる血液を止め、失った体力を少しずつ補填してくださっているようです。学園の安全設備ということでしょう。戦闘が、誰かが怪我をするような事態が早々起こらないであろう教室にまでこういった設備があるとは驚きですわね。


 そして学園の親切はそれだけではありません。見れば床に転がっていたはずの()()()たちの姿が消えています。転移、いえ回収と言うべきでしょうか。倒れ戦えなくなった者たちを戦場から避難させているようです。野良決闘を推奨しているのですし、もしかしたら学園全体にこういった仕組みがあるのやもしれませんね。


「逆に言えば、例えセントラルの教室であろうとこれくらいの騒ぎは織り込み済み。倒れるまでは地力で挑んでみろ、とそういう訳でしょうか?―――――手厳しいですわね。いえ古臭いというべきかしら?」


 妙に楽しくなってしまった頭と、二重の意味で随分と重くなった身体を引きずりながらゆっくりとしたペースで歩きます。恐らくあと三歩も歩けば、今の騒ぎも多少の収まりを見せるでしょう。


「――――それは良いことを聞いた。かのような悪女に良い様に操られ騒ぎに身を投ずるのは不徳の限りだが、多少なりとも心が軽くなったよ。そうか、学園はこんな空しい馬鹿騒ぎも織り込み済みか。」

「ちょっと。独り言を盗み聞きするのは趣味がよろしくありませんわよ?」


 姿を現したのは私よりは少し年上に見える黒髪の青年です。手には少し煤が付いて黒くなった銃剣、先端に刃の付いた小銃を持っています。現代では早々にお目にかからないような武器ですが、コレクターの私には分かります。恐らくは呪物なのでしょう。


「それはすまなかったな、だがこのような状況だ。できれば許してくれるとありがたい。」

「……ま、構いませんわ。今に限れば会話できる方は貴重でしょうし。」

「できるだけだ、意識は浮付き、目の前の誰かを切り伏せたいという衝動も、このままでは危険だという恐怖からも逃れられていない。」

「えぇ、それは分かりますわ。けれどもう片方の方に比べれば随分と話が通じると思いますわよ?」



「―――――――!!!」



 目の前の彼同様その強さゆえに目立ち、けれど襲い来るものを全て捩じ伏せたもう一体の方から地面に固定されていたはずの長机が勢いよく飛来します。何とか屈んで当たらないようにすれば、後ろの壁から「ドタァン!」と激しい音が響きます。見上げれば我々に攻撃を行ったもう一人の生存者、いえ生存物がこちらへと視線を向けていました。


「驚きましたわね、ゴーレムだなんて。中々作るのが難しいと聞いているのですが。」

「――――教諭殿の作成物だ。」

「なるほど、それで。……ご本人はどこに?」

「序盤に沈んだ、階段の段差で転んだところを俺を含めた複数に組まれて襲撃されてな。」


 思わず零れる溜息。やれやれと肩を竦め、首を左右へと振りました。教養学であろうと魔導学園の教員の方を沈めるほどに集まった皆さんは優秀……いえ違いますわね。あの怪物()が優秀ということですか。


 そして私はこれから教員の方が作ったゴーレム……岩で出来た人型の存在と戦わなければならない、と。長机を振り回すほどの怪力一つ作っても入学試験のマジックドールよりは性能が高いでしょう。周囲を見渡しても眼を背けたくなる約一名以外はここにいる者のみ。ひどい状況ですわ。


「一時共闘と参りません?お互いよりもあちらの方が難敵でございましょう?それだけの理性があれば、優先順位を付けるくらいは御出来になるのではなくて?」

「ああ、望むところだ。むしろこちらから提案するべきだと思っていたくらいだな。」


 素早く同意が取れたところでこちらへと迫るゴーレムへと視線を移します。それほど大きいタイプではありません。身体の大きさは精々成人男性の平均より上程度。


 けれどゴーレムを動かす核になる動力部は見えませんわね。突破するには純粋に岩の鎧を抜かなければなりませんか。そしてゴーレムにありがちな鈍重さもあまり期待は出来なさそうです。


「……手間がかかりそうですわね。」


 にぃ、と口元を釣り上げて私は嗤うのでした。



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