第六話 私の趣味と少しの努力
今回難産で時間がかかってしまいました。
もう少しペース上げたいですね……。
「あー!!??このガラクタ処分しましょうって言ったじゃないですか!!??」
割り当てられた私の部屋、実家の部屋よりは幾分か狭くなっているこの部屋に、コーアの声が響きました。表情を見ればいくらかの怒りといくらかどころではない呆れ。
「ガ、ガラクタじゃありませんわ!?全自動家事ロボットセフイカちゃんです!」
私はそんな彼女からの冷たい視線を撤回させようと口を開きました。けれど彼女は溜息を吐いて首を左右に振るだけです。
引っ越し作業中で多くの段ボールが置かれている部屋の中央には私が置いたロボット、鋼鉄の身体に可愛らしい衣服を身に纏った美しい人型の存在が鎮座しています。髪はありませんがフリル付きのカチューシャを付け顔の部分が画面になっており、起動すれば顔文字でこちらを楽しませてくれる逸品です。
「あの……お嬢様?このタイプのロボットなんですけど、不具合があるとかで回収作業が行われていませんでしたか?」
「なっ!?メイ、あなたもこんな可愛らしい子を手放せと言うのですか!?」
思わずセフイカちゃん(商品名)に抱き着きながら捨てようとする二人の方を睨みます。そう、この子は今から数年ほど前に発売された電子制御式の魔導人形なのですが、機械の誤作動―――例えばガスコンロを付けっぱなしにしたりだとか中に子供がいる状態で車のロックを掛けたり、二種類の洗剤を混ぜてしまったり―――が起きたそうで回収騒ぎになっておりました。記憶が正しければ幸い死者は出ていなかったと思いますが。
私の家は使用人が幾人も居り、こうした機械を買う必要性があるかと言われればないのですけれど、ぼーっと付けたテレビのコマーシャルでこの子を見た時にその姿に一目掘れしてしまい一台購入致したのです。無論回収騒ぎになるとは思ってもみませんでした。
そういえば当時のコーアは少し不満そうにしていたような。もしかして危険性に気づいていたのでしょうか?
「だ~か~ら~!捨てましょうよ、これ!!」
「そ、それとこれとは別のお話でしょう!?それにこれでも中々に優秀なんですわよ!?掃除機だって掛けられますわ!」
「危険性があるって分かってますよね!?起動するつもりだったんですか!?」
「い、いやほら……部屋の中で使う分にはそう危険はないと思うのですよ。それにあなたたちだって勉学があるのです。私にばかり構う訳にもいかないでしょう?」
「お嬢様、その機械を使われてトラブルになる方が僕らよっぽど構うし時間使うのですけど。」
「うぐぐっ。」
悔しいけれど正論です。確かにこのセフイカちゃんは不良品なのでしょう。私はある程度のリスクはあれど便利でもあると、過去に使った時の経験から思ってはいますが、しかし態々そのようなリスクを家の中で負う必要がないというコーアの意見には頷かざるを得ない面があります。
けれど私はどうしてもこのロボットのことを気に入ってしまったのです。捨てたくはないと思ったのです。だから回収に出したり処分することもせず、自室の隣の押し入れに綺麗な大箱に入れてしまっておりましたし、今学園で暮らすとなったらこうして持ってきたのですが……
「……やっぱりスイッチ入れては拙いですの?」
「拙いですね。」
「拙いと思われます。」
溜息混じりに言う二人によって私は間違っているのだということを突き付けられます。分かっています。私が間違っています。私はいつだって間違っているのです。
「だからほら、もう処分しましょう?」
「ま、待ってくださいな!……ではインテリア!インテリアとして飾らせてくださいません!?電源を入れなければ問題ないでしょう!?」
「インテリアと仰られますか。」
「それなら問題はないでしょう!?」
「いやでもインテリアと考えると趣味悪―――――」
「コーア!気持ちは分かりますがお嬢様に対して失礼ですよ!」
いや気持ちも分からないでくださる!?た、確かに何も映らない画面付きの顔に人らしい身体がついてだらんと力なく座る絡繰りのメイドは、た、多少は怖いかもしれませんが、でもじっと見つめていれば可愛いと思いますわよ!?
「確かにじっと見つめていれば画面に顔が反射しますもんね。」
「そういう意味じゃありませんわよ!?私をナルシストみたいに言わないでくれるかしら!?」
「いいじゃないですか、顔が良いのは事実ですなんですし。」
「言い方ぁ!!??」
「―――コーア、揶揄いすぎですよ。」
さすがメイ!信じてましたわ!あなたは私の気持ちを慮ってくださる優しいメイドですものね!ほら、そこの生意気なメイドにもっと言ってやってくださいまし!!
「お嬢様がお美しいのは事実ですが、それを揶揄するのは従者として不適切でしょう。」
「そこで私の容姿を褒める必要はないのではなくて!?」
大体容姿ならあなたたちだって十分美しいでしょうに!!メイド服の着こなしだっていつも完璧じゃないですの!下手すれば嫌味ですわよ!特に胸部装甲が厚いコーア!!
「と、ともあれインテリアということでどうですか?」
「……お嬢様がよろしいのでしたら構いません。ところで他にも生活用に魔道具をお持ちになられたとのことですが?」
「え、えぇ!蔵から色々コレクションを持ち出して参りましたのよ!例えばこの「清めの炎亀」!!」
私が送られてきた多くの荷物の中から取り出したのは朱色の亀の置物です。材質は恐らくは鉄か何かの金属を使用しているのでしょう。亀の足の間に手を入れれば片手で持てそうなほどの大きさなのですが実際に持つと身体のバランスを崩しそうになるほどずっしりと重いのです。
「この魔道具はなんと炎を吐き出し、不浄のみを焼き払うことができるのです!これさえあれば洗濯物がぐっと楽になりますわ!!洗濯機要らずですわね!たまに不浄ではない扱いをされて汚れが残ることもありますが。」
「なら洗濯機でいいんじゃないですかね……?」
「あのお嬢様……そもこちらは封印処置済みとはいえ呪物なのでは?」
「? 処置されているのなら問題はないでしょう?」
魔道具の中には呪物と呼ばれるものが存在します。その正確な定義に関しては幾人かの学者先生方があれやこれやと討論しているのですが、これだという答えが出ていなかったと思います。
一般的に言われているイメージとしては魔道具の中で人間、というか使用者に有害なもの、でしょうか?誤作動であったり、あるいは初めから触れた人間に害を作られていたりなどです。
古代から魔道具は生活や戦争の道具として使われてきました。また本来魔道具でなかったはずのものが呪物になる、という事例もあるそうで、それらの理由から遺跡の発掘作業であったり古い家の蔵などから呪物が出現することはよくあるそうです。
そうした呪物は危険なものながら一部の物品の由来好きなマニアには高価で取引されています。私も何を隠そう、そうしたマニアの一人であり、よく古物商の方からそうした品を買い取っています。
古物商との繋がりもお得意様としてではありますが深く、私の取り巻きの一人であるアーシャさん、アーシャ・ホリッチャは私が良く利用する大手古物商の社長の孫娘さんで、その伝手で私の元へとやってきたりもしています。
しかし当然ながら呪物とされている物品はそのままでは危険です。ですのでそうして発見された呪物の品々には発見された時点で封印処置―――その呪いを発揮せず普通の魔道具として使用できるような魔法が掛けられます。
この清めの炎亀や私が愛用している不幸の連鎖や成り代わりの薔薇も呪物の一つで、例えば不幸の連鎖であれば過去に罪人や政治犯複数を繋ぎ合わせて高圧電流を流したり、熱することで焼き殺すといった処刑に使われたり、革命が起きた時に為政者側の兵士を殺害するための武器として使われた、という風にそれぞれ呪物となるだけの逸話があります。マニア的には溜まりませんわね。
本来であればこうした呪物というものはもっと大きな効力を発揮するはずの代物ですが、危険であるために魔導的な措置が施され効果が制限され安全性のある一般的な魔道具になっているのです。
とはいえそれでも元が危険物であることには変わりがなく、そうした物品の封印処置も信用できないとして使わない魔導師の方も多くいるそうです。私でも使えはしているのですから万全だとは思うのですけれど。
「ではお嬢様、こちらはなんでしょう?」
メイが次に取り出したのは赤黒い模様の付いた古いエプロンでした。その恐らく血だと思われる後以外には特に変わったところのない大きめのエプロンで、おそらくは無地であったのだと思います。
ただこの品は通販でピンと来て購入したもので、どういうものかはいまいち分かっていないのです。けれども封印処置はされていますし、血もついているのですからきっと何等かの由来があるのだと私は思っています。
「詳しいことは分からないのですが、魔力を通すと周囲を冷やしてくれるのです。ですから腐りやすいものの保管であったり夏場の室温の調整に役に立つのではないかと―――――」
「冷蔵庫とエアコンでよくないですか?」
「………………。」
ま、まあそういう側面はあります。どうやら家電の類も一通り揃えて送ってきているようですし、この部屋にもきちんとエアコンや床暖房などの室温調整の器具はついております。もしかしたら物件の都合でないのでは?という心配は杞憂ではありました。
「で、でしたらこちらは如何です!?「血霧の加湿器」!赤い霧を噴出してくれる加湿器ですわ!!!」
「普通のじゃダメなんです?周囲に色も付きそうですし……」
「コーアァ!!!」
さっきからなんですの、否定ばかり!!正論が人を救うとでも思っているのかしら!?正論というのは人を傷つけるためにあるんですのよ!?
「ちょっ、ゆ、揺らさないでくださいよ!?ご、ごめんなさい!謝ります、謝りますから!!」
彼女の両肩を掴んで乱暴に揺らしてやると、コーアが音を上げました。けれどその体幹はしっかりしているようで揺れてはいるものの倒れそうでは全くありません。私如きでは揺るがすことなどできると思うなということなのでしょう。だというのに私にはないその豊か二つの山はぶるんぶるん揺れるのですから全く妬ましいものですわ。
夜。妙に耳に残る時計の秒針の音。窓から見える景色はすっかり暗くなり、耳を澄ませばどこからかホーホーという声が聞こえます。時刻はまもなく日付が変わるころでしょう。
そろそろ眠りについてもよい時間ではありますが、私は新品の机に向き合いながら自らの記憶と戦っておりました。目の前には写真とノート。写真は透明なカバーを着けられて裏返しにされており、その中の一枚だけがこちらを向いています。私はその写真に写る顔を見て、ノートにその名を書き記します。
「ミュエル・ソドア・ニ・プルポイマ、っと。」
これを14回、全ての写真が表側になるまで繰り返します。そして書き記した後は引き出しを開けて名簿を取り出し名前が合っているかを確認いたします。……よし、スペルミスもありませんわね。
これらの写真は私の元へ送られてきた履歴書のものを再度コピーしたもので、私の取り巻きになった方々が映っています。貴族社会のみならず社会において人の名を覚えるということは大切なこと。ましてや自身の取り巻きの名を覚えていないとなれば周囲から笑われてしまうでしょう。
コーアやスェマであれば一、二回会って話でもすればすぐに覚えられるのでしょうが、私は自身の物覚えの悪さを信頼しています。ですからこうして何度も繰り返し思い出して書いて声に出して刻み込むのです。……無論こうした練習をしていることもバレるとそれはそれで評判に関わりますから夜にこっそり、ではありますけれど。
「……そろそろ覚えきれてきた気がしますわね。」
再度裏返しにした写真を適当にシャッフルし、もう一度開きます。出てきたのはコーア。さすがに彼女はもう間違えません。……始めたころはスペルミスをしたりもありましたが。
「コーア・コトモア。」
シャープペンシルがノートと擦れ合い、普段であれば気にも留めない程度の小さな音楽を奏でます。瞼も少しずつ重くなってまいりましたし、そろそろ終わりにしましょうか。最後の一周ですね。さあ次の写真は―――――